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第1章 宵闇の冒険者
第十二話 散歩&クエスト
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ごおと風が吹き付けてきた。
風にあおられ、目の前にはしばみ色の髪がぱっと広がる。
「あ……」
風をはらみ、ふわりと浮かんだ帽子に思わず手を伸ばすユエちゃんの肩を、慌てて捕まえる
「危ないよ」
「でも……」
口ごもるユエちゃんの前で、帽子はゆっくりと城壁の下に落ちていく。
地面に落ちた帽子を拾い上げた門番さんが手を振ってきた。
「ありがとうございまーす。後でうかがいますねー」
「ああ、詰め所に置いておくから帰りによりなー」
俺の声に、城壁下の門番さんは苦笑しながら声を上げてくれた。
そう、ここはオールドーの街の城壁の上だ。魔物から守るためだろうか、結構な高さと幅がある。
上に立ち街の外、東の方を見やれば朝日に紛れ遠くに山が見える。火山なのだろう、薄く煙を吐いている。
ふと体験ムービーで見たドラゴンの姿が思い出された。ひょっとしたらあそこだったのかもしれないな。
火山から目をずらすと、隣に森がある。森とはいえ木々がうっそうと茂る青々とした森ではない。まばらな木と朝だというのに黒ずんだ霧があたりを覆う、なんともおどろおどろしい森だ。
もしかしたらあそこがテスキヨ湿原なのだろうか。なんともまあ、アンデッドのボスがいそうな場所だ。近づきたい場所じゃないな。
反対側へと体を向ける。
そちら側に広がるのはオールドーの街だ。
遺跡の上に造られたからだろうか、石造りの古い建造物と、木造の建物が混在している。
街の真ん中にある開拓使の庁舎は石造り。ということは、遺跡の建築物を利用していると言うことだろう。内部で庁舎とつながっているという宿舎も同じだろうか。
その庁舎からは、朝という時間もあり、多くの開拓者が外へと飛び出してきている。
さらに遠くに視線を向けると、港が目に入った。そこには大きな船が何隻か停泊している。俺たちはあれに乗ってこの街にやってきたのだ。
「んふふー」
ユエちゃんが得意げに胸を反らす。
「どう? いい景色でしょー。一度来てみたかったの」
「それはよかった……。でも、さっきみたいな危ないことはダメだよ」
「あう……。ごめんなさい」
ユエちゃんはしょんぼりと頭を下げた。
いやでもさっきは危なかった。あのままユエちゃんが手を伸ばしてたら、もしかしたら城壁から落ちてたかもしれない。
そういう危険もあって、ユエちゃんはここに上るのを今まで止められていた。今日は俺という保護者がいるから壁の上まで上れたようだ。
実際、階段口で「また来たのか」と門番さんにあきれられてたからな。
とは言え、ここに連れてきてもらえたのはよかった。景色はいいし、何より街の全景やその周辺がしれたのが嬉しい。だからしっかりとそれを口にする。
「ありがとう。おかげでこの町がどんな感じか知ることができた。これで迷わずにすむよ」
ユエちゃんの、風で乱れた髪を手ぐしで整えてあげる。
「んふー、よかった」
ユエちゃんはむずがゆそうに目をしばたかせながら、つぶやいた。
よし、こんなものかな? 家を出たときのようには行かないけど、髪も大分まとまった。
後は降りて門番さんに帽子を返してもらえばいいだろう。今から行けば雑貨屋さんももう店を開けてる時間だろうし……。
「それじゃあそろそろ雑貨屋さんに向かうかい?」
「ん? んー、まだだめー」
ユエちゃんはその場に腰を落とし、鞄の中をごそごそと探りはじめた。
「今行ってもお客さんで一杯なんだよ。てぃーぴーおーをわきまえないといけないんだよ。おかーさん言ってた」
……おおう、こんな小さな子にTPOを諭されてしまった。割とへこむ。
でも確かに言われてみるとその通りだ。今の時間は、さっき庁舎を飛び出した人たちが、いろんな店で準備を整えてる時間かもしれない。
……なるほど、それもあってユエちゃんは俺をここに案内してくれたのか。
なんとも気が回るお子様である。
そんな俺の考えをよそに、ユエちゃんは鞄の中から一冊のスケッチブックを取りだした。
「だから、それまでここでお絵かきするの」
そう言ってページを開くユエちゃん。
ぱらぱらとめくられるページには、“妖精のとまり樹亭”や港の船、中には時計を持ったリスといった、いかにもファンタジックなものまで、様々なものが描かれていた。
全体的に丸っこくデフォルメされているが、特徴を捉えていて、しかもかわいい。なかなかの絵心の持ち主ではなかろうか。
ユエちゃんは料理方面ではなく、ぜひとも絵の方面で腕を磨いていってほしいものだ。
それはさておき、ユエちゃんはここで何を書くつもりなんだろうか。
街の全景……、ではないよな。ユエちゃんの目は街の外、しかもずっと上を見つめている。
「何を描くつもりなのかな?」
わからなかったのでユエちゃんに聞いてみる。
「今日はね、お城を描きに来たの。ここからならちゃんと見えるかなーって」
そう言って色鉛筆を用意するユエちゃんだが、相も変わらず俺には見つけられない。
ユエちゃんは見る方向に目をこらすが、目に入るのは青い空と白い雲だ。どっか遠くに魔王の城でもあるのかね。
「お兄ちゃん、なにきょろきょろしてるの? あれだよあれー」
ユエちゃんが鉛筆を置き指をさす。その方向に見えるのは白い雲……。
いやまて、雲の合間に何か見える……、様な気がする。何かの人工物だろうか?
「確かに何か浮かんでるね。あれがユエちゃんの言ってるお城?」
「そうだよー。でも、ここまで登ってきたらきれいに見えるかと思ったのに。あんまりよくわかんないね」
ユエちゃんは残念そうに目を落とし、「でもまいっか」とつぶやくと、色鉛筆を手に取った。
さっさと動くユエちゃんの手に迷いはない。そのことから、彼女が絵を描くことになれているのがうかがえる。
よほど絵を描くのが好きなのだろう。もしかしたら一緒に遊ぶ子が少ないからかもしれないが……。
いやまて。そういえばこの街でユエちゃん以外の子供を見たことがあったか? もしかしたら……。
そんなことを考えている間にもユエちゃんの筆は進む。
スケッチブックには、下書きであろうしっかりとした城が描かれている。
……よく見えるなぁ。俺には何か建造物がある程度にしか見えないんだが……。
「よく見えるね、ユエちゃん」
不思議に思って聞いてみるが、ユエちゃんは首を横に振る。
「ううん、なんとなーくしかわかんないよー。でもね、おかーさんが言ってたの。わかんなかったらそーぞーすればいいんだって。そーぞーりょくがあれば世の中何とかなるんだってー」
いいのかよ、それで!!
屈託なく笑うユエちゃんに、思わず心の中で突っ込んでしまった。
なんというか、そこここにソレイユさんの教えが垣間見える。
まぁ絵の方は、料理と違っていい方向に影響が出てるみたいでいいんだけどな。
「それよりもおにーちゃん、なんかお話しして? お肉とかいーっぱい取ってきたんでしょ。おにーちゃんの冒険、聞かせて欲しいな」
ぐりぐりと素描きに色を加えながらユエちゃんが聞いてきた。
大量のお肉って、あれって全部マーモットだからな。冒険って言われても昨日までの俺って、ハーブ取ってマーモット退治するくらいしかしてないぞ。
だというのに、ユエちゃんは鼻歌を歌いつつも、早く早くとせかしてくる。
さて困った。一体どんな話をすればいいのやら…………。
――――気づくと結構な時間がたっていた。
