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3章「精霊の記憶と、禁忌の残響」
第19話 封印の森と、大地の精霊の眠り
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港町ルエルを出発したのは、朝日が海面を黄金色に染めはじめた頃だった。
潮風が背中を押すように吹き、遠く波間では白いカモメが鳴いている。
街を離れると、道は緩やかに内陸へと続き、やがて海の香りは薄れ、代わりに大地の匂いが鼻をくすぐった。
セリューナは水の珠を指先で弄びながら、表情を引き締める。
「封印の森……あそこは精霊の力が乱れている。長く放置すれば、この大地そのものが痩せる」
「だから、ロゥナに会わないといけないわけだな」
「ええ。でも彼女は、私より頑固よ」
道中、村人や旅人からも森の噂を耳にした。
曰く――森の奥には古代の石像が並び、夜にはそれが歩き出す。
曰く――森に足を踏み入れた者は、二度と戻らない。
レクはそれを笑い飛ばすつもりだったが、背筋の奥に冷たい感覚が走る。
この世界での「噂話」は、意外と真実を含んでいることが多いのだ。
小高い丘を越えた先、地平線に黒くうねる森が見えた。
その上空には、陽光を遮るような厚い雲が垂れ込め、遠くで雷鳴が響く。
「……あれが、封印の森」
セリューナの声は低く、どこか怯えを含んでいた。
森の入口は、思っていた以上に静かだった。
風は止み、鳥の声すら聞こえない。
ただ、木々の隙間から漂う湿った空気が、皮膚にまとわりつくように重い。
近づくと、地面に古びた石柱が等間隔で立ち並んでいるのが見えた。
柱には、見慣れない文字と、精霊語と思しき模様が刻まれている。
「これは……封印の術式ね」
セリューナが指で文字をなぞる。
青白い光が指先にまとわりつくが、すぐに霧のように消えた。
「術式が壊れかけてる。外から何かが干渉してるみたい」
「干渉……って、誰が?」
「それを確かめに行くんでしょ?」と、セリューナは少しだけ笑った。
レクは腰の剣に手をかけた。
森の中は、視界が悪く足場も悪い。
こういう場所ほど、不意打ちの危険がある。
一歩踏み出した瞬間――
カチリ、と足元で何かが噛み合う音がした。
次の瞬間、地面の魔法陣が淡く光り、目の前に影が浮かび上がる。
「侵入者、確認」
低く響く声とともに、苔むした石像がゆっくりと動き出した。
それは人型だが、肩や腕に蔦が絡まり、瞳には淡い緑色の光が宿っている。
「……出たわね、森の守護者」
セリューナが水の魔力を纏うと、周囲の空気が一気に冷たくなる。
レクは息を整え、剣を構えた。
「行くぞ、セリューナ」
✳✳✳✳
森の守護者が腕を振り上げると、絡みついていた蔦が生き物のように伸び、鞭のように襲いかかってきた。
レクは即座に横へ跳び、刃でその蔦を斬り払う。だが、斬られた先から新しい芽が芽吹き、瞬く間に元通りになる。
「再生が早すぎる……!」
「それが森の力よ!」とセリューナが叫び、水の矢を放つ。
矢は守護者の腕を撃ち抜くが、同じく数秒で修復されてしまう。
守護者の動きは鈍重だが、一撃の重さは尋常ではなかった。
大地を踏み鳴らすたびに地面が揺れ、足元の根がせり上がって行く手を塞ぐ。
「このままだとジリ貧ね……!」
レクは咄嗟にユニークスキル《流転制御》を発動。
風と水の流れを重ね合わせ、蔦の伸びる軌道を変え、逆に守護者自身へと絡みつかせる。
「今だ、セリューナ!」
「《水刃乱舞》!」
無数の水の刃が守護者の体を切り刻み、苔と石の破片が飛び散った。
だが――
「侵入者、力……確認……」
崩れかけた守護者の口から、ゆっくりと別の言葉が漏れた。
「……大地の、守り人に……会え」
そう言い残し、守護者は粉々に砕け、地面に還っていった。
セリューナが眉をひそめる。
「……まるで、私たちを試していたみたい」
「敵じゃなかった、ってことか」
