『今日も平和に暮らしたいだけなのに、スキルが増えていく主婦です』

チャチャ

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116話『思い出と、まだ知らないスキルの正体』

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 次の日の朝――麻衣は、妙にリアルな夢を見て目を覚ました。

 夢の中で、自分は中学生だった。
 制服姿で、誰かの後ろ姿をぼんやり見ていた。
 その人が振り返った瞬間、目が合った。

 (……あれ? あれは……)

 篠原あやの。
 昨日カフェで再会した彼女だった。

 「……夢にまで出てくるって、どういうこと~」

 寝ぐせを直しながらリビングへ降りると、すでにひなのがソファでテレビを見ていて、悠翔がトーストをくわえながら宿題の仕上げをしていた。

 「ママ、おはよー。あのね、保育園で新しい紙芝居読む日なの!」

 「えらいね~。楽しみだね」

 何気ない朝の光景。でも、麻衣の頭の中はあやのの言葉とスマホアプリの通知でいっぱいだった。

 

 《イベント:古き記憶の扉》
 《任意トリガー式。場所・記憶・人物などの“共鳴”によって進行》
 《ヒント:中学校・春・扉》

 春。中学校。扉――

 (……あの時の、あやのとの“あれ”ってもしかして……)

 

 その日、麻衣はふと足を延ばし、久しぶりに実家近くの「旧・第三中学校跡地」へ行ってみることにした。

 校舎はすでに取り壊されていて、今は公園とちょっとした地域センターになっている。
 だけど、不思議なことに――麻衣がその敷地の中央に立った瞬間、スマホが反応した。

 《共鳴反応:高》
 《スキルイベント:進行可能》
 《記憶リンク:篠原あやの/田仲麻衣》
 《トリガー:旧図書室・扉の記憶》

 (やっぱり……ここに何かある)

 麻衣は周囲を歩きながら、当時の記憶を辿った。
 放課後、あやのとふたりきりで図書室にこもって話していたこと。
 「誰にも言えないけど、たまに“他人の気持ちがふわっと分かる”ことがある」と、あやのが打ち明けてきた日。

 (まさか、あの時から……スキルの“種”は芽生えてた?)

 その時――まるで昔の記憶をなぞるように、目の前のベンチに誰かが座った。

 「来ると思ったよ、麻衣さん」

 「……スミレさん?」

 ふいに現れたスミレは、今日も不思議なくらい自然にそこにいた。
 いや――自然すぎて、麻衣の中ではもう驚きの範疇ではなかった。

 「“記憶の扉”のイベントが発動したのね。あやのさんとあなたが持つ、同調記憶。それが今回のキーになるわ」

 「やっぱり、スキルって記憶と関係してるの?」

 スミレは小さく頷いた。

 「このアプリ――“NSSS”は、あなたの中にある“日常の力”を引き出す装置。でもそれは、心の奥の記憶や、感情ともつながってる」

 「……記憶?」

 「そう。楽しかったこと、悲しかったこと、そして――誰かと強くつながった瞬間。それが、あなたたちのスキルの源になってるのよ」

 

 麻衣は、深く呼吸をした。
 なるほど、と思った。

 だとしたら、自分の“今のスキル”――「ゆるやかな共鳴」も、
 日々、誰かと心を通わせてきた記憶が作り出したものなのかもしれない。

 

 「麻衣さん」

 スミレが立ち上がる。

 「そろそろ次のステージに行くときかもね。“記憶のスキル”だけじゃない、もっと別の力も……きっと」

 「え、なんかRPGっぽくなってきた!」

 「ふふ。でも油断しちゃダメよ。スキルが増えるってことは――選択肢も増えるってことだから」

 麻衣は少しだけ背筋が伸びた。

 (スキルって、単なる便利なチートじゃない。ちゃんと“自分の選び方”が問われるものなんだ)

 

 「ありがと、スミレさん。……来てよかった」

 「こちらこそ。また“つながる”時を、楽しみにしてるわ」

 ふわりと微笑んだスミレは、また人混みに紛れるように去っていった。

 

◆  ◆  ◆

 その夜、麻衣はふと思い出したように、あやのにメッセージを送った。

 >「今日、旧校舎のところに行ってみたよ。今度はふたりで“記憶の冒険”してみない?」

 返ってきたのは、にっこりマークのスタンプと――

 >「もちろん。また一緒に“扉”を開こう!」

 

 麻衣のスマホには、新たな通知が表示されていた。

 《共鳴パートナー追加:篠原あやの》
 《イベントサブクエスト:記憶の再編》
 《新スキル候補:???(条件達成待ち)》

 (……ほんと、日常って冒険だなぁ)

 麻衣は、ほんの少し得意げに、プリンを冷蔵庫から取り出した。


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