86 / 138
83話『迷いの声と、そっと差し出す地図』
しおりを挟む
「……田仲、お前、奥さんに相談とかってするタイプか?」
仕事帰り、会社のエントランスを出たところで、同僚の小谷がぽつりとつぶやいた。
雄一は一瞬、足を止める。
「どうした、急に」
「いや……今日、上司に呼び出されてさ。別部署に異動の話があったんだけど……昇進ってわけでもないし、家からも遠くなるし。正直、悩んでる」
「なるほどな……」
雄一はうなずきつつも、ふと麻衣のことが頭をよぎった。
(“心の羅針盤”か……あいつなら、こういうとき、どう言うかな)
「奥さん、なんて言うと思う?」
そう尋ねられて、雄一はしばらく考えてから答えた。
「たぶん、“どっちを選んでも、ちゃんと納得できるように過ごしてね”って言うと思う」
「……は?」
「なんていうか、“正解”よりも、“納得できる選択”のほうが大事って、よく言うんだよ。失敗しても、意味があれば悪くないって」
小谷はしばらく黙っていたが、ふっと笑った。
「……いい奥さんだな。俺のとこ、最近ちょっとギクシャクしててさ。家で相談って雰囲気じゃなくて」
「じゃあ、今度一緒にウチ来るか? うちの嫁、カフェのパートしててさ。コーヒーと甘いもん出して、“うんうん”って聞いてくれるぞ」
「マジか、それ……救われるかもしれん」
***
その頃、自宅では――
「ママ~! ひなのね、明日ピアノの発表会のおけいこ!」
「わあ、大事な日ね。がんばれーっておまじない、今のうちにかけとく?」
「うんっ!」
そう言って、麻衣はそっとひなのの頭に手を当てて、にっこり。
「“ひなのの音は、きっとお空にも届きますように”」
「とどくかなー?」
「ぜったい、届くよ」
そのやり取りを見ていた悠翔が、少し照れながら口を開いた。
「……俺もさ、なんか“お守り”みたいな言葉もらえたら、テスト前に思い出せる気がする」
「ふふ、それなら“こころの地図”のおまじないだね」
「え、なにそれ」
「“どこで迷っても、ちゃんと帰る道はある”っていう魔法の言葉よ」
「……わりといいな、それ」
夜、雄一が帰宅して、麻衣に小谷との会話を話すと、麻衣は驚きもせず、ただ静かに微笑んだ。
「ちゃんと、“相談してくれてありがとう”って伝えた?」
「……忘れてたかも」
「じゃあ、明日それだけ伝えて。たぶん、それだけで少し軽くなるから」
(……ああ、やっぱり麻衣はすごいな)
雄一は内心で感心しながら、冷蔵庫を開けた。
そこには、プリンがひとつ。
「お、これって……?」
「ごほうび。“心の地図”使ったお礼ってことで」
「いや、俺はまだ方向音痴のままだと思うけどな……」
「ふふ、それでも誰かの“迷い”をちょっと照らすくらいは、できてるかもね」
そして――
その翌日、小谷がふらりと訪れたカフェで、麻衣が静かに笑って迎えた。
「あの……田仲の奥さんですよね?」
「はい、ようこそ」
メニューを渡しながら、麻衣は優しく言った。
「迷っても、立ち止まっても、道は続きますよ。ゆっくりでも、大丈夫です」
その言葉に、小谷は少し目を見開いて、それから小さくうなずいた。
“心の羅針盤”は今日も、誰かの中でそっと動いている。
---
仕事帰り、会社のエントランスを出たところで、同僚の小谷がぽつりとつぶやいた。
雄一は一瞬、足を止める。
「どうした、急に」
「いや……今日、上司に呼び出されてさ。別部署に異動の話があったんだけど……昇進ってわけでもないし、家からも遠くなるし。正直、悩んでる」
「なるほどな……」
雄一はうなずきつつも、ふと麻衣のことが頭をよぎった。
(“心の羅針盤”か……あいつなら、こういうとき、どう言うかな)
「奥さん、なんて言うと思う?」
そう尋ねられて、雄一はしばらく考えてから答えた。
「たぶん、“どっちを選んでも、ちゃんと納得できるように過ごしてね”って言うと思う」
「……は?」
「なんていうか、“正解”よりも、“納得できる選択”のほうが大事って、よく言うんだよ。失敗しても、意味があれば悪くないって」
小谷はしばらく黙っていたが、ふっと笑った。
「……いい奥さんだな。俺のとこ、最近ちょっとギクシャクしててさ。家で相談って雰囲気じゃなくて」
「じゃあ、今度一緒にウチ来るか? うちの嫁、カフェのパートしててさ。コーヒーと甘いもん出して、“うんうん”って聞いてくれるぞ」
「マジか、それ……救われるかもしれん」
***
その頃、自宅では――
「ママ~! ひなのね、明日ピアノの発表会のおけいこ!」
「わあ、大事な日ね。がんばれーっておまじない、今のうちにかけとく?」
「うんっ!」
そう言って、麻衣はそっとひなのの頭に手を当てて、にっこり。
「“ひなのの音は、きっとお空にも届きますように”」
「とどくかなー?」
「ぜったい、届くよ」
そのやり取りを見ていた悠翔が、少し照れながら口を開いた。
「……俺もさ、なんか“お守り”みたいな言葉もらえたら、テスト前に思い出せる気がする」
「ふふ、それなら“こころの地図”のおまじないだね」
「え、なにそれ」
「“どこで迷っても、ちゃんと帰る道はある”っていう魔法の言葉よ」
「……わりといいな、それ」
夜、雄一が帰宅して、麻衣に小谷との会話を話すと、麻衣は驚きもせず、ただ静かに微笑んだ。
「ちゃんと、“相談してくれてありがとう”って伝えた?」
「……忘れてたかも」
「じゃあ、明日それだけ伝えて。たぶん、それだけで少し軽くなるから」
(……ああ、やっぱり麻衣はすごいな)
雄一は内心で感心しながら、冷蔵庫を開けた。
そこには、プリンがひとつ。
「お、これって……?」
「ごほうび。“心の地図”使ったお礼ってことで」
