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6章 記録の置き場と、風の契り(未契約)
第52話 碑鈴の森、触れずに渡す
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草の稜線をひとつ越えると、等間隔に立つ石柱が視界を埋めた。
柱頭は丸く、側面に浅い古文字。頭頂には薄い孔が穿たれ、風はそこを通っても鳴らない。
森そのものが碑鈴の網。触れれば“行間”に歩幅を写される。
《行程ログ:書庫外縁北路—“碑鈴の森”進入》
《搬送:片翼(本片)/返鈴綾=冷/道鈴A=待機》
《方針:非接触・浅撫/碑根を跨ぐ“点座”運用》
「入口の三本、根が張り出してる」
ロゥナが地表の盛り上がりを指で撫で、点座を四つ並べる。「ここだけ“二吸一吐”を挟んで横に受ける」
「碑へは触れない。風幕は背を撫でるだけ」
セリューナが帯の合いを一段沈め、返鈴綾を細く通した。
最初の列を越えたとき、右手の林間に淡い白。
紙ではない。磨かれた石紙が二枚、風に翻り、こちらの影を行間に並べようとする。
「行間を増やす」
俺は返鈴綾を一拍だけ緩め、空鈴からの給気を細くする。
セリューナが帯を浅く撫で、ロゥナが点座を一つ飛ばしに切り替える。
石紙は“決まった間”を失い、空白過剰で読み損ねた。
《石紙:行間崩壊→写し不能》
次の列で、碑の足元から墨の筋が走った。
細い碑縫い。触れずとも“近さ”だけで歩幅に縫い目をつけてくる。
「縫い目は、ほどく」
セリューナが水の糸を石際に沿わせ、俺は偽車輪を半拍空転。
ロゥナが点座の向きを斜めに変えて、縫い目の流れに対して歩幅を横切らせる。
筋は自分の流れでほころび、碑の根へ吸い込まれた。
《碑縫い:自解→消散》
◇
森の中ほど、碑の列がゆるく円を描いて空間が開けた。
円の中央に低い扉の枠――碑陰の小庫。鍵穴はない。
扉面には古い擦り跡だけが残り、音はどこにもない。
「ここで“経路印”を一本。置かない、通すだけ」
セリューナが薄塩と細筆を出す。「印は裏に。紙にも火にも残らない」
「碑根が浅い。座は点×六で吊る」
ロゥナが土間に小さな点座を六つ、星座みたいに並べて撫でた。
俺は扉の裏に回り、息を一段落とす。
セリューナが塩で点を置き、帯の合いをそっと撫でて“位置だけ”風へ渡す。
道鈴Aは触れず、返鈴綾を軽く引いて片翼の拍と同調を取った。
《登録:碑陰の小庫—“裏点+点座星型”/方式=撫照合・非刻印》
《効能:非常時の経路印(本文非転記)/外拍の仮寝台》
――その瞬間、円陣の碑面に薄い影。
狐の形をした碑影(ひかげ)が一匹、行間から抜けてきた。音はない。
前脚で空を踏み、こちらの歩幅の欠字を探している。
「欠字は、余白に戻す」
俺は返鈴綾を少しだけ緩め、胸の間に“白”を足す。
セリューナが水の糸で碑影の胸を一撫で、ロゥナが点座の一つを引き、すぐ置く。
歩幅に余白が生まれ、狐が探す“欠字”は満ちた。
碑影は舌を一度だけから打ち、行間へ戻る。
《碑影:欠字探索→満字/消退》
「印は済み。――抜けよう」
セリューナが筆を収め、帯を整える。
俺は封球の縁に掌を置き、片翼の拍を確かめる。揺れない。
《片翼:外拍=安定(高)/返鈴綾=冷》
◇
森の後半は、碑の間隔が詰まる。
浅い風幕が幕柱のあいだを横切り、木鈴が時折背で息を吸う。
碑の根元にはところどころ、灰色の礫帯――細かな鏡砂が混じる危険地帯。
「礫帯は横受けで滑る。――踏まない、“跨ぐ”」
ロゥナが点座を礫の両端に置く。「足は丸く」
三列を抜けたところで、左の碑面が薄く膨らんだ。
刻まれた古文字が“行替え”を起こし、こちらの歩幅と行を合わせようとしている。
「行替えには、“撥でズラす”」
俺は偽車輪の撥を空振りで一つ置き、セリューナが帯の綾で逆相をほんのわずか乗せる。
ロゥナが前足の点座を半足だけ後ろへ撓ませ、底をずらす。
碑面の“行”は基準を失い、膨らみは静かに萎んだ。
《古刻:行替え→基準喪失/無効》
森が薄くなり始める。
先の光の帯の向こうに、低い草原が見え、その端で風が明るく跳ねた。
出口だ。俺たちは最後の列に向けて歩幅を三・二・四・二へと合わせる。
その時、上方の枝の裏で紙擦れ。
小さな筆頁が一枚、蝶のように降りてきて、封球の上の鈴幕に押し当てられようとした。
「押させない。撫でで返す」
俺は道鈴Aを衣の内で撫で、鈴幕へ触れずに合いの音だけを通す。
セリューナが水のひげで頁の腹を滑らせ、ロゥナが足下の前座→後座を一瞬で入れ替える。
頁は押し損ね、碑鈴の風に吸われて遠ざかった。
《筆頁:押印失敗→消散》
◇
外へ出ると、風は乾いて軽く、鈴は疎になった。
背後の森は音もなく、ただ行間の影だけが静かに沈む。
封球の中の本片は外拍にぴたりと合い、返鈴綾は冷たいまま細く通っている。
《旅路ログ:碑鈴の森—非接触通過/碑陰の小庫=経路印 登録》
《追跡:石紙・筆頁=散/紙影=遠在》
《次行程:外縁北端“風棚(かぜだな)”→西曲り→外回廊を離脱》
「“風棚”で一度、片翼点検。冷却油をもう一滴」
セリューナが小瓶を指で示す。
ロゥナが頷く。「その先は、風と石の地。鈴はさらに少ない。撫でが利く」
歩き出す前、帯の内側で透明な息がひとつ、短く鳴らずに明るくなった。
――よく触れずに渡した。
返す時も、触れないで。
セフィアの調子。
俺は道鈴Aを衣の内で撫で、三吸二吐の拍を静かに整える。
「行こう。碑に触れず、幕に鳴らさず。――前へ」
風が裾を持ち上げ、次の一歩の軽さを約束した。
柱頭は丸く、側面に浅い古文字。頭頂には薄い孔が穿たれ、風はそこを通っても鳴らない。
森そのものが碑鈴の網。触れれば“行間”に歩幅を写される。
《行程ログ:書庫外縁北路—“碑鈴の森”進入》
《搬送:片翼(本片)/返鈴綾=冷/道鈴A=待機》
《方針:非接触・浅撫/碑根を跨ぐ“点座”運用》
「入口の三本、根が張り出してる」
ロゥナが地表の盛り上がりを指で撫で、点座を四つ並べる。「ここだけ“二吸一吐”を挟んで横に受ける」
「碑へは触れない。風幕は背を撫でるだけ」
セリューナが帯の合いを一段沈め、返鈴綾を細く通した。
最初の列を越えたとき、右手の林間に淡い白。
紙ではない。磨かれた石紙が二枚、風に翻り、こちらの影を行間に並べようとする。
「行間を増やす」
俺は返鈴綾を一拍だけ緩め、空鈴からの給気を細くする。
セリューナが帯を浅く撫で、ロゥナが点座を一つ飛ばしに切り替える。
石紙は“決まった間”を失い、空白過剰で読み損ねた。
《石紙:行間崩壊→写し不能》
次の列で、碑の足元から墨の筋が走った。
細い碑縫い。触れずとも“近さ”だけで歩幅に縫い目をつけてくる。
「縫い目は、ほどく」
セリューナが水の糸を石際に沿わせ、俺は偽車輪を半拍空転。
ロゥナが点座の向きを斜めに変えて、縫い目の流れに対して歩幅を横切らせる。
筋は自分の流れでほころび、碑の根へ吸い込まれた。
《碑縫い:自解→消散》
◇
森の中ほど、碑の列がゆるく円を描いて空間が開けた。
円の中央に低い扉の枠――碑陰の小庫。鍵穴はない。
扉面には古い擦り跡だけが残り、音はどこにもない。
「ここで“経路印”を一本。置かない、通すだけ」
セリューナが薄塩と細筆を出す。「印は裏に。紙にも火にも残らない」
「碑根が浅い。座は点×六で吊る」
ロゥナが土間に小さな点座を六つ、星座みたいに並べて撫でた。
俺は扉の裏に回り、息を一段落とす。
セリューナが塩で点を置き、帯の合いをそっと撫でて“位置だけ”風へ渡す。
道鈴Aは触れず、返鈴綾を軽く引いて片翼の拍と同調を取った。
《登録:碑陰の小庫—“裏点+点座星型”/方式=撫照合・非刻印》
《効能:非常時の経路印(本文非転記)/外拍の仮寝台》
――その瞬間、円陣の碑面に薄い影。
狐の形をした碑影(ひかげ)が一匹、行間から抜けてきた。音はない。
前脚で空を踏み、こちらの歩幅の欠字を探している。
「欠字は、余白に戻す」
俺は返鈴綾を少しだけ緩め、胸の間に“白”を足す。
セリューナが水の糸で碑影の胸を一撫で、ロゥナが点座の一つを引き、すぐ置く。
歩幅に余白が生まれ、狐が探す“欠字”は満ちた。
碑影は舌を一度だけから打ち、行間へ戻る。
《碑影:欠字探索→満字/消退》
「印は済み。――抜けよう」
セリューナが筆を収め、帯を整える。
俺は封球の縁に掌を置き、片翼の拍を確かめる。揺れない。
《片翼:外拍=安定(高)/返鈴綾=冷》
◇
森の後半は、碑の間隔が詰まる。
浅い風幕が幕柱のあいだを横切り、木鈴が時折背で息を吸う。
碑の根元にはところどころ、灰色の礫帯――細かな鏡砂が混じる危険地帯。
「礫帯は横受けで滑る。――踏まない、“跨ぐ”」
ロゥナが点座を礫の両端に置く。「足は丸く」
三列を抜けたところで、左の碑面が薄く膨らんだ。
刻まれた古文字が“行替え”を起こし、こちらの歩幅と行を合わせようとしている。
「行替えには、“撥でズラす”」
俺は偽車輪の撥を空振りで一つ置き、セリューナが帯の綾で逆相をほんのわずか乗せる。
ロゥナが前足の点座を半足だけ後ろへ撓ませ、底をずらす。
碑面の“行”は基準を失い、膨らみは静かに萎んだ。
《古刻:行替え→基準喪失/無効》
森が薄くなり始める。
先の光の帯の向こうに、低い草原が見え、その端で風が明るく跳ねた。
出口だ。俺たちは最後の列に向けて歩幅を三・二・四・二へと合わせる。
その時、上方の枝の裏で紙擦れ。
小さな筆頁が一枚、蝶のように降りてきて、封球の上の鈴幕に押し当てられようとした。
「押させない。撫でで返す」
俺は道鈴Aを衣の内で撫で、鈴幕へ触れずに合いの音だけを通す。
セリューナが水のひげで頁の腹を滑らせ、ロゥナが足下の前座→後座を一瞬で入れ替える。
頁は押し損ね、碑鈴の風に吸われて遠ざかった。
《筆頁:押印失敗→消散》
◇
外へ出ると、風は乾いて軽く、鈴は疎になった。
背後の森は音もなく、ただ行間の影だけが静かに沈む。
封球の中の本片は外拍にぴたりと合い、返鈴綾は冷たいまま細く通っている。
《旅路ログ:碑鈴の森—非接触通過/碑陰の小庫=経路印 登録》
《追跡:石紙・筆頁=散/紙影=遠在》
《次行程:外縁北端“風棚(かぜだな)”→西曲り→外回廊を離脱》
「“風棚”で一度、片翼点検。冷却油をもう一滴」
セリューナが小瓶を指で示す。
ロゥナが頷く。「その先は、風と石の地。鈴はさらに少ない。撫でが利く」
歩き出す前、帯の内側で透明な息がひとつ、短く鳴らずに明るくなった。
――よく触れずに渡した。
返す時も、触れないで。
セフィアの調子。
俺は道鈴Aを衣の内で撫で、三吸二吐の拍を静かに整える。
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