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近未来スカベンジャーアスカ編
第31話 最後の食事
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ポラリスが情報を探っている間、アスカは部屋の外へと注意を向けていた。
こちらへとミサイルを撃ってきた何者かはどこへ行ったのか。
端末の罠にはまり、どこかへ飛ばされたのであれば良いのだが、もしそのまま追ってきているのならそろそろ追いつかれてもおかしくはない。
ポラリスの脚力である程度の差は出来たものの、この施設の広さからすればその差もなくなる頃だろう。
扉へと銃を向け、ポラリスが戻ってくるのを待つ。
しばらくそうしていると、ポラリスの目が点滅を止めた。
「調査完了です。 ブッチャーを捕らえ、教育を試みたのは確かですが、思ったような成果は出なかったようで」
「思ったような成果って、何が目標だったの?」
「共生生物の命令系統を利用した兵器化。 共生生物を発見した事自体は偶然のようですが、ブッチャーと一体化したのはやはり人為的なものでした」
アスカはもう驚かなかった。
ここまで非人道的な事をする奴らなら、その程度の事はしているだろうと思っていたからだ。
水発生装置で見たあの大きな共生生物ともがいていた小型ブッチャーは、その命令系統の上と下だったのだろう。
司令塔である大きな共生生物が死ねば、その配下の共生生物はブッチャーの体を操れなくなるということか。
本来、喜ぶような内容ではないのだが、これで一筋の希望が見えた。
もし、この星全体を共生生物が生きられないような高温の環境へと変える事が出来れば、ブッチャーも襲っては来れないだろう。
突拍子も無い作戦のように思えるが、この星には元々大気が無く、人間が住めるように作り替えた星だ。
であるならば、今も大気を作り続ける装置がどこかに存在している。
その設定を弄ってやれば、この作戦も十分実現可能だろう。
嬉しそうな顔をするアスカに、ポラリスは首を傾げていた。
あまりのショックにどこかおかしくなってしまったのか。
心配そうに見つめるポラリスに、アスカは自分の考えを話した。
「可能でしょう。 ユートピアにある酸素発生装置から辿れば他の発生装置へと侵入できるはずです。 大気全体のバランスを取るためにリンクされているはずですから」
未開拓の惑星へと酸素発生装置を設置する場合、故障や破壊のリスクを避けるために複数個を分けて設置し、それぞれをリンクさせる事で酸素濃度などを調整し、人間が生存可能な大気を作りだす事が鉄則だ。
今まで危険信号が発せられていない事からも、マーシャルがその酸素発生装置に手を出していない事は確かだろう。
大気の構成を変える事はスペースシップの飛行能力や共生生物の生存、ブッチャーの進化にも影響を与えると考えられるため、下手に弄れなかったのではないだろうか。
あるいは、人類に近い種を対象とした兵器利用を考えて、人類が生存可能な大気への適応を考えたか。
どちらにせよこれはふたりにとって僥倖であり、一発逆転となり得る手だった。
ポラリスが急いで情報を統合し、この作戦における最適な行動をシミュレートしていく。
僅かな時間でそれは完了し、ポラリスはゆっくりと口を開いた。
「ポータルを使いましょう」
「転送先は?」
「管理区域の近く、ブッチャーの輸送路の中ほどですね」
輸送路に併設された、ブッチャーの死体の山を思い出す。
あの時はそれを横目に管理区域へと向かったが、このポータルが繋がっているのはそれとは別の道だ。
ポラリスの中にあるマップと照合すると、そこにはあの水発生装置から伸びる水道管が繋がっている。
原初のブッチャーの研究施設、共生生物の流れる水道管、管理区域に繋がる輸送路と、全てが近いこの場所は、ゴールドラッシュの陰謀の核となる場所だろう。
施設内を映す監視カメラをハッキングし、敵影が無い事を確認するとネットワークから切断する。
足取りを追わせず、追手を少しでも遠ざけるためだ。
ポラリスがキーを叩くと、ブラックホールのように渦巻くポータルが現れた。
新物質の発見と共に開発されたこの転送技術は、実のところその仕組みが解明されていない。
このポータルに入ると何故か体が転送され、普通に動くのだ。
精神的な変化も見られないがなぜか体重が少し軽くなるという、宇宙時代におけるオカルトのひとつだ。
普通なら不気味がりそうなこの装置も、現実主義のアスカとポラリスにとってはただの移動手段にすぎない。
「お先にどうぞ」
「レディーファーストですからね」
ないスカートの裾を掴み、優雅なお辞儀をするとポラリスはポータルへと入っていく。
アスカがそれを追って中に入ると、一瞬視界が点滅した後、同じような部屋が見えてきた。
「成功してるの?」
「はい、あまりにも似通った部屋ですが座標上はユートピアの中です」
ポラリスが端末のひとつを調べ場所を特定する。
アスカはポータルを使った転送による影響なのか、吐き出してしまいそうな気持ち悪さがこみ上げていた。
ユートピアへと戻って来てしまった事のストレスもあるのだろう。
ポラリスは明らかに優れない顔をするアスカを心配そうに眺めたが、あえて声を掛けなかった。
今のアスカに必要なのは心を落ち着け覚悟を決める時間であり、励ましではない。
ポラリスの予想通り、少しするとアスカはきりっとした緊張感のある面持ちになる。
どうやら無事覚悟が決まったようで、部屋を出る足取りにも力が感じられた。
部屋の先はいつか見たような廊下だったが、壁に全て覆われ透明な部分は無い。
廊下の終わりにある扉を開くと、そこは一般的なオフィスのようになっていた。
透明なパーテーション、無数の端末、イスとテーブル、飲料や軽食の自動販売機。
輸送路やブッチャーの研究に関わる職員のためのスペースだろう。
自動販売機を見て、アスカはここしばらくまともな物を口にしていなかったのを思い出した。
集中状態にあった体の緊張が解け、ぐぅと小さくお腹が鳴る。
そんな様子を、ポラリスは温かい目で眺めていた。
「ユートピア最後の食事は何にしましょう?」
「最後も何も、ろくなもん食べてないけどね」
結局、選んだのはハンバーガーとソーダだった。
「カロリー計算は?」
「さぁ? しばらく絶食した分でチャラじゃないですか?」
ポラリスは豪快にハンバーガへとかぶりつき、喉を鳴らしながらバイオソーダで流し込む。
ぺろっと平らげると、二つ目のセットへと手を出した。
最後になるかも知れない食事くらい気を使うなと、アスカにそう言いたいのだろう。
顔に似合わない食いっぷりに、アスカは思わず笑ってしまう。
普段は気にしないハンバーガーの味が、今は最高のごちそうのように感じられた。
「さて、食べた分働きましょう」
「二つはちょっとカロリーオーバーだから、その分頑張らないとね」
ポラリスはけぷっと小さくげっぷをしてから先を進む。
わざとなのか偶然なのか、どちらにせよアスカの緊張をかなり和らげてくれた。
端末の中には実験記録や業務上の連絡事項などが保存されているが、特に目新しいデータは見つからない。
ポラリスはそれらをさらっと見流すと、奥の扉へ向かって歩いて行く。
何の変哲もないオフィスと、空調の風、隅に置かれた観葉植物がアスカに日常を思い出させ後ろ髪を引くが、再び覚悟を決めたアスカが振り返る事は無い。
扉の先の連絡通路を抜け、ふたりは管理区域の中へと再び足を踏み入れた。
こちらへとミサイルを撃ってきた何者かはどこへ行ったのか。
端末の罠にはまり、どこかへ飛ばされたのであれば良いのだが、もしそのまま追ってきているのならそろそろ追いつかれてもおかしくはない。
ポラリスの脚力である程度の差は出来たものの、この施設の広さからすればその差もなくなる頃だろう。
扉へと銃を向け、ポラリスが戻ってくるのを待つ。
しばらくそうしていると、ポラリスの目が点滅を止めた。
「調査完了です。 ブッチャーを捕らえ、教育を試みたのは確かですが、思ったような成果は出なかったようで」
「思ったような成果って、何が目標だったの?」
「共生生物の命令系統を利用した兵器化。 共生生物を発見した事自体は偶然のようですが、ブッチャーと一体化したのはやはり人為的なものでした」
アスカはもう驚かなかった。
ここまで非人道的な事をする奴らなら、その程度の事はしているだろうと思っていたからだ。
水発生装置で見たあの大きな共生生物ともがいていた小型ブッチャーは、その命令系統の上と下だったのだろう。
司令塔である大きな共生生物が死ねば、その配下の共生生物はブッチャーの体を操れなくなるということか。
本来、喜ぶような内容ではないのだが、これで一筋の希望が見えた。
もし、この星全体を共生生物が生きられないような高温の環境へと変える事が出来れば、ブッチャーも襲っては来れないだろう。
突拍子も無い作戦のように思えるが、この星には元々大気が無く、人間が住めるように作り替えた星だ。
であるならば、今も大気を作り続ける装置がどこかに存在している。
その設定を弄ってやれば、この作戦も十分実現可能だろう。
嬉しそうな顔をするアスカに、ポラリスは首を傾げていた。
あまりのショックにどこかおかしくなってしまったのか。
心配そうに見つめるポラリスに、アスカは自分の考えを話した。
「可能でしょう。 ユートピアにある酸素発生装置から辿れば他の発生装置へと侵入できるはずです。 大気全体のバランスを取るためにリンクされているはずですから」
未開拓の惑星へと酸素発生装置を設置する場合、故障や破壊のリスクを避けるために複数個を分けて設置し、それぞれをリンクさせる事で酸素濃度などを調整し、人間が生存可能な大気を作りだす事が鉄則だ。
今まで危険信号が発せられていない事からも、マーシャルがその酸素発生装置に手を出していない事は確かだろう。
大気の構成を変える事はスペースシップの飛行能力や共生生物の生存、ブッチャーの進化にも影響を与えると考えられるため、下手に弄れなかったのではないだろうか。
あるいは、人類に近い種を対象とした兵器利用を考えて、人類が生存可能な大気への適応を考えたか。
どちらにせよこれはふたりにとって僥倖であり、一発逆転となり得る手だった。
ポラリスが急いで情報を統合し、この作戦における最適な行動をシミュレートしていく。
僅かな時間でそれは完了し、ポラリスはゆっくりと口を開いた。
「ポータルを使いましょう」
「転送先は?」
「管理区域の近く、ブッチャーの輸送路の中ほどですね」
輸送路に併設された、ブッチャーの死体の山を思い出す。
あの時はそれを横目に管理区域へと向かったが、このポータルが繋がっているのはそれとは別の道だ。
ポラリスの中にあるマップと照合すると、そこにはあの水発生装置から伸びる水道管が繋がっている。
原初のブッチャーの研究施設、共生生物の流れる水道管、管理区域に繋がる輸送路と、全てが近いこの場所は、ゴールドラッシュの陰謀の核となる場所だろう。
施設内を映す監視カメラをハッキングし、敵影が無い事を確認するとネットワークから切断する。
足取りを追わせず、追手を少しでも遠ざけるためだ。
ポラリスがキーを叩くと、ブラックホールのように渦巻くポータルが現れた。
新物質の発見と共に開発されたこの転送技術は、実のところその仕組みが解明されていない。
このポータルに入ると何故か体が転送され、普通に動くのだ。
精神的な変化も見られないがなぜか体重が少し軽くなるという、宇宙時代におけるオカルトのひとつだ。
普通なら不気味がりそうなこの装置も、現実主義のアスカとポラリスにとってはただの移動手段にすぎない。
「お先にどうぞ」
「レディーファーストですからね」
ないスカートの裾を掴み、優雅なお辞儀をするとポラリスはポータルへと入っていく。
アスカがそれを追って中に入ると、一瞬視界が点滅した後、同じような部屋が見えてきた。
「成功してるの?」
「はい、あまりにも似通った部屋ですが座標上はユートピアの中です」
ポラリスが端末のひとつを調べ場所を特定する。
アスカはポータルを使った転送による影響なのか、吐き出してしまいそうな気持ち悪さがこみ上げていた。
ユートピアへと戻って来てしまった事のストレスもあるのだろう。
ポラリスは明らかに優れない顔をするアスカを心配そうに眺めたが、あえて声を掛けなかった。
今のアスカに必要なのは心を落ち着け覚悟を決める時間であり、励ましではない。
ポラリスの予想通り、少しするとアスカはきりっとした緊張感のある面持ちになる。
どうやら無事覚悟が決まったようで、部屋を出る足取りにも力が感じられた。
部屋の先はいつか見たような廊下だったが、壁に全て覆われ透明な部分は無い。
廊下の終わりにある扉を開くと、そこは一般的なオフィスのようになっていた。
透明なパーテーション、無数の端末、イスとテーブル、飲料や軽食の自動販売機。
輸送路やブッチャーの研究に関わる職員のためのスペースだろう。
自動販売機を見て、アスカはここしばらくまともな物を口にしていなかったのを思い出した。
集中状態にあった体の緊張が解け、ぐぅと小さくお腹が鳴る。
そんな様子を、ポラリスは温かい目で眺めていた。
「ユートピア最後の食事は何にしましょう?」
「最後も何も、ろくなもん食べてないけどね」
結局、選んだのはハンバーガーとソーダだった。
「カロリー計算は?」
「さぁ? しばらく絶食した分でチャラじゃないですか?」
ポラリスは豪快にハンバーガへとかぶりつき、喉を鳴らしながらバイオソーダで流し込む。
ぺろっと平らげると、二つ目のセットへと手を出した。
最後になるかも知れない食事くらい気を使うなと、アスカにそう言いたいのだろう。
顔に似合わない食いっぷりに、アスカは思わず笑ってしまう。
普段は気にしないハンバーガーの味が、今は最高のごちそうのように感じられた。
「さて、食べた分働きましょう」
「二つはちょっとカロリーオーバーだから、その分頑張らないとね」
ポラリスはけぷっと小さくげっぷをしてから先を進む。
わざとなのか偶然なのか、どちらにせよアスカの緊張をかなり和らげてくれた。
端末の中には実験記録や業務上の連絡事項などが保存されているが、特に目新しいデータは見つからない。
ポラリスはそれらをさらっと見流すと、奥の扉へ向かって歩いて行く。
何の変哲もないオフィスと、空調の風、隅に置かれた観葉植物がアスカに日常を思い出させ後ろ髪を引くが、再び覚悟を決めたアスカが振り返る事は無い。
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