継承のエルキュリエ

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5章:野心の炎

本懐

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 聞き間違えではない。侍女はニールを直視して、自分を二度も王族と名乗った。こんな偶然があるのだろうか。
「ニール、違うんだ。彼女は――」
 フェミアが立ち塞がるようにセルマの前に立った。ニールと事を構えるつもりはなさそうだが、その視線はエルキュリエの動きに張り付いていた。
「ということは、お前はラキエ姉ちゃんの妹、というわけだな?」
「ラキエ姉ちゃんとは、ラキエ=アレクサンドラのことですか? そうですね。正確には異母妹ですが」
「なるほど。お陰で探す手間が省けたよ」
「待ってくれ! ニール。この方は君の仇とは無関係だ!」
 必死に抗議するフェミアの前で、ニールの手がエルキュリエの剣を返した。
「その剣は」
 セルマが目を見開くと同時に、剣先までが彼女の姿を映し出していた。
「そうです。あなたの姉、ラキエ=アレクサンドラから託された妖剣、エルキュリエです。俺は彼女からこの剣とある約束を託されました」
「ラキエ姉様があなたにその剣を? しかも約束って」
「セルマ王女、あなたを王国の陰謀からお守りしに来ました」
「へ?」
 セルマとニールの間に立って、一人だけ過剰に緊張していたフェミアの動きが止まった。

 王国軍と剣を交えた以上、ニール達はもはや東部方面軍に復帰できなくなった。宿がない以上、今夜も野宿で過ごさなければならない。焚火が赤々と燃え上がる横で、三人は各々がここにいる理由をほぼ話し終えていた。
「それにしても、もっと早く教えてくれたらよかったのにさ。ニールはてっきり、セルマ王女に復讐するつもりなのかと思ったよ」
「俺の敵は別だ。言っただろ。ラキエ姉ちゃんは密約の濡れ衣を着せられたって。その真犯人を探さないといけない」
「やはり、ラキエ姉様は陥れられていたのですね」
 焚火の明かりを見下ろしながらセルマが表情に影を落とす。
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