『今日も平和に暮らしたいだけなのに、スキルが増えていく主婦です』

76話『ふしぎなレビューと、見えないお客さま』

その日、麻衣はいつものようにカフェの開店準備を終え、看板を店先に出そうとドアを開けた。

　（ん？）

　地面に、小さな紙袋が置かれていた。クラフト紙に、手書きのメッセージが添えられている。

　「“ごちそうさまでした。また来ます。”……？」

　麻衣は首をかしげながら、それを店のカウンターに置いた。

　「昨日、閉店後は何もなかったよね？」

　まかないを手伝ってくれていた大学生スタッフの千夏ちゃんも、首を横に振った。

　「閉めたあと、誰も来てませんでしたよ。ていうか、この字、なんか……かわいい」

　確かに。子どもっぽい丸文字ではあるけれど、どこか温かみがある。

　

　お昼前、カフェのレビューサイトを何気なく開いた麻衣は、思わず「えっ」と声を上げた。

　《昨日は、閉店間際に立ち寄ったのに、あたたかいお茶をありがとうございました。おかげで、忘れかけていた気持ちを思い出せました。》

　《お店の雰囲気が、ふわっとしてて優しくて、心が落ち着きました。こんなお店に、ふらっと立ち寄れるなんてラッキーです。》

　《また行きたい。たぶん、また行くと思います。》

　（……閉店間際？　でも昨日、ラストのお客さんは確か……）

　誰だったか思い出せない。いや、むしろ――「来てない」ような記憶すらある。

　

　スマホを開くと、《スキル通知》がそっと浮かび上がってきた。

　《パッシブスキル“ゆるやかな共鳴”：対象不明の感情反応を受信》

　「え、なにそれ。対象不明って……」

　そうつぶやくと、タイミングを測ったかのように、スミレさんからLINEが届いた。

　《今日、変な共鳴あった？ 私もなんか、ふわっとする“誰か”の気配、感じたのよね》

　《……やっぱり、感じたんですね。私のとこにも、メッセージが届いてて》

　《ふふ、やっぱり不思議な日だ》

　

　午後、ぽつぽつとお客さんが入りはじめ、麻衣も忙しく動き回る。

　その中で、気配のような“何か”を感じる瞬間が何度かあった。 　ふっと椅子がきしんだ音。カウンターの端のカップが少しだけ斜めに置かれている。 　でも誰も座っていない。

　（……これって、まさか……）

　麻衣はふと、ゲームアプリを開いてステータスを確認する。

　《スキル反応：対象 “匿名顧客A” 反応中》 　《スキルレベル変化：未検出／共鳴濃度：中》

　「……実在してるけど、見えないってこと？」

　まるで、目に見えない“お客さま”が、確かにこの空間にいて、何かを感じている――そんな不思議な現象。

　

　閉店後、麻衣はそっとカフェの片隅に、一輪の花を置いた。

　「また来てくださいね」

　そうつぶやいたその瞬間、スマホにふわっと光る通知が現れた。

　《スキル進行イベント：共鳴レベル上昇の兆しを検出》 　《“見えない共鳴者”との関係が1段階深まりました》

　「……これ、どこまで行くのかなぁ」

　麻衣は思わず笑ってしまった。

　スキルの共鳴は、人の目には見えないけれど―― 　確かに、少しずつ広がっている。

　


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