「いや、俺はまだ方向音痴のままだと思うけどな……」
「ふふ、それでも誰かの“迷い”をちょっと照らすくらいは、できてるかもね」
そして――
その翌日、小谷がふらりと訪れたカフェで、麻衣が静かに笑って迎えた。
「あの……田仲の奥さんですよね?」
「はい、ようこそ」
メニューを渡しながら、麻衣は優しく言った。
「迷っても、立ち止まっても、道は続きますよ。ゆっくりでも、大丈夫です」
その言葉に、小谷は少し目を見開いて、それから小さくうなずいた。
“心の羅針盤”は今日も、誰かの中でそっと動いている。
---
79
あなたにおすすめの小説
元Sランク受付嬢の、路地裏ひとり酒とまかない飯
☆ほしい
ファンタジー
ギルド受付嬢の佐倉レナ、外見はちょっと美人。仕事ぶりは真面目でテキパキ。そんなどこにでもいる女性。
でも実はその正体、数年前まで“災厄クラス”とまで噂された元Sランク冒険者。
今は戦わない。名乗らない。ひっそり事務仕事に徹してる。
なぜって、もう十分なんです。命がけで世界を救った報酬は、“おひとりさま晩酌”の幸福。
今日も定時で仕事を終え、路地裏の飯処〈モンス飯亭〉へ直行。
絶品まかないメシとよく冷えた一杯で、心と体をリセットする時間。
それが、いまのレナの“最強スタイル”。
誰にも気を使わない、誰も邪魔しない。
そんなおひとりさまグルメライフ、ここに開幕。
不遇スキル『動物親和EX』で手に入れたのは、最強もふもふ聖霊獣とのほっこり異世界スローライフでした
☆ほしい
ファンタジー
ブラック企業で過労死した俺が異世界エルドラで授かったのは『動物親和EX』という一見地味なスキルだった。
日銭を稼ぐので精一杯の不遇な日々を送っていたある日、森で傷ついた謎の白い生き物「フェン」と出会う。
フェンは言葉を話し、実は強力な力を持つ聖霊獣だったのだ!
フェンの驚異的な素材発見能力や戦闘補助のおかげで、俺の生活は一変。
美味しいものを食べ、新しい家に住み、絆を深めていく二人。
しかし、フェンの力を悪用しようとする者たちも現れる。フェンを守り、より深い絆を結ぶため、二人は聖霊獣との正式な『契約の儀式』を行うことができるという「守り人の一族」を探す旅に出る。
最強もふもふとの心温まる異世界冒険譚、ここに開幕!
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
金貨増殖バグが止まらないので、そのまま快適なスローライフを送ります
桜井正宗
ファンタジー
無能の落ちこぼれと認定された『ギルド職員』兼『ぷちドラゴン』使いの『ぷちテイマー』のヘンリーは、職員をクビとなり、国さえも追放されてしまう。
突然、空から女の子が降ってくると、キャッチしきれず女の子を地面へ激突させてしまう。それが聖女との出会いだった。
銀髪の自称聖女から『ギフト』を貰い、ヘンリーは、両手に持てない程の金貨を大量に手に入れた。これで一生遊んで暮らせると思いきや、金貨はどんどん増えていく。増殖が止まらない金貨。どんどん増えていってしまった。
聖女によれば“金貨増殖バグ”だという。幸い、元ギルド職員の権限でアイテムボックス量は無駄に多く持っていたので、そこへ保管しまくった。
大金持ちになったヘンリーは、とりあえず念願だった屋敷を買い……スローライフを始めていく!?
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
憧れのスローライフを異世界で?
さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。
日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。
異世界でまったり村づくり ~追放された錬金術師、薬草と動物たちに囲まれて再出発します。いつの間にか辺境の村が聖地になっていた件~
たまごころ
ファンタジー
王都で役立たずと追放された中年の錬金術師リオネル。
たどり着いたのは、魔物に怯える小さな辺境の村だった。
薬草で傷を癒し、料理で笑顔を生み、動物たちと畑を耕す日々。
仲間と絆を育むうちに、村は次第に「奇跡の地」と呼ばれていく――。
剣も魔法も最強じゃない。けれど、誰かを癒す力が世界を変えていく。
ゆるやかな時間の中で少しずつ花開く、スロー成長の異世界物語。
刷り込みで竜の母親になった私は、国の運命を預かることになりました。繁栄も滅亡も、私の導き次第で決まるようです。
木山楽斗
ファンタジー
宿屋で働くフェリナは、ある日森で卵を見つけた。
その卵からかえったのは、彼女が見たことがない生物だった。その生物は、生まれて初めて見たフェリナのことを母親だと思ったらしく、彼女にとても懐いていた。
本物の母親も見当たらず、見捨てることも忍びないことから、フェリナは謎の生物を育てることにした。
リルフと名付けられた生物と、フェリナはしばらく平和な日常を過ごしていた。
しかし、ある日彼女達の元に国王から通達があった。
なんでも、リルフは竜という生物であり、国を繁栄にも破滅にも導く特別な存在であるようだ。
竜がどちらの道を辿るかは、その母親にかかっているらしい。知らない内に、フェリナは国の運命を握っていたのだ。
※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」にも掲載しています。
※2021/09/03 改題しました。(旧題:刷り込みで竜の母親になった私は、国の運命を預かることになりました。)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる