『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』

チャチャ

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5章 焔哭山と火の贖罪

第37話 潮石の段、海鳴りへ拍を沈める

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 夜の名残が薄くなるころ、丘陵が途切れて視界が開けた。
 低い岬の裾に、潮が刻んだ平たい岩段――潮石(しおいし)の段が白く連なっている。
 風は確かに「上がる」。帯の内側で合いの音が戻り、潮の泡が石の目に吸い込まれては吐き出した。

「ここで“鈴沈め”をやる」
 セリューナが封球の縁を撫で、潮の呼吸に合わせて薄い水糸を張る。
「海鳴りへ拍を溶かして、追跡の手掛かりを散らす。火輪も封輪も、ここでは通りが悪い」

「地の座は広げる。潮に合わせて撓(たわ)ませるから、足をずらさないで」
 ロゥナが潮石の節理に掌を置き、核の座を楕円に拡げた。

《行程ログ:潮石の段—鈴沈処理 開始》
《補助“風名の帯”/海域同調=良 遮蔽:旅人→“渡り鳥”》
《二核状態:外拍同期=高 火紋残滓=ごく微》

 封球を石段へそっと下ろす。潮が寄せては返し、膜の外側を濡らしていく。
 俺は膝をつき、胸の拍を海鳴りに合わせて落とした。三拍吸って、二拍吐く。
 帯の合いの音が海の低音に溶け、核の拍が一拍ぶん、わずかに沈む。

「ここから“返し波”に乗せるわ」
 セリューナが短く詠唱し、封球の表面に細い渦を描く。
「入れっぱなしじゃなくて、戻りに情報を乗せるの。追跡のサンプルが全部“海鳴りの真似”になる」

「いいやり方だ」
 俺は頷き、柄の中の小箍を撫で紐で一度だけ落ち着かせる。
 火の拍は遠い。半月の封輪も、風の分散で形を保てない。

《スキルログ:小箍・撫調/完了》
《鈴沈:散布率 68%→79%→88%》

 潮が一段強く寄せた瞬間、帯の奥で透明な息が揺れた。

――約束どおり。風は、忘れない。
 名の欠片を、返す。

 見えない指が封球の膜を軽く叩き、核と帯の間に薄い紐が一筋、結ばれた。
 音はない。だが、手首の内側に軽い“返し”が宿る。

《スキルログ:補助紐“風返(かえ)しの綾” 受領》
《効果:鈴遮蔽の反響制御/追跡拍の逆位相返送(微)/旅人認証の安定化》
《出典:風域—セフィアの加護(契約扱いではない)》

「セフィア……」
 名を口にすると、海風が一度、頬を撫でていった。返事の代わりだ。

「使いどころは“鳴らされたとき”だね」
 セリューナが綾を確かめる。「封輪の円を鳴らされても、同じ音を風の海へ投げ返して、位置を滲ませる」

「地は座の縁を厚くした。潮が上がっても崩れない」
 ロゥナが視線を上げる。「……ただ、来る。遠目に紙船」

 岬の向こうから、灰色の小さな舟が二つ、潮だまりを渡ってくるのが見えた。
 帆はない。紙を重ねた甲板に封輪の印、舳先に鈴墨の舌。
 荷車ほどの大きさだが、風もないのに滑るように進む。

「半月の“水路用”か」
「音を水へ落とす運搬。海での足を持ってきたのね」
 セリューナが水刃を構える。「沈めても紙屑にならない。墨で撥水してあるわ」

「なら、鳴りで返す」
 俺は“風返しの綾”を指でつまみ、帯の内側へ軽く引いた。
 潮石と海鳴りと帯の合いの音が、ひとつの模様になって返ってくる。
 紙船の舳先が、わずかに左右を見失った。

《風返しの綾:反響起動/封輪の捕捉精度=低下》

「右は私が止める」
 ロゥナが潮石の隙間へ拳を落とす。水を吸った石が一瞬ふくらみ、引き波に合わせてずれる。
 紙船がその溝に舳先を取られ、甲板の封輪が歪む。

「左、舌を切る」
 セリューナの刃が走り、舳先の舌だけを落とす。
 紙は賢い。舌を二つに増やして回復を図るが、風返しの綾がその拍を海へ散らしてしまう。
 追尾の円がほどけ、紙船は潮だまりの上で迷った。

「今のうちに沈めを終わらせる」
 俺は封球の縁へ手を添え、胸の拍をさらに海鳴りへ落とし込む。
 核の拍が一段、沈んだ。火の残滓はもはや音にならない。

《鈴沈:散布率 96%/追跡拍=風海へ拡散》
《二核:外拍固定=完了(暫定)》

 その時、岬の上で灰色の輪が一度だけ跳ねた。
 セラではない。半月の補佐――書の術師が二名。海では火は弱る。代わりに紙が来る。

「綾で返す。二度目」
 俺が紐を軽く引くと、岬の上に生じた封輪の輪郭が一瞬だけ複写され、別の場所にも同じ影を落とした。
 紙の円は“どちらが本物か”を確かめるために拍を増す――増した拍は、海鳴りへ沈む。

「効いてる」
 セリューナが帯の音を整える。「書は“確かさ”を欲しがる。海での確かさは、最初からぼやけているのに」

「退く準備」
 ロゥナが座を狭め、封球を揚げる手順へ移る。「波が一回、吐いた次で持ち上げる」

 潮が岩段を撫で、白い泡を残して引いた。
 俺たちは息を揃え、封球を石の座から滑らせて抱え上げる。重みはさっきより素直だ。
 海鳴りに合わせて沈めた拍が、核の中で寝返りをやめた。

《状態:二核—外拍固定/持ち運び安定=高/追尾成功率=低》

「西へ。海沿いの影道で北西へ回る。書庫の都は外縁だけかすめる」
 ロゥナが土粉の地図に新しい線を引く。

 背で、岬の封輪が一度だけ強く鳴った。
 半月の一人が苛立ったのだろう。だが、音は海に沈んで均(なら)され、輪は二重三重に映って自分の影を追い始める。

「今なら抜けられる」
 セリューナが帯を締め直す。「鈴の旅人は、海風の中ならただの点よ」

 岬を背に歩き出すと、風が背中を押した。
 潮の匂いに草の匂いが混じり、熱の層は薄くなる。
 封球の中で二つの核が、同じ外拍で静かに息をした。

          ◇

 日が傾くまで走り、三つ目の入り江の陰で短く休む。
 セリューナが膜を点検し、ロゥナが崩れやすい岸壁に石の“つっかえ”を置く。
 俺は帯の綾を指で確かめ、反響が過ぎていないかを聞いた。

「返しすぎると戻りが大きくなる。今日はここまでね」
 セリューナが判断する。「綾は温存。必要なときだけ」

「了解。……焦げた紙の匂いがまだする」
 ロゥナが岬の影を見やり、僅かに口を結んだ。「追うだろう。けど“確かさ”は手に入らない」

「なら、走って“次”に繋げる」
 封球へ掌を当てる。二つの心臓が、遠い潮騒に合わせて落ち着いていた。
 焔哭山で受けた紅の圧が、胸の奥で薄らいでいく。

 その時、帯の奥で小さなログが灯った。

《旅路ログ:潮石の段—鈴沈処理 完了》
《追跡:火輪=消散傾向/封輪=錯乱(反響過多)》
《提案:海沿い北西“潮見の塔”にて道中記録の安全写し作成可》

「潮見の塔……記録を写すところか」
 セリューナが目を細める。「アーカイヴとは別系統の“旅の写し”。鈴で開く、風の塔」

「本片に触らず、“外拍だけ”を写せるなら価値がある」
 俺は頷き、剣の柄を軽く叩いた。「奪い返されたときに戻せる道を増やす」

「行程に組み込む?」
「組み込む。塔の鈴なら綾とも相性がいい」

 海風が緩み、空の青が少しだけ深く見える。
 セフィアの返してくれた“綾”が、帯の内側で微かに鳴った。

――走り切れ。海の縁は、まだ続く。

 俺は封球を抱え直し、二人と目を合わせる。
 潮見の塔へ。旅の写しを得て、奪いに来る者たちの“確かさ”を崩したまま先へ進む。

「行こう。海風の道を、もう一段」

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