『今日も平和に暮らしたいだけなのに、スキルが増えていく主婦です』

チャチャ

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40話『会社の大ピンチと、偶然すぎる救世主』

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「昨日、帰り遅かったよね? 何かあったの?」

朝食の席で麻衣がふと尋ねると、雄一はトーストを口に運ぶ手を止めて、少し気まずそうに眉を寄せた。

「うん、ちょっと仕事でトラブルがあってさ。営業部で使ってた資料のデータが全部消えてたんだよ」

「えっ、それって大問題じゃない?」

「そう。しかも、週末のプレゼン用の資料。社内サーバーとクラウドの二重保存にしてたはずなんだけど、どっちも空っぽ。課長は青ざめてたし、後輩は泣きそうだった」

「……それは災難だねぇ。復元できそうなの?」

「まだできてなくて、昨日は夜中まであちこち調べてたけどダメだった。今日も朝から再作成かなって感じ」

麻衣は「そうなんだ……」と相槌を打ちながら、内心で何か引っかかっていた。

(クラウドもサーバーもデータがないって……それ、保存先の設定ミスとかじゃない?)

子どもたちを送り出した後、麻衣は自分のパソコンを立ち上げた。
かつてネットで副業をしようとしていた時期に覚えた、クラウド保存やフォルダ整理の知識が役に立つかもしれない。
そして、ふと思い出したのは、自分が過去に資料保存をミスった経験だった。

(保存先が“前に使ってたフォルダ”のままで、表面上は保存されたように見えるけど、実は違う場所に入ってたやつ……)

麻衣は雄一の話を思い出しながら、似た状況をシミュレーションしてみた。
そして、「旧営業フォルダ」「社内バックアップ用の未整理領域」など、思い当たる名前を書き出して、メモをまとめた。

その夜。

「今日はどうだった?」

帰ってきた雄一に声をかけると、彼はソファに倒れ込むように座り込んだ。

「もう地獄だった……。資料が見つからないまま、課長の機嫌も最悪でさ……」

「ねえ、ちょっと見てもらえる?」

麻衣はそっと小さなメモ用紙を差し出した。
「こういう保存ミス、前に自分もやったことあって。念のため、そういうフォルダも調べてみたらどうかなって思って……」

雄一はそのメモを覗き込み、最初は「まさか」と半信半疑な顔をしていたが、メモの中の「旧営業2024」という文言を見て目を見開いた。

「これ、俺が去年まで使ってたプロジェクトのフォルダ名だ……」

翌朝、出社した雄一はさっそくメモにあった保存先を検索。
すると、失われたと思われていた営業部のデータが、そっくりそのまま古いフォルダに保存されていた。

「おいおい、マジかよ……!」

社内は騒然となり、課長は「まさか、こんなところに……!」と驚きつつも胸を撫で下ろし、若手社員たちもホッとした様子を見せた。

「誰が見つけたんだ?」と課長に聞かれた雄一は、少し照れくさそうに笑って答えた。

「実は……うちの妻が、“こういうミス、前に自分もやったことある”って言ってくれて。それで思い出したんです」

「奥さん、優秀だな!」

「いやあ……ただの主婦なんだけどね。パソコンは趣味で触ってただけらしいし」

帰宅後、雄一はお礼のケーキを手に帰ってきた。

「麻衣、これ。例の資料、見つかったよ。まさに、君の言ったフォルダにあった」

「えっ、ほんと? あのメモ、役に立ったんだ?」

「役に立ちすぎたよ。課長にも褒められたし、後輩も泣いてた。おかげでプロジェクト進行できそうだってさ」

麻衣はちょっと照れながら、でもどこか満足そうに笑った。

「なんかね、母親業やってるといろいろ失敗するけど、たまにそういうのも役立つのかもね」

「そうだな。今日ばかりは、うちの“偶然の救世主”に感謝しないと」

二人が笑い合うその横で、ひなのが絵本を手にやってきた。

「おかあさん、読んで~」

「はいはい、今いくよ~」

その夜のリビングには、ほんのり甘いケーキの匂いと、家族の温かな笑い声が広がっていた。

麻衣はふと思った。
――スキルなんてなくたって、主婦の毎日は、案外いろんな力でできているのかもしれない。


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