49 / 138
47話『占い師の正体と、もう一つのスキル』
しおりを挟む
それは、ある平日の昼下がりだった。
麻衣が働いているカフェ「こもれび」に、ふらりと現れたその女性は、どこか見覚えがあった。
「……あの、以前いらっしゃったお客さまですよね?」
カウンターの奥から声をかけると、女性はやわらかく微笑んだ。
「あら、覚えててくれたのね。嬉しいわ」
――間違いない。この人は、以前“占い師”を名乗って、麻衣の手を取り、「あなたは大きな波を越えるでしょう」と言ってきた女性だ。
「今日は、お仕事の合間に?」
「ええ、ちょっとこの辺に用事があってね。ついでに、あなたの顔が見たくなったの」
なんとも意味深な言い方に、麻衣は少し緊張しながらも微笑み返した。
女性は「スミレ」と名乗り、カフェラテを一口すすってから、ぽつりと言った。
「あなた……もう、“気づいてる”のよね? あの“ゲーム”のこと」
カップがカウンターに軽く当たる音が、やけに大きく聞こえた。
「……え?」
動揺する麻衣に、スミレは穏やかな表情を崩さずに続ける。
「不思議なアプリ。見えなかったものが見えるようになる仕組み。優しいようで、時に残酷なスキル。――あなた、きっと誰かを助けたことがあるでしょう?」
麻衣は、ごくりと息をのんだ。
(この人……やっぱり、私と同じ“プレイヤー”?)
スミレは、店内に他の客がいないのを確認すると、小声で言った。
「あなたと同じように、私も“あの本”……いえ、“あのアプリ”に導かれたの。最初はただのゲームだと思っていた。でも、違った。“見る力”が、本当に備わったのよ」
「あなたのスキルは……?」
「“感情の糸”。人の心のつながりが、細く光る線で見えるの。赤い糸とか、信頼の糸、怒りや悲しみの糸まで。あなたは?」
「“気配の色”です。言葉にしない気持ちが、ふわっと色で見えるようになって……」
麻衣の声が震えていた。まさか、本当に“同じような人”がいるなんて。
そのとき、店の扉が勢いよく開いた。
「す、すみませんっ、誰か! 助けてください!」
飛び込んできたのは近くの会社員風の男性で、顔は青ざめ、手にはぐったりした女性を抱えている。
「倒れたんです、急に苦しみだして……! 救急車は呼びました、でも……!」
慌てて駆け寄った麻衣は、女性の顔を見て息を呑んだ。唇は紫色で、息が浅く早い。
(やばい、これ……ただの貧血じゃない)
そのときだった。
麻衣の視界に、女性の体から“黒ずんだオレンジ”のもやが、渦を巻いて見えた。
(この色……苦痛? 違う、これは“異物反応”……?)
背中がゾクリとするほどの“拒絶”の感情が、そこに渦巻いていた。
「薬、飲んでませんか? 何かアレルギーのある薬とか!」
麻衣の叫びに、男性はハッとしたように叫び返す。
「そういえば……さっき頭が痛いって、鎮痛剤を……!」
「すみません! 私、アレルギー用の簡易キット持ってます!」
すぐさまバッグから取り出して、女性の腕にアドレナリン注射を施したのは――スミレだった。
「応急処置はしたけど、あとは救急隊に任せましょう」
スミレの声は落ち着いていた。数分後、救急車が到着し、女性は搬送されていった。
そのあと。
麻衣とスミレは、カフェの裏のベンチに並んで座っていた。
「さっきの……スキル、ですよね?」
「ええ。あの人の“生命線”が細くなっていたの。見逃すわけにはいかなかった」
「私も、色で分かりました。まさかこんな形で使うことになるなんて……」
二人は顔を見合わせ、ふっと笑った。
「どうして私に話してくれたんですか?」と麻衣が聞くと、スミレは少し空を見上げて答えた。
「同じように悩んで、怖くなって、それでも“誰かのために”って思える人に、出会えた気がしたの。……あのゲームは、きっと試してるのよ。私たちが、“この力をどう使うのか”って」
「……責任、感じますよね」
「うん。だからこそ、繋がれる人がいるのは心強いわ」
スミレは立ち上がり、スマホを取り出す。
「ねえ麻衣さん。今度、情報交換しない? スキルのこと、ゲームのこと。……誰かのために使うなら、仲間がいてもいいと思うの」
「……はい。私も、そう思います」
画面越しに表示されたのは――
《“記録の間”が更新されました》
スキルと日常が、ゆっくりと、でも確かに重なり始めている。
麻衣の冒険は、まだ始まったばかりだ。
---
麻衣が働いているカフェ「こもれび」に、ふらりと現れたその女性は、どこか見覚えがあった。
「……あの、以前いらっしゃったお客さまですよね?」
カウンターの奥から声をかけると、女性はやわらかく微笑んだ。
「あら、覚えててくれたのね。嬉しいわ」
――間違いない。この人は、以前“占い師”を名乗って、麻衣の手を取り、「あなたは大きな波を越えるでしょう」と言ってきた女性だ。
「今日は、お仕事の合間に?」
「ええ、ちょっとこの辺に用事があってね。ついでに、あなたの顔が見たくなったの」
なんとも意味深な言い方に、麻衣は少し緊張しながらも微笑み返した。
女性は「スミレ」と名乗り、カフェラテを一口すすってから、ぽつりと言った。
「あなた……もう、“気づいてる”のよね? あの“ゲーム”のこと」
カップがカウンターに軽く当たる音が、やけに大きく聞こえた。
「……え?」
動揺する麻衣に、スミレは穏やかな表情を崩さずに続ける。
「不思議なアプリ。見えなかったものが見えるようになる仕組み。優しいようで、時に残酷なスキル。――あなた、きっと誰かを助けたことがあるでしょう?」
麻衣は、ごくりと息をのんだ。
(この人……やっぱり、私と同じ“プレイヤー”?)
スミレは、店内に他の客がいないのを確認すると、小声で言った。
「あなたと同じように、私も“あの本”……いえ、“あのアプリ”に導かれたの。最初はただのゲームだと思っていた。でも、違った。“見る力”が、本当に備わったのよ」
「あなたのスキルは……?」
「“感情の糸”。人の心のつながりが、細く光る線で見えるの。赤い糸とか、信頼の糸、怒りや悲しみの糸まで。あなたは?」
「“気配の色”です。言葉にしない気持ちが、ふわっと色で見えるようになって……」
麻衣の声が震えていた。まさか、本当に“同じような人”がいるなんて。
そのとき、店の扉が勢いよく開いた。
「す、すみませんっ、誰か! 助けてください!」
飛び込んできたのは近くの会社員風の男性で、顔は青ざめ、手にはぐったりした女性を抱えている。
「倒れたんです、急に苦しみだして……! 救急車は呼びました、でも……!」
慌てて駆け寄った麻衣は、女性の顔を見て息を呑んだ。唇は紫色で、息が浅く早い。
(やばい、これ……ただの貧血じゃない)
そのときだった。
麻衣の視界に、女性の体から“黒ずんだオレンジ”のもやが、渦を巻いて見えた。
(この色……苦痛? 違う、これは“異物反応”……?)
背中がゾクリとするほどの“拒絶”の感情が、そこに渦巻いていた。
「薬、飲んでませんか? 何かアレルギーのある薬とか!」
麻衣の叫びに、男性はハッとしたように叫び返す。
「そういえば……さっき頭が痛いって、鎮痛剤を……!」
「すみません! 私、アレルギー用の簡易キット持ってます!」
すぐさまバッグから取り出して、女性の腕にアドレナリン注射を施したのは――スミレだった。
「応急処置はしたけど、あとは救急隊に任せましょう」
スミレの声は落ち着いていた。数分後、救急車が到着し、女性は搬送されていった。
そのあと。
麻衣とスミレは、カフェの裏のベンチに並んで座っていた。
「さっきの……スキル、ですよね?」
「ええ。あの人の“生命線”が細くなっていたの。見逃すわけにはいかなかった」
「私も、色で分かりました。まさかこんな形で使うことになるなんて……」
二人は顔を見合わせ、ふっと笑った。
「どうして私に話してくれたんですか?」と麻衣が聞くと、スミレは少し空を見上げて答えた。
「同じように悩んで、怖くなって、それでも“誰かのために”って思える人に、出会えた気がしたの。……あのゲームは、きっと試してるのよ。私たちが、“この力をどう使うのか”って」
「……責任、感じますよね」
「うん。だからこそ、繋がれる人がいるのは心強いわ」
スミレは立ち上がり、スマホを取り出す。
「ねえ麻衣さん。今度、情報交換しない? スキルのこと、ゲームのこと。……誰かのために使うなら、仲間がいてもいいと思うの」
「……はい。私も、そう思います」
画面越しに表示されたのは――
《“記録の間”が更新されました》
スキルと日常が、ゆっくりと、でも確かに重なり始めている。
麻衣の冒険は、まだ始まったばかりだ。
---
176
あなたにおすすめの小説
不遇スキル『動物親和EX』で手に入れたのは、最強もふもふ聖霊獣とのほっこり異世界スローライフでした
☆ほしい
ファンタジー
ブラック企業で過労死した俺が異世界エルドラで授かったのは『動物親和EX』という一見地味なスキルだった。
日銭を稼ぐので精一杯の不遇な日々を送っていたある日、森で傷ついた謎の白い生き物「フェン」と出会う。
フェンは言葉を話し、実は強力な力を持つ聖霊獣だったのだ!
