117 / 182
近未来スカベンジャーアスカ編
第22話 人間という種族
しおりを挟むポラリスが端末を調べ終え、事の顛末をアスカへと伝える。
ブッチャーとの遭遇を果たしたのはゴールドラッシュへ降り立ってすぐの頃。
その頃のブッチャーはとても大人しく、刃物なども持ちえないただの四輪駆動車のような姿だったという。
金属資源豊富な地に生まれ天敵も居なかったためか警戒心も持たず、人間へと積極的に近づいて来ていた。
その機械生命体に興味を持った人間は、その内の一匹を捕まえて解体したらしい。
きっと罪悪感も無かったのだろう。
映像に残しながら、部品のひとつまでも丁寧にそれを解体し、人間は知的好奇心を満たした。
しかし、その行動がブッチャーをブッチャーたらしめてしまった。
どういう訳か、解体された個体から人間の行動を学習したブッチャーは、そのまねをして人間を襲ったのだ。
映像にあるドリルやのこぎりを再現し、人間の体を切り刻む。
臓器を取り出し、血管の一本に至るまで丁寧に取り出した。
理解の出来ない行動に直面した時、まねをしてしまうのはよくある話だ。
しかし今回の場合は、それが最悪の結果を招いてしまった。
「じゃあ、先に手を出した人間のせいって事?」
「そうなりますね」
「なんでそんな大事な事が報告されて……」
アスカの脳裏にマーシャルの顔が浮かぶ。
当時の支配人が、マーシャルのようなくそ野郎だったら。
ブッチャーの危険性を無視し、開発と新資源を優先したのだとしたら。
一介のスカベンジャーに殺害予告までしてくるようなマーシャルのような人間が、なぜ支配人の座に付けたのか。
ここゴールドラッシュと、宇宙ステーションフォーティーナイナーズ。
もしかすると、とても大きな何かに巻き込まれてしまったのかもしれない。
アスカの背中を、冷たい感覚が襲った。
「当時のステーションの支配人権限で言論統制が敷かれています。 その不安は大方当たりでしょう」
ポラリスは青ざめたアスカの顔から心境を察し、答えを教えてくれた。
その考えうる最悪の答えは、アスカをさらに震え上がらせる。
それが本当なら、ブッチャーの調査などした所で救援は来ないだろう。
星域を抜ける許可も当然下りないか、スペースデブリによる衝突事故が待っている。
こうして調査するアスカたちを誰も手助けに来ないのは、このままブッチャーに捕まって欲しいという事か。
先の見えない絶望感に襲われ、アスカは透明な壁に手を突くとがくっとうなだれてしまう。
ここから脱出する手段は、あるのだろうか。
「星域間通信しか方法はないでしょう。 星間通信程度の距離では傍受されるか妨害される可能性が高いです」
「星域間通信って、そんな設備が残ってるの?」
「管理区域中央の通信塔。 無事では無いでしょうが、修理が出来れば可能性はあります」
端末へとケーブルを接続し、ポラリスは中の情報を集めている。
集めた情報を読み上げるその涼しい声を、アスカは黙って聞いていた。
どうやらこの端末は中枢のネットワークと接続されていたようで、ユートピアに関する情報が数多く手に入った。
ブッチャー襲撃が起きた際のシミュレーションや、VIP用シャトルの配置図、その乗船券に関する入札記録など、目を覆いたくなるような裏の事情が並んでいる。
莫大な資金を投入して作ったこのユートピアさえもカモフラージュであり、その真の目的はブッチャーの危険性を全宇宙に発信するためであった。
資源豊富なゴールドラッシュに人が殺到するのを嫌い、危険な生物が居ると知らしめる事で後続を断つ。
その間も極秘裏に資源の採掘を続け、その利益を独占しようという物だ。
この作戦を考えたのは当時のステーション支配人。
マーシャルとの記載があった。
「あのくそ野郎、ずいぶん手の込んだことをしていますね」
「同一人物、って事は無いんでしょ?」
「可能性はありますよ。 当時でも肉体を捨てれば人格の保存は可能ですから」
「AI化、ってやつね……」
