『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』

チャチャ

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5章 焔哭山と火の贖罪

第34話 明けの抜き打ち、核を抱える手

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 夜の底がいちど薄くなり、焔哭山の息が浅く揺れた。
 鍵穴へ仕込んだ“遅れ札”はまだ生きている。黒冠の噛みが半拍だけ遅れ、継ぎ目の冷鉄楔は指二本ぶんの隙を保ったまま、赤く色を変えていた。

「三つ、用意は済んだ」
 俺は腰袋を叩く。複製した冷鉄楔二本、鈴墨の逆札二枚、そして小箍の拍を落ちつかせる撫で紐。
 セリューナがうなずく。「今日は“叩かない”。撫でと引きで済ませる」
 ロゥナは渡り板を並べ直し、戻りの脚も二重化してくれた。「崩れても一歩は残す」

 熔脈の上を渡る。熱の層は音を飲み込み、視界の端だけをわずかに歪ませる。
 冠座の縁に膝をつくと、黒冠の留め具が息を吸った。四拍に一度、外れる。――そこが入口だ。

「順番を確認する」
「一、鍵穴の“遅れ”を追い札で固定」
 セリューナが逆札を指で挟み、薄く水を纏わせる。
「二、留め具の隙へ楔をもう一本噛ませる。三、火紋の鎖を引き拍で緩めて“受け座”へ落とす」
 ロゥナが冠の下に地の皿を用意し、息を合わせる。「四、核を水封で抱え、地の座に一度“寝かせる”。走るのはその後」

「行く」

《補助具“火名の箍・小” 同調:良/打撃禁止→“撫で・引き”優先》
《注意:拍疲労=軽(残留)/連打は不可》

 鍵穴の凹みが半拍ぶん遅れた瞬間、セリューナの逆札を差し入れる。
 紙はじゅっと音を立てて焦げ、黒い墨が鍵穴の奥へ染みた。
 同時に、俺は端撫で拍を1/4遅らせ、ロゥナが冠の下から撓みを与える。

《スキルログ:鍛拍—端撫(はしな)/鍵穴遅延=固定度+1》

 隙が指二本から二本半へ広がった。
 俺は冷鉄楔の二本目を噛ませ、楔同士を細い鎖で連結する。
 これで“押し戻し”が来ても、戻り切らない。

「鎖、行く」
 黒冠の内側で火紋の鎖が七本、薄赤に呼吸している。昨夜、三本を緩めた。残り四本。
 叩かない。刃を寝かせ、鎖の谷だけを引く。
 セリューナが鞘を冷やし、ロゥナが芯へ重みを落とす。

《鍛拍—引き拍/鎖A=弛緩》
《鍛拍—引き拍/鎖B=弛緩》

「あと二」
 息を詰め、鎖Cの谷へ撫でを合わせる。
 ――そのとき、稜の上で灰色の輪が跳ねた。セラだ。補助拍が冠へ流れ込む。
 同時に、半月の札が風のない空気へ封輪を描いた。紙で刻む輪。鈴は要らない。

「来た」
 セリューナが帯を押さえ、視線を上へやらずに短く言う。「封輪は私が舌を切る。続けて」
 ロゥナの重みが一拍深く落ち、俺の刃裏へ“支え”が通る。

「引く」
 鎖Cが緩む。
 最後の鎖Dに刃を寄せた瞬間、押し戻しが来た。冠全体が低く唸り、楔が軋む。
 セラの輪が高く鳴り、半月の札が鍵穴の縁へ黒い線を塗り込めようとする。

