二十五席目の君 ― Cafe Twenty-Five

チャチャ

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第14話「総務にも、二十五文字の壁」

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 朝の総務室に、A5の台紙が十枚。葵と二人で掲示板の横に25ミリ間隔でピンを打っていく。角は丸く。
 タイトルは、昨日のカフェと揃えた。

《“今日のよかったこと(25文字以内)”》

「社内でやると、地味に効くやつ」

「静かに効いてほしい」

 最初の一枚は葵。

《二十五分、メール送らなかった自分えらい》

 二枚目は私。

《九時二十五分、合言葉で背筋が伸びた》

 掲示板の前を通った経理の石原さんが足を止め、うーんと唸ってから鉛筆を走らせた。

《二十五段の階段で息切れしなかった》

「勝者」と葵が小声で言う。たしかに勝者だ。

   ◇

 昼。Twenty-Fiveの黒板には、昨日からの新しい札。

《“見てる時間”の二十五文字 — 最大25枚まで —》

 壁は12/25。余白が呼吸している。
 私は25番席に座り、ブレンドを頼む。湊の声はいつも通り、でもやっぱり近い。

「総務の壁、どうでした?」

「三枚増えた。『コピー機に怒らなかった』と『昼休みの太陽を浴びた』と、あと『背伸びで肩が鳴った』」

「最後の、好きです」

「私も」

 トレーの端に、今日の25文字を置く。

《二十五分の余白が、仕事の角を丸くする。》

 湊は読み、世界最速の頷きで返した。

   ◇

 “見てる時間”一回目。白テープ25センチの内側で、親子が二十五秒だけ立つ。
 終わりの鐘のあと、湊が整理券の裏を受け取りに回っていると、カウンターの電話が鳴った。短く、固い音。

「……はい。――取材の件、ですね」

 私は顔を上げた。受話器の向こうの声が、受話器越しでも“仕事モード”とわかる温度で続く。

「“二十五分焼きたて”を拝見したく。来月の25日に合わせて、写真とインタビューを」

 湊は一呼吸置き、視線だけこちらに送る。私は頷いた。
 受話器に戻る声は、やわらかく、しかし曖昧さを残さない。

「ありがとうございます。お客さまの“見てる時間”を守る運用のため、撮影は二枚/立ち上がり二十五秒のルールを取材にも適用させてください。
 記事公開は12/25以降、価格や運用の“練習中”表記をそのままの言葉で」

 沈黙。相手は戸惑い、そして笑った。

「……珍しい条件付きだ。いいですね、練習中。編集に通します」

 通話が切れる。私は胸をなでおろし、湊は受話器を静かに戻した。

「“練習中”は、怒られにくい言葉」

「侑里さん語録、借りました」

「使用料は端で」

「高い」

 笑いが落ち着くと同時に、店の奥で小さな異音。オーブンのファンが、一瞬だけ遅れた。
 湊が耳で温度を測るみたいに目を細める。

「……温度、二十五度落ちました。次の回まで二十五分。間に合わせます」

「裏の分電盤、2-05は昨日触りました。今日は機械側です」

「はい。ファン側を掃除します。――もし“間に合わない”になったら、“見てる時間”を一回休みに」

「壁に札を出す。“二十五分、焦らない”」

「いいです。焦ると甘さが逃げます」

 厨房で金属の音。私は黒板に小さな札を出した。

《オーブンの機嫌を整えています。
 二十五分、焦らず待ちます。》

 札を見たパン屋の店主が、親指を最速で立てる。頼もしい副業だ。

   ◇

 次の回は、ぎりぎり間に合った。オーブンの呼吸が戻り、層がふくらむ。
 “見てる時間”の終わり、整理券の裏に書かれた25文字。

《二十五分、休みも含めて、見てた。》

 壁に並べる。13/25。余白が少し狭くなるのに、息苦しくならない。
 私は湊に親指を立て、彼は世界最速で頷いた。

   ◇

 午後。総務の壁にも人が集まり、二枚だけ写真を撮っていく。「二枚まで」の札が効いている。
 葵が私の耳元で囁く。

「広報が『12/25に“練習中の総務”特集やりたい』って」

「練習中が伝染した」

「感染経路:あなた」

「ワクチンは端」

「治療費たかい」

 笑いを飲み込みながら、私は25分を刻んで手順書を進める。25項目のうち、14まで埋まった。

   ◇

 15:25。窓際の四角い光は、少し冬寄りになっている。
 湊が端を薄い箱に入れて持ってきた。25のエンボス。紙の擦れる音がやさしい。

「“取材”、来月の25日。運用のルールは守ってもらえそうです」

「“練習中”の札、店にも総務にも掲げたから、揃えられる」

「はい。……それと」

 湊が少しだけ表情を整える。
 受話器では言わなかった“個人的な”方の連絡らしい。

「母に、壁の写真を送ったら、『25枚全部埋まる前に、見に行きたい』と」

「最高の取材」

「たぶん、**Room 205(玄関)**にも寄りたいと」

「玄関、25分用に掃除する」

「お片付けのプロ」

「総務のプロです」

 笑ってから、少しだけ沈黙。
 私はクラフト紙に25文字を書き、トレーに置いた。

《二十五枚が埋まる前に、会いに来て。》

 湊は目で読み、ゆっくり頷いた。世界最速より、少しだけ長い頷き。大事なときの節度。

   ◇

 閉店後。椅子を上げ、白テープ25センチの端を指で押さえ、壁の紙を14/25まで整える。
 湊が“控え”を作りながら言う。

「12/25の最終判断、店も人も“選ぶ練習”の通過点にします」

「うん」

「その日、5:25のバスに乗る計画、覚えてます?」

「忘れない。“二十五回目のスタンプの朝に”の予行演習」

「早起きの練習、必要です」

「アラーム三本で勝ちます」

 合言葉。

「九時二十五分、二回で開きます」

「十五時二十五分に返します」

 鈴。外はぐっと冷え込んで、吐く息が白い。
 歩きながら、葵にメッセージを送る。

《明日、広報と15分。壁の運用説明。25文字で要点出す》

《任せた。端は買いに行く》

 端は通貨。最強。

   ◇

 夜。Room 205(玄関)。
 フレームの前。二人で座って、今日の“よかったこと”を交換する25分。

「先にどうぞ」

「“二十五分、休みも含めて見てた”の紙。店が、休み方を覚えた気がした」

「よかった。私のは――」

 言葉の順番を整える。
 深呼吸は二回。三回は逃げ腰に見えるから、やめた。

「総務の壁で、**『二十五分、メール送らなかった自分えらい』って書いた人がいて。
 それが昼過ぎには、『二十五階の会議より、二十五番席の光がまぶしい』**に繋がってるのを見た。
 数字は橋になれるって、確定で思った」

「確定、いい」

 湊は頷き、今日の更新を差し出す。

「二十五番目の理由。
 『“練習中”って言える人と続けたい』」

 胸が、音のない音で鳴った。
 私は壁のメモに、鉛筆で薄い丸をひとつ。合意の丸。消せるけど、消さない。

 玄関の灯りが、靴の線でやわらかく割れる。25分は、体の奥で終わりを知らせる。
 扉を閉める直前、いつもの合言葉の代わりに、明日の予告を置く。

「明日、母上いらっしゃるかもなんですよね」

「はい。世界最速の頷き、更新される気がします」

「記録、見届けます」

 鈴の記憶が頬に触れる。
 明日、壁は15/25になる。余白は、まだたくさん。埋めすぎず、呼吸するために。

――――

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