38 / 79
第38話「宛名未定の朝、二十五組」
しおりを挟む
開店前。昨夜束ねた招待状5通+返事5通+お便り3通を、砂時計の25秒ごとに貼っていく。紙が壁に吸い込まれる音が、今日は少し遠くまで届く。
黒板右下の25ptの丸は、うっすら明るい。
《寄り道は二十五歩まで。》
壁の「二十五文字」は変わらず24/25(+透明)。
足元灯25ルクス、青ドット六つ(25ミリ間隔)、矢印25枚ずれなし。
レジ横の25円のビンは残高:69。■は一本だけ塗らない――満ちそうで止める。
「――来ますね、今日は」
湊がガラス越しの足音を見て言った。
地域紙の小見出し《宛名未定カフェ》の影響らしい。並びは静かだけど長い。
「招待状の貼付、続けます。宛名未定のままで」
「はい。“読んだ時点で来たことになる”の一行も、黒板端に再掲します」
A5の札を角丸で一枚。25ptの細字。
《宛名未定の招待状/読んだ時点で来たことになる
写真は二枚まで/動画不可/声はやさしい声量》
◇
一回目の“見てる時間”。
白線25センチの内側で、子どもが唇で二十五秒。父親の手は湯たんぽ。
終わりの合図のあと、最初に封筒へ手を伸ばしたのは、黒いコートの若い女性だった。封の裏の30ptの丸を指先で撫で、ゆっくり開ける。
中の言葉を、声にせずに読む。
《二十五年前に言えなかった「またね」を、今朝のあなたへ。》
彼女は小さく頷いて、ビンに25円。残高:70。
壁に25文字。
《名前がないのに、私宛てだと思った(助かった)》
湊が世界最速ではない親指を立てる。余白のある速さ。
◇
列の中ほど、片方の手袋の女の子が、封筒の丸を二度なでてから、母親に目で合図した。
開けた紙には、点の枠(5×5)で描かれた「ありがとう」が、二十五粒だけ置いてある。
女の子は胸ポケットを軽く押さえ、二十五歩を数えてから壁の前に立った。
母親が二枚まで写真を撮って、そっと息を吐く。
ビンに25円。残高:71。
◇
昼前。葵が総務から到着。
封筒の丸を確かめて、親指を最速で立てる。
「総務版、“宛名未定報告”を始めます。二十五行以内、数字は時刻×事象=25枠。
“言いきらない報告”の訓練です」
「招待と報告、やっぱり親戚」
葵は一通、やさしい字で“置く”。
《“来てほしい内容だけ”を報告したら、会議が来た》
静かな笑いが、店の体温を上げた。
◇
二回目の“見てる時間”。
終わりの合図の直前、年配の男性が青ドットの上で封筒を開いた。
紙には短く、二十五行のうち三行だけが使われている。
《駅のベンチに座れたなら、そのまま来てください。
座れない日は、ここに“透明”を置いていってください。
――あなたの席は、**24/25(+透明)**のままです。》
男性は目を閉じ、頷き、ビンに25円。残高:72。
壁に25文字。
《透明の作法を招かれた。胸が軽い》
◇
午後。地域紙の記者が小声で復唱する。
「宛名未定、二十五行以内、声に出さない朗読、二枚まで、動画不可。
――“公開朗読会”は?」
「練習中です。今日は“声にしない朗読”まで」
「了解。記事は“来られない人を招く店”でまとめます」
記者は二枚だけ撮って、ビンに25円。残高:73。
私は黒板の端に一行。
《声にしない朗読は、招待の音量25%》
◇
15:25。25番席の四角い光。薄い箱。ラムは12滴、昼仕様。
湊が紙片を置く。母から。
《名前を呼ばない呼びかけは、いちばん広く届く。
家族にも、未来にも。——母》
「監査の詩人、呼びかけ規範」
「未来に効く」
私は今日の二十五文字を渡す。
《宛名未定で呼んだら、未来が先に来た》
「満点」
「先生、甘い」
「“招待の朝は甘くていい”規定、母承認済み」
湊が業務の声へ。
「25円のビン、残高:73。今日は七人に“譲られた二十五分”。
“止めるアルバム”19/25、
“返事控え”12/25、
“書評カード束”4/5(今夜満たす)、
“耳ラジ控え”20/25、
“招待状控え”12/25。――明朝貼付は合計10通で」
「砂時計は二台運用、25秒の沈黙を二本交互で」
◇
夕方。入口マット脇の小箱に**「宛名未定用封筒」を補充。
