『今日も平和に暮らしたいだけなのに、スキルが増えていく主婦です』

チャチャ

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39話『やさしさの伝染と、名もなきヒーロー』

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「あのね、まいさんがいなかったら、わたし今ごろどうなってたか……」

ある日の午前、スーパーの休憩コーナー。カゴに入れた野菜ジュースを片手に、高梨さんがぽつりとつぶやいた。

「えっ? わたし、何かしたっけ?」

麻衣はポカンとして問い返す。

「してくれたじゃない。あのときよ、保育園で、まゆが急に熱出して迎えに行ったとき。私、パニックになってさ、駐車場のど真ん中で泣きそうになってたら、麻衣さん、車止めてティッシュくれたじゃない」

「あ~……そんなこともあったねぇ。でもそれだけで?」

「それだけで十分よ。あの一瞬、心がふっと軽くなったの。まゆもちゃんと病院行って、何でもなかったし。あれからなのよ、なんかね、“わたしもああいうふうに誰かを助けたいな”って思うようになって」

麻衣は、照れくさそうに笑った。

「そんな、大げさな……」

「ほんとよ。なんていうか、麻衣さんの“やさしさ”って、こっちまでふわっと包み込まれるような感じなの。肩の力が抜けるっていうか」

「そっかあ……。ありがと。そう言ってもらえると、ちょっと救われるかも」

その数日後。保育園での“読み聞かせタイム”に初挑戦した麻衣の姿が、またじわじわと広がっていた。

「読み聞かせの声が、すごく優しかった~」 「子どもたち、すごく静かに聞いてたね」 「ひなのちゃん、うれしそうだったよ」

そういった噂がママ友たちの間に伝わり、“麻衣=ほんわか癒やし枠”のイメージが定着しつつあった。

さらに、学校でも変化が起きていた。

ある日、悠翔の担任の先生が連絡帳にこんなコメントを書いてきた。

> 「悠翔くんが、困っているお友達にそっと手を貸している場面を見ました。誰に教えられたわけでもない“思いやり”を、自然と持っていることに感動しました」



その言葉に、麻衣はしばらくノートを見つめて、静かにうなずいた。

——もしかして、少しずつだけど、何かが伝わってるのかもしれない。

自分ではたいしたことしていないつもりでも、どこかで誰かが受け取って、少しずつやさしさが連鎖していく。

その夜。

「ママってさ、ヒーローっぽくないけど、なんか安心するんだよね」

ひなのが眠る前、布団の中でぽつりと言った。

「ん~、それってどういう意味?」

「えーとね、やさしい味のカレーみたいな感じ?」

麻衣は思わず吹き出して、ひなのをギュッと抱きしめた。

「ありがと。ママ、やさしい味のカレー、がんばるね」

日常のなかで生まれる、やさしさの輪。
特別じゃなくても、派手じゃなくても、気づかれなくても。
今日もどこかで誰かが、名もなきヒーローになっている。


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