ヴァルホルサーガVR~夜明けの開拓者たち~《改稿版》~地雷スタートでもヒーローになれますか?~

夏冬春日

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第1章 宵闇の冒険者

第十三話 ほったいもいじるな

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 ユエちゃんに連れられてきたヴォラス草原。
 オールドーの町の北に位置する草原だが、こちらに来るのは初めてだ。
 毎日のようにマーモットを狩りに行っていた南のノトス平原は、一面の平野だった。だがここ、ヴォラス平原はそれとは違ってまばらに灌木が生えている。
 その灌木には、ここの主なモブモンスターである鳩っぽい魔物、クルッポーが止まっている。
 あのクルッポーは、南のマーモットと同じくノンアクティブの魔物だ。どれだけ近づこうが、こちらから手を出さない限り攻撃してくることはない。
 だからまあ、雑貨屋のばあさんが言ってたとおり、クルッポーを気にせずツルの巻き付いた灌木を探そうと思ったんだが……。
 歩こうとする俺の手を、ユエちゃんが引っ張ってきた。

「おにーちゃん、もうお昼だから先にご飯にしよ。それに、おいも掘ったら手がいっぱい汚れるでしょ」

 ふむ……。確かに空を見上げれば、太陽はもう真上にあった。軽く風も吹いている。
 確かにご飯を食べるには良い頃合いだろう。

「わかった。それじゃあ先にお昼にしよっか」

 俺は頷き、道具袋の中からバスケットを二つ取り出す。
 ユエちゃんも笑いながらリュックの中を探っている。取り出されたのはチェック模様にピクニックシートだ。

「おにーちゃん、そっち持って―」

 促されるままにシートの端を持ち上げ広げる。

「わわっ」

 吹き抜ける風のせいもあり、ユエちゃんの方はシートを広げるのに悪戦苦闘している。こちらを手早く済ませて手伝いに行こう。

「ん~、ありがとー」

 シートをひきおわり笑顔でお礼を言うユエちゃん。その頭をぽんぽんとたたいてあげる。
 端を適当な石で固定し広げられたシートは、二人で座るには十分な広さがある。

「おにーちゃん。こっちこっちー」

 早速靴を脱いで座るユエちゃんの隣に俺も腰掛ける。
 まるっきりピクニックだね、こりゃ。

「おっべんと、おっべんと~~♪」

 肩を揺らせながら、ユエちゃんは自分用の小さなバスケットを開けた。
 中には小さくカットされ、カラフルに彩られたサンドウィッチが入っている。軽く見た感じタマゴサンドとフルーツサンドかな?
 あとは端っこにたこさんウィンナーも見える。

「んふふ~、おいしそ~」

 頬を緩ませバスケット眺めていたユエちゃんがこちらを向いた。

「おにーちゃんも早く開けて見せてー」
「おっと、そうだね」

 お言葉に甘えて俺も自分用に用意されたバスケットを手に取る。こちらのバスケットはユエちゃんの物よりも少し大きい。
 開けると見えたのはユエちゃんと同じサンドウィッチだ。だけどユエちゃんのと違って大きめにカットされている。
 中身も少し違っていて、ユエちゃんのに入ってるフルーツサンドがなく、代わりにメンチカツサンドが入っている。あと、ウィンナーじゃなくて唐揚げになってるな。
 さすがおっちゃん、俺が肉大好きなのわかってるじゃないか。

「あーー。おにーちゃんの、私のと違う」

 ユエちゃんが、顎に指を当て二つのバスケットを見比べている。

「……んー。でも私のがおいしそうかな。おにーちゃん、後でわけてあげるね」
「ありがと。それじゃあ後で交換しよっか」

 俺の答えに、ユエちゃんは満面の笑みをかえした。

「うん。それじゃあいただきます」
「はい、いただきます」

 声を合わせてと手を合わせる。そうしてユエちゃんが手に取ったのはタマゴサンド。
 さて、それじゃあ俺もと手を伸ばす。
 こちらにあるのはメンチカツとタマゴサンド。さてどちらから先に行こうか。
 うーむ、悩ましい。が、ここは俺も基本に忠実にタマゴサンドから行くか。

 がぶりと頬張る。……ふはっ。
 黄身はふんわりクリーミーなのに、白身のごろっと感はしっかりとある。二つの食感のハーモニーが絶妙だ。
 加えてピリッと効いた黒こしょう、そして辛子マヨネーズが後を引き食欲をそそる。

