『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』

チャチャ

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5章 焔哭山と火の贖罪

第35話 影道を抜ける、拍を合わせる手

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 洞の奥は浅く、息を潜めれば熔風のうなりも届かない。
 セリューナが水封球の膜を張り直し、核を石の座に寝かせる。ロゥナは入り口に低い石壁を積み、熱の抜け道だけを細く残した。

「まずは“拍合わせ”。火の残滓を下げ、こちらの息に寄せる」
 セリューナが指先で水の細い糸を編み、核の周囲をゆっくり回す。
「三拍吸って、二拍吐く。――レク、あなたの拍に核を“慣らす”わ」

「地は座を浅くする。沈めすぎると火の息が戻る」
 ロゥナが掌で石の皿の縁を撫で、ほんの僅かに撓ませた。

《スキルログ:水封球—再強化/熱隔離・中→高(短)》
《状態:核“本片”/拍=乱/火紋残滓=中》

 俺は核へ掌を当て、胸の拍を意識的に落とした。三拍吸って、二拍吐く。
 火の乱れが一瞬だけ逆立ち、次に浅く揺れる。セリューナの水糸がそこへ沿い、ロゥナの座が受ける。

《調整:火拍→外拍へ同期(進行度 23%)》

 薄い砂が、洞の喉でさらりと鳴った。風ではない。紙がこすれる音――

「止まって」
 ロゥナの声が低くなる。「外」
 石壁の隙間から、墨色の小さな虫が一匹、滑り込んだ。羽の縁に鈴墨の線。書の偵察だ。

「鳴らされる前に」
 セリューナが水糸を一つほどき、虫の腹へぴたりと貼り付けた。
 墨が水を吸って重くなり、虫は足を絡めて倒れる。俺は剣の柄でそっと押し潰し、紙に戻ったそれを指で千切る。

《警戒:鈴墨偵察・無音化》

「続ける。長居はできない」
 俺は核へもう一度掌を置く。
 胸の拍と核の拍が薄く重なり、半拍ぶんのズレが少しずつ縮む。

《調整:外拍同期(進行度 61%)/火紋残滓=小》

「……よし。持ち運びで乱れないところまで落ちた」
 セリューナが水封球の膜を二重にする。「宿で副片と“合わせる”」

「出る。影道へ」
 ロゥナが石壁を崩し、外気の熱をひと筋だけ通す。「三歩目で右、次に四で左。足の幅は変えないで」

          ◇

 山裾の陰を拾い、黒陣を大きく外へ回る。
 布幕の間を走る影は増えていたが、鈴はない。火輪と封輪だけが、空気の奥で薄く擦れ合う。

「副片は宿。南西の岩庇の下」
 セリューナが短く息を合わせる。「封は私と宿の女将――“縄目”で二重。目印は小さな水染み」

「女将は巻き込みたくない。最短で回収」
 俺は核を抱え直し、石の座ごとそっと滑らせる。水封球の膜がわずかに鳴り、拍は外れない。

 岩庇の影に、低い洞が口を開けていた。
 中は涼しく、草の束と壺が並ぶ。隅の石板の裏に、小さな湿り――水染み。
 板を起こすと、灰色の石匣。副片βだ。封縄は女将の手癖で編まれていた。

「受け渡しの“型”がきれい。信頼しているのね」
 セリューナが縄目をほどき、封を確かめる。「乱れなし」

「合わせる」
 俺は本片の封球を石匣の隣へ置き、二つの拍を聞いた。
 本片は低く、βは浅い。合わせれば互いに安定するはず――だが、ここでは危ない。封輪が寄ってくる。

「影道をさらに南西へ。風が上がり始める“縁”まで行く」
 ロゥナが掌で地図の土粉を叩き、点と点を線にする。「そこなら“鈴”が戻る。帯で隠せる」

「決まり」

         ◇

 日影が伸び始めた頃、熔風が弱まり、草の匂いが混じった。
 白い硫黄線は途切れ、赤茶の土に低い灌木が現れる。風が、ほんの少し上がる。

「ここで“合わせ”に入る」
 セリューナが帯を胸に当て、二つの核の間へ薄い膜を張った。「互いの拍を半拍ずつ出し合って、外拍に乗せていく」

「地は座を二重にする。片方が崩れても、もう片方で受ける」
 ロゥナが核の下に楕円の座を二枚、互い違いに敷いた。

《スキルログ:二核同期—仮位相結合/外拍=基準/火紋残滓=抑制》
《注意:反響(ハウリング)危険/鈴遮蔽=必要》

 俺は帯を受け取り、核同士の間に“静かな風”を通した。鈴は鳴らさない。ただ、拍を運ぶ。

「今、少しだけ」
 セリューナが水封球の膜を開き、本片と副片の境目を薄くつなぐ。
 拍がぶつかり、低い唸りが胸骨の奥で一瞬だけ跳ねた。
 ロゥナが座の角度を変え、俺は風を逃がす。

《結合進行:34%→57%→76%》
《副作用:反響=軽/安定化=帯+座にて制御》

「――整った」
 セリューナの肩がわずかに落ちる。「同じ“外拍”で息をするようになった」

「追手」
 ロゥナが顔を上げる。稜の向こう、火輪の赤が一度だけ跳ねた。
 封輪の紙も、風がないのにわずかに滑る。黒陣が気づいたのだ。奪い返しに来る。

「鈴を戻す」
 セリューナが帯を解き、俺の胸に巻いた。「今度は“隠すため”に鳴らす。鈴の海へ拍を沈める」

《補助“風名の帯”再同調/鈴遮蔽=有効/封輪干渉=低下》

 風がほんの少し上がり、帯の内側で微かな合いの音がした。
 火輪の赤はまだ遠い。いまのうちに距離を稼ぐ。

「西へ折れる。丘陵の陰を拾って、書庫の都には入らない。外縁で回る」
 ロゥナが土粉の地図に線を引く。「鈴の網は向こうのほうが濃い。帯を信じて“鈍り”で抜ける」

「走る」
 俺は二つの核を一つの担ぎ枠に固定し、帯で拍を包み込んだ。重さは増したが、手は震えない。

          ◇

 外縁の塔が遠くに見え始めたころ、帯の内で別の鳴りが微かに走った。
 鈴ではない。核の奥――“記録の声”。

 焼けた塔、灰に埋もれた本背、抱えて走った束。
 今度は、そこにもう一つの影が加わる。仮面の半月。
 紙の輪で入口を“封じ”、背表紙に黒い印を押していく。
 彼らは“守る”と言い、焼き、封じ、選び取る。

「――選別」
 思わず漏れた言葉に、セリューナが横目で俺を見る。
「見えてるのね」
「ああ。燃え残りの記録だ。……守られなかった方の」

「なら、なおさら遠ざかる」
 ロゥナが短く言い、丘陵の陰を指す。「ここから北西。風の道に合流する」

 背後で、火輪の赤がひときわ高く跳ねた。追撃は早い。
 だが、風はもう上がる。帯は働き、鈴の網はこちらを“旅人”として読む。

《帯の効果:通行識別=旅人(低関心)/封輪追尾=減衰》

「今夜はここまで。丘陰で短く休んで、明日にはいったん海側へ降りる」
 セリューナが提案する。「熱と封輪の重なりから外れる」

「賛成。地脈も海へ素直に落ちる」
 ロゥナが頷く。「ただし、塔の鈴が近い。帯の“鈍り”は厚く」

 核を抱える腕に、さっきより明確な手応えが出てきた。
 拍は低く、外へ合わせたまま。火の残滓は小さい。
 重いが、持てる。――持って、走れる。

          ◇

 丘陰の小さな石室で、最後の手当てをする。
 セリューナが封球の膜を張り直し、ロゥナが出入り口に土の栓を置く。
 俺は剣の柄の内側――火名の箍・小に撫で紐を一度だけ通し、拍を落ち着かせた。

《小箍・撫調:完了/疲労=低》

「女将に礼を返したいな」
 俺の言葉に、セリューナが薄く笑う。「戻れるように走ればいい。戻って礼を言う。そのための“拍”よ」

「明日は海風。風の道だ」
 ロゥナが地図を丸める。「火は追ってこれるけど、輪の通りは鈍る」

「なら勝てる。風、水、地――そして燃え残りで、記録を守る」

 洞の暗がりで、二つの核が静かに同じ息をした。
 背で、火の山がかすかに唸る。
 走る拍は、まだ続く。

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