フェンの驚異的な素材発見能力や戦闘補助のおかげで、俺の生活は一変。
美味しいものを食べ、新しい家に住み、絆を深めていく二人。
しかし、フェンの力を悪用しようとする者たちも現れる。フェンを守り、より深い絆を結ぶため、二人は聖霊獣との正式な『契約の儀式』を行うことができるという「守り人の一族」を探す旅に出る。
最強もふもふとの心温まる異世界冒険譚、ここに開幕!
元Sランク受付嬢の、路地裏ひとり酒とまかない飯
☆ほしい
ファンタジー
ギルド受付嬢の佐倉レナ、外見はちょっと美人。仕事ぶりは真面目でテキパキ。そんなどこにでもいる女性。
でも実はその正体、数年前まで“災厄クラス”とまで噂された元Sランク冒険者。
今は戦わない。名乗らない。ひっそり事務仕事に徹してる。
なぜって、もう十分なんです。命がけで世界を救った報酬は、“おひとりさま晩酌”の幸福。
今日も定時で仕事を終え、路地裏の飯処〈モンス飯亭〉へ直行。
絶品まかないメシとよく冷えた一杯で、心と体をリセットする時間。
それが、いまのレナの“最強スタイル”。
誰にも気を使わない、誰も邪魔しない。
そんなおひとりさまグルメライフ、ここに開幕。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
金貨増殖バグが止まらないので、そのまま快適なスローライフを送ります
桜井正宗
ファンタジー
無能の落ちこぼれと認定された『ギルド職員』兼『ぷちドラゴン』使いの『ぷちテイマー』のヘンリーは、職員をクビとなり、国さえも追放されてしまう。
突然、空から女の子が降ってくると、キャッチしきれず女の子を地面へ激突させてしまう。それが聖女との出会いだった。
銀髪の自称聖女から『ギフト』を貰い、ヘンリーは、両手に持てない程の金貨を大量に手に入れた。これで一生遊んで暮らせると思いきや、金貨はどんどん増えていく。増殖が止まらない金貨。どんどん増えていってしまった。
聖女によれば“金貨増殖バグ”だという。幸い、元ギルド職員の権限でアイテムボックス量は無駄に多く持っていたので、そこへ保管しまくった。
大金持ちになったヘンリーは、とりあえず念願だった屋敷を買い……スローライフを始めていく!?
憧れのスローライフを異世界で?
さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。
日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。
僕だけレベル1~レベルが上がらず無能扱いされた僕はパーティーを追放された。実は神様の不手際だったらしく、お詫びに最強スキルをもらいました~
いとうヒンジ
ファンタジー
ある日、イチカ・シリルはパーティーを追放された。
理由は、彼のレベルがいつまでたっても「1」のままだったから。
パーティーメンバーで幼馴染でもあるキリスとエレナは、ここぞとばかりにイチカを罵倒し、邪魔者扱いする。
友人だと思っていた幼馴染たちに無能扱いされたイチカは、失意のまま家路についた。
その夜、彼は「カミサマ」を名乗る少女と出会い、自分のレベルが上がらないのはカミサマの所為だったと知る。
カミサマは、自身の不手際のお詫びとしてイチカに最強のスキルを与え、これからは好きに生きるようにと助言した。
キリスたちは力を得たイチカに仲間に戻ってほしいと懇願する。だが、自分の気持ちに従うと決めたイチカは彼らを見捨てて歩き出した。
最強のスキルを手に入れたイチカ・シリルの新しい冒険者人生が、今幕を開ける。
没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~
土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。
しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。
そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。
両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。
女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる