『今日も平和に暮らしたいだけなのに、スキルが増えていく主婦です』

30話『家族のスキル、育ってます』

「……あの、田仲さん、ちょっとお時間いいですか？」

昼休み、雄一のもとに後輩の中村くんが声をかけてきた。
彼は今年入社したばかりの新人で、真面目だが少し緊張しやすい性格だ。

「いいよ。食堂行く途中で話そうか？」

「ありがとうございます！」

＊＊＊

歩きながら中村くんは、小声でぽつりとこぼした。

「実は今、プロジェクトの資料のまとめで手いっぱいで……でも課長には聞きづらくて……」

「なるほどね。じゃあさ、資料の構成だけでも一緒に整理してみようか。そこが決まれば、あとは流れだし」

「……本当ですか！？」

「うん、俺も最初は資料づくり下手くそだったから、気持ちはよく分かる」

そんなふうに柔らかく声をかける雄一の雰囲気に、中村くんの顔が少し和らいだ。

＊＊＊

（……なんで俺、こんなに“相談役”ポジションになってるんだろう）

デスクに戻りながら、ふと思う雄一。

仕事が嫌なわけじゃない。けど、最近なんとなく“人の話を聞くこと”が増えてきた気がする。
同じチームのメンバーや、他部署の人まで。

「田仲さん、ちょっとだけいいですか？」
「これって、こういう進め方で大丈夫ですかね……？」

──聞かれることに、違和感はない。むしろ、ちゃんと役に立てていることがうれしい。

（……麻衣の言ってた“スキル”って、まさか……）

「家庭内支援型バフ効果：発動中」みたいな。

いやいや、そんなアニメみたいな話……と思いつつ、
最近、自宅にいる麻衣の穏やかな空気が、家だけでなく自分にまで影響を与えている気がしてならなかった。

＊＊＊

その日の夜。

「ねぇ麻衣、最近なんか……俺、人の相談に乗ること多いんだよ」

「ふふ、それは良いことじゃない？」

「うん。でも前はそんなことなかった気がして……なんか、ちょっと不思議でさ」

麻衣は夕食後の洗い物をしながら、にっこり笑った。

「それね、“話しやすそうなオーラ”ってやつかも」

「……麻衣が出してる？」

「ちょっとはね。でも、たぶん雄一自身が変わったんだと思うよ。家でも、ちゃんと子どもの話とか聞いてるし」

「……あー……たしかに、“ねぇねぇパパ聞いて～”が日常だもんな」

「スキルって言うと大げさだけど、日々の積み重ねが、自分を育ててるんじゃない？」

「……なんか、説得力あるな」

「えっ、珍しく素直」

「失礼な（笑）」

2人で笑い合うキッチン。
外では静かな夜が広がっているけれど、家の中には温かな“成長”が満ちていた。

たぶん、スキルって“できなかったことが少しできるようになること”。
そしてそれが、誰かを助けているとしたら──

それは、目には見えないけれど、とても確かな力なのだ。


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