もふもふ吸収スライム、冒険はじめます― 撫でられるほど強くなる ―

チャチャ

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12話 外港の喉をやさしく塞ぐ- 逆相潰し、非破壊で ー」

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外港は港本体より暗い。灯は節約、風は真横、波は硬い。杭の列が黒い歯みたいに並び、潮がその歯の隙間で鳴く。
「緊張してる?」
「してる。けど撫では軽い」
《撫でログ:十五》

 小舟を杭の陰に滑り込ませ、俺は【遮音毛】を薄く重ねた。外→内へ三層の斜め。足音は波の拍と重ねて歩く。
「風下から入る」
「了解」
 薄影は仮面の口元を押さえて笑い、リナは短剣の背で弦を弾くみたいに呼吸を整えた。クーは尾で舟べりを叩き、舟歌の代わりの合図を二回。

 外港の堤は石と木が交互だ。木の部分は足音が若い、石は古い。若い音は跳ねる。古い音は沈む。俺は沈むところを選ぶ。
《足場選択:沈→沈→跳→沈》

 目当ての小屋は防波の外れにあった。屋根に錆びた板、壁は半分が網と浮き。扉の脇に丸い金属の孔。
《裏返し口:発見》
「これが“逃げ道”?」
「うん。逆相潰しが止める前に、微を裏へ通す穴」

 小屋の中は狭い。中央に円筒、その周りに薄い板が花びらみたいに並び、潮の上下で回る仕掛け。円筒の端に笛みたいな管が三本。
《逆相車:潮駆動/位相板:低・中・微/微は遅延》
「白衣の図面どおり」
「遅延の分だけ、貼り微が間に合う」

 俺は【撥油毛】で管の内側に薄く滑りを作る。微は滑り台が好きだ。次に【弦毛】で低を短く、【鰭毛】で前に押して、遅れて来る微の座を一つずらす。
「半拍、後ろ」
《二重送波:先回り+後打ち》
 逆相車の羽根が嫌がるみたいにきしみ、次の瞬間、音は小さく咳払いしたように途切れた。止まったわけじゃない。止め“すぎない”ことが大事。

 外から靴音。黒布の刺繍――嘴。二人、そして荷役のふりをした一人。
《小隊:二+一(偽装)》
「どうする?」
「案内してもらおう」
 薄影が小屋の影を出て、にこりと仮面を傾けた。「監査。手短に」
「聞いてないぞ」
「聞いてない、はよく聞く」
《港あるある》

 俺は【吸着毛】で床の砂鳴りを拾い、壁の古い合図札に貼った。砂は札の線に沿って鳴く。足音の乱れは、こちらの合図に合わせて“おとなしく”なる。
「落ち着いたね」
「落ち着いた“ふり”」
《偽装:成功》

 黒嘴の一人が工具箱を置き、逆相車の側板を開けた。中から出てきたのは、微を潰すための薄い骨車――骨のように細い輪が三段。
「触るなよ」
「触らない。見るだけ」
 俺は【弦毛】で骨車の“鳴き”を舐め、【吸収】で薄い匂い線だけを抜き取る。オイルは安い、組みは粗い。つまり、強くはない。

「ところで」薄影が言う。「点検票」
「……」
 リナが荷札をひょいと持ち上げた。「この切り込み、王都工房の様式と違うね」
《偽札:疑い》
 俺は【撥油毛】で札の縁に極薄のオイルを塗り、光で“浮かせる”。本物なら沈む、偽なら浮く。
「浮いた」
「偽」
《決定》

 黒嘴の肩がこわばった。手は懐へ――笛か。俺は一歩踏み出し、【遮音毛】を黒嘴の手元だけに濃くかけた。笛の鳴きは指の中に閉じ込められて外へ出ない。
「今は静かに」
 リナの短剣の“背”が手首をはたき、クーが尻尾で足を払う。こてん、と転んだところで薄影が縄をかけた。
《非致傷:完了》

 残った偽装の一人は小屋の裏手へ逃げる。そこには……犬。港で煎餅をねだった、あの犬だ。俺はポケットから塩煎餅を一枚出す。
「交渉」
 犬は吠えずに袋を見、逃げかけた男の道をふさぐ。そして俺の手から煎餅を上品に受け取った。
《撫でログ:十五→十六(+犬)》
「いい子」
「きゅ」

 逆相車の調整に戻る。ここからが本番だ。潰しの骨車は三段――低と中は強いが、微は遅い。遅いなら、置き場所をずらす。
 俺は【鰭毛】を二手に分け、先回りで“座”を作り、後打ちで“矢印”を置く。貼り微の角度は白衣の三角どおり。結果、微は潰されずに裏返し口へ逃げる。
《効果:逆相潰し→無力化(非破壊)》

「壊さないんだ」リナがささやく。
「港の耳は残す。止め方だけ変える」
「倫理」
《うむ》

 偽札の束から送り先を読む。外港から待機舟、待機舟から沖の“集荷母船”。そこに“冷香壺”。海の線の本丸は、やっぱり沖だ。
《ルート:外港→待機舟→母船》

 小屋の外で風がひゅうと鳴る。潮が高い。長くは居られない。
「監査印、貼る?」
「貼る。けど見せる相手は選ぶ」
 俺は【弦毛】で短い低を二つ送り、逆相車を“監査モード”へ折り返した。一般の合図では動かない。衛士の刻印でだけ動く。

 犬が鼻先で俺の手をつつく。まだ煎餅が欲しいらしい。俺は小さく割ってもう一欠片渡した。
「撫でに含まれる?」
《含む(犬)》
「いい定義」

 黒嘴を縛った縄の結び目を確認し、薄影が小屋の扉に封緘札を貼った。紙の角はしっかり尖っている。尖っていても、柔らかい。
「外港の線、切断」
「次は待機舟」
《作戦:喉帯 海-三(舟)》

 撤収の前に、もう一つだけ。俺は骨車の側面に小さな印を残した。丸に短い矢印――“戻す印”。誰かが無茶をした時に、音を止める目安になる。
《停止印:設置》

 堤の外へ出ると、霧が低く降りてきた。風は少し曲がり、波の拍は遅くなる。夜の港は、静かに“始まっている”。
「行こう」
「うん」
 俺たちは舟に戻り、杭の影を抜けて、沖の黒い起伏へ舳先を向けた。

 待機舟は外港の北寄り、風下に隠れるのが常だ。薄影が地図に指を置く。
「巡回は二刻半。荷の上げ下ろしはその間の中頃」
「じゃあ、そこで割り込む」
《割込点:風下→船腹→甲板》
 俺は【撥油毛】で手のひらに薄膜を作り、水をはじく。クーは膜の端を舐めて、浮力を確かめた。

 白衣から借りた薄い三角定規みたいな“微板”を取り出す。角度は三つ――浅、並、深。深は危ない。今日は並。
「強すぎないほうが、伝わる」
「撫での基本」
《やさしさ=効率》

 港衛士が外港の端で短い笛を二度。合図は静かで、でも遠くまで届く。
「行ってこい」
「行ってきます」
 俺は胸の奥で低を一つ鳴らし、微を細く結んだ。音は見えない綱。綱は強く張らず、たわみを残す。

 堤の上を黒嘴の見張りが通る。靴底は厚く、音は鈍い。鈍い音は遠くに届かない。だから、怖くない。
「撫でる?」
「撫でない」
《節約》

 小屋の外の水面に、小さな浮き輪が二つ流れていく。誰かの夜釣り。糸が夜風に鳴って、二度だけ高い音を置いた。俺はその音を“道しるべ”にする。

 逆相車の側板には小さな刻印がいくつも刻まれていた。職人が残した合図――矢印、点、短い線。俺はそれを順に指でなぞり、音の通り道を頭の中で組み替える。
「ここで低が前に、ここで微が遅れる」
「目で見えるの?」
「指が覚える。撫では、手のほうが賢い」
《指記憶》

 骨車の軸は海水で膨らんだ木に刺さっていた。乾くと縮み、濡れると膨らむ。日によって鳴きが変わる。俺は【撥油毛】で軸の片側だけに膜を置き、片減りの音を均した。
「片方だけ?」
「両方に置くと、止め過ぎる」
《過度禁止》

「取引しよう」偽装荷役が懐から小袋を出した。中で金属が触れ合う音。軽い。
「それ、薄いね」
「見逃してくれれば」
「パンのほうが重い」
 俺がそう言うと、薄影が肩を震わせ、リナが真顔で頷いた。クーは袋の匂いを嗅いで、一歩だけ後ずさる。
《価値基準:塩・パン・倫理》

 小屋の梁に古い札が貼られていた。“鳴り続けるものは、いつか壊れる”。鐘守の字だろう。俺はその札に掌を当て、短く深呼吸をした。胸の中の低は、落ち着ける薬みたいだ。
《呼吸=低》

 外で鎖がこすれる音。錨鎖が潮で伸び、金属の歯が互いを噛む。俺は【吸着毛】を細く伸ばして鎖の接触点に触れ、鳴きの角を丸くした。音は怒らず、ただ息をする。
「便利」
「撫では音を怒らせない」

「撫での三原則、教えて」リナが言う。
「一、正面から押さない。二、戻し方を先に決める。三、強いより、届くほうがいい」
「覚えた」
《三原則》

 堤の肩で、猫が一匹こちらを見ていた。目は灯の色を反射し、尻尾は杭の影に消える。クーがそっと尾を振ると、猫は欠伸をして、見張りの足音に合わせて体を伸ばした。
「敵?」
「味方でもない」
《中立》

 封緘札は薄影の手元から出てきた。角がきっちり四十五度、紙は少し厚い。薄影は糊ではなく、【撥油毛】で紙の繊維を整えてから貼る。剥がすときだけ、静かに剥がれる。
「乱暴に剥がすと音が立つ」
「乱暴は、嫌い」

 白衣の学者が書いた注釈を思い出す。“微は時間の器。遅らせれば、やさしくなる。急がせれば、鋭くなる”。俺は器を広げるほうを選ぶ。
《設計思想:やさしさ優先》

 遠くで霧鐘が一度だけ鳴った。低い一。すぐに返事の微が薄く続く。港は起きていて、でも眠ってもいる。そのあわいで仕事をするのが俺たちのやり方だ。
「眠い?」
「すこし」
「パン」
《復活》

 撤収の手順は短い。工具は触らない、印は残す、戻しの合図を必ず打つ。俺は骨車の影に小さな三角を描き、音路の矢印をほんの少しだけ浅く直した。誰かが無茶をしても、戻りやすいように。
《フェイルセーフ》

 杭の影から舟に戻る途中、波が板を叩いて、小さな飛沫が頬にかかった。塩は軽く、眠気はそこだけ剥がれる。俺は【弦毛】でその拍子に短い低を重ね、今夜のテンポを胸に記録した。
《テンポ:波 四→四→三》

 沖の黒い起伏の向こうに、ぼんやりした影が見えた。待機舟だろう。風下に頭を向け、帆はたたまれ、甲板には低い荷の影。
「次、どう入る?」
「正面から行かない。低い線で包んで、撫でで角を丸めて、やさしく取る」
「やさしく」
《合言葉》

 裏返し口の内側は、意外と滑らかだった。職人が指で磨いた跡があり、角は丸い。俺は【撥油毛】でその丸みをなぞり、薄い膜をかぶせる。膜は音の雨具。強い雨は弾き、細い霧は通す。
「ここ、誰の手?」
「港の誰か。信じたい手」
《見えない職人》

 巡回の足音が近づく。俺は【遮音毛】で小屋の内側に半球を作った。音が外へ出ない、でも息は苦しくならない薄い層。薄影が指で三拍子、リナが二拍子。俺は一拍おくれ。
「ずらす理由?」
「全部が同じだと、揃って見える」
《ズラし=安全》

 波の陰から、小さな櫂の音。巡回の小舟だ。灯は落とし、耳だけで進む。俺も耳で数える。櫂の入る角度、返す角度、沈む音の深さ。数は少なく、リズムはまじめ。真面目な舟は、無茶をしない。
「通り過ぎる?」
「通り過ぎる」
 小舟は影のまま、霧の向こうへ消えた。

「指温、押した?」薄影。
「押した」
 監査の合図帳は外港の端にある小さな箱だ。扉は薄い金属、触るとひやり。指で押すと、温度の変化がゆっくり印になる。俺は灯台で覚えた通りに短い低を胸で打ち、箱を閉じた。
《責任の印》

 昔のことを思い出す。前世、深夜のビルで清掃用のワックス機が鳴らす低い音に、なぜか安心した。一定で、やさしくて、誰の言葉でもないのに、人を休ませる音だった。
「似てる?」
「似てる。港の低も、人を休ませる」
「だから使い方」
《倫理:反復》

 薄影が歩き方の練習を始める。三歩まじめ、四歩ふざけ、二歩まじめ。ふざけると言っても肩を一ミリ落とすだけ。リナは笑いを肩の奥で我慢し、クーは堂々と尻尾で拍を取る。
「真面目すぎると、目立つ」
「ふざけすぎると、もっと目立つ」
《中庸》

 外港の端にある古い飲み水の樋から、細い水が落ちていた。石の受け皿は浅く、底には小さな貝。水が貝を叩くと、かすかな微が立つ。俺は指を濡らし、その微を借りた。
「借用?」
「返す」
《借りて返す》

 黒嘴の縄を持つ手が重くなってきた。薄影は結び目を確認し、結い目に短い低を一つ打った。ほどけにくくなる迷信みたいな手順。でも、効く。
「昔の猟師のやり方」
「合理」

 撤収の直前、俺はもう一度だけ骨車の鳴きを確かめた。遅れてくる微は裏返し口へ吸い込まれ、表の笛は静かに息を止める。止め続けるのではない。必要なときだけ止められる。
「よし」
《監査モード:継続》

 堤を離れる。海は黒と銀のまだら、灯は点の行列。俺たちは行列から少しだけ外れて、しかし同じ方向へ進んだ。
 低い一を胸に、微を指先に。戻しの印は、いつでも取り出せる場所に。
 俺たちは舳先を沖の影へ向け、低を一つ、微を細く、そして戻しの印を胸に置いた。やさしく、でも確かに。
《海図更新:外港=静、次:待機舟=動》
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