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異世界転生者マリー編
第18話 人と人との戦い
しおりを挟むマリーは集団の先頭を歩いていた。
周りをシルバーとその側近が固め、その後ろの離れた所から他の転生者たちが続いている。
洞窟へと辿り着くまでの間、人狩りが潜んでいると思われる草原を安全に抜けるためにシルバーが考えた事だった。
大人数で並んで歩けば目立ってしまい、バベルに情報が洩れるかもしれない。
襲われた場合のリスクは上がるが、奇襲を企むマリーたちには仕方のない事だ。
空は雲一つなくからっと晴れ、闇に紛れようというマリーたちにとっては不安な天気となっている。
その不安を更に強めるように、草原には戦いの跡が残されていた。
地面が所々えぐれ、折れた矢がいくつも突き刺さっている。
焼けたような場所もあれば乾いた血がこびりついた場所もあり、ここであった戦いが大きな物であった事を表している。
「これじゃまるで戦場だな……」
バーミリオンが呟いた通り、ここがつい最近までただの草原だったとは思えないほどの変わりようだった。
重い雰囲気の中、一行は荒れ果てた草原を進む。
そうして見えてきたのは、あの名前も無い村に檻が並ぶ光景だった。
中央に置かれた檻の周りに、男たちが人だかりを作っている。
思わず走り出さそうとしたマリーの肩をシルバーが掴み、制した。
正面から飛び込めばせっかくの隠密行動も水の泡だ。
一時岩陰に身を隠し、様子を窺った。
「う……あ……あぁ……」
女のうめき声と、パンパンという肉を打ち付ける音。
続いてぐちゅぐちゅという水音が聞こえて来る。
姿こそ男たちに隠れて見えないが、強化された聴覚がすぐそこで行われているかのようにその行為を伝えて来る。
びゅるびゅるという長い射精音の後に、僅かな静寂が訪れた。
「全員回ったか?」
「ああ、とりあえず一巡はしたな」
続けて聞こえて来たのは男たちの声。
思わず耳を塞ぎたくなるような会話だが、少しでも情報を得るために聞き逃す訳にはいかなかった。
その後もどの女が締りが良いだの、処女じゃなけりゃどれだけマワしても良いだのと、聞くに堪えない会話が続く。
我慢の果てに聞こえて来たのは、マリーに関する話だった。
「にしても、マリーって女は居なかったな」
「ああ。 まぁ、これだけ捕まれば食うには困らないし暇つぶしにもなるだろ。 良いか、処女には手を出すなよ」
「わかってるよ。 でも一度来たんだろ? その時に捕まえときゃよかったもんを」
「タイミングが悪かったんだ。 あと一日遅けりゃそうしてたよ」
「運がわりぃな、バイヤーたちも大喜びだったろうに」
男たちが自分を狙っている事。
バイヤーと呼ばれる者が裏に居る事。
二つの事がわかったが、その会話も大きな歓声にかき消されてしまった。
「マリー、何か聞こえるのか?」
「はい、私の名前とバイヤーの存在、あとは大きな歓声で聞こえません」
「引き続き調べてみてくれ」
シルバーはそれだけ言って、バーミリオンとミドリを連れて離れて行ってしまう。
岩陰から岩陰を渡るように、最小限の動きで檻の方へと近づいていく。
聞き耳を立てていたマリーの元に、歓声の元と思われる声が聞こえて来た。
「あっ♡ そこっ♡ もっと強くっ♡ そこぉ♡」
「あれだけ嫌がってたのにちょっとスキルを弄られたらこうだよ。 やっぱり転生者は楽で良いな」
「恋愛体質、快感強化、中だし中毒。 あいつ、いつもこれだな」
「ああ、未だに愛とやらを求めてるのかね。 まぁ、良いショーにはなるが」
蕩けきった女の声から、それがいかに気持ち良いか伝わってくる。
それよりも気になるのは、スキルを弄ったという点だ。
その内容からして、男たちが言うスキルを弄るとはHスキルの事だろう。
それが本人以外でも操作できるとは。
声の様子からしてはったりとは思えず、その事実にマリーは背筋が凍り付いた。
「マリー、大丈夫?」
そんな様子を心配してか、バイオレットが声を掛けた。
マリーは愕然とした様子で一点を見つめて固まっており、バイオレットにはただ事ではないように思えたのだ。
少しして、マリーはようやく冷静さを取り戻した。
男たちがスキルを弄れるとして、そこには何かからくりがあるはずだ。
聞き耳を立てるのをやめ、マリーは戦闘態勢をとった。
「はい……あの人たち、私たちのスキルを弄れるみたいです。 それで言いなりにして犯してるって……」
「信じられない……どうやってそんな事……」
一度驚いた顔をしたバイオレットは、すぐに真剣な顔をして杖に魔力を通した。
直後、マリーの頭の中にバイオレットの声が響く。
「やつら、私たちのスキルが操作できるみたいだから気を付けて。 荒事は避けるべきだけど、放っては置けないわ」
どうやらメンバー全員に聞こえるように念話を行っているらしい。
前方を行くシルバーたちも、武器を構えて合図を送っていた。
シルバー、バーミリオン、ミドリが先頭を務め、その後ろにマリーとバイオレット、最後尾をシアンが固めている。
シルバーが全員に視線で合図を送ると、ミドリの矢が男の一人を貫いた。
突然の出来事に、男たちは蜘蛛の子を散らすように檻から離れていく。
その逃げた先を塞ぐように、バーミリオンの大剣が薙ぎ払った。
バーミリオンはその見た目に似合わず俊足で、矢が命中する頃には男たちのすぐ後ろまで迫っていた。
風切り音を立てて振るわれた大剣は男たちを上下に斬り分け、その内臓を地面へとまき散らせる。
その光景に恐怖し散り散りになった所を、ミドリの矢とシルバーの剣が仕留めていく。
恐怖に支配された男たちはろくに戦う事も出来ず、ただただ地面へと倒れていった。
これはもう戦闘ではない。
逃げ惑う男たちの退路を断ち、虐殺していく。
無表情のままそれをこなすシルバーたちに、マリーは別の恐怖を感じていた。
この世界に慣れた転生者は、こうも簡単に人を殺すのか。
マリーも怒りを覚えていたのは確かだが、ここまで非道にはなりきれない。
自分とのその確かな違いが、シルバーたちをまるで違う種類の生き物のように感じさせた。
茫然と立ち尽くすマリーの耳に、カチリという不思議な金属音が聞こえた。
続いて聞こえる火の燃える音。
その音に、マリーは爆弾を連想した。
「爆弾が!」
思わずそう叫んだマリーの頭に、爆弾の存在を告げるバイオレットの声が響く。
その声に、三人は檻の側から急いで飛び退いた。
直後、ボンという小さな爆発音と共にピンクの粉が舞い上がる。
その粉は見紛うことも無い、堕落の花の花粉だった。
「吸っちゃダメ!」
肩に触れた手から杖へとマリーの声を直接伝えたのか、マリーの声に合わせて全員が口を手で覆い、素早く岩陰へと戻って来る。
全員が合流した時には、村一帯をピンクの雲が覆っていた。
雲の中から、逃げ遅れた人たちのうめき声にも似た嬌声が響いてくる。
おぉぉぉという地の底から響くようなその声に、マリーは思わず耳を塞いでうずくまった。
その肩を、バイオレットが抱いている。
強化された聴覚でなくとも聞こえてくるその声は、その場の全員を凍り付かせた。
まともに吸えば廃人になるという堕落の花の花粉を爆弾に入れるとは。
シルバーたちの全滅を狙ったのか、それとも生き残りの口封じを狙ったのか。
その自爆とも言える凶行に、シルバーでさえ悲痛な表情を浮かべていた。
雲が晴れた頃、そこには見るも無残な光景が広がっていた。
転がる死体の山に、地面を染める赤黒い血と内臓。
息のある者はみな呻きながら白目を剥き、体液にまみれている。
マリーは人間同士の戦いを初めて目の当たりにし、その悲惨さに身を震わせた。
シルバーから指示を受け、村の様子を見に行ったシアンが持ち帰ったのは本のページの欠片だった。
破かれ、焼かれたその欠片には恋愛体質の文字が書かれていた。
バイオレットはそれを受け取り、意識を集中させる。
魔力的な鑑定を行っているようだ。
「これ、すごい魔力……この欠片だけで大魔法に匹敵するわ」
「大魔法……」
この世界における大魔法は敵集団を標的とした大規模魔法の事であり、通常の魔法と比べるとその威力も規模も段違いだ。
通常、複数人により詠唱されるその魔法に匹敵するとあれば相当な魔力量だろう。
そんな物をただの人狩りが持っているとは思えない。
書かれている内容からしても、これがスキル操作の原因だろう。
シルバーはそれを受け取ると怪訝な顔をして、懐へとしまった。
「何にせよ先へ進むしかないね。 予定通り洞窟を抜けよう」
シルバーの号令に頷いて答え、マリーとバイオレットを除く他のメンバーは先へと進んで行ってしまう。
遅れてマリーの肩を抱いたバイオレットが歩き出し、一行は洞窟へと辿り着いた。
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