もふもふ吸収スライム、冒険はじめます― 撫でられるほど強くなる ―

チャチャ

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第10話 北港、氷室の霜鳴り

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【前話あらすじ】
・橋倉の共鳴室を突破し、灰鳩の“喉”を閉鎖。黒嘴印=外部口の“港筋”を発見。
・庭の上書きは定着。次は“海の線”――北の港で氷室と海路を断つ。

 北港は朝から騒がしい。錨鎖の響き、帆を引く掛け声、魚籠の氷。潮の匂いは強く、薄荷はすぐに流される。
「人、多いね」
《雑音:高。遮音毛 50%展開推奨》
「海の音、嫌いじゃないけど」
「撫での効き、半減してる」
《場所バフ:港=食と騒音。撫で係は食で補助》

 埠頭の端で、港衛士が腕を組んでいた。顎には潮焼け、目は眠くて鋭い。
「書き付けは?」
「ギルド出張票。灰鳩関連の監査」
「最近“黒い嘴”の札を見たという噂があるが」
「噂の正体、今から嗅ぎます」
《事実上の通行許可》

 港の一角に、低い石の倉が並ぶ。扉の上に雪の印――氷室。真夏でも息が白い、港の冷たい心臓だ。扉脇の金具には小さな輪と刻印。
《鍵種:霜鳴り鍵》
「名前からして寒い」
《温度勾配で金属が鳴く→音列で開く。外乱に弱い》
「外乱=波と叫び声」
《遮音毛:追加展開》

 俺は【遮音毛】を広げ、外音の谷間を作る。リナは扉の前で膝をつき、金具の霜を指で払った。出てきた刻印――“低・中・微”。
「“微”ってなに」
《可聴域ぎりぎり。人には聞きづらい》
「俺なら鳴らせる」

 まずは周囲の観察。氷室の裏手に排気の細孔、屋根の縁に氷槽の補水。裏口沿いの小路には干物屋と煎餅屋。……煎餅?
「塩煎餅の香りが勝ってる」
《撫で補助 食》
「終わったら買おう」
「“終わったら”ね」

 港衛士が顎で示す。「開けられるのか」
「開ける。けど“閉め方”から」
《霜鳴り鍵は開閉の“戻し音列”がある。先に覚える》
 俺は金具の薄い鳴きを【弦毛】でなぞり、【鰭毛】で音を前に送る。氷の隙間で鳴った“チ”の尾を吸って、薄い“ィ”を拾う。
《戻し音列:微→中→低》
「先に閉め方OK」

 開錠は、低→中→微。外乱で“微”が飛ぶ。だから、微は貼る。俺は【撥油毛】を霜の縁に薄く塗り、細い音路を作る。
《音路=前に送る溝》
「リナ、扉に手。クー、見張り」
「了解」
「きゅ」

 低。金具が息を吐き、霜がほんの少し割れた。中。内側のばねが温む。微――聞こえないはずの細音が、撥油の溝をすべって鍵座へ届く。
 かち。扉は“重い空気”を吐き出して、わずかに開いた。
「開いた」
《温度低下。芯に注意》

 中は青白い冷気。氷棚、魚箱、布に包まれた“粉の小壺”。壺の封蝋の印は黒嘴。
「あった」
《柑金ではない。冷匂:薄香。氷で匂い線を“寝かせる”タイプ》
「匂いで釣るんじゃなく、長距離で“起こす”?」
《可能性:高。海路で揺れて立ち上がる》

 床に“霜の罠線”が引かれていた。踏むと霜が鳴り、外扉が自動で閉じる。
「罠、雑」
《雑でも寒い中で効く》
 俺は【吸着毛】で霜線をやさしくすくい上げ、線の“鳴き”を別の氷板へ移す。霜はそこでちいさく“リン”。本線は沈黙。

 壺を一つ、封蝋だけ【撥油毛】で“型取り”して【吸収】、封を偽装し直す。中身は触らない。証拠品は保安へ渡す。
《偽装:港内監査に必要最小》
「壺の送り先、札は?」
 棚の奥、札束。見慣れた切り込みと……黒嘴の刻印。行き先は“北灯台の浮標倉”。
「海に浮かぶ倉?」
《灯台の基礎に小倉。潮に乗せて“声”を広げる》

 外がざわついた。誰かが氷室の前で声を荒げる。「監査? 聞いてないねぇ」――肩に黒布、刺繍は嘴。
「来た」
《小隊:五。荷役に偽装》
「コメディにしては多い」

 扉は半開き。俺は霜鳴り鍵の**戻し音列(微→中→低)**を指先で準備しながら、クーに目で合図を送った。
「作戦“揺り戻し”」
「きゅ」
《命名:そこそこ》

 黒嘴の一人が扉を押す。中から冷気を食らって一瞬たじろぐ。好機。俺は微→中→低を素早く送り込み、扉を“閉める”。
 ごう、と冷気が吐き戻され、相手は後ろへよろめいた。
「うおっ」
 そこへリナの声。「ここ、冷えるから外で話そう」
「外で」
《接客 100点》

 外に出ると、港衛士が肩で風を切りながら立っていた。
「監査なら俺を通せ」
「助かる」
「で、そこの“嘴”。荷札を見せろ」
 黒嘴たちは笑ってごまかそうとしたが、俺は氷室印の札に【撥油毛】で細い“偽線”を描いた。――線は浮く。本物は沈む。
 衛士は札を光に透かし、片眉を上げた。「――偽。収用倉行きだ」
「は?」
「ざまぁ」
《言ってはいない》

