きいろいやくそく

琵琶こと

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やくそくのばしょ

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 ―― 絶対に秘密だからね
 ――わかっちょる賢治。二人だけの秘密じゃ

 〈ガチャン! ガランガラン!ガタガタガタ……、パタッ〉 
 布団の中で目を開く。
 ドアポストが外れた音だなと、クーラーが効きすぎた部屋で、布団の中で包まりながら思った。
 もう、そのままでいいやと再び目を閉じたが、尿意が激しくなり、思いとは裏腹に意識が覚醒していってしまうのが嫌でたまらない。
 休日の目覚め方としては最悪のスタートの始まりだ。

 「また後で、貼り付けるか」 
 いつもガムテープで貼り付けて終わる手抜きな対策をしているドアポスト。
 もちろん、ちゃんと修理すれば解決する問題なのだが、めんどくさがって先送りにする性格が、そこには現れていると言われても仕方ない。
 
 半目のまま、うつ伏せ状態でモゾモゾとスマホを手探りして、画面をタップすると午前九時の表示が浮かび上がった。
 
 「ふぁーあ、もっと寝させてくれよ……」

 あくびをしながら身体を横に向けると、腰に痛みが走った。
 中学校の教師を務める奥田賢治は今年で四十八歳になる。授業の後も、土日まで部活の顧問を引き受けなければならないという理由から、疲労とストレスが蓄積され、なかなか回復する暇もない日々が続いていた。 
 
 八月、まだまだ猛暑が続く真っ盛りの季節。 
 つけっぱなしにしたクーラーのせいで、喉がイガイガするのが不愉快で眠れなくなり、仕方なく起き上がると水を飲むついでに、ドアポストを直しに行くことにした。
 とはいえ玄関から暑い風が入ってくるのを少しでも避けるために、その日も蓋をガムテープで無理矢理貼り付けるだけで終わるのだった。
 
 もう一度寝ようと思ったのだが、玄関の片隅に落ちている郵便物をしゃがんで拾うと、再び腰に痛みが走った。
 このままは放置してはダメだと湿布を貼るためにテーブル近くの椅子に深く腰掛けて、手に取った葉書に目を通した。
 
 差出人は母親。
 三十三回忌と記された往復葉書には、
"後悔なきように"と一言書かれていた。
 
 「今回が最後の法要ということか」
 
  腕を組み、葉書に書かれた故人の名前をじっと見つめる。

 偶然って凄いな、お爺さんの夢を見た日に葉書が届くなんて。今まで思い出さないように過ごしていたのに……

 それは自分の中で、まだ完結していない話。憎しみも悲しみも愛情も、長い年月が風化させ、どこか遠くへと消え去ってしまったと思っていた。
 しかし、何十年も経ってから、突然その感情が舞い戻ってくるなんて、想像もしていなかった。

 「あの日」を境に人生が変わったこと。大切な人との別れを告げずに故郷を後にしたこと。
 とうとう、向き合わなければならない日がやってきたと感じた。
 
 「確か、お爺さんと約束してたような……、大事な何か……」

 テーブルの上に置かれたペンを手に取り、何度も指先でくるりと回す。
 背中を伸ばして、もう一度大きくあくびをする。
ベッド上のスマホのアラームが「早く決めたら?」と鳴り続けるため、意を決して参加に丸をつけると、俺は直ぐに着替え始めるのだった。

 自分でも驚いている。
思い立ったら即行動するタイプではないが、往復葉書を郵便ポストに入れた後、車を走らせて一時間半かかる生まれ育った故郷へと向かっているのだ。
 おそらく、最後の別れの前に、もう一度だけあの頃の幸せな風景を見たいと思ったのだろう。
 それは私の心の奥底にある、故郷への深い思いだった。
  
 運転中、横目見た気温表示板には三十七度と映し出されていた。試しにウィンドウを下げてみるとムワッと熱気が入ってきたので、直ぐにウィンドウを上げてエアコンの風量を最大にする。
 
 都市計画が進んだとはいえ、この辺りは、まだ田舎の風景が残る。
 遠く離れた海が近づきだす頃、ガラス越しに流れていく景色と思い出を重ねて、まるで過去に戻るタイムマシンに乗った気持ちになった。
 
 もう四十年も経つか……。あの頃、何度も歩いたでこぼこの道も、今や舗装され、かつての面影は全くと言っていいほど残っていないのかもしれない
 
 そんな事を考えながら予定してた停車場所に到着したのだが、思いもよらないトラブルが起きてしまう。
 目の前の看板には《コンクリート舗装の為、この先通行止め》と鎖で封鎖されていのだ。
 
 車に乗ったまま少し眺めて帰ろうと思ったのに……
 
 何回か溜め息をついて後、最後にフーッと吐き出すと、しかたなく路肩に車を停めて、歩きながら探そうと車を降りた。
 髪の毛に強い熱を感じ空を見上げると、雲一つない夏の日差しと共に蝉達が競い合うよう鳴きだしていているので、余計に暑さが増して軽く目眩がしそうだ。

 「もう少し向こうだよな」

 スマホの地図情報を頼りに、ぶつぶつと独り言を昡きながら歩いていく。
 額から顎に向かって滑り落ちていく汗は、午前中に太陽熱を蓄えたアスファルトに落ちると、すぐに蒸発するのを見て、これは倒れたら火傷するな……、だから舗装された道は嫌なんだと思った。
 暑さのせいか訳のわからないケチをつけ、下を向いて数分歩き続けていると、先の方で波の音が微かに聞こえた気がして、片手で手庇をつくって辺りを見渡した。

 一九八十年の、あの夏の日のように――
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