AIに自身の人格を記憶させ、再現させることで永遠の命を得ようという考えで、人格そのもののコピーや複製が出来るようになる以前に流行った概念だ。
ほんの数十年の間だけ流行ったマイナーな物だが、当時の権力者は競うようにAI化を果たしていた。
ゴールドラッシュを牛耳っていたのだから、それだけの力を持っていてもおかしくはない。
ましてやアンドロイド技術の進んだ現代なら、アンドロイドの中にそのAIを入れてしまえば復活出来ると言っても過言ではない。
何百年もの間生き続けるマーシャルの姿を想像してしまい、アスカは余計頭が痛くなってきた。
「人格をAIが学習したとして、そのAIが自分であるとどうして言い切れるんでしょうね。 ベッドの上で冷たくなるのは紛れも無く肉体を持った自分だというのに」
涼しいポラリスの声も、この時ばかりは背筋が凍り付くようだった。
人間とは、自分とは何かという哲学を語るアンドロイド。
遥か昔のSF作品そのものの光景が目の前で繰り広げられ、アスカはこの先の未来に恐怖を覚えていた。
「……で、通信塔にはどうやって?」
「この施設の奥が管理区域に繋がっています。 ブッチャーを秘密裏に運ぶための輸送路があるようで」
ポラリスの目が小さく数回光ると、今までただの壁だった部分が横にスライドし、明かりに照らされた通路が姿を現した。
一辺が三メートル程度の正方形の通路で、いかにも秘密といった見た目だ。
秘密の施設へと宇宙人を運ぶ道が存在したとしたら、まさしくこんな見た目だろう。
開かれた道をアスカは眺め、顔を上げると足を踏み出した。
この先どうなるかわからないとしても、まだ可能性がある限りは足を止める訳にいかない。
目が合うとポラリスはにっこりと笑顔を浮かべ、その後に続いて輸送路へと入った。
輸送路は傷一つない白い壁と天井があるだけで何の面白みも無い。
正面に見える同じく白の扉とロックを操作するための端末がある以外、見るべき所は何も無かった。
ポラリスが言うには秘密の輸送路にも種類があり、ここはブッチャーの輸送用として作られた物だという。
他にあるのは人間用と実験用で、それぞれ別の施設に繋がっているという。
人間用という言葉を聞いて、アスカの脳内にはあの精液工場や人間牧場が浮かんでくる。
この星で人間の養殖を始めたのは、本当にブッチャーたちなのだろうか。
考えれば考えるほどこの星の裏側は暗く汚く、ゴールドラッシュという希望に満ちた名も皮肉のように思えてくる。
庶民がどれだけ一獲千金を夢見ようと、その裏では大金持ちが想像できないような大金を稼いでいるものだ。
この希望の星も例外では無く、外宇宙という無限の世界に出ながらも人間はしょせん人間だという事だろう。
ここでの冒険をへて、アスカは人間という種族そのものが嫌いになりそうだった。
そんな落ち込んだアスカの顔を見て、ポラリスはここぞとばかりに嬉しそうな顔をする。
私はアンドロイドですが?
そう幻聴が聞こえて来た。
これは煽りでも何でもない、ポラリスにとっての誇りだろう。
人間が人間である事を重視し誇りを持つように、意志あるアンドロイドであるポラリスもまたアンドロイドである自身を誇りに思っているのだ。
アスカはふと魔が差して、ポラリスへと命令を送った。
「ポラリス、マスター権限。 一番好きなエッチのシチュエーションを教えて」
「マスター権限を認証しました。 愛してくれている人との愛のあるセックスが好きです」
無表情のままそう答えたポラリスがはっとし、不満そうな顔をアスカに向ける。
「アンドロイドも大変ね。 愛してあげましょうか?」
「マスター権限の乱用は感心しません。 次はマス、まで聞いた時点でしゃべれなくなるまで犯すのでご覚悟を」
ポラリスは左手で卑猥なジェスチャーをし、不満そうな顔のまま歩き続けた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる