『今日も平和に暮らしたいだけなのに、スキルが増えていく主婦です』

チャチャ

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97話『見えないSOSと、スキルの暴走』

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 次の日の朝、麻衣はカフェへ向かう途中、何度もスマホを確認していた。

 《共鳴反応:不安定/注意レベル1》

 スキルアプリに表示される見慣れない警告。これまで一度も見たことがなかったその表示は、やけに冷たく見える。

 (あの人……やっぱり、何か抱えてるんだ)

 麻衣の胸には、昨日出会った“黒髪の女性”の横顔が焼き付いていた。特に危険な気配はなかった。けれど、スキルが察知している「揺らぎ」は、ただ事ではない気がしてならない。

 

 店に着くと、今日はなぜか風が強かった。

 開店準備をしていると、風にのって一枚の紙が舞い込んできた。

 (……?)

 拾い上げると、それは手書きのメモだった。

 > 「あのとき、言えなかったことがあります。
 >  でも、もう限界かもしれません」

 差出人は書かれていない。けれど、麻衣には直感的にわかった。これは、昨日のあの人からだ。

 

 そしてその日の午後。
 例の黒髪の女性が、再び来店した。

 昨日とはうって変わって、焦ったような表情。目元にくまができていて、どこかぼんやりしている。

 「すみません……昨日のお茶と同じものを……」

 そう言った直後だった。

 

 《警告:スキル暴走の兆候を検知しました》
 《共鳴反応:混線/影響範囲:半径5m以内》

 麻衣のスマホに、アラートが表示された。

 (やっぱり、何かが起きてる――)

 

 女性が座っているあたりの空間に、妙な「ひずみ」が生まれている。
 それは目に見えないはずの“気配”が、重く空気を歪めているかのようだった。

 麻衣は急いでカウンターから出て、彼女の席に向かった。

 「……大丈夫ですか?」

 「……わたし、また、やっちゃうかも……」
 女性の手が震えている。

 「なんで、わたしだけ……“感じすぎる”のかな……」

 その言葉で、麻衣は気づいた。

 (この人……自覚がないまま、スキルが発現してる?)

 「落ち着いて。ここでは、あなたは大丈夫。私も、少しだけわかるから」

 麻衣はゆっくり椅子に座り、スマホを操作した。

 《スキル発動:共鳴安定化》
 《ゆるやかな共鳴》を起動しますか? →「はい」

 

 空間が、すうっと和らぐ。

 まるで重ねた手の温度が伝わるように、空気が穏やかに戻っていった。

 女性は、少しずつ呼吸を整え、目を閉じた。

 「……なんだか、あたたかい」

 

 「もしかして、あなたも……?」

 「うん。私は“見える”だけ。でも、あなたのは……“受け取ってしまう”タイプなのかもね」

 

 その後、彼女は少しずつ話してくれた。

 名前は朝比奈香澄(あさひな かすみ)。
 職場や家庭で、相手の感情を敏感に受け取りすぎて、体調を崩すことが何度もあったという。スキルが関係していると気づいたのは、最近になってからだった。

 

 「もう、誰とも関わらないほうがいいんじゃないかって思ってたの。でも……今日、ここに来て、ちょっとだけ安心できた」

 「よかった……それだけでも、スキルに意味があったのかもしれないね」

 麻衣は微笑んだ。

 そしてスマホに、新たな通知が表示された。

 > 《共鳴反応 安定》
 > 《特例イベント:スキル“気配緩和”連携完了》
 > 《スキル共鳴度:+15》

 

 夜、帰宅後。
 麻衣は静かなリビングで、今日の出来事を思い返していた。

 (スキルって、ほんとうに不思議。でも……やっぱり、ひとりじゃなくてよかった)

 スミレ、香澄、そして家族。

 目に見えない“つながり”が、ゆるやかに重なって、今日も世界のどこかで誰かを救っているのかもしれない――。


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