ユエちゃんにはいろんな話をした。最初はカネティスやフジノキ、キツネさんとの話。トライゾンとあったときの話しもした。
加えて旧版のヴァルホルサーガ、ユエちゃんにとっては過去の英雄譚に当たる話しもした。
結構うろ覚えだったし正史かどうかもわからない話だから、適当に脚色して話したけど結構楽しんでくれたみたいだ。
「あーー面白かったー。私もその猫さんに会いたいなー」
ユエちゃんはぐっと伸びをする
猫? ああペルーのことか。
「それなら今度、トライゾンをご飯に誘うよ。もちろんペルーも一緒にね」
「わーい。ありがと、おにーちゃん」
俺の言葉にユエちゃんは手を上げて喜んだ。
「それじゃあそろそろおばあちゃんのお店に行こ」
腰をはたき立ち上がると、ユエちゃんは再び俺の手を取る。
あ、まだ手をつなぐのね……。
◆
「こんにちわー、おばあちゃーん」
ユエちゃんが、勢いよく扉を開けながら店に入っていった。チリンチリンとドアベルが鳴る。
ユエちゃんに引かれ入った店の中は少し薄暗く、雑然と品物が並んでいる。
ロープや折りたたみのテントのような冒険者セットに始まり、デフォルメされた熊の人形まで置いてある。
ある意味、まさしく雑貨屋といったていだ。
そんな雑貨屋の奥から、のっそりと鷲鼻のばあさんが出てきた。
ばあさんは顔に似合わぬ猫なで声で話しかける。
「おんや、ユエの嬢ちゃんじゃないかえ。今日はどうしたんだい?」
「えっとねー。おばあちゃん、ひぽごんのおやつに困ってるって言ってたでしょ。だから来たの―」
元気よく言うユエちゃんに対し、ばあさんは少し困り顔だ。
「ひぽごんのおやつかえ……。あれは獣魔ギルドじゃ取り扱っとらんからのぉ。確かに困ってはいるんじゃが……。まぁまだ少し在庫はあるし、何よりあれは力仕事だからのぉ」
「大丈夫だよおばあちゃん。おにーちゃんが依頼を受けてくれるってー」
ユエちゃんが俺とつないだ手を上に上げる。
「……こやつが、かぇ?」
胡乱げに見るばあさんに対し、俺は頭を下げた。
「はい、コダマと言います。依頼を受けに来ました」
「ふん、頼りなさそうな小僧じゃのぉ。そんな細腕で大丈夫かぇ」
頼りがいが……、あるとはいえないか。そこの所は強く否定できない。
そんな俺たちをユエちゃんが取りなす。
「もー、そんなすぐ意地悪言わないのおばあちゃん。おにーちゃん、とっても面白いんだから。それに今日は迷子にならないように私が付いてくの。だから大丈夫なの!」
胸を張るユエちゃんだが、全くもってフォローになっていない。
「ヒッヒッ」
案の定ばあさんは低く笑った。
「なるほどの、小僧はユエに世話をされとるわけだ。それなら確かに信頼できるの。だったらひぽごんのおやつを取ってきてもらうとしよう」
相変わらず低く笑うばあさんに「わかりました」と答える。
すると、システム音が鳴りクエストを受領した旨が知らされた。
―――――――――――――――――――――
クエスト名:芋ほれ! わんわん
内容
ヒポゴンのおやつである芋を掘ってくる
報酬
要相談
―――――――――――――――――――――
なんともふざけたクエスト名である。
だいたい、ひぽごんってなんなんだよ!
疑問に思い、ばあさんに尋ねてみる。
「なんじゃ、小僧の目の前におるじゃろ」
そう言ったばあさんのしわくれた指がさす先には、デフォルメされた熊の人形がある。しかもでかい。
「いや、どう見ても熊の人形なんですが……」
そんな俺に反応するかのように熊の人形、いやひぽごんは薄目を開け大きくあくびをした。
マジか!? なまものかよ、こいつ……。
「そんなこと言ってひぽごんを馬鹿にしとったら、小僧。おぬしの頭なんて丸かじりにされてしまうぞい」
驚く俺を見て、ばあさんはヒッヒと笑う。
おいおい、こんなマスコットみたいな顔をして、凶暴なのかこいつ?
