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第35話(最終話)「幸運の果て、絆の未来へ」
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村を出発する朝、ひまりは畑に立ち、芽吹き始めた野菜たちにそっと声をかけた。
「いってくるね。ちゃんと帰ってくるから、元気に育っててね」
カオリが差し出した“転移の鍵”を握りしめる。地球へ戻る――それは、自分自身の過去にけじめをつけるため。母が生きていたことを知らずに過ごしてきた日々、そして、失ったと思っていた家族との絆を取り戻した今だからこそ、もう一度、自分の原点に向き合いたかった。
「ユウトくん……じゃなかった、ユウト」
ひまりが振り向くと、ユウトが少し照れたように微笑んでいた。
「ちゃんと、帰ってこいよ。俺、待ってるから」
「うん、約束する」
そして、光の輪が彼女を包み込んだ。
*
目を開けると、そこは懐かしい景色――高層ビルと、信号の音、コンクリートの街。
ひまりは東京の片隅、小さな公園のベンチに立っていた。
ポケットに入れてきたメモには、昔通っていた児童養護施設の住所が書かれている。何も知らずに過ごしていたあの頃、誰にも伝えられなかった感謝と別れを告げるため、ひまりは施設へと向かった。
変わらない建物、でも少し寂れた門構え。中から出てきた年配の女性に、ひまりは丁寧に頭を下げた。
「こんにちは。私、一ノ瀬ひまりです。昔、こちらに……」
女性は目を見開いた後、微笑んで頷いた。
「覚えてるわよ。あなた、あのとき“ありがとう”を言わずにいなくなった子ね」
「はい……ごめんなさい。そして、ありがとうございました」
それだけを伝えると、ひまりの胸はすっと軽くなった。ずっと引っかかっていた心のしこりが、ようやく解けたのだった。
「帰ろう。私の居場所に」
再び鍵を握りしめると、今度は迷いはなかった。
*
村に戻ったのは、ちょうど春祭りの準備が始まる頃。
ユウトが畑で鍬を振っている姿が目に入った。
「ユウトー! ただいま!」
声に振り向いたユウトは、目を大きく見開き、そして走り寄ってきた。
「おかえり、ひまり」
強く抱きしめられたその腕の温もりに、ひまりは心から微笑んだ。帰ってくる場所がある幸せ――それは何にも代えがたい宝物だった。
*
数日後、村ではにぎやかなお祭りが開かれた。
ひまりは自分で育てた野菜を使って、小さな屋台を出した。「ひまり亭」と書かれた看板には、たくさんの人が並んでいた。
「このスープ、うまいな!」「あの子が作ったのか?」
「花の畑で見かける子だろ?ええ嫁になるな、ユウト!」
冷やかす声に赤くなるユウトと、それを見て笑うひまり。
その晩、ふたりは夜空を見上げながら、焚き火のそばで寄り添っていた。
「ねえ、ユウト。家、建てようか」
「えっ、急に?」
「だって、そろそろ“家族”って呼べる場所が欲しいから」
ユウトは笑って、「そうだな」と短く答えた。
そして、月明かりの下、ひまりはそっと呟く。
「私、幸せだよ。ありがとう、出会ってくれて」
---
— 完 —
「いってくるね。ちゃんと帰ってくるから、元気に育っててね」
カオリが差し出した“転移の鍵”を握りしめる。地球へ戻る――それは、自分自身の過去にけじめをつけるため。母が生きていたことを知らずに過ごしてきた日々、そして、失ったと思っていた家族との絆を取り戻した今だからこそ、もう一度、自分の原点に向き合いたかった。
「ユウトくん……じゃなかった、ユウト」
ひまりが振り向くと、ユウトが少し照れたように微笑んでいた。
「ちゃんと、帰ってこいよ。俺、待ってるから」
「うん、約束する」
そして、光の輪が彼女を包み込んだ。
*
目を開けると、そこは懐かしい景色――高層ビルと、信号の音、コンクリートの街。
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ポケットに入れてきたメモには、昔通っていた児童養護施設の住所が書かれている。何も知らずに過ごしていたあの頃、誰にも伝えられなかった感謝と別れを告げるため、ひまりは施設へと向かった。
変わらない建物、でも少し寂れた門構え。中から出てきた年配の女性に、ひまりは丁寧に頭を下げた。
「こんにちは。私、一ノ瀬ひまりです。昔、こちらに……」
女性は目を見開いた後、微笑んで頷いた。
「覚えてるわよ。あなた、あのとき“ありがとう”を言わずにいなくなった子ね」
「はい……ごめんなさい。そして、ありがとうございました」
それだけを伝えると、ひまりの胸はすっと軽くなった。ずっと引っかかっていた心のしこりが、ようやく解けたのだった。
「帰ろう。私の居場所に」
再び鍵を握りしめると、今度は迷いはなかった。
*
村に戻ったのは、ちょうど春祭りの準備が始まる頃。
ユウトが畑で鍬を振っている姿が目に入った。
「ユウトー! ただいま!」
声に振り向いたユウトは、目を大きく見開き、そして走り寄ってきた。
「おかえり、ひまり」
強く抱きしめられたその腕の温もりに、ひまりは心から微笑んだ。帰ってくる場所がある幸せ――それは何にも代えがたい宝物だった。
*
数日後、村ではにぎやかなお祭りが開かれた。
ひまりは自分で育てた野菜を使って、小さな屋台を出した。「ひまり亭」と書かれた看板には、たくさんの人が並んでいた。
「このスープ、うまいな!」「あの子が作ったのか?」
「花の畑で見かける子だろ?ええ嫁になるな、ユウト!」
冷やかす声に赤くなるユウトと、それを見て笑うひまり。
その晩、ふたりは夜空を見上げながら、焚き火のそばで寄り添っていた。
「ねえ、ユウト。家、建てようか」
「えっ、急に?」
「だって、そろそろ“家族”って呼べる場所が欲しいから」
ユウトは笑って、「そうだな」と短く答えた。
そして、月明かりの下、ひまりはそっと呟く。
「私、幸せだよ。ありがとう、出会ってくれて」
---
— 完 —
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