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3章「精霊の記憶と、禁忌の残響」
第21話 石階段の峡谷、黒衣の術師
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谷底の空気は冷たい。だがその冷たさは自然のものではなく、仮面の術師が放つ気配だった。
「港町ルエルで嗅いだ潮の匂いは、もう遠い」
そんな思いを胸の奥に押し込み、俺は剣を握り直す。
「ようこそ、異界の来訪者」
仮面の下から響く声は、氷のように滑らかだ。
「君がレク・エルディアスか。精霊との契約者……興味深い」
「俺の名前を知ってるのか」
「記録は常に集めている。君の行動も、契約の詳細も」
背筋に冷たいものが走る。セリューナが前へ出て杖を構え、ロゥナは低く身を沈めた。
「核片を返してもらうぞ」
「それはできない。これは我ら〈記録(アーカイヴ)〉の研究素材だ」
「研究……? 精霊の命を削って?」
ロゥナの声が怒りで低くなる。
「命? 大地も海も、ただの情報だ。情報は収集され、保存され、必要なら改竄される。それが我々の使命だ」
ふざけるな、と言葉が喉まで出かかった瞬間、仮面の術師が軽く手を上げた。
谷底に置かれた荷車の布がめくれ、封印された核片が現れる。淡い大地色の光がかすかに漏れていた。
「返す気がないなら、力づくだな」
俺が踏み込もうとした瞬間、術師の足元から黒い陣が広がった。
「来い、守護者たちよ」
地面が割れ、土と石でできた巨躯が三体、谷底に姿を現した。岩の拳、尖った顎、空洞の目。
その背後で、術師はまるで観客のように静かに立っている。
「セリューナ、右を頼む!」
「了解!」
俺は中央の巨躯に飛び込み、剣を振るう。しかし岩肌は分厚く、刃が浅くしか入らない。
反撃の拳を横に避け、着地と同時に《流転制御》で背後へ回る。
弱点を探れ――。
「ロゥナ、足を固められる?」
「やってみる!」
ロゥナが掌を地面へ押し付ける。岩の巨躯の足元から土柱が伸び、膝までを拘束した。
隙を逃さず、俺は関節部へ斬撃を叩き込む。岩が砕け、巨躯が片膝をついた。
「いいぞ!」
セリューナの声と同時に、右の巨躯が氷の鎖に縛られて崩れる。
残るは一体――と思った瞬間、黒衣の術師が核片に手をかざした。
「面白い。では、これでどうだ」
核片から奔流のような光が走り、最後の巨躯の体が二倍に膨れ上がる。
その背後で、術師の仮面の目が細く笑った。
膨れ上がった巨躯は、岩盤を砕くような足音を響かせた。
谷底全体が震え、舞い上がる砂が視界を曇らせる。
「レク! あれ、核片の力を直接吸ってる!」
セリューナの声が鋭く響く。
「だったら、核片から切り離せば――」
「そう簡単じゃないわ! あの術式、核片と奴の生命力を束ねてる!」
つまり、巨躯を倒せば核片にも影響が出る。力任せに砕くわけにはいかない。
「なら、封じるまでだ」
俺は深呼吸し、視界を一点に絞った。巨躯の胸部、核片から伸びる黒い魔力の“管”が絡みついている。
「ロゥナ、地面ごと締められるか?」
「三呼吸くれれば」
「その間、俺とセリューナで動きを止める!」
巨躯が両腕を振り下ろす。左右に飛び退き、セリューナが霧を撒いた。
霧は瞬時に冷気を帯び、巨躯の関節部に纏わりつく。
「今!」
俺は巨躯の懐へ飛び込み、剣で管の根元を裂く。黒い火花が散り、巨躯が咆哮を上げた。
その足元でロゥナが低く詠唱を続ける。
「――大地よ、鎖となれ」
谷底が盛り上がり、岩の帯が巨躯の腰から下をがっちりと固定する。
だが、巨躯はなお暴れ、核片の光がさらに強まる。
「くっ……っ!」
ロゥナの額に汗が滲む。
「持ちこたえて!」
セリューナが叫び、氷刃を雨のように降らせた。
小さな破片でも、同じ箇所に集中すれば岩は脆くなる。関節部が削れ、巨躯の動きがわずかに鈍った。
「これで終わりだ!」
俺は渾身の力で剣を振り下ろし、黒い管を完全に断ち切った。
瞬間、巨躯の体が崩れ落ち、核片の光が弱まる。
土煙の向こうで、黒衣の術師が初めて小さく息を吐いた。
「……なるほど。やはり、ただの契約者ではないな」
「お前に言われても嬉しくない」
俺は剣先を術師へ向けた。
しかし、術師は微動だにせず、片手を胸に当てる仕草をした。
次の瞬間、核片は宙へ浮かび、術師の背後に転移した。
「今日はここまでだ」
「逃がすか!」
踏み出した俺の足元に、複雑な紋章が広がる。風と土の魔力が渦を巻き、視界が白く弾けた。
「っ……!」
煙が晴れたとき、術師も核片も姿を消していた。
残されているのは、削れた石階段と、静まり返った谷の音だけ。
「……やられた」
悔しさが胸を締める。だが、ロゥナが首を横に振った。
「いいえ、あれで核片への干渉は一時的に断てたはず。完全に利用される前に取り返せる」
「次は逃がさない」
俺は握った剣を下ろし、深く息を吐いた。
谷の出口に向かう途中、セリューナがぼそりと呟いた。
「……記録(アーカイヴ)、やっぱり本気で動いてきたわね」
俺たちは互いに視線を交わす。
港町ルエルの潮風は遠い。今向き合っているのは、大地と命を奪う連中との戦いだ。
「港町ルエルで嗅いだ潮の匂いは、もう遠い」
そんな思いを胸の奥に押し込み、俺は剣を握り直す。
「ようこそ、異界の来訪者」
仮面の下から響く声は、氷のように滑らかだ。
「君がレク・エルディアスか。精霊との契約者……興味深い」
「俺の名前を知ってるのか」
「記録は常に集めている。君の行動も、契約の詳細も」
背筋に冷たいものが走る。セリューナが前へ出て杖を構え、ロゥナは低く身を沈めた。
「核片を返してもらうぞ」
「それはできない。これは我ら〈記録(アーカイヴ)〉の研究素材だ」
「研究……? 精霊の命を削って?」
ロゥナの声が怒りで低くなる。
「命? 大地も海も、ただの情報だ。情報は収集され、保存され、必要なら改竄される。それが我々の使命だ」
ふざけるな、と言葉が喉まで出かかった瞬間、仮面の術師が軽く手を上げた。
谷底に置かれた荷車の布がめくれ、封印された核片が現れる。淡い大地色の光がかすかに漏れていた。
「返す気がないなら、力づくだな」
俺が踏み込もうとした瞬間、術師の足元から黒い陣が広がった。
「来い、守護者たちよ」
地面が割れ、土と石でできた巨躯が三体、谷底に姿を現した。岩の拳、尖った顎、空洞の目。
その背後で、術師はまるで観客のように静かに立っている。
「セリューナ、右を頼む!」
「了解!」
俺は中央の巨躯に飛び込み、剣を振るう。しかし岩肌は分厚く、刃が浅くしか入らない。
反撃の拳を横に避け、着地と同時に《流転制御》で背後へ回る。
弱点を探れ――。
「ロゥナ、足を固められる?」
「やってみる!」
ロゥナが掌を地面へ押し付ける。岩の巨躯の足元から土柱が伸び、膝までを拘束した。
隙を逃さず、俺は関節部へ斬撃を叩き込む。岩が砕け、巨躯が片膝をついた。
「いいぞ!」
セリューナの声と同時に、右の巨躯が氷の鎖に縛られて崩れる。
残るは一体――と思った瞬間、黒衣の術師が核片に手をかざした。
「面白い。では、これでどうだ」
核片から奔流のような光が走り、最後の巨躯の体が二倍に膨れ上がる。
その背後で、術師の仮面の目が細く笑った。
膨れ上がった巨躯は、岩盤を砕くような足音を響かせた。
谷底全体が震え、舞い上がる砂が視界を曇らせる。
「レク! あれ、核片の力を直接吸ってる!」
セリューナの声が鋭く響く。
「だったら、核片から切り離せば――」
「そう簡単じゃないわ! あの術式、核片と奴の生命力を束ねてる!」
つまり、巨躯を倒せば核片にも影響が出る。力任せに砕くわけにはいかない。
「なら、封じるまでだ」
俺は深呼吸し、視界を一点に絞った。巨躯の胸部、核片から伸びる黒い魔力の“管”が絡みついている。
「ロゥナ、地面ごと締められるか?」
「三呼吸くれれば」
「その間、俺とセリューナで動きを止める!」
巨躯が両腕を振り下ろす。左右に飛び退き、セリューナが霧を撒いた。
霧は瞬時に冷気を帯び、巨躯の関節部に纏わりつく。
「今!」
俺は巨躯の懐へ飛び込み、剣で管の根元を裂く。黒い火花が散り、巨躯が咆哮を上げた。
その足元でロゥナが低く詠唱を続ける。
「――大地よ、鎖となれ」
谷底が盛り上がり、岩の帯が巨躯の腰から下をがっちりと固定する。
だが、巨躯はなお暴れ、核片の光がさらに強まる。
「くっ……っ!」
ロゥナの額に汗が滲む。
「持ちこたえて!」
セリューナが叫び、氷刃を雨のように降らせた。
小さな破片でも、同じ箇所に集中すれば岩は脆くなる。関節部が削れ、巨躯の動きがわずかに鈍った。
「これで終わりだ!」
俺は渾身の力で剣を振り下ろし、黒い管を完全に断ち切った。
瞬間、巨躯の体が崩れ落ち、核片の光が弱まる。
土煙の向こうで、黒衣の術師が初めて小さく息を吐いた。
「……なるほど。やはり、ただの契約者ではないな」
「お前に言われても嬉しくない」
俺は剣先を術師へ向けた。
しかし、術師は微動だにせず、片手を胸に当てる仕草をした。
次の瞬間、核片は宙へ浮かび、術師の背後に転移した。
「今日はここまでだ」
「逃がすか!」
踏み出した俺の足元に、複雑な紋章が広がる。風と土の魔力が渦を巻き、視界が白く弾けた。
「っ……!」
煙が晴れたとき、術師も核片も姿を消していた。
残されているのは、削れた石階段と、静まり返った谷の音だけ。
「……やられた」
悔しさが胸を締める。だが、ロゥナが首を横に振った。
「いいえ、あれで核片への干渉は一時的に断てたはず。完全に利用される前に取り返せる」
「次は逃がさない」
俺は握った剣を下ろし、深く息を吐いた。
谷の出口に向かう途中、セリューナがぼそりと呟いた。
「……記録(アーカイヴ)、やっぱり本気で動いてきたわね」
俺たちは互いに視線を交わす。
港町ルエルの潮風は遠い。今向き合っているのは、大地と命を奪う連中との戦いだ。
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