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序章: 高級官僚箱入り娘は婦警を目指す

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 そんなこんなで試験時間に与えられた60分をあっという間に浪費した。
 解答欄は半数も埋まっていない。
 合格最低基準点は60点だ。
 これでは不合格は確定となる。
 答案用紙を回収します。
 思考停止して放心状態の美里の前から答案用紙が持ち去られる。
――このままじゃ、終われない
 退出許可が下りて他の受験生が席を立ち始めた後、美里は答案用紙の束を整える試験監督の袖をつかんだ。
「え?」
「あの、ちょっとお話があるのですが、よろしいでしょうか?」
「何? 次の試験の開始時刻は――」
「そうじゃありません。私、父が国土交通省の事務次官なんです!」
「・・・・・・・・・わかった、まずは場所を変えようか」
 試験監督に連れられて別室に入る美里は次の試験科目の会場に姿を現すことはなかった。

 合格発表当日。
 正午に合わせて所定のURLにアクセスすると、そこに美里の受験番号は存在した。
――あった
「やったぁ!!」
 両腕を万歳して高々に嬉々とした声を響かせる。
 傍から見れば青春小説の一ページにも見えるが、実のところ、そんなものでは決してない。
 一般教養科目さえ攻略できないとわかった美里は一か八かで国土交通省の高級官僚である父の名前を出した。
 別室に通された美里は試験監督たちから質問される。
――親御さんの希望でこの試験を受けるように言われたの?
――合格させれば、それなりの見返りはあるんだよね?
 いずれの質問にも美里は首を縦に振った。
 親の立場を利用しての汚職とコネ。
 それがこの瞬間の全てだ。
 そうでもしなければ、美里は確実に警察官採用試験に合格することはなかった。
 大嫌いな父親の影響力に頼るということまでしなければ。
「美里、いるのか?」
 部屋を通り掛かった足音が美里の部屋の前で止まる。
 眼鏡をかけたスーツ姿の男が美里の背後に立っている。
「な、何よ?」
「いや。声がしたのでな。それより、この前の警察官採用試験の結果は――」
「合格」
「何?」
「だから、ちゃんと合格したんだよ。ほら」
 訝し気な父親の前に、美里は受験票を提示する。
 ただ、目だけは正面を向けられなかった。
「・・・・・・まずはおめでとう」
「へ?」
「本当は反対だったのだがな。お前が警察官になるなど」
「だから・・・・・・どうして、いつもそうやって決めつけるのよ?」
「決めつけたわけではない。ただ、お前を見てきた親として私は――」
「これ以上に何の文句があるって言うの? 私、ちゃんと合格したんだよ。ちゃんと――実力で・・・・・・」
「試験の結果ならば文句は言わない。では、一つだけ言わせてもらおう。他人に、迷惑をかけるなよ」
「何それ? 子供じゃあるまいし・・・・・・・そんなの、当たり前じゃん」
 そっけなく立ち去る父との会話はしばらくの間なかった。
 家を出た美里は警察官としての道を歩んだのだ。
 
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