「んひひー、おいしいねお兄ちゃん」

 ユエちゃんがこちらを見て、にんまりと微笑む。
 ああもう、ほっぺたに卵が付いてるじゃないか。
 ハンカチを手に取り頬を拭う。

「うに……。ありがと、お兄ちゃん」
「そういやユエちゃん、辛いものは大丈夫?」

 されるがままになるユエちゃんに聞いてみる。

「うーん。ちょっとダメかもー」

 ユエちゃんは表情を曇らせた。

「もしかしておにーちゃんのサンドイッチ、辛いの?」

 上目づかいでそう聞くユエちゃんに頷くと、ますますその目はしおれていく。
 かわいそうだな……。よしっ。

「だからユエちゃんにはこれをあげよう」

 楊枝で突き刺した唐揚げを目の前に持っていく。
 するとユエちゃんはぱっと顔を輝かせた。

「わーい、唐揚げすきー」

 よしよし。泣いたカラスがもう笑ったな。
 さっそく唐揚げをユエちゃんのバスケットに入れようとすると、ユエちゃんが首を横に振る。

「ん~ん。あーーん」

 あーん……、だと……!?
 もしかしなくても、この唐揚げをユエちゃんの大きく開けた口に入れろと言うことだろうか。さすがにそれは……。
 逡巡する俺に対しユエちゃんは「はやくはやく」とせかしてくる。その様はまるで餌を待つ雛のようだ。
 ……誰も見ていないよな? 辺りを見回すが、とりあえず人影は見えない。
 よし! 南無三!

 意を決し、唐揚げをそおっとユエちゃんの口に差し入れる。
 ユエちゃんはそれをもぐもぐと咀嚼し、にんまりと笑った

 ああ。まさか俺の初めてが、初あーんがちびっ子に奪われるとは……。
 友人の佐藤君の妄想のように、きれいなお姉さんとのあーんの差しつ差されつ、とまでは言わない。でも俺も、すてでぃな女の子との差しつ差されつを、ちょっとは夢みてたんだ。
 それが今は……。
 いやまてよ。差しつ差されつ……。そうだ、俺にはまだ被あーんが残ってるじゃないか。

 思い直しうなだれた顔を上げると、小首をかしげたユエちゃんと目が合った。

「なあに? そんなに唐揚げが食べたかったの、おにーちゃん。……仕方ないなぁ。それじゃあこれをあげるね」

 ユエちゃんは何かに納得したかのようにふんふん頷くと、フルーツサンドを一つ手に取り、目の前に持ってきた。
 大胆にカットされたフルーツをサンドしたそれは、彩りも鮮やかで目を楽しませてくれる。
 そうか。この子は俺が気落ちしたと思って慰めてくれているのか……。

「ありがとうユエちゃん。食後のデザートにいただくよ」

 そう言って受け取ろうとすると、ユエちゃんは俺の手からフルーツサンドを離しふるふると首を振る。

「だーめ、今食べるの。ほら、あーーん」

 待て待て、まさかこれもあーんをせよというのか。しかも今度は被あーん。
 俺に残された初めてのあーんを、すべて奪おうというのか。なんて恐ろしい子……。

 さすがにそれはと断ろうとるすると、ユエちゃんは涙混じりにこちらを見上げてくる。
 ……おいおい、その顔は卑怯だろう。

「わかった。あーん」

 意を決し目をつむり口を開ける。

「んふー。めしあがれー」

 そんな声と共に口の中にフルーツサンドを感じる。一口サイズのひんやりとした感触だ。
 噛みしめると、じゅわぁと果汁が口の中に広がる。爽やかな甘さのクリームとのコラボレーションもたまらない。
 あっという間に完食してしまった。

 口の中からフルーツサンドがなくなりまぶたを開けると、こちらを見ているユエちゃんと目があった。

「んひひ、おいしいでしょー。これ、冷えてるうちに食べた方がおいしいの。だから先に食べてもらったんだよ」

 にこにこと笑うユエちゃん。
 そういえば確かにひんやりしていたな。ユエちゃんのバスケットにはそれ用の仕掛けでもしてあったのだろうか。
 さすがおっちゃん。仕事が細かいな。
 二人の弁当それぞれに味を変えて、ユエちゃんのサンドウィッチは食べやすいよう小さめにカットしてと、なんとも手間がかかることをしてる。
 なんとも脱帽ではあるのだが、そんな細かい作業をちまちまとやっているおっちゃんを想像すると、じんわりと笑いがこみ上げるのも事実だ。

「……? どうしたの、お兄ちゃん」

 ユエちゃんがいぶかしげにこちらを見ている。

「ん? いや、ユエちゃんのお父さんは、こんなおいしいご飯が作れてすごいなって思ってね」
「んふふー、でしょー。自慢のおとーさんとおかーさんなの」

 ユエちゃんは胸を張った。


 ◆


 さて食後のお茶とデザートも楽しみ、腹もくちくなったところで芋探しだ。
 ユエちゃんと手をつなぎ、蔓の巻き付いた木を探して草原を歩く。
 これって多分、端から見たらただの散歩にしか見えないだろうなぁ。
 ノトス平原の魔物が基本的にノンアクティブだから緊張感がないのも、その雰囲気に拍車をかけている。

「あ、おにーちゃん見つけたよー。あれじゃないかなー」

 ユエちゃんが俺を引っ張っていく。めざとい子だ。
 たどり着いた先にあったその木には蔓が巻き付いていて、その蔓は地面へと潜っていっている。
 なるほど、確かに雑貨屋のばあさんの言ってたとおりだ。

「ありがとう。えらいね」

 お礼を言って頭をなでると、ユエちゃんは「んふー」と顔をほころばせた。

「それじゃあユエちゃん。お芋を掘ってる間ちょっと待っててね」

 スコップやツルハシを準備しながらユエちゃんに話しかける。

「わかったー。それじゃあ鳥さんにご飯あげてるねー」

 ユエちゃんは落ちた木の実を拾い始めた。
 ……うん。これなら遠くに行くこともないだろう。
 よし、俺も頑張るとするか。
 頬をパンとたたいて気合いを入れた。



 ――――勢いつけて掘り始めたのはいいものの、スコップを地面に突き立ててすぐに出鼻をくじかれた。
 掘り始めてすぐに芋が太い球根のように横にせり出してきたのだ。以前山芋を掘ったときは割とまっすぐに掘っていけばよかったんだが、今回はそうも行かないらしい。
 仕方なく、今度は小さなツルハシを使って、芋の周りを慎重に削るようにして掘っていく。
 なかなかに面倒だな。

 そうして掘り進めてるうち、ふとユエちゃんのことが気になって顔を上げた。

 ――なっ。

 ユエちゃんがクルッポーの群れに襲われてるじゃないか。
 急ぎ助けようとツルハシを振りかぶる俺の耳に、ユエちゃんの笑い声が届く。

「いやーん、くすぐったいー」

 ん……? 襲われているわけじゃないようだな。
 よくよく見ると、ユエちゃんの手のひらにある木の実に群がっているようだ。
 ……なるほど、餌をあげてるうちにクルッポーがたくさん集まってきただけのようだ。
 いや、待てクルッポー。お前、鳩っぽいとは言え魔物だろうが。なに手ずから餌をもらいに来てるんだよ! おい、野性はどうした。

「あ、おにーちゃん。おわったのー?」

 俺の視線に気づいたのか、ユエちゃんは手に持った餌をばらまきこちらに来た。
 クルッポーどもはぱっと散り、地面に落ちた餌をついばんでいる。かと思えば、名残惜しそうにユエちゃんを見るクルッポーもいる。
 完全に餌付けされてるな……。

「んー?」

 ユエちゃんがそばに近づき、掘った穴をのぞき込もうとする。

「もう少しで終わりかな。危ないからあんまりのぞき込んじゃダメだよ、ユエちゃん」
「んー、わかったー。じゃあここで見てるね。もうすぐ終わるんでしょ」
「ああ、そうだね」

 俺がそう答えると、ユエちゃんは穴のそばに座り込んだ。
 芋掘りを見学するようだ。ならもう少し頑張らないとな。

 ――程なくして掘りあげた芋は結構な大きさがあった。下手したらユエちゃんの背の高さぐらいあるんじゃないだろうか。
 これがあの人形熊のおやつか……。

「わー、おっきいね。もたせてー」

 ユエちゃんが目を輝かせ手を伸ばしてくる。

「重いから気をつけてね」

 慎重にユエちゃんに芋を渡す。

「わわっ」

 案の定バランスを崩すユエちゃんを抱き留める。

「ほら、重かったでしょ」
「えへへ、ごめんね」

 ユエちゃんは謝ると芋を返してきた。

「こんなに重いのに。すごいね、おにーちゃん。力持ちだねー」
「お、おう」

 屈託なく笑うユエちゃん。なんだか照れてしまい、俺はごまかすように頬をかいた。

「それじゃあ芋も掘れたことだし、穴を埋めて雑貨屋に戻ろうか」
「ん、わかったー。それじゃあその間にこれ取っておくね」

 ユエちゃんは元気よく返事をすると、芋のツルにくっついているぶつぶつとした実をを取り始めた。

「それってなに?」

 不思議に思って聞いて見るも、ユエちゃんは首を横に振る。

「わすれたー。でもご飯に混ぜるとおいしいの。だから持って帰っておとーさんに料理してもらうの。一緒に食べよ」
「なるほど、楽しみにしてよう。それじゃあユエちゃんが実を取りきる前に穴を埋めないとな」
「んひひー、負けないもんねー」

 笑顔を向けるユエちゃんと共に俺は穴を埋めはじめた。



 ◆


「おばあちゃん、にんむかんりょーだよー」

 相変わらずの元気の良さで雑貨屋の扉を開けるユエちゃん。
 混んでくる時間にはまだ早いのか、他のお客さんは少ない。

「おうおう、ユエの嬢ちゃんか。もう終わったのかい? えらいのぉ。よしよし、ちゃーんと坊主のお世話をできたようだねぇ」

 奥からのそりと現れたばあさんは、ユエちゃんの頭をなでながらそんな人聞きの悪い発言をした。
 おい、やめろ。朝と違って他にも客がいるんだぞ。変な噂でも立てられたらどうするんだ。

「んひひー。お兄ちゃんは良い子だからね。ぜんぜん世話はかからないんだよー」
「ヒヒッ、そうかいそうかい」

 自慢げに言うユエちゃんを見て、ばあさんが目を細める。
 ううむ。クエスト上は俺がお守りをしているはずなのに、まるっきり立場が逆である。
 それもこれもすべて、第一印象のせいだろうか……。
 いやでも、あれがなかったらユエちゃん達と知り合えてなかったからなぁ。

「こりゃっ小僧! 何をぼけっとしとる。はよう芋をわたさんかい」

 気づくとばあさんが俺に向かって手を出している。

「あ、ああ。すみません。だけどこの芋、結構重たいけど大丈夫です?」

 心配に思って声をかけるが、すげなく断られる。

「はっ。ワシを誰じゃとおもっとる。これでも昔はブイブイ言わしとったんじゃ。屁でも無いわい」

 そう啖呵を切って芋を奪うと、軽々と持って店の奥へと運んでいった。
 おおー、すげーなばあさん。俺よりも力があるんじゃないか?
 ばあさんの姿に感心していると、ユエちゃんが教えてくれた。

「んとね。おばあちゃん、昔はおとーさんやおかーさんと一緒に冒険してたんだって」

 なるほど、あのばあさんも昔はエインヘリヤルをやってたのか。納得だな。
 そんな感じでユエちゃんと話しているとばあさんが戻ってきた。

「さて、報酬じゃがの。ワシが昔使っとったお古の野営道具をやろう。魔法の効果もなーんもないものじゃが、役には立つじゃろ。ほれ、道具袋を貸さんかい。どうせ中身は空いとるじゃろ」

 ばあさんが手を出してきた。促されるまま、ポーチを腰から外して渡す。
 その際にシステムアラートが出て、アクセス権を聞いてきたので、適当に“はい”を選んでおく。

「おまっ、権限についてくらいちゃんと確認せんか……。ワシだったから良かったようなものの」

 ポーチを渡されたばあさんがぎょっと目をむくが気にはしない。

「ちゃんと見ましたって。それにばあさんなら悪用はしないでしょ」

 決してめんどくさかったからじゃないよ? ユエちゃんがなついてるんだから信頼できると思っただけだ。

「……まあ、それならええんじゃがな。ユエや、この小僧のことしっかり見ておくんじゃぞ」
「はーい」

 ユエちゃんは元気よく手を上げて返事をした。
 ばあさんはそれを見ても、なおまだ「心配じゃのぉ」とブツブツ言いながら、ポーチに何やら詰めている。
 まったく、失敬なばあさんである。

「適当に突っ込んでおいたからの。あとでしっかり確認するんじゃぞ」

 作業が終わったのか、ばあさんがこちらを見ながら言った。

「あとな。中に入っとる大量のマーモットの毛皮。あれ、どうするつもりなんじゃ? 開拓使に持っていくつもりがないんじゃったら買い取ってもええぞ」
「あ、ホントですか? それじゃあお願いします」

 正直ありがたい申し出だ。受注できない開拓使のクエストなんかより、現金の方が重要だからな。
 ばあさんは手早く精算をすませ、代金と共にポーチを返してくれた。
 うん、心なしかポーチが軽くなった気がする。

「あとな、芋が予想以上にでかかった礼じゃ。これをやる」

 ばあさんがメモ書きを突き出してきた。

「ワシみたいにちょっとした事で困っとる奴らのリストじゃ。ワシの名前を出せば話は通る。役に立てるとええ」

 そっぽを向きながら言うばあさん。照れているのだろうが、似合わないそぶりである。
 だけどもこれはありがたい。おかげで次の依頼を探さなくてすむ。

「ありがとうございます」

 ばあさんに頭を下げ、メモに目を落とす。
 そこには幾人もの名前が書いてあった。付けてある地図も簡単ながらわかりやすい。これ、ばあさんの手書きか? たいしたもんだな。

 ……ふむ、地図か。いいことを思いついた。相談してみよう。

「あの……。少しお願いがあるんですがいいですか?」

 俺の問いに、ばあさんは怪訝な顔をする。

「なんじゃ? 話にもよるぞい」

 実は、と前置きして妖精のとまり樹亭のことを話し始める。
 閑古鳥が鳴いてるので、この店に来たお客さんに宣伝できないかという相談だ。

「なんじゃ、ガンツの奴も難儀なことをしとるのぉ。気持ちはわからんこともないが、あんまりにも客がおらなんだら、面倒なことになるだろうに……」

 ばあさんは、その鷲鼻にしわを寄せる。

「……そうさな。力になりたいのは山々じゃが、客一人一人に案内するなんて無理じゃぞ」

 思案したのち首を振るばあさんに、俺は一つ提案があると告げる。

「ばあさんと、あとユエちゃんがよければですけど、張り紙をさせてもらえないかなぁと」
「ユエ?」

 突然名前が出たことに疑問の声を上げるユエちゃんに、スケッチブックを見せて欲しいと伝える。

「これのことー?」

 リュックから取り出したスケッチブックを受け取り、目的のページを開く。
 そこには、かわいいタッチで“妖精のとまり樹亭”が描かれている。

「この絵にごはん処って書いて、ここに置かせてもらいたいなぁと思って……。ユエちゃん、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよー」

 急な俺の話にも、ユエちゃんは笑顔で答えてくれた。
 それどころか、ばあさんに向き直り頭を下げる。

「おばあちゃん、お願い。お店の宣伝させてください」

 これにはばあさんも虚を突かれ、そして軽く笑った。

「ひひ、ユエちゃんの頼みじゃしょうがないのぉ。これを目立つところに張っておけばええんじゃな」
「はい、あと地図なんかも添えていただければ」

 そう、ばあさんのメモ書きの地図を見て思いついたんだ。
 そもそも“妖精のとまり樹亭”に閑古鳥が鳴いているのは、みんなが食堂があるって事を知らないせいじゃないかって。
 おっちゃんはバフ系料理が出せないって言ってたけど、だからって客がゼロって事はないだろう。
 キツネさんが言ってた様に、打ち上げをするんだったらバフ料理じゃなくたっていいわけだし。
 となるとやっぱり問題は立地。そもそもの存在を知らなかったら、選択肢に上がるわけはないものな。

 ばあさんは絵が描かれたページを受け取り手頃な板に貼り付けると、そこにさらさらと地図を書き加える。
 うん。やっぱりこのばあさんの地図、大雑把に見えて要点はしっかり捉えられている。わかりやすいな。

「こんなもんじゃろ。ほれ、ひぽごん。これを持っとれ」
「んご?」

 隅にいたひぽごんがのっそり起き上がり、絵を受け取った。

「ひぽごんもお願い」
「んごー」

 ぺこりと頭を下げるユエちゃんを見て得心したのか、ひぽごんは絵を抱えてまぶたを閉じる。
 ……寝るのかよ!
 いやまあだが、“妖精のとまり樹亭”の絵自体はしっかりと目立つように持っている。
 あれなら宣伝になるだろう。

 よっし、これで今日の俺的ミッションはコンプリートだ。
 ユエちゃんも嬉しそうだし、帰ったらおいしくご飯が食べられそうだな。
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