『今日も平和に暮らしたいだけなのに、スキルが増えていく主婦です』

チャチャ

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96話『ゆらぐ気配と、誰かの気持ち』

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穏やかな朝の光がリビングを照らす中、麻衣はキッチンで朝食の支度をしていた。トースターの「チーン」という音とともに、焼き上がったパンの香ばしい香りが広がる。

 「おかあさん、バター塗ってー!」

 ひなのが、手に持ったパンを差し出してくる。

 「はいはい、バターさんのお出ましですよ~」

 そう言って麻衣が笑うと、ひなのもニコニコ。

 一見いつも通りの朝だった。だけど、麻衣の心の中には、小さな“ひっかかり”が残っていた。

 (昨日の通知……“スキル融合/条件検証中”?)

 「融合」――それは今まで聞いたことのない言葉だった。ゲームの中でスキルが進化することはあったけど、“誰かと”融合するというのは、まるで別次元の話に思えた。

 

 その日、カフェに出勤した麻衣は、開店前に軽く深呼吸をした。

 (なんだか今日は、空気が重い……?)

 店内に特に変わった様子はなかったが、空気の流れが微かに“ざわついて”感じた。いつもの温かさに、薄く冷たい膜が張られているような。

 《周囲に未登録スキル反応を検知》

 スマホに浮かぶ通知。

 (……誰?)

 その直後、扉が開いて、ひとりの女性客が入ってきた。

 「……こんにちは」

 その声には、どこか覚えのある響きがあった。

 (え……?)

 麻衣は思わず顔を上げて、その女性を見つめた。

 背は麻衣より少し高く、黒髪を後ろでひとつに結び、どこか影のある表情。けれど、その目元には、昔の誰かと似た面影が――。

 

 「ご注文は……」

 「……ホットミルクティーを、お願いします」

 それだけ言って、女性は窓際の席に静かに腰を下ろした。

 

 (今の人……誰かに似てる)

 麻衣は注文をこなす傍ら、スマホで確認する。

 《スキル共鳴反応:不明/共鳴度 低》

 そして、通知にはもうひとつの文言が追加されていた。

 > 《注意:スキル波長に揺らぎあり。ごく軽度の“干渉”を検出》

 

 (干渉……? これは、今までと違う)

 ふと、女性の背中を見つめる。

 何かが起きる――そう、直感した。

 

 だが、特に事件が起きるわけでもなく、女性は静かにティーを飲み、しばらくして小さく会釈して帰っていった。

 ただ、その去り際――

 「……このお店、あたたかいですね。なんだか、久しぶりに“ちゃんとした場所”に来た気がしました」

 その言葉だけが、麻衣の胸に引っかかった。

 

 その夜、麻衣はスミレに連絡を取った。

 《スキルに“干渉”って出たんだけど、そんなことある?》

 しばらくして、スミレから返信が届く。

 《たまに、スキルの波長が近いけど、正しく扱えてない人がいるの。もしかしたら……その人かも》

 《危険なことは?》と麻衣が聞くと、スミレはすぐに返信してきた。

 《まだ分からない。でも、気をつけて》

 

 眠りについた麻衣の夢の中――
 どこかで“さざなみ”のように広がる共鳴の波。
 誰かが、何かを探しているような気配。

 そして微かに響いた声。

 《たすけて――》

 

 麻衣は目を覚ました。
 静かな夜。けれど、その胸の奥には、はっきりとした感覚が残っていた。

 (あの人は……助けを求めてる)

 


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