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82話『心の羅針盤と、やさしい選択』
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翌朝――
「……なんだか、今日はやけに道が空いてるなあ」
麻衣は自転車のペダルをこぎながら、幼稚園への登園ルートを見渡していた。空気は清々しく、ひなのも機嫌がいい。
「ママ、ひなのね、今日はお花の絵をかくの!」
「わあ、いいね。カフェの前に咲いてたチューリップ、思い出しながら描くといいかも」
そんな何気ない会話の中でも、麻衣の胸には、昨晩得た新スキル「心の羅針盤」の存在が静かに灯っていた。
(“心の羅針盤”……これ、まだよくわからないけど)
スマホを確認すると、スキル欄にひとつアイコンが追加されていた。
>《心の羅針盤:周囲の“迷い”や“選択の岐路”にある人の気配を感じることができます》
>《共鳴レベルにより、進行方向の判断補助が可能です》
(選択……? もしかして、誰かが“悩んでいる”ときに働くのかな)
その日のカフェ。
オープンしてしばらくすると、ひとりの女性客が入ってきた。細身で、うつむきがちな若い女性。以前一度だけ来店したことがあるような、微かな記憶がある。
「いらっしゃいませ」
「……アイスティー、ください」
静かな声。どこか沈んだ雰囲気に、麻衣は無意識にスキルを意識する。
すると、胸の奥で「ふわっ」と何かが揺れた。
(……この人、今“何か”に迷ってる)
視界の隅で、空間にかすかな光の糸のようなものが現れ、女性の前方へと伸びていた。
(この“糸”が、心の方向……?)
アイスティーを運びながら、麻衣はさりげなく声をかける。
「今日、とってもいいお天気ですね。ちょっとだけ散歩したくなるような」
女性は少し驚いたように顔を上げた。
そして、かすかに笑った。
「……ほんとですね。実は、駅まで行くか、引き返すか迷ってたんです。ちょっと大事な話をするかどうかで」
「そっか。じゃあ……アイスティーを飲み終わる頃に、心の中が少しでも軽くなってるといいですね」
麻衣のその言葉に、女性は静かにうなずいた。
それから数十分後。
女性はすっと立ち上がり、丁寧に会釈をして店を出て行った。
去っていく背中は、来たときよりも少しだけまっすぐで、歩き方にも迷いがなかった。
(……やっぱり、このスキル、“誰かの心の背中をそっと押す”力なんだ)
麻衣は、新しく手にした“羅針盤”の意味を少しずつ理解しはじめていた。
その夜。
夕食後、雄一と悠翔がリビングでゲームをしている間、麻衣はひなのと一緒に折り紙をしていた。
「ママ、“こころのこんぱす”ってなあに?」
「え? どこで聞いたの?」
「カフェでおじさんが“あの人は心のコンパス持ってる”って言ってた~」
(……たぶん穂積さんのことだ)
「んー、そうだなあ。心がどっちに行ったらいいか分からないときに、“こっちかも”って教えてくれるものかな」
「ふーん。じゃあ、ひなのの心コンパスは、ママ?」
「えぇ!? ……それ、ずるい答えじゃない?」
「えへへ~」
笑い声が弾む中、麻衣はふと思った。
(でも……私も、誰かの“コンパス”になれてたら、うれしいな)
窓の外には、夕暮れがやさしく空を染めていた。
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「……なんだか、今日はやけに道が空いてるなあ」
麻衣は自転車のペダルをこぎながら、幼稚園への登園ルートを見渡していた。空気は清々しく、ひなのも機嫌がいい。
「ママ、ひなのね、今日はお花の絵をかくの!」
「わあ、いいね。カフェの前に咲いてたチューリップ、思い出しながら描くといいかも」
そんな何気ない会話の中でも、麻衣の胸には、昨晩得た新スキル「心の羅針盤」の存在が静かに灯っていた。
(“心の羅針盤”……これ、まだよくわからないけど)
スマホを確認すると、スキル欄にひとつアイコンが追加されていた。
>《心の羅針盤:周囲の“迷い”や“選択の岐路”にある人の気配を感じることができます》
>《共鳴レベルにより、進行方向の判断補助が可能です》
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オープンしてしばらくすると、ひとりの女性客が入ってきた。細身で、うつむきがちな若い女性。以前一度だけ来店したことがあるような、微かな記憶がある。
「いらっしゃいませ」
「……アイスティー、ください」
静かな声。どこか沈んだ雰囲気に、麻衣は無意識にスキルを意識する。
すると、胸の奥で「ふわっ」と何かが揺れた。
(……この人、今“何か”に迷ってる)
視界の隅で、空間にかすかな光の糸のようなものが現れ、女性の前方へと伸びていた。
(この“糸”が、心の方向……?)
アイスティーを運びながら、麻衣はさりげなく声をかける。
「今日、とってもいいお天気ですね。ちょっとだけ散歩したくなるような」
女性は少し驚いたように顔を上げた。
そして、かすかに笑った。
「……ほんとですね。実は、駅まで行くか、引き返すか迷ってたんです。ちょっと大事な話をするかどうかで」
「そっか。じゃあ……アイスティーを飲み終わる頃に、心の中が少しでも軽くなってるといいですね」
麻衣のその言葉に、女性は静かにうなずいた。
それから数十分後。
女性はすっと立ち上がり、丁寧に会釈をして店を出て行った。
去っていく背中は、来たときよりも少しだけまっすぐで、歩き方にも迷いがなかった。
(……やっぱり、このスキル、“誰かの心の背中をそっと押す”力なんだ)
麻衣は、新しく手にした“羅針盤”の意味を少しずつ理解しはじめていた。
その夜。
夕食後、雄一と悠翔がリビングでゲームをしている間、麻衣はひなのと一緒に折り紙をしていた。
「ママ、“こころのこんぱす”ってなあに?」
「え? どこで聞いたの?」
「カフェでおじさんが“あの人は心のコンパス持ってる”って言ってた~」
(……たぶん穂積さんのことだ)
「んー、そうだなあ。心がどっちに行ったらいいか分からないときに、“こっちかも”って教えてくれるものかな」
「ふーん。じゃあ、ひなのの心コンパスは、ママ?」
「えぇ!? ……それ、ずるい答えじゃない?」
「えへへ~」
笑い声が弾む中、麻衣はふと思った。
(でも……私も、誰かの“コンパス”になれてたら、うれしいな)
窓の外には、夕暮れがやさしく空を染めていた。
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