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第13話「旅人の名と、母の記憶」
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朝のミラの丘は、うぐいすのさえずりと、草を揺らす風の音に包まれていた。
ひまりは縁側に腰かけて、もふりんの毛をブラッシングしていた。ふわふわの毛が風に乗って、春の光の中に舞っていく。
「まるまるちゃんも、こっちおいでー。今日はお手入れの日だよ」
まるまるちゃんはぷいと顔を背け、植木鉢の影に隠れる。けれどその小さな背中を見て、ひまりは笑った。
「だめだよ、抜け毛すごいんだから~!」
そんなやりとりをしていると、小屋のほうからカオリの声が聞こえた。
「ひまり、今日ね、村長さんが寄っていったの。昨日の旅人のこと、少し話してくれたのよ」
「えっ、ほんと?」
カオリと並んで縁側に座ると、湯気の立つお茶が手渡された。
やさしい香りとともに、ぽつりぽつりとカオリは語る。
「彼の名は“セイ”。東の山あいの出身で、若いころから風の道を辿る不思議な旅をしてるって話」
「風の道……?」
「この世界にはね、空気や魔力が流れる“見えない道”があるっていう言い伝えがあるの。セイは、その流れを読む力を持っているんですって」
「なんだか、ただの旅人って感じじゃないね」
ひまりはまるまるちゃんを抱きながら、昨夜の彼の静かな目を思い出す。
カオリは小さくうなずいて、少し目を伏せた。
「……もし彼が、本当に“あの人”と関係があるなら。もしかしたら、あなたのお父さんに繋がる何かを──」
そのとき、もふりんが「ふもっ!」と鳴いて庭に駆け出した。
続いて、まるまるちゃんもひまりの腕から飛び出してぴょこぴょこと後を追う。
「え、なに? どこ行くの?」
ひまりも慌てて立ち上がると、ふたりは木陰のほうで立ち止まっていた。
そこには──セイがいた。
「おはようございます、ひまりさん。少しだけ、お時間をいただけますか?」
「……えっと、もちろん」
セイは、いつものように静かで柔らかな声だったが、どこか真剣な気配をまとっていた。
「私は……あなたのお母さま、カオリさんの“足跡”をずっと追っていました。あなたのことも、少しだけ──知っています」
ひまりは驚いて、カオリの方を見る。カオリは目を閉じてうなずいた。
「……やっぱり、あなたなのね。シオンの弟さん──」
「はい。兄は……あなたと旅をして、あなたを守ろうとして、そして姿を消しました」
ひまりの胸が締めつけられた。
「じゃあ、セイさんは……私のお父さんの……?」
「弟にあたります。あなたには、僕からも伝えたいことがある。けれど今は、まだ時期が早い。……ただ一つだけ」
セイは、手のひらにのせた木の実のような小さな石を、ひまりに差し出した。
「これは“風の鍵”です。あなたが持っていてください。いずれ、道が開くときが来ます」
ひまりは、少し戸惑いながらも、その石を受け取った。
小さな命が宿っているような、あたたかいぬくもりがあった。
その日の夕暮れ、丘に戻ってきたひまりは、もふもふたちに囲まれて、おだやかな風の中でこう思った。
──知らなかったことが、少しずつつながっていく。
でも、私はこの日常を守っていきたい。笑って過ごす今日を、大切にしたい。
手のひらの“風の鍵”を握りしめ、ひまりはそっと目を閉じた。
---
ひまりは縁側に腰かけて、もふりんの毛をブラッシングしていた。ふわふわの毛が風に乗って、春の光の中に舞っていく。
「まるまるちゃんも、こっちおいでー。今日はお手入れの日だよ」
まるまるちゃんはぷいと顔を背け、植木鉢の影に隠れる。けれどその小さな背中を見て、ひまりは笑った。
「だめだよ、抜け毛すごいんだから~!」
そんなやりとりをしていると、小屋のほうからカオリの声が聞こえた。
「ひまり、今日ね、村長さんが寄っていったの。昨日の旅人のこと、少し話してくれたのよ」
「えっ、ほんと?」
カオリと並んで縁側に座ると、湯気の立つお茶が手渡された。
やさしい香りとともに、ぽつりぽつりとカオリは語る。
「彼の名は“セイ”。東の山あいの出身で、若いころから風の道を辿る不思議な旅をしてるって話」
「風の道……?」
「この世界にはね、空気や魔力が流れる“見えない道”があるっていう言い伝えがあるの。セイは、その流れを読む力を持っているんですって」
「なんだか、ただの旅人って感じじゃないね」
ひまりはまるまるちゃんを抱きながら、昨夜の彼の静かな目を思い出す。
カオリは小さくうなずいて、少し目を伏せた。
「……もし彼が、本当に“あの人”と関係があるなら。もしかしたら、あなたのお父さんに繋がる何かを──」
そのとき、もふりんが「ふもっ!」と鳴いて庭に駆け出した。
続いて、まるまるちゃんもひまりの腕から飛び出してぴょこぴょこと後を追う。
「え、なに? どこ行くの?」
ひまりも慌てて立ち上がると、ふたりは木陰のほうで立ち止まっていた。
そこには──セイがいた。
「おはようございます、ひまりさん。少しだけ、お時間をいただけますか?」
「……えっと、もちろん」
セイは、いつものように静かで柔らかな声だったが、どこか真剣な気配をまとっていた。
「私は……あなたのお母さま、カオリさんの“足跡”をずっと追っていました。あなたのことも、少しだけ──知っています」
ひまりは驚いて、カオリの方を見る。カオリは目を閉じてうなずいた。
「……やっぱり、あなたなのね。シオンの弟さん──」
「はい。兄は……あなたと旅をして、あなたを守ろうとして、そして姿を消しました」
ひまりの胸が締めつけられた。
「じゃあ、セイさんは……私のお父さんの……?」
「弟にあたります。あなたには、僕からも伝えたいことがある。けれど今は、まだ時期が早い。……ただ一つだけ」
セイは、手のひらにのせた木の実のような小さな石を、ひまりに差し出した。
「これは“風の鍵”です。あなたが持っていてください。いずれ、道が開くときが来ます」
ひまりは、少し戸惑いながらも、その石を受け取った。
小さな命が宿っているような、あたたかいぬくもりがあった。
その日の夕暮れ、丘に戻ってきたひまりは、もふもふたちに囲まれて、おだやかな風の中でこう思った。
──知らなかったことが、少しずつつながっていく。
でも、私はこの日常を守っていきたい。笑って過ごす今日を、大切にしたい。
手のひらの“風の鍵”を握りしめ、ひまりはそっと目を閉じた。
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