 衛士の笛が鳴る。保安が走って来る。黒嘴は散り散りに逃げようとしたが、埠頭は人が多すぎる。帆柱の影、荷車の列、カモメの低空。逃げ道は、ない。

 俺はその隙に、氷室の排気細孔へ【弦毛】を差し入れ、微を一つ“逆相”で打った。
《霜鳴り鍵:監査モードへ》
「鍵、監査モード?」
《衛士の刻印があれば開く/一般の音列では開かない》
「今日の仕事、完了」



 港の浮標倉へ向かう小舟の列を眺めながら、俺たちは塩煎餅をかじった。歯が当たる音が、波音に混じって気持ちいい。
「海は音が多いのに、まとまってる」
《広い場所は“音の逃げ道”が多い》
「撫では?」
「風向きと一緒に」
《撫でログ:六》
「増えた」

 グリッサが合流するまでの間、港の地図を広げる。北の灯台、浮標倉、潮の流れ。黒嘴の線は“海路”で一気に伸びる。
「海で匂いを立てるなら、霧鐘とセット」
《霧鐘=濃霧時の合図。共鳴しやすい》
「鐘、また」
《好き》

 港衛士が戻ってきた。「氷室は監査に移行、黒い連中はしばらくおとなしくなる。……お前ら、次は?」
「浮標倉」
「舟は出せる。が、霧が出るぞ」
「霧は撫で」
《新スキル案:【霧撫で】※名称仮》
「仮名のままで」



 夕方、桟橋の端で薄影が待っていた。仮面は濡れて、目元は機嫌が良い。
「早いな。氷室を“閉めた”か」
「鍵は衛士に返して、監査モード」
「上出来だ。浮標倉には“霧鐘の鍵”がある。鐘の腹に小さな氷苔。それが鳴きを変える」
「苔まで?」
「自然はよく働く」

「浮標倉の周波は?」
「“低・微・低”。霧が濃いと“微”が伸びる」
《微処理=俺の領分》
「ところで、白衣“γ”の配合表。港で見たか」
「まだ」
「なら、灯台の上」
 薄影は短く手を振り、波の影に溶けた。



 夜、桟橋は静かになる――はずが、港は眠らない。帆布が乾く音、修繕槌の小さな音、遠くの笑い声。
「出ようか」
「その前に、もう一枚」
 リナが港の屋台で焼き魚を買ってきた。皮はぱりっと、身はしっとり、湯気と塩。
「美味しい」
《撫で補助:最大》
「それ、撫でじゃない」
《心の撫で》

 小舟が一つ、用意された。船頭は小柄で、舟歌がやたら上手い。
「浮標倉まで、歌で行くよ」
「合図、混ざらない?」
「混ざるけど、気にしない」
《強者》

 沖へ。港の灯が背後でちいさくなり、霧が低く降りてくる。波は規則を忘れ、音は丸くなる。
「微が伸びる」
《霧鐘の腹:近》
 やがて、闇の中にぼんやり光る影――浮標倉。鎖に繋がれ、ゆっくり揺れる小倉庫。側面に鐘。鐘の腹、薄く白い苔が呼吸するように見えた。

 まずは周囲の雑音を切る。俺は【遮音毛】を一段厚くし、【弦毛】で“低”を軽く鳴らして、鐘の腹の癖を舌で読む。
《氷苔:冷たい息で“微”が立つ》
「息、吸って、置く」
 俺は胸の奥で冷たい空気をひとかけ吸い、【鰭毛】で前へ押して“微”を鐘の苔に置いた。苔がかすかに震え、鐘の腹が低・微・低を答える。
「鍵、動く」
《浮標倉:解錠》

扉が開く。中には黒嘴の**海路札**と、舶載の**冷香壺**。そして――白い紙片。見覚えの**“γ”**。

「白衣の字、発見」
《港経由で“外”へ。黒嘴は輸送》
「つまり、叩く相手はまだ先」

 背後で、霧鐘が遠く鳴った。誰かが合図を変えようとしている。
「閉めの歌、いく」
 俺は低・微・低の戻しを送り、扉を監査へ折り返す。同時に、海路札を【撥油毛】で“浮かせ”、港衛士の刻印を待つモードに変える。
《海路、明朝まで停止》

 舟歌がもう一節、高く上がった。霧が流れ、星が一つだけ見えた。
「港、第一段階完了」
《ログ:氷室閉/浮標倉監査/白衣“γ”痕跡。撫で回数:十》
「二桁」
《記念》

【今回のスキルメモ】
・【遮音毛】:雑音を切って“微”を通す。港みたいな騒がしさ対策。
・【弦毛】:鍵の“鳴き”を舐める/合図を鳴らす。
・【鰭毛】:音を“前”に押す。微を苔に“置く”のに便利。
・【撥油毛】:音路・封蝋偽装・札の“浮き沈み”検査。
・【吸着毛】:霜線や粉を優しくすくって転写。
・【吸収】:音圧や微振動の吸いすぎ注意(寒冷地では喉痺れリスク)。

 舟は小さく、空は広い。音は細く、でも届く。
 霧の向こうで、鐘はまだ眠っている。起こすのは、合図だけでいい。
《海図更新:浮標倉/霧鐘/灯台上“γ”》
 港の犬が一度吠え、すぐに欠伸した。平和は、少しだけこちら側。
「戻ったら、煎餅をもう一枚」
《撫でログ:十一(予定)》
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