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いつからかこの隣国の辺境伯は、こうやって手土産と称してアルブレヒトに貢物を持ってくるようになった。
デューラー男爵領はもうずっと、隣国の辺境に魔物の討伐を依頼している。
魔物たちが活発に動き出す秋ごろに、領民で太刀打ちできなくなると討伐依頼を出しているのだ。
「辺境伯のロヴィス殿だぞ」
小さいころに初めてロヴィスが秋の討伐に来てくれた時に父に紹介された。
アルブレヒトは辺境という名前から自分たちと同じ爵位であるのか、と思っていた。
だから『ロヴィス! ロヴィス!』と呼び捨てて後ろをついてまわっていた。
「ねぇロヴィス!」
「ついてくるな」
そんなアルブレヒトを、ロヴィスは最初冷たくあしらった。
だが、それはただアルブレヒトの扱い方に戸惑っていただけのようだった。
しがない貴族階級のもの同士、仲良くなって、助け合っていかなければ、と必要以上にロヴィスの世話を焼いた。
仲良くなれば、うちの領地をもっと気にかけて、助けてくれるかもしれないという打算ももちろんあった。
食事の際は常にロヴィスの隣に座った。
「ロヴィス、僕が食べさせてあげます。はい、あーん?」
「いらんからやめろ!」
「これはうちで取れたキャロッテなので甘くて美味しいですよ」
「甘いのは苦手なんだよ!」
討伐の前には必ず言葉をかけた。
「ロヴィス、いつも討伐ありがとうございます。気をつけていってきてください」
「……」
「もし怪我をしたら僕が手当してあげますからねー!」
討伐後の怪我の手当ても率先して行った。
「ロヴィス! 怪我をしたのですか?!」
「……かすり傷だ」
「すぐに消毒をして薬を塗りましょう。うちの領地には傷によく効く薬草があるのですよ」
「……ああ」
田畑を荒らす憎き魔物どもを倒してくれて、さらに大好きなブルネの果実まで取ってきてくれる、とあればお世話にも身が入った。
目が合えば笑いかけ、たわいもないことを話したり、隣国のことを知りたい、と質問攻めにしたりした。
「ロヴィスの領地はどんなところなのですか?」
「小国との諍いがたえない小競り合いの多い領地だよ。それに、人の渡りが多いから衝突ばかりで治めるのに苦労する」
「なんだかとても賑やかそうでいいですね!」
「はは、そうだな。いつもにぎやかだな」
アルブレヒトは意識してやっていたことではないが、ロヴィスのネガティブな発言を、すべてポジティブに返していた。
ロヴィスはだんだんと、懐いてくるアルブレヒトを可愛がるようになった。
そして、アルブレヒトのためにブルネを取ってきてくれるまでになったのだった。
「ほら、やるよ」
「え、このブルネ……僕に?」
「ああ、お前のだ」
「ありがとうございます。嬉しいな。ロヴィス、一緒に食べましょう」
「いや、俺は甘いものは……」
「好きな人と分け合うと、さらに美味しくなるんですよ? 知っていましたか?」
「しらない……」
アルブレヒトは遠慮なく、パクり!とブルネを齧り、その残りをロヴィスに差し出した。
ブルネにはアルブレヒトの歯形がしっかりとついていた。
「はい、どうぞ」
「……」
ロヴィスはブルネを遠慮がちに齧った。
アルブレヒトはきらきらと期待の眼差しでロヴィスを見つめる。
そんなアルブレヒトに苦笑しながら、ロヴィスは目を細めて眩しそうにアルブレヒトを見つめた。
「うまい」
「よかった!」
いく年かたったころ、魔物が湧く秋の時期だけでなく、ロヴィスは頻繁に領地に顔を出すようになった。
討伐部隊を引き連れることなく、一人、相棒の飛竜に乗ってふらりとやってくる。
アルブレヒトだけではなく、兄のエミールもロヴィスに懐いていた。
エミールは、アルブレヒトが接するよりは貴族としての節度と距離を保っていたが。
そんな兄の態度も、デューラー男爵家の跡継ぎとしての行動だと、次男の自分とは違うからだと思っていた。
エミールが狩猟の腕がいいのはロヴィスのおかげだ。
同じようにアルブレヒトもエミールと一緒に剣と弓を習ったはずなのに、力の差はありありと出てしまった。
アルブレヒトは次男であったし、男爵家を継ぐわけではないので、狩猟は早々に諦めて、二人が練習している間はシュタルクと遊んでいた。
そのため、飛竜のシュタルクとはだいぶ打ち解けた。
飛竜などという珍しい魔獣に触らせてもらうことができ、兄の訓練に付き合っている間だけだったがロヴィスからお世話を任されてとても嬉しかった。
誇らしい気持ちでいっぱいになった。
年々アルブレヒトの体が成熟し、可愛い天使と評されていた見目も、だんだんと大人びてきた。
それからだ。ロヴィスから時折、強い視線を感じるようになったのは。
物語の中の英雄や勇者のようなロヴィス。
デューラー領地の領民からも慕われていた。
自分の領地である辺境でもきっと領民からの支持は厚いのだろう。
時には兄のようにも感じていたのに、そんな存在から強い視線を浴びせられると、いきなり怖くなった。
視線に気づいてふと顔を上げると、同時に視線は逸らされる。
「……ロヴィス、何か?」
「いや、なんでもない」
何度聞いてもこれだった。
アルブレヒトには訳がわからなかった。
成人前にカスパー王子と婚約した後、その視線はあからさまになった。
あからさまなのは視線だけで、何かされたことはなかったが、見つめてくる視線を隠そうともしなくなったのだ。
体格差も歳の差もある大男に、上から睨みつけるような瞳を向けられて、恐ろしかった。
出会えば威圧感で身が縮むようになってしまった。
それに、カスパー第二王子と婚約した後は、ロヴィスが顔を出す頻度がめっきりと減った。
けれど、秋の討伐には参加してくれて、討伐後は必ず、ブルネの果実を手渡してくれた。
毎回、自領からとれる珍しい果実を手土産に持参してくれた。
果物が大好きなアルブレヒトはもちろん嬉しかった。
熱のこもった視線と、からかいの言葉と一緒に貰う以外は……。
「これはうちの領地でとれるプフィルズィヒだ」
「わざわざありがとうございます」
「お前の唇のように甘そうだろ?」
「……」
こんなのただのセクハラ発言でしかない。
婚約した身で不躾な視線を受けて、嬉しいはずがなかった。
この時すでに、兄同然に慕っていたロヴィスに、苦手意識が芽生えていた。
カスパー第二王子と婚約した後、王室教育を受け始めて様々なことを学んだ。
初歩の貴族階級について教えられた時は、辺境伯というのが王族の次にくる公爵の位に位置していると、この時初めて知ったのだった。
辺境伯と男爵は天と地ほども差があるではないか!
だから兄のエミールはあんなに敬意を払ってロヴィスと距離を保っていたのかと、いまさらながら気がついた。
最初に馴れ馴れしく接しすぎたのがいけなかったのだ。
きっとそれで、アルブレヒトがロヴィスに気があると思い込み、ロヴィスの方もその気になってしまったのだろう。
過去の過ちは取り返すことができないが、それからのアルブレヒトは節度を持ってロヴィスに接するようにした。
それなのに、ロヴィスの熱を持った目線はおさまらない。
おさまるどころかさらに強くなっている気がした。
カスパー第二王子と結婚したら、この視線に悩む必要もなくなると思っていたのに。
王子と婚約破棄した今も、熱くて焼けそうなほどの視線を向けてくる。
その黄色の瞳が野暮ったい前髪の隙間から透けて見えていた。
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