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第6章

謎は多い方が面白い。

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「んぅ...ふぁぁ...」

居間のソファーで少し眠れたから
起きた後の体調はすっかり回復していた。
部屋の中には俺とウィンディだけ。

パタパタ...クイッ

“こっちへ来て”と手招きするウィンディ。
どうやらみんながいる場所へと案内してくれるようだ。



♢屋敷の裏庭

パシャ...パシャパシャ

屋敷の裏庭に本格的な機材を持ち込んで
ドラゴンの写真撮影をしていた。
著書の宣伝用に使うのだとか。

「これでいいかなー?」
「もう少し右...もうちょっと上の方だねぇ...」

真剣な眼差しの伯父。
カメラを持っている時だけはとても真面目だ。
そしてなぜかカレンがモデルとして頑張っている。

「私がモデルになりましょうか?って聞いたらね」
「ローズさんは魅力が強過ぎるからって言われちゃった」

そう言って喜んでいるから突っ込まないけれど
あの小説は確か17歳の少女が竜に恋をする話だったから
母さんは単に年齢制限に引っかかっただけだし
“強過ぎる”もきっと別の意味だと思う。


タッタッタッ...

「レオナルド、もう調子は大丈夫ですか」
「ああ、もう元気になったよ」

俺に気付いたフィオが撮影アシスタントを抜けて来た。
(数分飛んだだけで酔うなんて、格好悪いな俺...)
いつも彼女には心配かけてばかりだ。

“あら...あらあらあら.....”

ふいに何か聞こえた気がしたけれど
まだ耳が少し変になっているのだろう。

「はい、カァーットォ!!お疲れ様カレンちゃん」
「はぁぁ...やっと終わったよー」

一時間こんな事ばかりさせられていたらしく
さすがのカレンも弱り気味。

でも出来上がった写真はまるで小説の世界が
本当の話だったのではないかと思うほどに美しい
少女と竜が見つめ合う幻想的なものだった。

「これで増刷、実写化オファーも期待できますよ」
「あとでログに上げるので見てくださいね」



♢屋敷の南西にある森

撮影機材を一通り片付け終わった後
俺達は少し早めの夕飯をご馳走になった。

「今日はクライフがいないから食べに行こう」
「お薦めの料理屋があるんだ。肉も旨いぞぉ~!」

それを聞いてカレンの目が輝く。
新しく変わった異国の料理を出す店が出来たらしい。


いつも特訓で使う近くの森に入りしばらく歩くと
大きな木の幹がくり抜かれたように広がっていて
そこに無理矢理はめ込まれたような扉が。

「異世界激辛食堂 娘娘...なんだそれ」
「扉しかないよー?」「まあ入ればわかるって」

カランカラン...
「イラッシャイマセご主人さま~」
「5名さまと小さな妖精が1匹ですね、どうぞ中へ」

煌びやかな装飾と見慣れない異国の雰囲気。
これってもしかして...

「異世界と通じてるのかって?んなわけないだろぉ」
「ファンタジー小説の読み過ぎだなレオナルド」
「そうよ、考え方が子供ねあなたは」

伯父と母さんにひたすら笑われた。
これは今話題の映画“異世界の竜と紅い月”の
劇中に出てくる架空の店“娘娘ニャンニャン”であり
宣伝のために全国を期間限定で回っているそうだ。

「まずはなんといっても小籠包だなぁ」
「ドラゴン!だいすきー」

しゅわわん...

不思議な器を開けると白くてクタッとした
変な丸いのが5つ入っていた。

「これ熱いから気をつけろよぉ」
......プチッ「アッヅウ!!!」

自分で言って真っ先に火傷している...馬鹿だ。
味はすごく美味しかったけれど、カレンは...

「これ...美味しいけどお肉が少ないよー」
「それにドラゴン肉じゃないような気がする」

とても不満そうな顔。
次の麻婆豆腐も挽肉が少しとあとは豆のゼリー?
のようなもので、俺は美味いと思ったけど
カレンには全然肉の要素が足りない。

結局食べたのは肉団子と青椒肉絲の野菜抜き。
フィオも苦手なものが多かったらしく
杏仁豆腐という甘いデザートばかりを食べていた。

「やはり不思議ですね...杏仁なんて知りませんし」
「食材はどこから入手しているのでしょうか...」

小声で意味深なことを聞くフィオ。
彼女も俺と同意見のようだ。この店はやはり.....
まあ、謎は謎のままにしておこう。

「ご馳走さまでしたフェルナンドさん」
「いやいや、こちらもわざわざ呼んでしまって」

フヲン....バッサバッサ...

母さんを乗せたドラゴンは月夜に黒光りして
まさにファンタジー小説の一場面のように見えた。
一緒に乗って行くか聞かれたけれど
俺はきっとまた耐えられそうにないから
月明かりで照らされた道を歩いて帰った。
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