「ヒヒ。ま、冗談じゃがの。ただワシの店で悪さをしようものなら、ホントに丸かじりにされてしまうから、気をつけるんじゃぞ」
脅すようにばあさんは付け加える。
それに対しユエちゃんはプリプリと頬を膨らませる
「んもー、そんなことないもんねー。ひぽごんはとーーっても可愛いんだもん」
そう言ってひぽごんのおなかにダイブするユエちゃん。
あぶない、と思うも、ひぽごんのおなかはポヨンとユエちゃんを受け止めた。
ひぽごん自身も薄目を開けユエちゃんを確認すると、頭をぽむぽむと叩き、また居眠りの体勢に入る。
ユエちゃん自身も、ふかふかのおなかに顔を埋めている。
そんな二人の和む光景を眺めていると、ばあさんが声をかけてきた。
「こりゃ、小僧もなにぼーっとしとるんじゃ、はようこれを受けとらんか」
ばあさんが差し出してきたのは大きめのスコップとツルハシだ。
受け取りつつも疑問符を浮かべる俺の頭を、ばあさんはポカリと持ってる杖でたたいた。
いってぇな。
「なにあほづらをさらしとる。戦乙女の啓示を受けたんじゃろうが。ならやることはわかっとるじゃろう。それ使って掘ってくるんじゃよ、芋を。ヴォラス草原にポツポツと木が生えとるじゃろう。そん中に蔓が巻き付いた木があるからの。そこをふかーーーく掘るんじゃ。芋を折らんように気をつけるんじゃぞ」
なるほど、山芋みたいなもんか。確かに重労働だ。
俺も高校の時の林間学校で一度掘ったからな。あのしんどさはユエちゃんにはさせられない。
……ていうかこいつ、芋がおやつなのかよ。
ひぽごんを見るも、相変わらずぼけっとした顔でユエちゃんを腹に抱いている。
「わかりました。掘った芋はここに直接持ってくればいいんですね」
気を取り直しばあさんに向き直る。
「それでええ。報酬は帰ってくるまでに、なんか適当に考えておくわ。小僧は冒険に出られるような格好じゃないしのぉ。そこら辺を適当に見繕ってやろう」
俺の格好を見てばあさんは軽くため息をつく。
まぁ、初期装備のままだからな。だからこそばあさんの申し出はありがたい。
正直、冒険に何が必要かなんてわかってないんだよな。
「わかりました。それでお願いします」
ばあさんに頭を下げ、ユエちゃんを呼ぶ
「ユエちゃん。そろそろいくよ」
「わかったよー、おにーちゃん」
ガバッとひぽごんのおなかから抜け出ると、ユエちゃんはこちらにとてとてと歩いて、手をつないできた。
「なんじゃい、ホントに世話されとったのかい」
あきれ顔のばあさんに対しユエちゃんは胸を張る
「んひひー。お兄ちゃんは私がいないとダメだもんねー。ほら行こ」
俺はユエちゃんに手を引かれ店を出た。
ひっひとばあさんの笑い声が追いかけてきてる気がするが、そこは気にしないことにしよう。
風にあおられ、目の前にはしばみ色の髪がぱっと広がる。
「あ……」
風をはらみ、ふわりと浮かんだ帽子に思わず手を伸ばすユエちゃんの肩を、慌てて捕まえる
「危ないよ」
「でも……」
口ごもるユエちゃんの前で、帽子はゆっくりと城壁の下に落ちていく。
地面に落ちた帽子を拾い上げた門番さんが手を振ってきた。
「ありがとうございまーす。後でうかがいますねー」
「ああ、詰め所に置いておくから帰りによりなー」
俺の声に、城壁下の門番さんは苦笑しながら声を上げてくれた。
そう、ここはオールドーの街の城壁の上だ。魔物から守るためだろうか、結構な高さと幅がある。
上に立ち街の外、東の方を見やれば朝日に紛れ遠くに山が見える。火山なのだろう、薄く煙を吐いている。
ふと体験ムービーで見たドラゴンの姿が思い出された。ひょっとしたらあそこだったのかもしれないな。
火山から目をずらすと、隣に森がある。森とはいえ木々がうっそうと茂る青々とした森ではない。まばらな木と朝だというのに黒ずんだ霧があたりを覆う、なんともおどろおどろしい森だ。
もしかしたらあそこがテスキヨ湿原なのだろうか。なんともまあ、アンデッドのボスがいそうな場所だ。近づきたい場所じゃないな。
反対側へと体を向ける。
そちら側に広がるのはオールドーの街だ。
遺跡の上に造られたからだろうか、石造りの古い建造物と、木造の建物が混在している。
街の真ん中にある開拓使の庁舎は石造り。ということは、遺跡の建築物を利用していると言うことだろう。内部で庁舎とつながっているという宿舎も同じだろうか。
その庁舎からは、朝という時間もあり、多くの開拓者が外へと飛び出してきている。
さらに遠くに視線を向けると、港が目に入った。そこには大きな船が何隻か停泊している。俺たちはあれに乗ってこの街にやってきたのだ。
「んふふー」
ユエちゃんが得意げに胸を反らす。
「どう? いい景色でしょー。一度来てみたかったの」
「それはよかった……。でも、さっきみたいな危ないことはダメだよ」
「あう……。ごめんなさい」
ユエちゃんはしょんぼりと頭を下げた。
いやでもさっきは危なかった。あのままユエちゃんが手を伸ばしてたら、もしかしたら城壁から落ちてたかもしれない。
そういう危険もあって、ユエちゃんはここに上るのを今まで止められていた。今日は俺という保護者がいるから壁の上まで上れたようだ。
実際、階段口で「また来たのか」と門番さんにあきれられてたからな。
とは言え、ここに連れてきてもらえたのはよかった。景色はいいし、何より街の全景やその周辺がしれたのが嬉しい。だからしっかりとそれを口にする。
「ありがとう。おかげでこの町がどんな感じか知ることができた。これで迷わずにすむよ」
ユエちゃんの、風で乱れた髪を手ぐしで整えてあげる。
「んふー、よかった」
ユエちゃんはむずがゆそうに目をしばたかせながら、つぶやいた。
よし、こんなものかな? 家を出たときのようには行かないけど、髪も大分まとまった。
後は降りて門番さんに帽子を返してもらえばいいだろう。今から行けば雑貨屋さんももう店を開けてる時間だろうし……。
「それじゃあそろそろ雑貨屋さんに向かうかい?」
「ん? んー、まだだめー」
ユエちゃんはその場に腰を落とし、鞄の中をごそごそと探りはじめた。
「今行ってもお客さんで一杯なんだよ。てぃーぴーおーをわきまえないといけないんだよ。おかーさん言ってた」
……おおう、こんな小さな子にTPOを諭されてしまった。割とへこむ。
でも確かに言われてみるとその通りだ。今の時間は、さっき庁舎を飛び出した人たちが、いろんな店で準備を整えてる時間かもしれない。
……なるほど、それもあってユエちゃんは俺をここに案内してくれたのか。
なんとも気が回るお子様である。
そんな俺の考えをよそに、ユエちゃんは鞄の中から一冊のスケッチブックを取りだした。
「だから、それまでここでお絵かきするの」
そう言ってページを開くユエちゃん。
ぱらぱらとめくられるページには、“妖精のとまり樹亭”や港の船、中には時計を持ったリスといった、いかにもファンタジックなものまで、様々なものが描かれていた。
全体的に丸っこくデフォルメされているが、特徴を捉えていて、しかもかわいい。なかなかの絵心の持ち主ではなかろうか。
ユエちゃんは料理方面ではなく、ぜひとも絵の方面で腕を磨いていってほしいものだ。
それはさておき、ユエちゃんはここで何を書くつもりなんだろうか。
街の全景……、ではないよな。ユエちゃんの目は街の外、しかもずっと上を見つめている。
「何を描くつもりなのかな?」
わからなかったのでユエちゃんに聞いてみる。
「今日はね、お城を描きに来たの。ここからならちゃんと見えるかなーって」
そう言って色鉛筆を用意するユエちゃんだが、相も変わらず俺には見つけられない。
ユエちゃんは見る方向に目をこらすが、目に入るのは青い空と白い雲だ。どっか遠くに魔王の城でもあるのかね。
「お兄ちゃん、なにきょろきょろしてるの? あれだよあれー」
ユエちゃんが鉛筆を置き指をさす。その方向に見えるのは白い雲……。
いやまて、雲の合間に何か見える……、様な気がする。何かの人工物だろうか?
「確かに何か浮かんでるね。あれがユエちゃんの言ってるお城?」
「そうだよー。でも、ここまで登ってきたらきれいに見えるかと思ったのに。あんまりよくわかんないね」
ユエちゃんは残念そうに目を落とし、「でもまいっか」とつぶやくと、色鉛筆を手に取った。
さっさと動くユエちゃんの手に迷いはない。そのことから、彼女が絵を描くことになれているのがうかがえる。
よほど絵を描くのが好きなのだろう。もしかしたら一緒に遊ぶ子が少ないからかもしれないが……。
いやまて。そういえばこの街でユエちゃん以外の子供を見たことがあったか? もしかしたら……。
そんなことを考えている間にもユエちゃんの筆は進む。
スケッチブックには、下書きであろうしっかりとした城が描かれている。
……よく見えるなぁ。俺には何か建造物がある程度にしか見えないんだが……。
「よく見えるね、ユエちゃん」
不思議に思って聞いてみるが、ユエちゃんは首を横に振る。
「ううん、なんとなーくしかわかんないよー。でもね、おかーさんが言ってたの。わかんなかったらそーぞーすればいいんだって。そーぞーりょくがあれば世の中何とかなるんだってー」
いいのかよ、それで!!