「押し返す!」
 ロゥナが地の座を一段深くし、セリューナが鍵穴奥へ薄水を差す。
 俺は柄に巻いた撫で紐で小箍を軽く締め、拍を半拍逃がす。

《小箍・緩結/拍の逃がし=成功/疲労増加なし》

 冠の押し戻しが鈍る。
 鎖Dの谷が見える。――引く。

《鍛拍—引き拍/鎖D=弛緩(しんかん)》

 七本、全部がたわんだ。
 黒冠の下で、鈍い銀灰の核が露わになる。拍は浅い。まだ火に噛まれているが、持てる。

「受け座へ」
 ロゥナが地の皿をほんの少し上げ、核の下から支える。
 セリューナが両手を前へ。「水封」

《スキルログ:水封球—核用(臨時)/熱隔離・中/拍漏れ抑制・小》

 核の周囲に薄い水の球が生まれ、火の拍を鈍らせる。
 俺は両腕で核を抱え、地の皿へそっと寝かせた。重い。金属の重さではない。記録の重みだ。

 ――そこで、来た。
 稜の上、二つの仮面が並ぶ。セラの輪が赤く唸り、半月の札が空に円を描く。
 冠座の外周に黒い封輪が立ち、熔脈が一拍だけ持ち上がる。

「退路、右へ三、二、折れる!」
 ロゥナが石板を滑らせ、前へ新しい板を繋ぐ。
 セリューナは鍵穴の“遅れ札”の縁へ追い札をもう一枚、短く打ち込んだ。
 冠の押し戻しがわずかに遅れ――足りる。

「持つ、持てる」
 俺は核を抱え直し、地の皿ごと滑らせる。
 背で、黒冠が吠えた。留め具は浮いたまま、楔が焼け、鎖の弛みはまだ保たれている。

「封輪、来る!」
 半月の札が足元で噛む。
 柄で輪の端を弾き、セリューナが舌を切り、ロゥナが板の沈みを戻す。
 熔脈の熱が押し寄せるが、水封球が拍を吸い、小箍が手首で静かに整える。

《状態:核=一時封/持ち運び可/拍漏れ:微》
《注意:総鈴(黒)+火輪(赤)による追撃予測/長居=危険》

 最後の板を跳び越え、白線の道へ戻る。
 核は重い。だが、抱えられる。胸骨の裏で、拍が低く鳴る。

「走る」
 俺は短く告げ、二人と並んで斜面を下った。
 背で、セラの輪が高く鳴り、冠座の鍵穴へ紙と火の拍が流し込まれる。
 だが、遅れ札と楔が噛んでいる。すぐには戻らない。黒冠は、こちらを追えない。

          ◇

 黒陣の外縁。
 布幕の陰が乱れ、人の影が行き交う。だが鈴は鳴らない。火に食われるからだ。
 セリューナが水袋を差し出す。「喉を濡らして。封球の膜、今は厚いけど長くは持たない」
 ロゥナは地図に新しい線を引く。「西の溝を越えて、南西へ。熔風を避ける“影道”が一本ある」

「副片は宿。合流して遠ざかる」
 俺は核の拍を胸で測り、肩の位置を少し下げた。重みが馴染む。
 そのとき、核の内側で薄い鈴のような余韻が鳴った。火ではない。記録の鳴りだ。

 視界の端に、瞬きほどの光景が挟まる。
 焼けた塔。灰に埋もれた本背。誰かが抱えて走る束。
 声はない。だが、胸の拍が一拍、強くなった。

「見えた?」
 セリューナが細く問う。
「少しだけ。――“守られなかった記録”の、燃え残り」
 言いながら、握り直す。重みは増えない。だが、離したくなくなる。

「続きは安全圏で」
 ロゥナが短く言い、俺たちは影道へ身を滑らせた。

          ◇

 山裾の外、岩陰の小さな洞へ滑り込む。
 風はない。熱だけが遠くで鳴る。
 セリューナが封球の膜を張り直し、核を石の座へ寝かせる。
 ロゥナが入り口に低い石を積み、気配を消す。

「奪回、成功」
 セリューナが息を吐く。「でも追われる。黒陣は“記録の純化”を止められたままじゃいられない」

「だから、動く」
 俺は頷き、核の拍に耳を澄ました。低く、整っていない。
 火じゃなく、俺たちの拍に合わせ直す必要がある。
 そのために――まず、走る。追いつかれない距離まで。

 洞の暗がりで、小箍が微かに鳴った。
 耳ではなく、肋の裏へ届く、透明な息。

――貸した名は、よく働いた。
 契りは、まだだ。燃え残す拍を見せろ。

「見せるさ」
 核へ掌を当てる。
 胸の内で風と水と地が拍を合わせ、火の端を撫でる。

「行こう。副片と合わせ、遠ざかる。――“守られるべき記録”を、今度は俺たちが守る」

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