レクは剣を納め、森の奥へ視線を向けた。
奥からは、確かに大地の鼓動のような低い響きが聞こえる――。
✳✳✳
森の奥へ進むたび、空気はどんどん重くなっていった。
頭上を覆う木々は陽光を完全に遮り、昼間だというのに足元がほとんど見えない。
「……水の流れがない」
セリューナが低く呟く。
「森の土壌が乾いてる。普通なら、樹々の根が水脈を巡らせているはずなのに」
レクは足元の土を手に取った。
指先で崩れるそれは、まるで長い間雨が降らなかった砂地のようだ。
「これも精霊の力の乱れか?」
「ええ。ロゥナが目覚めない限り、この森は死ぬわ」
やがて、視界の先に石造りの小さな祠が現れた。
入口には再び古代文字が刻まれ、中央には半ば埋もれた石扉がある。
だが、その前に立ちふさがるように、黒い靄が渦巻いていた。
「……魔瘴気」
セリューナの声がわずかに震える。
「精霊が嫌う気配。普通なら近づけないはず……でも、これは誰かが意図的に撒いたものよ」
靄の向こうから、かすかに低い声が響く。
「……帰れ……ここは、汝らの来る場所にあらず……」
「声……?」
レクが耳を澄ませると、祠の奥からさらに大きな衝撃音が響き、靄が一瞬揺れた。
「中で何か起きてるな」
剣に手をかけ、レクは一歩踏み出す――が、その瞬間、靄の中から何かが飛び出してきた。
✳✳✳✳
森の奥へ進むたび、空気はどんどん重くなっていった。
頭上を覆う木々は陽光を完全に遮り、昼間だというのに足元がほとんど見えない。
「……水の流れがない」
セリューナが低く呟く。
「森の土壌が乾いてる。普通なら、樹々の根が水脈を巡らせているはずなのに」
レクは足元の土を手に取った。
指先で崩れるそれは、まるで長い間雨が降らなかった砂地のようだ。
「これも精霊の力の乱れか?」
「ええ。ロゥナが目覚めない限り、この森は死ぬわ」
やがて、視界の先に石造りの小さな祠が現れた。
入口には再び古代文字が刻まれ、中央には半ば埋もれた石扉がある。
だが、その前に立ちふさがるように、黒い靄が渦巻いていた。
「……魔瘴気」
セリューナの声がわずかに震える。
「精霊が嫌う気配。普通なら近づけないはず……でも、これは誰かが意図的に撒いたものよ」
靄の向こうから、かすかに低い声が響く。
「……帰れ……ここは、汝らの来る場所にあらず……」
「声……?」
レクが耳を澄ませると、祠の奥からさらに大きな衝撃音が響き、靄が一瞬揺れた。
「中で何か起きてるな」
剣に手をかけ、レクは一歩踏み出す――が、その瞬間、靄の中から何かが飛び出してきた。
✳✳✳✳
靄を切り裂いて飛び出してきたのは、岩と樹皮が融合したような獣だった。
四肢は太く、肩から背にかけては鋭い石の棘が突き出ている。
目は赤く光り、口からは土煙と腐臭を含んだ息が漏れていた。
「……あれは、森狼(モリオオカミ)?」
セリューナが眉を寄せる。
「違う、瘴気に侵されて変質してる」
狼が咆哮すると同時に、地面が隆起し、土塊が弾丸のように飛んでくる。
レクは剣で弾き返しながら距離を取るが、その隙に狼が大きく跳躍して襲いかかってきた。
「《水盾》!」
セリューナが前方に水の壁を展開。
だが、狼の牙がそれを噛み砕き、水飛沫と共にレクに迫る。
間一髪、レクは《流転制御》を発動し、自分の体を横に滑らせるように移動させた。
剣を返しざまに振るうと、狼の前脚に深い傷が走る。
しかし、傷口からはすぐに土が湧き出し、あっという間に塞がってしまう。
「再生能力が高すぎる……!」
「このままだとキリがないわ!」
セリューナが水の珠を握り潰すと、周囲の湿気が一気に集まり、鋭い氷の矢となって狼の背を貫いた。
その瞬間、狼が苦しそうに体を震わせ、動きが鈍る。
「今だ、レク!」
渾身の一撃を狼の首元に叩き込み、土と石の破片が四散した。
しかし、消滅する寸前、狼の口が微かに動いた。
「……森を……守れ……」
✳✳✳
狼の残骸は、風に吹かれて砂のように崩れ、やがて地面に溶けていった。
戦いの余韻が消えると同時に、再び森に静寂が戻る。
レクは深く息を吐き、剣を鞘に収めた。
「……あいつも、守護者だったのかもしれないな」
「ええ。瘴気に侵され、正気を失っただけ」
セリューナの瞳に一瞬、哀しみの色が宿る。
祠の前に漂っていた黒い靄は、狼の消滅とともに薄れていた。
近づくと、石扉に刻まれた古代文字が淡く光り始める。
「開けられそう?」
「封印は緩んでる……でも、中に何がいるかは分からない」
レクは背負い袋から松明を取り出し、火を灯す。
森の湿気の中でも、炎は心強い灯りとなる。
その時、地面が低く唸りを上げた。
祠の奥から、まるで地鳴りのような響きが伝わってくる。
「……これは、ロゥナの鼓動」
セリューナが静かに呟く。
「彼女が目覚めようとしている……けれど、それを阻む何かがいる」
レクは頷き、扉に手をかけた。
石の冷たさが掌を伝い、ほんの一瞬、微かな震えが指先を走る。
「行こう、セリューナ。――中へ」
石扉が重く軋みながら開いていく。
暗闇の向こうに、未知の空間が口を開けていた。
✳✳✳
祠の内部は、外の湿った空気とは別世界のように冷たく乾いていた。
壁や天井は粗い岩肌で覆われ、ところどころに古代文字が彫り込まれている。
それらは淡い橙色の光を放ち、足元をかすかに照らしていた。
「……ここ、地下に続いてる」
レクが松明を掲げると、石段が奥へと延びているのが見えた。
その先からは、一定の間隔で地鳴りが響き、足元の石がわずかに震える。
「ロゥナはこの奥……でも、近づくにつれて瘴気が濃くなってる」
セリューナが水の膜を展開し、二人を包み込む。
「これで少しは瘴気の影響を抑えられるわ」
石段を下りると、大広間に出た。
天井は高く、柱には蔓草が化石のように張り付いている。
中央には巨大な岩塊があり、その中に女性の姿が浮かび上がっていた。
長い髪は大地色に輝き、瞳を閉じたまま静かに眠っている――土の精霊、ロゥナだ。
しかし、その岩塊の周囲を、漆黒の鎧を纏った影が旋回していた。
その手には、禍々しい土色の槍。
見た目は人型だが、兜の奥から覗く瞳は真っ赤に光り、呼吸は異様に重い。
「……侵入者か」
低い声が響き、大広間の空気が一気に張り詰めた。
「ここは……誰も通さぬ」
影が槍を構え、二人に向かって突進してくる――。
✳✳✳✳
槍の穂先が、雷鳴のような速度で迫る。
レクは咄嗟に剣で受け止めたが、その瞬間、全身に衝撃が走った。
「……重っ!」
足元の石床がひび割れ、靴底がめり込む。
影の男は押し込む力を緩めず、そのまま体を回転させて横薙ぎに槍を振るった。
レクは後方に跳び、槍先をかわすが、空気を裂く音とともに壁が深々と抉られる。
「こいつ……普通の人間じゃない」
「精霊の力を、奪われた人間……あるいは、それを模した魔造兵ね」
セリューナが両手を前に突き出し、水の渦を放つ。
渦は槍を押し返すが、影は無造作に腕を振ってそれを裂いた。
再び距離を詰められる。
レクは《流転制御》を発動し、自らの動きを風に乗せて高速移動する。
背後へ回り込み、一気に斬り込む――が、槍の柄であっさり受け止められた。
「悪くない動きだ……だが、力が足りぬ」
影の男の声は冷たい岩のようで、感情の欠片すらない。
セリューナが合図を送り、レクは即座に後退。
次の瞬間、大量の水柱が影を取り囲み、氷に変わる。
「《氷縛環》!」
だが、氷が砕け散ったのは数秒後だった。
破片と共に突進してくる影に、レクは歯を食いしばる。
「やるしかねぇな……!」
✳✳✳✳
槍の連撃が嵐のように襲いかかる。
レクはその一撃一撃を受け流し、時に弾き、時に足運びで避けた。
火花と金属音が大広間に響き渡る。
「セリューナ、タイミングを合わせるぞ!」
「分かった!」
影の男が槍を振り下ろした瞬間、レクは剣で受け止め、刃同士を押し合う形で固定する。
その隙に、セリューナが水の渦を影の足元に叩きつけた。
