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3 舞踏会
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真っ暗闇な外界と比べて、会場内は眩しいほどに金に煌めく置物やタペストリーなど、一目で高価だとわかる装飾に溢れている。
豪華な食事が立ち所に並び、ピカピカに磨かれたフロアに色とりどりのドレスが咲いている。
どれだけ上部を綺麗に取り繕っても、そこにいる人間たちの中身はとても醜いのに。
醜いからこそ、綺麗に着飾るのだ。
自分の装いを。
これが貴族の鎧なのだ。
醜くくて弱い自分を覆い隠して守る鎧。
白い結婚を一年も続けていれば、わたくしがいつまで経っても妊娠しないので、ブランバンティオ伯爵の奥方は不妊である、なんて噂は社交界で面白おかしく話題に上がる。
思わずぐっと、隣を歩くオセローの腕を強く掴んだ。
一瞬、怪訝そうにオセローがわたくしの顔を伺うようにこちらに顔を向けた。
だが、わたくしの表情はいつもと変わらないのがわかったのか、顔を戻してまた会場の奥へと歩みを進めた。
貴族と社交は取って切り離せない。そして、そこに集まる貴族たちの噂話も同じだ。
噂話はそれが意思を持つ茨のように自身で這い回る。そのトゲはわたくしの体に回って突き刺さってくる。
それでもわたくしはなんでもないように冷美に対応しなければならない。
ひそひそとわたくしに隠れて噂話が盛り上がっているのを肌で感じる。
だけれど、わたくしはそれに負けじと背筋をピンと伸ばして気品を保った。
ああ、まただ、頭痛がする。
今度は耳鳴りまでしてきた。
ぐらぐらと頭が揺れるような感覚に耐えながら、こんな時浮かんでくるのはいつもいつも、同じ光景だ。
オセローとメイドのマリーが中庭の薔薇園で手を取り合う姿。
これから何年も何年も、何十年もの間こんな白い結婚を強いられて笑われ、愛する夫オセローがマリーと愛し合う様子を口惜しく思いながら眺めるだけしかできないのか。
これ以上、惨めな生活を強いられて生きていく意味などあるのだろうか?
わたくしが完全に立ち止まって、するりと掴んでいた腕を放してみても、気にせずに歩みを止めないオセロー。
「オセロー、待って」
黒いタキシードを着た大きな背中に言葉をかけても、無駄だった。
騒がしい会場にわたくしの声がかき消されてしまったのか、それとも無視をされたのか。
当然、後者であろう。
彼にはもうわたくしをエスコートする気などないらしい。
足の進む先に仲のいい友人たちを見つけて談笑し始めた。
わたくしは舞踏会の真ん中で立ち止まったまま、放置される。
「クスクス」
わたくしを笑う声が背後から聞こえて来て、それは会場全体に広がっていくような気がした。
皆、にやにや笑いをする仮面をかぶってわたくしを見ているような感覚さえ覚えた。
わたくしがマリーであったならば、きっと彼女はその垂れ目の目をさらに垂れさせ、大粒の涙を流してみせるのだろう。
どうして私を放っておくの、意地悪な人。
私はこんな目に合っているの、オセロー、助けて。
と、涙を流して彼を見つめることで訴えるのだ。
そしてオセローはすぐさまそれに気づき、「ああ、すまない」なんて言って、早足で駆け寄って彼女のか弱くもふくよかな柔らかい体を抱きしめるのだ。
二人の抱き合う姿を想像してしまい、ふっ、と自分の口から失笑が思わずこぼれ出た。
そんな行動をとるなんて、わたくしにできるはずもない。
わたくしのプライドが許さない。
わたくしは誇り高き伯爵家の人間なのだ。
くるりと体を反転させ、一人舞踏会を後にする。
わたくしは夫の後を大人しく追いかけるような女ではない。
わたくしは、わたくしらしくしか生きられないから。
「お、おかえりなさいませ」
ひと足先に屋敷に帰ってきたわたくしに、戸惑った様子で挨拶をしてくる。予想以上に早いわたくしの帰りに驚いたのはメイドたちだ。
舞踏会の日は朝方、日が登って少し明るくなりそうな時間帯に帰ってくるのが通常だったためだ。
慌てて迎えのために準備をし出し、さっと壁際に立ちお辞儀をする。
その中にメイドのマリーもいた。
彼女は最初、わたくしを見て驚いたように口を大きく開いた。そしてオセローがいないことに気づき、安心したようにホッと息をはいた。
それを見たわたくしは、カッと燃え上がる激情にさらに火がついた。
だが怒りに身を任せることはせず、下唇に血が滲むほど噛んで怒りを我慢する。
帰って真っ先に寝室のドレッサーに向かい、引き出しの奥にしまっていた小瓶を手に取る。
「あった……」
催淫剤、つまるところの媚薬というやつであった。
初夜に使うために所持していたものだ。
オセローが帰ってくるまでずっと小瓶をお守りのように握りしめていた。
自分の中の感情がぐちゃぐちゃに渦巻いて、抑え込めない。
まだ外は暗い朝、オセローの乗った馬車が帰ってきた。
オセローは初夜の日から、わたくしが寝室にしている二階とは別に、真上の三階の部屋を寝室とした。
その時は、そんなにわたくしと顔を合わせたくないのかと、怒りが込み上げたものだった。
疲れていたのか、オセローはすぐに寝室に入ると中の音が静かになった。
わたくしは音がしなくなったのを見計らってオセローの寝室へと入っていった。
彼はジャケットを脱ぎ捨て、首もとを緩めただけの姿で、そのままベッドの上に上向けで寝ていた。
ベッドのサイズはわたくしのものより大きいはずなのに、オセローの上背があるせいで小さく感じた。
深く眠りについているのか、全く起きる気配はない。わたくしにとっては好都合だ。
しかし、寝ていても綺麗な顔だ。
目を閉じると、その長いまつ毛が目立つ。
あらかじめ用意していたロープでオセローの両腕を縛りつけた。
少し息苦しそうに口元がわずかに開いていた。わたくしはそこから小瓶の蓋をとり、オセローの口にむりやり流し込む。
「んぐっ……」
苦しそうにキリッとした眉根を寄せたが、それでも美しい顔だった。
それから瓶底に残った液体をわたくしは舌上に落とした。
じわっと広がり、薬草の苦味が舌を刺激する。
それだけでも効果はあると聞いていた。
ひと瓶飲んでしまったオセローはとんでもないことになるだろうけど。
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