封筒の丸は30pt**、行間5ミリ、訳注の二十五粒は高さ+0.1ミリ。
黒いコートの若い女性が戻ってきて、一通を“置く”。
《会えなくても、来てくれてありがとう。
二十五行のうち、今日は二行だけで十分でした。》
私は胸の奥で頷いて、角をそろえる。
壁に25文字。
《二行しか使わない招待が、いちばん届いた》
◇
閉店。
“明朝貼付”の束――招待状7/返事2/書評1――をクリップ(ゴムつき)でまとめ、貼らずに置く。
矢印25枚の角を撫で、青ドット六つを二十五歩で掃く。
壁は24/25(+透明)。空席は光だけを置いている。
レジ横の■は一本だけ塗らない――満ちそうで止める。
「Room 205(玄関)、“宛名未定の朝”の議事録を」
「承認」
扉の前、合言葉。
「九時二十五分、二回で開きます」
「十五時二十五分に返します」
鈴。今日の音は、どこか手紙の紙質。
◇
夜。Room 205(玄関)。
青ドット六つ、25ミリ間隔。テーブルに“宛名未定の封筒”を五通“置く”。
A5の札を一枚。
《宛名未定の運用(玄関版)
二十五行以内/声にしない朗読
来られない人にも届く/朝の二十五秒で貼る》
交換会。25文字。
湊《名前がなくて、いちばん近くまで届いた》
侑里《宛名未定で呼んだら、私が来られた》
「気になったことは?」
「封筒の裏面、“読んだら来た扱い”を太字に。16pt→18pt。
英・中ミニ札の行間を5→6ミリへ。
総務の“宛名未定報告”は25時刻スタンプを追加、回収は二重押し。
公開朗読は声にしない版から、週一で試行」
「承認。音量25%デーと重ね、砂時計は二台常設」
沈黙。足元灯の円に、靴先がふたつ。
湊が、今日の二十五番目の理由を差し出す。
《“名前を呼ばない呼びかけ”を、一緒に守る人》
胸の真ん中が静かに頷く。鉛筆で合意の丸を薄く重ねる。消せるけど、消さない。
束をもう一度、貼らずに置く。
明日の壁も24/25(+透明)。
ビンは満ちそうで止める。
層は数えない。見てる。焦らない。二十五分。
呼ばれなかった名前のまま、届く場所がある。
そこで会おう。九時二十五分と十五時二十五分のあいだで。
黒板右下の25ptの丸は、うっすら明るい。
《寄り道は二十五歩まで。》
壁の「二十五文字」は変わらず24/25(+透明)。
足元灯25ルクス、青ドット六つ(25ミリ間隔)、矢印25枚ずれなし。
レジ横の25円のビンは残高:69。■は一本だけ塗らない――満ちそうで止める。
「――来ますね、今日は」
湊がガラス越しの足音を見て言った。
地域紙の小見出し《宛名未定カフェ》の影響らしい。並びは静かだけど長い。
「招待状の貼付、続けます。宛名未定のままで」
「はい。“読んだ時点で来たことになる”の一行も、黒板端に再掲します」
A5の札を角丸で一枚。25ptの細字。
《宛名未定の招待状/読んだ時点で来たことになる
写真は二枚まで/動画不可/声はやさしい声量》
◇
一回目の“見てる時間”。
白線25センチの内側で、子どもが唇で二十五秒。父親の手は湯たんぽ。
終わりの合図のあと、最初に封筒へ手を伸ばしたのは、黒いコートの若い女性だった。封の裏の30ptの丸を指先で撫で、ゆっくり開ける。
中の言葉を、声にせずに読む。
《二十五年前に言えなかった「またね」を、今朝のあなたへ。》
彼女は小さく頷いて、ビンに25円。残高:70。
壁に25文字。
《名前がないのに、私宛てだと思った(助かった)》
湊が世界最速ではない親指を立てる。余白のある速さ。
◇
列の中ほど、片方の手袋の女の子が、封筒の丸を二度なでてから、母親に目で合図した。
開けた紙には、点の枠(5×5)で描かれた「ありがとう」が、二十五粒だけ置いてある。
女の子は胸ポケットを軽く押さえ、二十五歩を数えてから壁の前に立った。
母親が二枚まで写真を撮って、そっと息を吐く。
ビンに25円。残高:71。
◇
昼前。葵が総務から到着。
封筒の丸を確かめて、親指を最速で立てる。
「総務版、“宛名未定報告”を始めます。二十五行以内、数字は時刻×事象=25枠。
“言いきらない報告”の訓練です」
「招待と報告、やっぱり親戚」
葵は一通、やさしい字で“置く”。
《“来てほしい内容だけ”を報告したら、会議が来た》
静かな笑いが、店の体温を上げた。
◇
二回目の“見てる時間”。
終わりの合図の直前、年配の男性が青ドットの上で封筒を開いた。
紙には短く、二十五行のうち三行だけが使われている。
《駅のベンチに座れたなら、そのまま来てください。
座れない日は、ここに“透明”を置いていってください。
――あなたの席は、**24/25(+透明)**のままです。》
男性は目を閉じ、頷き、ビンに25円。残高:72。
壁に25文字。
《透明の作法を招かれた。胸が軽い》
◇
午後。地域紙の記者が小声で復唱する。
「宛名未定、二十五行以内、声に出さない朗読、二枚まで、動画不可。
――“公開朗読会”は?」
「練習中です。今日は“声にしない朗読”まで」
「了解。記事は“来られない人を招く店”でまとめます」
記者は二枚だけ撮って、ビンに25円。残高:73。
私は黒板の端に一行。
《声にしない朗読は、招待の音量25%》
◇
15:25。25番席の四角い光。薄い箱。ラムは12滴、昼仕様。
湊が紙片を置く。母から。
《名前を呼ばない呼びかけは、いちばん広く届く。
家族にも、未来にも。——母》
「監査の詩人、呼びかけ規範」
「未来に効く」
私は今日の二十五文字を渡す。
《宛名未定で呼んだら、未来が先に来た》
「満点」
「先生、甘い」
「“招待の朝は甘くていい”規定、母承認済み」
湊が業務の声へ。
「25円のビン、残高:73。今日は七人に“譲られた二十五分”。
“止めるアルバム”19/25、
“返事控え”12/25、
“書評カード束”4/5(今夜満たす)、
“耳ラジ控え”20/25、
“招待状控え”12/25。――明朝貼付は合計10通で」
「砂時計は二台運用、25秒の沈黙を二本交互で」
◇
夕方。入口マット脇の小箱に**「宛名未定用封筒」を補充。
封筒の丸は30pt**、行間5ミリ、訳注の二十五粒は高さ+0.1ミリ。
黒いコートの若い女性が戻ってきて、一通を“置く”。
《会えなくても、来てくれてありがとう。
二十五行のうち、今日は二行だけで十分でした。》
私は胸の奥で頷いて、角をそろえる。
壁に25文字。
《二行しか使わない招待が、いちばん届いた》
◇
閉店。
“明朝貼付”の束――招待状7/返事2/書評1――をクリップ(ゴムつき)でまとめ、貼らずに置く。
矢印25枚の角を撫で、青ドット六つを二十五歩で掃く。
壁は24/25(+透明)。空席は光だけを置いている。
レジ横の■は一本だけ塗らない――満ちそうで止める。
「Room 205(玄関)、“宛名未定の朝”の議事録を」
「承認」
扉の前、合言葉。
「九時二十五分、二回で開きます」
「十五時二十五分に返します」
鈴。今日の音は、どこか手紙の紙質。
◇
夜。Room 205(玄関)。
青ドット六つ、25ミリ間隔。テーブルに“宛名未定の封筒”を五通“置く”。
A5の札を一枚。
《宛名未定の運用(玄関版)
二十五行以内/声にしない朗読
来られない人にも届く/朝の二十五秒で貼る》
交換会。25文字。
湊《名前がなくて、いちばん近くまで届いた》
侑里《宛名未定で呼んだら、私が来られた》
「気になったことは?」
「封筒の裏面、“読んだら来た扱い”を太字に。16pt→18pt。
英・中ミニ札の行間を5→6ミリへ。
総務の“宛名未定報告”は25時刻スタンプを追加、回収は二重押し。
公開朗読は声にしない版から、週一で試行」
「承認。音量25%デーと重ね、砂時計は二台常設」
沈黙。足元灯の円に、靴先がふたつ。
湊が、今日の二十五番目の理由を差し出す。
《“名前を呼ばない呼びかけ”を、一緒に守る人》
胸の真ん中が静かに頷く。鉛筆で合意の丸を薄く重ねる。消せるけど、消さない。
束をもう一度、貼らずに置く。
明日の壁も24/25(+透明)。
ビンは満ちそうで止める。
層は数えない。見てる。焦らない。二十五分。
呼ばれなかった名前のまま、届く場所がある。
そこで会おう。九時二十五分と十五時二十五分のあいだで。
10
あなたにおすすめの小説
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
工場夜景
藤谷 郁
恋愛
結婚相談所で出会った彼は、港の製鉄所で働く年下の青年。年齢も年収も関係なく、顔立ちだけで選んだ相手だった――仕事一筋の堅物女、松平未樹。彼女は32歳の冬、初めての恋を経験する。
一億円の花嫁
藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。
父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。
もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。
「きっと、素晴らしい旅になる」
ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが……
幸か不幸か!?
思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。
※エブリスタさまにも掲載
雪の日に
藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。
親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。
大学卒業を控えた冬。
私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ――
※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。
先生
藤谷 郁
恋愛
薫は28歳の会社員。
町の絵画教室で、穏やかで優しい先生と出会い、恋をした。
ひとまわりも年上の島先生。独身で、恋人もいないと噂されている。
だけど薫は恋愛初心者。
どうすればいいのかわからなくて……
※他サイトに掲載した過去作品を転載(全年齢向けに改稿)
ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています
紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、
ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。
「もう君は、僕の管理下だよ」
退院と同時に退職手続きは完了。
住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。
外出制限、健康管理、過保護な独占欲。
甘くて危険な“保護生活”の中で、
私は少しずつ彼に心を奪われていく――。
元社畜OL×執着気味の溺愛社長
囲い込み同棲ラブストーリー。
還暦妻と若い彼 継承される情熱
MisakiNonagase
恋愛
61歳の睦美と、20歳の悠人。ライブ会場で出会った二人の「推し活」は、いつしか世代を超えた秘め事へと変わっていった。合鍵を使い、悠人の部屋で彼を待つ睦美の幸福。
しかし、その幸せの裏側で、娘の愛美もまた、同じ男の体温に触れ始めていた。
母譲りの仕草を見せる娘に、母の面影を重ねる青年。
同じ男を共有しているとは知らぬまま、母娘は「女」としての業(さが)を露呈していく。甘いお土産が繋ぐ、美しくも醜い三角関係の幕が上がる。
【完結】元恋人と、今日から同僚です
紗和木 りん
恋愛
女性向けライフスタイル誌・編集部で働く結城真帆(29)。
仕事一筋で生きてきた彼女の前に、ある日突然、五年前に別れた元恋人が現れた。
「今日から、この部署に配属になった」
そう告げたのは、穏やかで理性的な朝倉。
かつて、将来や価値観のすれ違いから別れた相手だ。
仕事として割り切ろうと距離を取る真帆だったが、過去の別れが誤解と説明不足によるものだったことが少しずつ見えてくる。
恋愛から逃げてきた女と、想いを言葉にできなかった男。
仕事も感情も投げ出さず、逃げずに選び直した先にあるのは「やり直し」ではなく……。
元恋人と同僚になった二人。
仕事から始まる新しい恋の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる