『今日も平和に暮らしたいだけなのに、スキルが増えていく主婦です』

チャチャ

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38話『悠翔のヒーローと、クラスのヒミツ』

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「今日ね、ヒーローが来たんだよ!」

夕方、ランドセルを背負って元気に帰ってきた悠翔(はると)は、玄関で靴を脱ぐなりそう言った。

「ヒーロー? 学校に?」

麻衣はコーヒー豆をミルで挽きながら聞き返す。てっきり職業体験か何かのイベントかと思ったが、悠翔の顔を見ると、どうも違うらしい。

「ちがうよ。クラスのこと。ヒーローって、正義の味方ってことじゃなくて、みんながすごいって思ってる人のこと」

「へぇ~、そうなんだ。それで悠翔くんのクラスには、ヒーローがいるの?」

「うん。でもね……ぼく、それがちょっとイヤだったんだ」

麻衣は手を止めた。悠翔の声に、ほんの少しだけ沈んだ気配があった。

「どんなところがイヤだったの?」

「なんかね、その子がすごいのは本当なんだけど……みんな、その子のことばっかり話してて。他の子のこと、ぜんぜん見てくれないんだ。先生もその子ばっかり褒めるし。ぼく、ちょっとだけがんばったことがあったのに、誰も気づいてくれなかったんだ」

「……そっかあ」

麻衣は悠翔のそばに腰を下ろし、軽く頭を撫でた。子どもなりに、ちゃんと見て、感じていることがある。

「でもね、今日、ヒーローが変わったんだ」

「ん?」

「転校してきた子がいて、その子が、すっごく静かで……でも、先生が黒板に書いたこと、すぐ全部覚えてて、ノートもめちゃくちゃきれいだったの。あとでぼくが見せてもらったら、図とかもちゃんと描いてて、ほんとにすごかったんだ」

「なるほど、それで“ヒーロー交代”って感じ?」

「うん。でもそのときね、前の“ヒーロー”だった子がちょっとさみしそうだったの。そしたら、その新しい子が言ったんだ。『ヒーローはひとりじゃなくてもいいよね』って」

麻衣は思わず笑った。

「それ、いいこと言うねえ」

「でしょ? なんか、ぼくも少し救われた気がした」

「うんうん、悠翔くんはちゃんと見てるね。誰かのすごいところも、自分の気持ちも」

「ううん、ぼくね、ヒーローって“特別”じゃなくて、“がんばってる人”のことなんだなって思ったよ」

麻衣はその言葉に胸がじんわり温かくなるのを感じた。子どもって、ときどき、大人以上に物事の本質を見抜く。

「……じゃあ、悠翔くんも誰かのヒーローかもしれないね?」

「え? ぼくが?」

「たとえば、ひなのにとってはそうじゃない? お兄ちゃんがいっしょに遊んでくれて、泣いたときになぐさめてくれて……すごく頼りになるって思ってると思うよ」

「えへへ、そうかなあ」

悠翔は照れくさそうに笑って、そして少しだけ誇らしそうな顔をした。

その夜、食卓でその話を聞いた雄一も「それはすごい子が来たなあ」と感心していたが、悠翔の言葉を一番うれしそうに聞いていたのは、やはり麻衣だった。

ヒーローなんて、遠い世界の話だと思っていたけれど——もしかしたら、日々の中で誰かの力になれる人は、すでに“ヒーロー”なのかもしれない。

そして、麻衣自身も、誰かにとっての“やんわりヒーロー”になっていることに、まだ気づいていなかった。


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