継承のエルキュリエ

アワビ専門店

文字の大きさ
上 下
27 / 92
3章: 王女の覚悟

許せなかった罪

しおりを挟む
 セルマは柳眉をひきつらせて反抗する。その剣幕は七年前にラキエが粛清された翌朝に事後報告を受けた時から少しも色褪せていない。今もセルマは姉の無罪を微塵も疑ってはいないからだ。実際にラキエがデオロクス帝国と通じたとする決定的な証拠といえば、ラキエ直筆とされる密約文書の紙きれ一枚だけ。王宮の誰かがその気になれば簡単に偽造できる、あまりにお粗末な代物だった。
「あんなに優しかったラキエ姉様が、領民の一人として他国に貢ぐなど有り得ませんわ。第一、理由が・・・・・・」
「理由ならば、ある」
 グラウツ国王の言い出し辛そうな言葉にセルマは勢いを失う。
「七年前、我が国は東のラダイカ都市同盟と戦時体制下にあった。ラダイカ都市同盟はデオロクス帝国に匹敵する軍事力を誇っておる。そんな強国を相手にしながら、デオロクス帝国が反対側から攻め入れば我が国の防衛線は瓦解する危険があった。だからラキエは先手を打って不戦協定を結ぼうとした」
「でもそれは、ラキエ姉様をよく思わない近衛兵や大臣達が勝手に拵えた動機でしょう? お父様は表面的に理屈が通っただけの話を鵜呑みにされたのですか? ラキエ姉様はそんなお人では――」
「予も確信まではしておらぬ」
「ではなぜラキエ姉様討伐の勅令を発布なされたのですか? お父様の心に少しでも疑念があるならば、事の真相を徹底的に調べるべきだったと思います。そうすればラキエ姉様が無罪を証明できたかもしれないのに――」
「お前もラキエも、わが愛しき娘に変わりはない。仮に密約の容疑が事実だったとしても、国のためを思って行動したラキエの気持ちはわからぬことはない。だが、あやつは道を誤った。王位継承順位が低い妾腹にありながら、グラウツ国全軍を統括する総督の地位に居座り、着実に独裁政権まで手を伸ばしつつあった。大臣達はこれを謀反と非難して予に詰め寄ったのだ。外形的にラキエの行いが謀反と見なされる以上、国王である予にはそれを成敗する責務がある。そこにあの密約文書の疑惑を持ち掛けられては、討伐勅令の発布に反論の余地はなかった。ラキエは勇み足が過ぎたのだ」
 セルマに言葉はなかった。グラウツ国王の心境を察すると同時に、自分の主張が的外れだったことを思い知らされて、完全に脱力していた。
「だからセルマよ。お前に同じような思いはさせぬ。明日にはイルビナから出撃した東部方面軍と帝国軍が会敵することになろう。グラウツ国の全軍をもって、お前を守ってみせる。お前が犠牲になることはないのだ。予もラキエも、それを望んではいない」
「でもそれでは――」
 グラウツ国王は言い残して部屋を出た。グラウツ国を守るはずの自分の意志がかえって国土を荒廃させ、民に流血を強いてしまう。自分の覚悟とは一体何だったのだろう。閉ざされた部屋の中で、セルマは再び無力感に苛まれた。
しおりを挟む

処理中です...