屈託なく笑うユエちゃんに、思わず心の中で突っ込んでしまった。
なんというか、そこここにソレイユさんの教えが垣間見える。
まぁ絵の方は、料理と違っていい方向に影響が出てるみたいでいいんだけどな。
「それよりもおにーちゃん、なんかお話しして? お肉とかいーっぱい取ってきたんでしょ。おにーちゃんの冒険、聞かせて欲しいな」
ぐりぐりと素描きに色を加えながらユエちゃんが聞いてきた。
大量のお肉って、あれって全部マーモットだからな。冒険って言われても昨日までの俺って、ハーブ取ってマーモット退治するくらいしかしてないぞ。
だというのに、ユエちゃんは鼻歌を歌いつつも、早く早くとせかしてくる。
さて困った。一体どんな話をすればいいのやら…………。
――――気づくと結構な時間がたっていた。
ユエちゃんにはいろんな話をした。最初はカネティスやフジノキ、キツネさんとの話。トライゾンとあったときの話しもした。
加えて旧版のヴァルホルサーガ、ユエちゃんにとっては過去の英雄譚に当たる話しもした。
結構うろ覚えだったし正史かどうかもわからない話だから、適当に脚色して話したけど結構楽しんでくれたみたいだ。
「あーー面白かったー。私もその猫さんに会いたいなー」
ユエちゃんはぐっと伸びをする
猫? ああペルーのことか。
「それなら今度、トライゾンをご飯に誘うよ。もちろんペルーも一緒にね」
「わーい。ありがと、おにーちゃん」
俺の言葉にユエちゃんは手を上げて喜んだ。
「それじゃあそろそろおばあちゃんのお店に行こ」
腰をはたき立ち上がると、ユエちゃんは再び俺の手を取る。
あ、まだ手をつなぐのね……。
◆
「こんにちわー、おばあちゃーん」
ユエちゃんが、勢いよく扉を開けながら店に入っていった。チリンチリンとドアベルが鳴る。
ユエちゃんに引かれ入った店の中は少し薄暗く、雑然と品物が並んでいる。
ロープや折りたたみのテントのような冒険者セットに始まり、デフォルメされた熊の人形まで置いてある。
ある意味、まさしく雑貨屋といったていだ。
そんな雑貨屋の奥から、のっそりと鷲鼻のばあさんが出てきた。
ばあさんは顔に似合わぬ猫なで声で話しかける。
「おんや、ユエの嬢ちゃんじゃないかえ。今日はどうしたんだい?」
「えっとねー。おばあちゃん、ひぽごんのおやつに困ってるって言ってたでしょ。だから来たの―」
元気よく言うユエちゃんに対し、ばあさんは少し困り顔だ。
「ひぽごんのおやつかえ……。あれは獣魔ギルドじゃ取り扱っとらんからのぉ。確かに困ってはいるんじゃが……。まぁまだ少し在庫はあるし、何よりあれは力仕事だからのぉ」
「大丈夫だよおばあちゃん。おにーちゃんが依頼を受けてくれるってー」
ユエちゃんが俺とつないだ手を上に上げる。
「……こやつが、かぇ?」
胡乱げに見るばあさんに対し、俺は頭を下げた。
「はい、コダマと言います。依頼を受けに来ました」
「ふん、頼りなさそうな小僧じゃのぉ。そんな細腕で大丈夫かぇ」
頼りがいが……、あるとはいえないか。そこの所は強く否定できない。
そんな俺たちをユエちゃんが取りなす。
「もー、そんなすぐ意地悪言わないのおばあちゃん。おにーちゃん、とっても面白いんだから。それに今日は迷子にならないように私が付いてくの。だから大丈夫なの!」
胸を張るユエちゃんだが、全くもってフォローになっていない。
「ヒッヒッ」
案の定ばあさんは低く笑った。
「なるほどの、小僧はユエに世話をされとるわけだ。それなら確かに信頼できるの。だったらひぽごんのおやつを取ってきてもらうとしよう」
相変わらず低く笑うばあさんに「わかりました」と答える。
すると、システム音が鳴りクエストを受領した旨が知らされた。
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クエスト名:芋ほれ! わんわん
内容
ヒポゴンのおやつである芋を掘ってくる
報酬
要相談
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なんともふざけたクエスト名である。
だいたい、ひぽごんってなんなんだよ!
疑問に思い、ばあさんに尋ねてみる。
「なんじゃ、小僧の目の前におるじゃろ」
そう言ったばあさんのしわくれた指がさす先には、デフォルメされた熊の人形がある。しかもでかい。
「いや、どう見ても熊の人形なんですが……」
そんな俺に反応するかのように熊の人形、いやひぽごんは薄目を開け大きくあくびをした。
マジか!? なまものかよ、こいつ……。
「そんなこと言ってひぽごんを馬鹿にしとったら、小僧。おぬしの頭なんて丸かじりにされてしまうぞい」
驚く俺を見て、ばあさんはヒッヒと笑う。
おいおい、こんなマスコットみたいな顔をして、凶暴なのかこいつ?
「ヒヒ。ま、冗談じゃがの。ただワシの店で悪さをしようものなら、ホントに丸かじりにされてしまうから、気をつけるんじゃぞ」
脅すようにばあさんは付け加える。
それに対しユエちゃんはプリプリと頬を膨らませる
「んもー、そんなことないもんねー。ひぽごんはとーーっても可愛いんだもん」
そう言ってひぽごんのおなかにダイブするユエちゃん。
あぶない、と思うも、ひぽごんのおなかはポヨンとユエちゃんを受け止めた。
ひぽごん自身も薄目を開けユエちゃんを確認すると、頭をぽむぽむと叩き、また居眠りの体勢に入る。
ユエちゃん自身も、ふかふかのおなかに顔を埋めている。
そんな二人の和む光景を眺めていると、ばあさんが声をかけてきた。
「こりゃ、小僧もなにぼーっとしとるんじゃ、はようこれを受けとらんか」
ばあさんが差し出してきたのは大きめのスコップとツルハシだ。
受け取りつつも疑問符を浮かべる俺の頭を、ばあさんはポカリと持ってる杖でたたいた。
いってぇな。
「なにあほづらをさらしとる。戦乙女の啓示を受けたんじゃろうが。ならやることはわかっとるじゃろう。それ使って掘ってくるんじゃよ、芋を。ヴォラス草原にポツポツと木が生えとるじゃろう。そん中に蔓が巻き付いた木があるからの。そこをふかーーーく掘るんじゃ。芋を折らんように気をつけるんじゃぞ」
なるほど、山芋みたいなもんか。確かに重労働だ。
俺も高校の時の林間学校で一度掘ったからな。あのしんどさはユエちゃんにはさせられない。
……ていうかこいつ、芋がおやつなのかよ。
ひぽごんを見るも、相変わらずぼけっとした顔でユエちゃんを腹に抱いている。
「わかりました。掘った芋はここに直接持ってくればいいんですね」
気を取り直しばあさんに向き直る。
「それでええ。報酬は帰ってくるまでに、なんか適当に考えておくわ。小僧は冒険に出られるような格好じゃないしのぉ。そこら辺を適当に見繕ってやろう」
俺の格好を見てばあさんは軽くため息をつく。
まぁ、初期装備のままだからな。だからこそばあさんの申し出はありがたい。
正直、冒険に何が必要かなんてわかってないんだよな。
「わかりました。それでお願いします」
ばあさんに頭を下げ、ユエちゃんを呼ぶ
「ユエちゃん。そろそろいくよ」
「わかったよー、おにーちゃん」
ガバッとひぽごんのおなかから抜け出ると、ユエちゃんはこちらにとてとてと歩いて、手をつないできた。
「なんじゃい、ホントに世話されとったのかい」
あきれ顔のばあさんに対しユエちゃんは胸を張る
「んひひー。お兄ちゃんは私がいないとダメだもんねー。ほら行こ」
俺はユエちゃんに手を引かれ店を出た。
ひっひとばあさんの笑い声が追いかけてきてる気がするが、そこは気にしないことにしよう。
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
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【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
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+++++
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