渦は瞬時に氷へと変わり、足首を固める。
「今だ!」
レクは全身の力を込めて影の槍を外側へ弾き、その懐へ踏み込む。
渾身の斬撃が鎧の胸部を裂き、金属と共に黒い瘴気が噴き出す。
「……っ!」
影は一瞬膝をつくが、次の瞬間、瘴気が傷口を覆い、再び立ち上がった。
「しぶといな……!」
「ロゥナの力を吸収してる……あの槍が核かも!」
レクは頷き、次の一撃の標的を槍へと定めた。
再び接近戦へ持ち込み、フェイントを混ぜながら槍の柄を狙う。
そして――
「《流転制御》・加速」
風がレクの体を押し、剣が槍の中央を正確に叩き割った。
砕けた瞬間、影の全身から黒い瘴気が噴き出し、苦悶の声を上げる。
「……オレハ……マモ……」
その声は途切れ、影は跡形もなく霧散した。
✳✳✳✳
影が霧散すると同時に、大広間の空気が一気に澄み渡った。
重苦しい瘴気は消え、壁の古代文字が柔らかな光を放ち始める。
中央の巨大な岩塊にも変化が現れる。
ひび割れが走り、石片が次々と剥がれ落ちていく。
その奥から現れたのは――大地色の長髪と、深い琥珀色の瞳を持つ女性だった。
「……ロゥナ」
セリューナが小さく呟く。
女性はゆっくりと目を開き、レクとセリューナを見つめた。
その視線は柔らかく、しかし底知れぬ力を感じさせる。
「……私を……起こしてくれたのね」
ロゥナの声は、大地の響きそのもののように低く、温かかった。
レクが一歩近づき、事情を説明する。
瘴気の発生、守護者たちの異変、そして影の男との戦い――。
ロゥナは静かに頷き、胸の前で手を組む。
「あなたたちが来なければ、この森はもう持たなかったでしょう。礼を言うわ」
そう言って、ロゥナはレクの両手を包み込むように握った。
瞬間、大地の温もりが全身を駆け抜け、システムメッセージのような感覚が脳裏に響く。
――《ユニークスキル〈大地の契約〉が発動しました》――
だが、契約は完全ではなかった。
ロゥナは微笑みながらも、首を横に振る。
「今はまだ……あなたの器が足りない。力の一部だけを託すわ」
レクは頷いた。
完全な契約は先の旅で果たす――そう心に誓い、森を出る決意を固めた。
✳✳✳✳
潮風が背中を押すように吹き、遠く波間では白いカモメが鳴いている。
街を離れると、道は緩やかに内陸へと続き、やがて海の香りは薄れ、代わりに大地の匂いが鼻をくすぐった。
セリューナは水の珠を指先で弄びながら、表情を引き締める。
「封印の森……あそこは精霊の力が乱れている。長く放置すれば、この大地そのものが痩せる」
「だから、ロゥナに会わないといけないわけだな」
「ええ。でも彼女は、私より頑固よ」
道中、村人や旅人からも森の噂を耳にした。
曰く――森の奥には古代の石像が並び、夜にはそれが歩き出す。
曰く――森に足を踏み入れた者は、二度と戻らない。
レクはそれを笑い飛ばすつもりだったが、背筋の奥に冷たい感覚が走る。
この世界での「噂話」は、意外と真実を含んでいることが多いのだ。
小高い丘を越えた先、地平線に黒くうねる森が見えた。
その上空には、陽光を遮るような厚い雲が垂れ込め、遠くで雷鳴が響く。
「……あれが、封印の森」
セリューナの声は低く、どこか怯えを含んでいた。
森の入口は、思っていた以上に静かだった。
風は止み、鳥の声すら聞こえない。
ただ、木々の隙間から漂う湿った空気が、皮膚にまとわりつくように重い。
近づくと、地面に古びた石柱が等間隔で立ち並んでいるのが見えた。
柱には、見慣れない文字と、精霊語と思しき模様が刻まれている。
「これは……封印の術式ね」
セリューナが指で文字をなぞる。
青白い光が指先にまとわりつくが、すぐに霧のように消えた。
「術式が壊れかけてる。外から何かが干渉してるみたい」
「干渉……って、誰が?」
「それを確かめに行くんでしょ?」と、セリューナは少しだけ笑った。
レクは腰の剣に手をかけた。
森の中は、視界が悪く足場も悪い。
こういう場所ほど、不意打ちの危険がある。
一歩踏み出した瞬間――
カチリ、と足元で何かが噛み合う音がした。
次の瞬間、地面の魔法陣が淡く光り、目の前に影が浮かび上がる。
「侵入者、確認」
低く響く声とともに、苔むした石像がゆっくりと動き出した。
それは人型だが、肩や腕に蔦が絡まり、瞳には淡い緑色の光が宿っている。
「……出たわね、森の守護者」
セリューナが水の魔力を纏うと、周囲の空気が一気に冷たくなる。
レクは息を整え、剣を構えた。
「行くぞ、セリューナ」
✳✳✳✳
森の守護者が腕を振り上げると、絡みついていた蔦が生き物のように伸び、鞭のように襲いかかってきた。
レクは即座に横へ跳び、刃でその蔦を斬り払う。だが、斬られた先から新しい芽が芽吹き、瞬く間に元通りになる。
「再生が早すぎる……!」
「それが森の力よ!」とセリューナが叫び、水の矢を放つ。
矢は守護者の腕を撃ち抜くが、同じく数秒で修復されてしまう。
守護者の動きは鈍重だが、一撃の重さは尋常ではなかった。
大地を踏み鳴らすたびに地面が揺れ、足元の根がせり上がって行く手を塞ぐ。
「このままだとジリ貧ね……!」
レクは咄嗟にユニークスキル《流転制御》を発動。
風と水の流れを重ね合わせ、蔦の伸びる軌道を変え、逆に守護者自身へと絡みつかせる。
「今だ、セリューナ!」
「《水刃乱舞》!」
無数の水の刃が守護者の体を切り刻み、苔と石の破片が飛び散った。
だが――
「侵入者、力……確認……」
崩れかけた守護者の口から、ゆっくりと別の言葉が漏れた。
「……大地の、守り人に……会え」
そう言い残し、守護者は粉々に砕け、地面に還っていった。
セリューナが眉をひそめる。
「……まるで、私たちを試していたみたい」
「敵じゃなかった、ってことか」
レクは剣を納め、森の奥へ視線を向けた。
奥からは、確かに大地の鼓動のような低い響きが聞こえる――。
✳✳✳
森の奥へ進むたび、空気はどんどん重くなっていった。
頭上を覆う木々は陽光を完全に遮り、昼間だというのに足元がほとんど見えない。
「……水の流れがない」
セリューナが低く呟く。
「森の土壌が乾いてる。普通なら、樹々の根が水脈を巡らせているはずなのに」
レクは足元の土を手に取った。
指先で崩れるそれは、まるで長い間雨が降らなかった砂地のようだ。
「これも精霊の力の乱れか?」
「ええ。ロゥナが目覚めない限り、この森は死ぬわ」
やがて、視界の先に石造りの小さな祠が現れた。
入口には再び古代文字が刻まれ、中央には半ば埋もれた石扉がある。
だが、その前に立ちふさがるように、黒い靄が渦巻いていた。
「……魔瘴気」
セリューナの声がわずかに震える。
「精霊が嫌う気配。普通なら近づけないはず……でも、これは誰かが意図的に撒いたものよ」
靄の向こうから、かすかに低い声が響く。
「……帰れ……ここは、汝らの来る場所にあらず……」
「声……?」
レクが耳を澄ませると、祠の奥からさらに大きな衝撃音が響き、靄が一瞬揺れた。
「中で何か起きてるな」
剣に手をかけ、レクは一歩踏み出す――が、その瞬間、靄の中から何かが飛び出してきた。
✳✳✳✳
森の奥へ進むたび、空気はどんどん重くなっていった。
頭上を覆う木々は陽光を完全に遮り、昼間だというのに足元がほとんど見えない。
「……水の流れがない」
セリューナが低く呟く。
「森の土壌が乾いてる。普通なら、樹々の根が水脈を巡らせているはずなのに」
レクは足元の土を手に取った。
指先で崩れるそれは、まるで長い間雨が降らなかった砂地のようだ。
「これも精霊の力の乱れか?」
「ええ。ロゥナが目覚めない限り、この森は死ぬわ」
やがて、視界の先に石造りの小さな祠が現れた。
入口には再び古代文字が刻まれ、中央には半ば埋もれた石扉がある。
だが、その前に立ちふさがるように、黒い靄が渦巻いていた。
「……魔瘴気」
セリューナの声がわずかに震える。
「精霊が嫌う気配。普通なら近づけないはず……でも、これは誰かが意図的に撒いたものよ」
靄の向こうから、かすかに低い声が響く。
「……帰れ……ここは、汝らの来る場所にあらず……」
「声……?」
レクが耳を澄ませると、祠の奥からさらに大きな衝撃音が響き、靄が一瞬揺れた。
「中で何か起きてるな」
剣に手をかけ、レクは一歩踏み出す――が、その瞬間、靄の中から何かが飛び出してきた。
✳✳✳✳
靄を切り裂いて飛び出してきたのは、岩と樹皮が融合したような獣だった。
四肢は太く、肩から背にかけては鋭い石の棘が突き出ている。
目は赤く光り、口からは土煙と腐臭を含んだ息が漏れていた。
「……あれは、森狼(モリオオカミ)?」
セリューナが眉を寄せる。
「違う、瘴気に侵されて変質してる」
狼が咆哮すると同時に、地面が隆起し、土塊が弾丸のように飛んでくる。
レクは剣で弾き返しながら距離を取るが、その隙に狼が大きく跳躍して襲いかかってきた。
「《水盾》!」
セリューナが前方に水の壁を展開。
だが、狼の牙がそれを噛み砕き、水飛沫と共にレクに迫る。
間一髪、レクは《流転制御》を発動し、自分の体を横に滑らせるように移動させた。
剣を返しざまに振るうと、狼の前脚に深い傷が走る。
しかし、傷口からはすぐに土が湧き出し、あっという間に塞がってしまう。
「再生能力が高すぎる……!」
「このままだとキリがないわ!」
セリューナが水の珠を握り潰すと、周囲の湿気が一気に集まり、鋭い氷の矢となって狼の背を貫いた。
その瞬間、狼が苦しそうに体を震わせ、動きが鈍る。
「今だ、レク!」
渾身の一撃を狼の首元に叩き込み、土と石の破片が四散した。
しかし、消滅する寸前、狼の口が微かに動いた。
「……森を……守れ……」
✳✳✳
狼の残骸は、風に吹かれて砂のように崩れ、やがて地面に溶けていった。
戦いの余韻が消えると同時に、再び森に静寂が戻る。
レクは深く息を吐き、剣を鞘に収めた。
「……あいつも、守護者だったのかもしれないな」
「ええ。瘴気に侵され、正気を失っただけ」
セリューナの瞳に一瞬、哀しみの色が宿る。
祠の前に漂っていた黒い靄は、狼の消滅とともに薄れていた。
近づくと、石扉に刻まれた古代文字が淡く光り始める。
「開けられそう?」
「封印は緩んでる……でも、中に何がいるかは分からない」
レクは背負い袋から松明を取り出し、火を灯す。
森の湿気の中でも、炎は心強い灯りとなる。
その時、地面が低く唸りを上げた。
祠の奥から、まるで地鳴りのような響きが伝わってくる。
「……これは、ロゥナの鼓動」
セリューナが静かに呟く。
「彼女が目覚めようとしている……けれど、それを阻む何かがいる」
レクは頷き、扉に手をかけた。
石の冷たさが掌を伝い、ほんの一瞬、微かな震えが指先を走る。
「行こう、セリューナ。――中へ」
石扉が重く軋みながら開いていく。
暗闇の向こうに、未知の空間が口を開けていた。
✳✳✳
祠の内部は、外の湿った空気とは別世界のように冷たく乾いていた。
壁や天井は粗い岩肌で覆われ、ところどころに古代文字が彫り込まれている。
それらは淡い橙色の光を放ち、足元をかすかに照らしていた。
「……ここ、地下に続いてる」
レクが松明を掲げると、石段が奥へと延びているのが見えた。
その先からは、一定の間隔で地鳴りが響き、足元の石がわずかに震える。
「ロゥナはこの奥……でも、近づくにつれて瘴気が濃くなってる」
セリューナが水の膜を展開し、二人を包み込む。
「これで少しは瘴気の影響を抑えられるわ」
石段を下りると、大広間に出た。
天井は高く、柱には蔓草が化石のように張り付いている。
中央には巨大な岩塊があり、その中に女性の姿が浮かび上がっていた。
長い髪は大地色に輝き、瞳を閉じたまま静かに眠っている――土の精霊、ロゥナだ。
しかし、その岩塊の周囲を、漆黒の鎧を纏った影が旋回していた。
その手には、禍々しい土色の槍。
見た目は人型だが、兜の奥から覗く瞳は真っ赤に光り、呼吸は異様に重い。
「……侵入者か」
低い声が響き、大広間の空気が一気に張り詰めた。
「ここは……誰も通さぬ」
影が槍を構え、二人に向かって突進してくる――。
✳✳✳✳
槍の穂先が、雷鳴のような速度で迫る。
レクは咄嗟に剣で受け止めたが、その瞬間、全身に衝撃が走った。
「……重っ!」
足元の石床がひび割れ、靴底がめり込む。
影の男は押し込む力を緩めず、そのまま体を回転させて横薙ぎに槍を振るった。
レクは後方に跳び、槍先をかわすが、空気を裂く音とともに壁が深々と抉られる。
「こいつ……普通の人間じゃない」
「精霊の力を、奪われた人間……あるいは、それを模した魔造兵ね」
セリューナが両手を前に突き出し、水の渦を放つ。
渦は槍を押し返すが、影は無造作に腕を振ってそれを裂いた。
再び距離を詰められる。
レクは《流転制御》を発動し、自らの動きを風に乗せて高速移動する。
背後へ回り込み、一気に斬り込む――が、槍の柄であっさり受け止められた。
「悪くない動きだ……だが、力が足りぬ」
影の男の声は冷たい岩のようで、感情の欠片すらない。
セリューナが合図を送り、レクは即座に後退。
次の瞬間、大量の水柱が影を取り囲み、氷に変わる。
「《氷縛環》!」
だが、氷が砕け散ったのは数秒後だった。
破片と共に突進してくる影に、レクは歯を食いしばる。
「やるしかねぇな……!」
✳✳✳✳
槍の連撃が嵐のように襲いかかる。
レクはその一撃一撃を受け流し、時に弾き、時に足運びで避けた。
火花と金属音が大広間に響き渡る。
「セリューナ、タイミングを合わせるぞ!」
「分かった!」
影の男が槍を振り下ろした瞬間、レクは剣で受け止め、刃同士を押し合う形で固定する。
その隙に、セリューナが水の渦を影の足元に叩きつけた。
渦は瞬時に氷へと変わり、足首を固める。
「今だ!」
レクは全身の力を込めて影の槍を外側へ弾き、その懐へ踏み込む。
渾身の斬撃が鎧の胸部を裂き、金属と共に黒い瘴気が噴き出す。
「……っ!」
影は一瞬膝をつくが、次の瞬間、瘴気が傷口を覆い、再び立ち上がった。
「しぶといな……!」
「ロゥナの力を吸収してる……あの槍が核かも!」
レクは頷き、次の一撃の標的を槍へと定めた。
再び接近戦へ持ち込み、フェイントを混ぜながら槍の柄を狙う。
そして――
「《流転制御》・加速」
風がレクの体を押し、剣が槍の中央を正確に叩き割った。
砕けた瞬間、影の全身から黒い瘴気が噴き出し、苦悶の声を上げる。
「……オレハ……マモ……」
その声は途切れ、影は跡形もなく霧散した。
✳✳✳✳
影が霧散すると同時に、大広間の空気が一気に澄み渡った。
重苦しい瘴気は消え、壁の古代文字が柔らかな光を放ち始める。
中央の巨大な岩塊にも変化が現れる。
ひび割れが走り、石片が次々と剥がれ落ちていく。
その奥から現れたのは――大地色の長髪と、深い琥珀色の瞳を持つ女性だった。
「……ロゥナ」
セリューナが小さく呟く。
女性はゆっくりと目を開き、レクとセリューナを見つめた。
その視線は柔らかく、しかし底知れぬ力を感じさせる。
「……私を……起こしてくれたのね」
ロゥナの声は、大地の響きそのもののように低く、温かかった。
レクが一歩近づき、事情を説明する。
瘴気の発生、守護者たちの異変、そして影の男との戦い――。
ロゥナは静かに頷き、胸の前で手を組む。
「あなたたちが来なければ、この森はもう持たなかったでしょう。礼を言うわ」
そう言って、ロゥナはレクの両手を包み込むように握った。
瞬間、大地の温もりが全身を駆け抜け、システムメッセージのような感覚が脳裏に響く。
――《ユニークスキル〈大地の契約〉が発動しました》――
だが、契約は完全ではなかった。
ロゥナは微笑みながらも、首を横に振る。
「今はまだ……あなたの器が足りない。力の一部だけを託すわ」
レクは頷いた。
完全な契約は先の旅で果たす――そう心に誓い、森を出る決意を固めた。
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