『今日も平和に暮らしたいだけなのに、スキルが増えていく主婦です』

チャチャ

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98話『すれ違う気持ちと、見守るまなざし』

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悠翔は、ここ数日少しだけ不機嫌だった。

 原因は――「なんとなく、うまくいかない」こと。

 クラスで発表する係になったのに、仲良しの友達が別のグループに入ってしまった。
 給食の時間には、苦手な野菜が続けて出てくるし、先生には「ちょっと集中してね」と言われた。

 (ぼく、ちゃんとやってるのにな……)

 ランドセルをガサガサと下ろし、居間に入ると、ひなのがソファに寝転がって絵本を読んでいた。

 「おかえり、はると~」

 「……ただいま」

 ひなのは気づいてないけれど、その明るさがちょっぴりまぶしく感じる時もある。

 

 「悠翔くん、ちょっと元気ない?」

 夕飯を作りながら、麻衣がぽつりと聞いてきた。

 「別に。普通」

 「そう? なんか、“疲れた色”が見える気がするな~」

 「……それ、スキルで?」

 「いや、お母さんの勘かな」

 麻衣はにこっと笑ったけれど、その笑顔はふわっと包むようなあたたかさで、少しだけ心が緩んだ。

 

 その夜――

 悠翔は、なかなか眠れずにいた。

 ベッドの中で天井を見上げながら、今日の出来事を反芻する。

 (明日も発表の練習あるんだよな……うまく言えるかな……)

 そのとき、廊下から声が聞こえてきた。

 「……あの子、ちょっと頑張りすぎてるかもね」

 麻衣の声だった。どうやら雄一と話している。

 「はるとはさ、真面目だからな。言われたこと、ちゃんとやろうとするし」

 「うん。きっと、言葉にしないだけで色々思ってるのよね」

 「……まあ、そういうところ、お前に似てるのかもな」

 「あら、それって褒めてる?」

 「たぶん、ね」

 

 くすくすと笑う声と、優しい空気がドアの向こうから伝わってくる。

 悠翔は、ふと目を閉じた。

 (……なんだろう。なんか、大丈夫な気がする)

 

 翌日、学校での発表練習。

 クラスの子たちは、それぞれ自分のパートを読み上げていた。悠翔の番が近づいてくる。

 (よし、やるぞ……)

 ところが、直前で隣の席の子が、つっかえて止まってしまった。

 「……ごめん、ど忘れしちゃった」

 そのとき、悠翔がすっと手を挙げた。

 「ぼく、代わりに読もうか?」

 「いいの?」

 「うん。覚えてるから」

 声に出した瞬間、不思議なことに緊張がすーっと消えていった。
 なんでだろう。もしかしたら、昨日の夜の“安心”が残ってたのかもしれない。

 

 発表が終わると、先生が優しく声をかけてくれた。

 「悠翔くん、ありがとう。とても助かったわ。さすがね」

 「……えへへ」

 久しぶりに、ちょっとだけ自信を取り戻した気がした。

 

 その日の帰り道。
 夕陽が校舎の窓に反射してきらきらと輝いていた。

 (今日は、うまくいった)

 そんな気持ちを抱えたまま、ランドセルを背負った悠翔は家路を急いだ。

 

 一方、麻衣のスマホには、静かに通知が届いていた。

 > 《家族スキルリンク:安定》
 > 《感情共鳴:低レベル/安心感フィードバック完了》

 麻衣はその通知を見て、微笑んだ。

 「……ふふ。やっぱり、つながってるんだね」

 その手には、悠翔が好きなチョコチップクッキー。

 ちょっとだけ、特別なごほうびとして、テーブルの上にそっと置かれた。


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