『今日も平和に暮らしたいだけなのに、スキルが増えていく主婦です』

チャチャ

文字の大きさ
85 / 138

82話『心の羅針盤と、やさしい選択』

しおりを挟む
 翌朝――

 「……なんだか、今日はやけに道が空いてるなあ」

 麻衣は自転車のペダルをこぎながら、幼稚園への登園ルートを見渡していた。空気は清々しく、ひなのも機嫌がいい。

 「ママ、ひなのね、今日はお花の絵をかくの!」

 「わあ、いいね。カフェの前に咲いてたチューリップ、思い出しながら描くといいかも」

 そんな何気ない会話の中でも、麻衣の胸には、昨晩得た新スキル「心の羅針盤」の存在が静かに灯っていた。

 (“心の羅針盤”……これ、まだよくわからないけど)

 スマホを確認すると、スキル欄にひとつアイコンが追加されていた。

 >《心の羅針盤:周囲の“迷い”や“選択の岐路”にある人の気配を感じることができます》
 >《共鳴レベルにより、進行方向の判断補助が可能です》

 (選択……? もしかして、誰かが“悩んでいる”ときに働くのかな)

 

 その日のカフェ。

 オープンしてしばらくすると、ひとりの女性客が入ってきた。細身で、うつむきがちな若い女性。以前一度だけ来店したことがあるような、微かな記憶がある。

 「いらっしゃいませ」

 「……アイスティー、ください」

 静かな声。どこか沈んだ雰囲気に、麻衣は無意識にスキルを意識する。

 すると、胸の奥で「ふわっ」と何かが揺れた。

 (……この人、今“何か”に迷ってる)

 視界の隅で、空間にかすかな光の糸のようなものが現れ、女性の前方へと伸びていた。

 

 (この“糸”が、心の方向……?)

 アイスティーを運びながら、麻衣はさりげなく声をかける。

 「今日、とってもいいお天気ですね。ちょっとだけ散歩したくなるような」

 女性は少し驚いたように顔を上げた。
 そして、かすかに笑った。

 「……ほんとですね。実は、駅まで行くか、引き返すか迷ってたんです。ちょっと大事な話をするかどうかで」

 「そっか。じゃあ……アイスティーを飲み終わる頃に、心の中が少しでも軽くなってるといいですね」

 麻衣のその言葉に、女性は静かにうなずいた。

 

 それから数十分後。

 女性はすっと立ち上がり、丁寧に会釈をして店を出て行った。
 去っていく背中は、来たときよりも少しだけまっすぐで、歩き方にも迷いがなかった。

 

 (……やっぱり、このスキル、“誰かの心の背中をそっと押す”力なんだ)

 麻衣は、新しく手にした“羅針盤”の意味を少しずつ理解しはじめていた。

 

 その夜。

 夕食後、雄一と悠翔がリビングでゲームをしている間、麻衣はひなのと一緒に折り紙をしていた。

 「ママ、“こころのこんぱす”ってなあに?」

 「え? どこで聞いたの?」

 「カフェでおじさんが“あの人は心のコンパス持ってる”って言ってた~」

 (……たぶん穂積さんのことだ)

 「んー、そうだなあ。心がどっちに行ったらいいか分からないときに、“こっちかも”って教えてくれるものかな」

 「ふーん。じゃあ、ひなのの心コンパスは、ママ?」

 「えぇ!? ……それ、ずるい答えじゃない?」

 「えへへ~」

 笑い声が弾む中、麻衣はふと思った。

 (でも……私も、誰かの“コンパス”になれてたら、うれしいな)

 窓の外には、夕暮れがやさしく空を染めていた。


---
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

不遇スキル『動物親和EX』で手に入れたのは、最強もふもふ聖霊獣とのほっこり異世界スローライフでした

☆ほしい
ファンタジー
ブラック企業で過労死した俺が異世界エルドラで授かったのは『動物親和EX』という一見地味なスキルだった。 日銭を稼ぐので精一杯の不遇な日々を送っていたある日、森で傷ついた謎の白い生き物「フェン」と出会う。 フェンは言葉を話し、実は強力な力を持つ聖霊獣だったのだ! フェンの驚異的な素材発見能力や戦闘補助のおかげで、俺の生活は一変。 美味しいものを食べ、新しい家に住み、絆を深めていく二人。 しかし、フェンの力を悪用しようとする者たちも現れる。フェンを守り、より深い絆を結ぶため、二人は聖霊獣との正式な『契約の儀式』を行うことができるという「守り人の一族」を探す旅に出る。 最強もふもふとの心温まる異世界冒険譚、ここに開幕!

元Sランク受付嬢の、路地裏ひとり酒とまかない飯

☆ほしい
ファンタジー
ギルド受付嬢の佐倉レナ、外見はちょっと美人。仕事ぶりは真面目でテキパキ。そんなどこにでもいる女性。 でも実はその正体、数年前まで“災厄クラス”とまで噂された元Sランク冒険者。 今は戦わない。名乗らない。ひっそり事務仕事に徹してる。 なぜって、もう十分なんです。命がけで世界を救った報酬は、“おひとりさま晩酌”の幸福。 今日も定時で仕事を終え、路地裏の飯処〈モンス飯亭〉へ直行。 絶品まかないメシとよく冷えた一杯で、心と体をリセットする時間。 それが、いまのレナの“最強スタイル”。 誰にも気を使わない、誰も邪魔しない。 そんなおひとりさまグルメライフ、ここに開幕。

金貨増殖バグが止まらないので、そのまま快適なスローライフを送ります

桜井正宗
ファンタジー
 無能の落ちこぼれと認定された『ギルド職員』兼『ぷちドラゴン』使いの『ぷちテイマー』のヘンリーは、職員をクビとなり、国さえも追放されてしまう。  突然、空から女の子が降ってくると、キャッチしきれず女の子を地面へ激突させてしまう。それが聖女との出会いだった。  銀髪の自称聖女から『ギフト』を貰い、ヘンリーは、両手に持てない程の金貨を大量に手に入れた。これで一生遊んで暮らせると思いきや、金貨はどんどん増えていく。増殖が止まらない金貨。どんどん増えていってしまった。  聖女によれば“金貨増殖バグ”だという。幸い、元ギルド職員の権限でアイテムボックス量は無駄に多く持っていたので、そこへ保管しまくった。  大金持ちになったヘンリーは、とりあえず念願だった屋敷を買い……スローライフを始めていく!?

僕だけレベル1~レベルが上がらず無能扱いされた僕はパーティーを追放された。実は神様の不手際だったらしく、お詫びに最強スキルをもらいました~

いとうヒンジ
ファンタジー
 ある日、イチカ・シリルはパーティーを追放された。  理由は、彼のレベルがいつまでたっても「1」のままだったから。  パーティーメンバーで幼馴染でもあるキリスとエレナは、ここぞとばかりにイチカを罵倒し、邪魔者扱いする。  友人だと思っていた幼馴染たちに無能扱いされたイチカは、失意のまま家路についた。  その夜、彼は「カミサマ」を名乗る少女と出会い、自分のレベルが上がらないのはカミサマの所為だったと知る。  カミサマは、自身の不手際のお詫びとしてイチカに最強のスキルを与え、これからは好きに生きるようにと助言した。  キリスたちは力を得たイチカに仲間に戻ってほしいと懇願する。だが、自分の気持ちに従うと決めたイチカは彼らを見捨てて歩き出した。  最強のスキルを手に入れたイチカ・シリルの新しい冒険者人生が、今幕を開ける。

チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活

仙道
ファンタジー
リメイク先:「視線が合っただけで美少女が俺に溺れる。異世界で最強のハーレムを作って楽に暮らす」  ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。  彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

【アイテム分解】しかできないと追放された僕、実は物質の概念を書き換える最強スキルホルダーだった

黒崎隼人
ファンタジー
貴族の次男アッシュは、ゴミを素材に戻すだけのハズレスキル【アイテム分解】を授かり、家と国から追放される。しかし、そのスキルの本質は、物質や魔法、果ては世界の理すら書き換える神の力【概念再構築】だった! 辺境で出会った、心優しき元女騎士エルフや、好奇心旺盛な天才獣人少女。過去に傷を持つ彼女たちと共に、アッシュは忘れられた土地を理想の楽園へと創り変えていく。 一方、アッシュを追放した王国は謎の厄災に蝕まれ、滅亡の危機に瀕していた。彼を見捨てた幼馴染の聖女が助けを求めてきた時、アッシュが下す決断とは――。 追放から始まる、爽快な逆転建国ファンタジー、ここに開幕!

異世界でまったり村づくり ~追放された錬金術師、薬草と動物たちに囲まれて再出発します。いつの間にか辺境の村が聖地になっていた件~

たまごころ
ファンタジー
王都で役立たずと追放された中年の錬金術師リオネル。 たどり着いたのは、魔物に怯える小さな辺境の村だった。 薬草で傷を癒し、料理で笑顔を生み、動物たちと畑を耕す日々。 仲間と絆を育むうちに、村は次第に「奇跡の地」と呼ばれていく――。 剣も魔法も最強じゃない。けれど、誰かを癒す力が世界を変えていく。 ゆるやかな時間の中で少しずつ花開く、スロー成長の異世界物語。

処理中です...