31 / 79
第31話「貼る朝の二十五秒」
しおりを挟む
開店前、テーブルの上の“お返事束”をほどく。
黒板右下の25ptの丸は、静かなまま。
《寄り道は二十五歩まで。》
壁の「二十五文字」は24/25(+透明)。
足元灯25ルクス、青ドット六つ(25ミリ間隔)、矢印25枚は位置ズレなし。
レジ横の25円のビンは残高:44。■は一本だけ塗らない――満ちそうで止める。
「貼ります?」
「貼りましょう。“二十五秒で一通”」
湊が世界最速ではない頷き。余白のある速さ。
砂時計(25秒)を伏せ、一通目を貼らずに置いて角を合わせ、それから静かに貼る。
紙の音が小さく鳴る。その音で目が覚める人がいる。
一通、二通、三通……五通。
貼り終えた列は、昨日よりほんの少しだけ、近い。
◇
一回目の“見てる時間”。
白線25センチの内側で、子どもが唇で二十五秒。父親の手が湯たんぽ。
終わりの合図のあと、貼られたばかりの返事の前で、小さく息を呑む音。
《湯たんぽの手を、来年も借りましょう》
若い母親が、ポケットの中の指を握り直してから、25円を一枚。残高:45。
壁に新しく25文字。
《貼る朝の音で、胸の角が丸くなった》
◇
昼前。葵が総務から到着。完治の顔。
胸元のカードはクリップ(ゴムつき)、二重押しの印がついている。
「“お返事(社内版)”始動。五通/日、翌朝貼付。
“やさしい声量”も周知済み」
「総務の返事、見に行きたい」
「昼過ぎに二十五歩だけ寄り道して」
葵は壁の下にA5を一枚。
《“返事は翌朝”で、言い過ぎが消えた(助かる)》
湊が親指を最速で立てる。
◇
その少し後。黒板の前で、短い摩擦。
スーツ姿の男性が腕時計を見ながら、整列の矢印を逆走しようとした。
湊が青ドットの上で一歩だけ前に出る。
「すみません、矢印は順番でお願いします。
――“二十五歩で一周”、すぐ着きます」
男性は胸ポケットの招待カードを触り、ふっと息を吐いた。
「……“止めるアルバム”、見ました。今日は止まります」
ビンに25円。残高:46。
私はアルバムの背に12ptで11/25と記す。
◇
二回目の“見てる時間”。
終わる直前、昨日の彼が自分で三回目の指を下ろし、返事の列を読む。
新しく貼った三通目。
《止められた分、甘さが逃げなかったね》
彼は小さく笑って、壁に25文字。
《逃がさなかった甘さが、今日の背中になった》
音のかわりに、空気が頷いた。
◇
午後。地域紙の記者が翻訳の校了を持参。
「英・中小札、最終版。
“Reply tomorrow morning” “次晨张贴”——この語感、良いです」
「助かります。黒板は5ミリ上げます」
記者は二枚まで写真を撮り、ビンに25円。残高:47。
私は黒板の端にA5で小さく追記。
《返事の失敗歓迎/“言いきらずに置く”が基本》
◇
15:25。25番席の四角い光。薄い箱。ラムは12滴の昼仕様。
湊が紙片を置く。母から。
《貼る朝は、家でも静か。
二十五秒の沈黙を“接着剤”に。——母》
「監査の詩人、貼付規範」
「接着剤、いい」
私は今日の二十五文字を渡す。
《二十五秒の沈黙が、返事をきれいに貼った》
「満点」
「先生、甘い」
「“貼る朝は甘くていい”規定、母承認済み」
湊が業務の声へ。
「25円のビン、残高:47。今日は三人に“譲られた二十五分”。
“止めるアルバム”は12/25。
“返事控え”は5/25になりました」
「控えが増えるたび、未来の甘さが厚くなる」
◇
夕方。入口マットの横に、細い箱を一つ。
ラベルは25%とだけ。中身は、音量を落とした小さなスピーカー。
「“音は25%デー”、週一でやりません?」
「やりましょう。A5で貼り出し」
《本日“音量25%”デー/声も音も、やさしい距離で》
音の角が取れて、写真の二枚が柔らかく写る。
壁に25文字。
《音が25%で、返事の行間が聴こえた》
◇
閉店。椅子を上げ、足元灯25ルクス。
“明朝貼付”の次の五通を貼らずに置き、クリップ(ゴムつき)で束ねる。
矢印25枚の角を撫で、青ドット六つを二十五歩で掃く。
壁は24/25(+透明)。空席は光だけを置いている。
「Room 205(玄関)、“貼る朝”の予備校」
「承認」
扉の前、合言葉。
「九時二十五分、二回で開きます」
「十五時二十五分に返します」
鈴。冬の音は、昨日より少しやわらかい。
◇
夜。Room 205(玄関)。
青ドット六つ、25ミリ間隔。テーブルに“明朝貼付”の束をそっと置く。
A5の札を一枚。
《貼る朝の運用
二十五秒の沈黙→一通貼付
返事は短く/言いきらずに置く》
交換会。25文字。
湊《二十五秒の沈黙で、言葉の角が丸くなった》
侑里《音量25%で、胸の行間が聴こえた》
「気になったことは?」
「“音量25%デー”、総務でも採用。会議室に25%ダイアル印のシール、25枚配布。
店は来週、“返事の朝”を週二に」
「承認。回収は二重押し、翻訳ミニ札も併記」
沈黙。足元灯の円に、靴先がふたつ。
湊が、今日の二十五番目の理由を差し出す。
《“言いきらずに置いて、朝いっしょに貼る相手”》
胸の真ん中が静かに頷く。鉛筆で合意の丸を薄く重ねる。消せるけど、消さない。
束をクリップでとめ直し、貼らずに置く。
明日の壁も24/25(+透明)。
ビンは満ちそうで止める。
層は数えない。見てる。焦らない。二十五分。
返事は短く、朝に貼る。二十五秒の沈黙を、接着剤に。
黒板右下の25ptの丸は、静かなまま。
《寄り道は二十五歩まで。》
壁の「二十五文字」は24/25(+透明)。
足元灯25ルクス、青ドット六つ(25ミリ間隔)、矢印25枚は位置ズレなし。
レジ横の25円のビンは残高:44。■は一本だけ塗らない――満ちそうで止める。
「貼ります?」
「貼りましょう。“二十五秒で一通”」
湊が世界最速ではない頷き。余白のある速さ。
砂時計(25秒)を伏せ、一通目を貼らずに置いて角を合わせ、それから静かに貼る。
紙の音が小さく鳴る。その音で目が覚める人がいる。
一通、二通、三通……五通。
貼り終えた列は、昨日よりほんの少しだけ、近い。
◇
一回目の“見てる時間”。
白線25センチの内側で、子どもが唇で二十五秒。父親の手が湯たんぽ。
終わりの合図のあと、貼られたばかりの返事の前で、小さく息を呑む音。
《湯たんぽの手を、来年も借りましょう》
若い母親が、ポケットの中の指を握り直してから、25円を一枚。残高:45。
壁に新しく25文字。
《貼る朝の音で、胸の角が丸くなった》
◇
昼前。葵が総務から到着。完治の顔。
胸元のカードはクリップ(ゴムつき)、二重押しの印がついている。
「“お返事(社内版)”始動。五通/日、翌朝貼付。
“やさしい声量”も周知済み」
「総務の返事、見に行きたい」
「昼過ぎに二十五歩だけ寄り道して」
葵は壁の下にA5を一枚。
《“返事は翌朝”で、言い過ぎが消えた(助かる)》
湊が親指を最速で立てる。
◇
その少し後。黒板の前で、短い摩擦。
スーツ姿の男性が腕時計を見ながら、整列の矢印を逆走しようとした。
湊が青ドットの上で一歩だけ前に出る。
「すみません、矢印は順番でお願いします。
――“二十五歩で一周”、すぐ着きます」
男性は胸ポケットの招待カードを触り、ふっと息を吐いた。
「……“止めるアルバム”、見ました。今日は止まります」
ビンに25円。残高:46。
私はアルバムの背に12ptで11/25と記す。
◇
二回目の“見てる時間”。
終わる直前、昨日の彼が自分で三回目の指を下ろし、返事の列を読む。
新しく貼った三通目。
《止められた分、甘さが逃げなかったね》
彼は小さく笑って、壁に25文字。
《逃がさなかった甘さが、今日の背中になった》
音のかわりに、空気が頷いた。
◇
午後。地域紙の記者が翻訳の校了を持参。
「英・中小札、最終版。
“Reply tomorrow morning” “次晨张贴”——この語感、良いです」
「助かります。黒板は5ミリ上げます」
記者は二枚まで写真を撮り、ビンに25円。残高:47。
私は黒板の端にA5で小さく追記。
《返事の失敗歓迎/“言いきらずに置く”が基本》
◇
15:25。25番席の四角い光。薄い箱。ラムは12滴の昼仕様。
湊が紙片を置く。母から。
《貼る朝は、家でも静か。
二十五秒の沈黙を“接着剤”に。——母》
「監査の詩人、貼付規範」
「接着剤、いい」
私は今日の二十五文字を渡す。
《二十五秒の沈黙が、返事をきれいに貼った》
「満点」
「先生、甘い」
「“貼る朝は甘くていい”規定、母承認済み」
湊が業務の声へ。
「25円のビン、残高:47。今日は三人に“譲られた二十五分”。
“止めるアルバム”は12/25。
“返事控え”は5/25になりました」
「控えが増えるたび、未来の甘さが厚くなる」
◇
夕方。入口マットの横に、細い箱を一つ。
ラベルは25%とだけ。中身は、音量を落とした小さなスピーカー。
「“音は25%デー”、週一でやりません?」
「やりましょう。A5で貼り出し」
《本日“音量25%”デー/声も音も、やさしい距離で》
音の角が取れて、写真の二枚が柔らかく写る。
壁に25文字。
《音が25%で、返事の行間が聴こえた》
◇
閉店。椅子を上げ、足元灯25ルクス。
“明朝貼付”の次の五通を貼らずに置き、クリップ(ゴムつき)で束ねる。
矢印25枚の角を撫で、青ドット六つを二十五歩で掃く。
壁は24/25(+透明)。空席は光だけを置いている。
「Room 205(玄関)、“貼る朝”の予備校」
「承認」
扉の前、合言葉。
「九時二十五分、二回で開きます」
「十五時二十五分に返します」
鈴。冬の音は、昨日より少しやわらかい。
◇
夜。Room 205(玄関)。
青ドット六つ、25ミリ間隔。テーブルに“明朝貼付”の束をそっと置く。
A5の札を一枚。
《貼る朝の運用
二十五秒の沈黙→一通貼付
返事は短く/言いきらずに置く》
交換会。25文字。
湊《二十五秒の沈黙で、言葉の角が丸くなった》
侑里《音量25%で、胸の行間が聴こえた》
「気になったことは?」
「“音量25%デー”、総務でも採用。会議室に25%ダイアル印のシール、25枚配布。
店は来週、“返事の朝”を週二に」
「承認。回収は二重押し、翻訳ミニ札も併記」
沈黙。足元灯の円に、靴先がふたつ。
湊が、今日の二十五番目の理由を差し出す。
《“言いきらずに置いて、朝いっしょに貼る相手”》
胸の真ん中が静かに頷く。鉛筆で合意の丸を薄く重ねる。消せるけど、消さない。
束をクリップでとめ直し、貼らずに置く。
明日の壁も24/25(+透明)。
ビンは満ちそうで止める。
層は数えない。見てる。焦らない。二十五分。
返事は短く、朝に貼る。二十五秒の沈黙を、接着剤に。
10
あなたにおすすめの小説
工場夜景
藤谷 郁
恋愛
結婚相談所で出会った彼は、港の製鉄所で働く年下の青年。年齢も年収も関係なく、顔立ちだけで選んだ相手だった――仕事一筋の堅物女、松平未樹。彼女は32歳の冬、初めての恋を経験する。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
一億円の花嫁
藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。
父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。
もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。
「きっと、素晴らしい旅になる」
ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが……
幸か不幸か!?
思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。
※エブリスタさまにも掲載
雪の日に
藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。
親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。
大学卒業を控えた冬。
私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ――
※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
なお、スピンオフもございます。
先生
藤谷 郁
恋愛
薫は28歳の会社員。
町の絵画教室で、穏やかで優しい先生と出会い、恋をした。
ひとまわりも年上の島先生。独身で、恋人もいないと噂されている。
だけど薫は恋愛初心者。
どうすればいいのかわからなくて……
※他サイトに掲載した過去作品を転載(全年齢向けに改稿)
罪悪と愛情
暦海
恋愛
地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。
だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――
還暦妻と若い彼 継承される情熱
MisakiNonagase
恋愛
61歳の睦美と、20歳の悠人。ライブ会場で出会った二人の「推し活」は、いつしか世代を超えた秘め事へと変わっていった。合鍵を使い、悠人の部屋で彼を待つ睦美の幸福。
しかし、その幸せの裏側で、娘の愛美もまた、同じ男の体温に触れ始めていた。
母譲りの仕草を見せる娘に、母の面影を重ねる青年。
同じ男を共有しているとは知らぬまま、母娘は「女」としての業(さが)を露呈していく。甘いお土産が繋ぐ、美しくも醜い三角関係の幕が上がる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる