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第2話「畑と古文書と、味噌スープの秘密」
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翌朝、ひんやりとした風が、開け放たれた窓から入り込んできた。目を覚ますと、窓の外には鳥のさえずりと、ゆったりとした緑の景色が広がっている。
ここは異世界。リーフ村。
それでも、昨日のスープの味と、もふりんの毛並みは夢じゃなかった。
顔を洗い、エルクさんにもらったエプロンをつけて外に出ると、マリアさんがすでに畑にいた。
彼女は腰に布袋をつけ、小さなスコップで土をほぐしている。
「おはようございます!手伝ってもいいですか?」
「もちろん。さっそく働き者ね、ひまりちゃん」
畑には見慣れない野菜がたくさんあった。ぷっくりと膨らんだ紫色の実、葉に淡い光を宿すハーブ、地中で震えるように小さな音を出す根菜。まるで絵本の中の畑みたい。
「この子は“ルミ菜”っていってね、夜になると少しだけ光るの。サラダにしてもスープにしてもおいしいわよ」
「すごい……魔法みたい……」
「魔法じゃなくて、植物の知恵なのよ。わたしたちが自然に手を貸して、自然がごはんをくれる。そうやって暮らしていくのが、この村のやり方なの」
彼女の言葉には、どこか“家庭”のようなぬくもりがあった。
わたしも、こうやって土にふれながら、だれかと一緒にごはんを作って生きていけたら——そんな未来を、ほんの少しだけ思い描いてみる。
午前中いっぱいを畑で過ごしたあと、エルクさんが「ひまりちゃんに見せたいものがある」と言って、屋根裏部屋へ案内してくれた。
「ちょっとホコリっぽいけど、まぁ、悪くない宝物庫だよ」
木の階段を軋ませて上がると、そこには古びた本棚や箱が所狭しと並んでいた。
「わしが若いころ、ある旅の途中で出会った女性がいてね。その人、日本という世界から来たらしいんだ」
「えっ……!」
思わず声が漏れる。
昨日のあの言葉の真意が、ここに来てようやくわかった。
「彼女は不思議な言葉を話して、不思議な料理を作っていた。味噌っていう茶色いペーストや、発酵した野菜なんてのもあったな。少しだけど、そのとき彼女が残していったものが、まだここにある」
エルクさんは一つの木箱を開けた。中には、黄色く色あせたノートが入っていた。ページをめくると、手書きの文字と絵でびっしりと埋まっている。
「味噌スープの作り方」「ぬか漬け日記」「和風ハーブティーの調合」……まるで、手紙のように、やさしい字で。
「……この文字、読めます。日本語です。わたしの……母国の文字です」
「やはりそうか。彼女も君のように、ある日突然この世界にやってきたと言っていた。名前は……カオリ、とか言ったかな」
「カオリさん……」
胸の奥がじんわりとあたたかくなる。わたしだけじゃなかったんだ、この世界に来たのは。
しかも、その人が残してくれた記録が、今もこうしてここにあるなんて。
「使える材料は違うかもしれんが、知恵は活かせる。君なら、このノートの続きを書いていけるんじゃないかと思ってね」
「……はい! わたし、やってみます」
それは、まるでバトンを受け取るような感覚だった。
カオリさんが遺したものを、自分の手でつなげていく。そう思うと、胸の奥からじわじわと力が湧いてきた。
その夜、わたしはノートに書かれていた“味噌スープ”を再現してみることにした。
畑のルミ菜、干した香草、エルクさんの家にあった「発酵塩豆のペースト」。素材は違っても、心を込めて作ったそのスープは、なんとも言えない懐かしさと、あたたかさに満ちていた。
「……これが、“和”の味……かな」
マリアさんも、もふりんも、あたたかい目でわたしのスープを囲んでくれる。
きっと、この村にはまだまだ知らないことがたくさんある。
でも、ゆっくりでいい。ひとつひとつ、この世界と仲良くなっていけばいい——そう思えた夜だった。
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ここは異世界。リーフ村。
それでも、昨日のスープの味と、もふりんの毛並みは夢じゃなかった。
顔を洗い、エルクさんにもらったエプロンをつけて外に出ると、マリアさんがすでに畑にいた。
彼女は腰に布袋をつけ、小さなスコップで土をほぐしている。
「おはようございます!手伝ってもいいですか?」
「もちろん。さっそく働き者ね、ひまりちゃん」
畑には見慣れない野菜がたくさんあった。ぷっくりと膨らんだ紫色の実、葉に淡い光を宿すハーブ、地中で震えるように小さな音を出す根菜。まるで絵本の中の畑みたい。
「この子は“ルミ菜”っていってね、夜になると少しだけ光るの。サラダにしてもスープにしてもおいしいわよ」
「すごい……魔法みたい……」
「魔法じゃなくて、植物の知恵なのよ。わたしたちが自然に手を貸して、自然がごはんをくれる。そうやって暮らしていくのが、この村のやり方なの」
彼女の言葉には、どこか“家庭”のようなぬくもりがあった。
わたしも、こうやって土にふれながら、だれかと一緒にごはんを作って生きていけたら——そんな未来を、ほんの少しだけ思い描いてみる。
午前中いっぱいを畑で過ごしたあと、エルクさんが「ひまりちゃんに見せたいものがある」と言って、屋根裏部屋へ案内してくれた。
「ちょっとホコリっぽいけど、まぁ、悪くない宝物庫だよ」
木の階段を軋ませて上がると、そこには古びた本棚や箱が所狭しと並んでいた。
「わしが若いころ、ある旅の途中で出会った女性がいてね。その人、日本という世界から来たらしいんだ」
「えっ……!」
思わず声が漏れる。
昨日のあの言葉の真意が、ここに来てようやくわかった。
「彼女は不思議な言葉を話して、不思議な料理を作っていた。味噌っていう茶色いペーストや、発酵した野菜なんてのもあったな。少しだけど、そのとき彼女が残していったものが、まだここにある」
エルクさんは一つの木箱を開けた。中には、黄色く色あせたノートが入っていた。ページをめくると、手書きの文字と絵でびっしりと埋まっている。
「味噌スープの作り方」「ぬか漬け日記」「和風ハーブティーの調合」……まるで、手紙のように、やさしい字で。
「……この文字、読めます。日本語です。わたしの……母国の文字です」
「やはりそうか。彼女も君のように、ある日突然この世界にやってきたと言っていた。名前は……カオリ、とか言ったかな」
「カオリさん……」
胸の奥がじんわりとあたたかくなる。わたしだけじゃなかったんだ、この世界に来たのは。
しかも、その人が残してくれた記録が、今もこうしてここにあるなんて。
「使える材料は違うかもしれんが、知恵は活かせる。君なら、このノートの続きを書いていけるんじゃないかと思ってね」
「……はい! わたし、やってみます」
それは、まるでバトンを受け取るような感覚だった。
カオリさんが遺したものを、自分の手でつなげていく。そう思うと、胸の奥からじわじわと力が湧いてきた。
その夜、わたしはノートに書かれていた“味噌スープ”を再現してみることにした。
畑のルミ菜、干した香草、エルクさんの家にあった「発酵塩豆のペースト」。素材は違っても、心を込めて作ったそのスープは、なんとも言えない懐かしさと、あたたかさに満ちていた。
「……これが、“和”の味……かな」
マリアさんも、もふりんも、あたたかい目でわたしのスープを囲んでくれる。
きっと、この村にはまだまだ知らないことがたくさんある。
でも、ゆっくりでいい。ひとつひとつ、この世界と仲良くなっていけばいい——そう思えた夜だった。
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