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7章 空鈴の夜置きと、復翼の走法
第60話 北側の風見棚、夜明け前の縁市へ
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渡り棚を離れ、北斜面を羊背に三つ越える。
星は薄れ、地平の低い処で夜がほどけ始めた。
前方に、岩板が梯子段のように張り出し、柱頭に風見盤が等間隔で据えられている。北側の風見棚だ。
盤は鳴らない。ただ、風を受けて回り癖だけを記す。夜走の拍を“起こす”ための場。
《行程ログ:北側 風見棚—接近/目的:復翼の“夜走位相”→“暁走位相”へ微起こし》
《搬送:復翼(二核)=同期 高/返鈴綾=薄通し(待機)》
《周辺:紙見=低/影鍵=散発/石羽=少》
「起こしは浅く。――鳴らさず、回り癖だけ借りる」
セリューナが帯の合いを一段沈め、瓶から返鈴冷却油を一滴、綾の結び目へ落とす。
ロゥナは棚板の縁に横受け座を細かく散らし、足の底を丸く保った。
「三撫に“羽返し”を足す。綾→空転→撫照合→横受け反転→最後に風見盤の背へ指で撫で」
合図に従い、俺は綾を一撫で、偽車輪を半拍空転、衣の内の道鈴Aを触れず撫で。
ロゥナが横受けを反転し、セリューナが最小の力で盤の背を一撫で。
盤は鳴らず、針だけが半目盛起き、風の層に“起こし”の角度が薄く置かれた。
《起こし:暁走位相=設定/二核 同期=維持(高)》
上段に移ろうとしたとき、棚の影で細い白が立つ。
鏡片を混ぜた薄霧(きり)帳が棚間に流れ込み、歩幅の端を舐めて“暁の句点”を打とうとする。
「句点は延ばす」
俺は偽車輪の撥を空振りで前半に置き、セリューナが霧粒の張力を崩す。
ロゥナが横受けを斜に差し、落ち口の口径を半拍遅らせた。
霧帳は行末を見失い、棚外へ流れて消えた。
《薄霧帳:句点形成 失敗→散》
さらに上段、風見盤の支柱根で黒い舌が短く覗く。
夜用の影鍵鈴。支柱の影へ押し印を残し、“通過印”を盗もうとする。
「踏まずに返す」
刃の背で影をはじき、セリューナが綾で逆相を支柱の裏に薄く回す。
ロゥナが座を点→線へ一瞬だけ延ばし、噛み口を半拍遅延。
舌は空を噛み、影へ沈んだ。
《影鍵鈴:押印 失敗/残留=無》
最後の盤で、セリューナがもう一度背を撫でる。
針は半目盛だけ起き、息の角度が夜から暁へと滑った。
《暁走位相:確立/返鈴綾=薄通し 維持》
◇
風見棚を下りると、草の匂いが濃くなる。
低木帯の向こう、布の列が夜明け前の灰色に沈む――草の縁市(北西)。
市門は風幕+木鈴の二重。鳴らさず、撫でて読む網だ。
《行程ログ:草の縁市(北西)—夜明け前 進入》
《照合:風幕=合い/木鈴=背 撫で/撫査枠=一重》
《搬送:復翼(二核)=同期 高/返鈴綾=薄通し》
「“夜明けの検め”は短い。――撫照合のみで通す」
セリューナが囁き、俺は衣の内の道鈴Aを触れず撫で、三吸二吐へ合いを合わせた。
ロゥナは偽車輪の輪転拍を商い歩に落とし、幕柱の木鈴の背を指で撫でる。
風幕の撫査枠が胸元を通り、合いの音だけを吸って戻す。木鈴は鳴らない。
《門照合:通行筋=旅/荷=道具(鈴幕・車輪)/異常=無》
広場はまだ眠っている。
布屋が半分だけ幕を上げ、油紙の屋台が静かに湯気を吐く。
幕の陰で、一台の紙車が帆を畳んだまま止まっていた。舳先の舌は出ていない――撫査休止の合図。
「補給、短く。――返鈴冷却油と薄塩、枠紐(横受け)を一点ずつ」
セリューナが会釈で合図し、露主が無言で品を出す。
ロゥナは偽車輪の枠を指で撫で、微かな緩みを締めた。
《購入:返鈴冷却油×1/薄塩×1/枠紐(横受け)×1/乾き物 少》
《整備:偽車輪=枠微締め/鈴幕=縁補強》
朝の端が明るくなるにつれ、門上の札旗が一枚だけ上がった。
“市内総撫査”の合図――ただし夜明けの一巡、軽撫だ。
「三撫に“羽返し”を重ねる。――綾→空転→撫照合→横受け反転→木鈴の背を一撫で」
俺は順に手を動かし、セリューナが締めの背撫でを置く。
木鈴は鳴らず、風幕の網だけが吸って戻る。
《総撫査:通過/片寄り=無/復翼=安定》
◇
補給を終え、市外へ向けて北西の風抜け路に乗る。
その途中、露台の脚の影で灰の外衣が一人、こちらを見ずに空鈴枠の背を撫でた。仮面はない。
声は落として、短く。
「暁は、鳴りやすい。――背で撫でろ」
それだけで、布の影に溶ける。忠告か、手の内の確認か。
「“背”で通す。――次の帯は風見杭と薄幕。木鈴は減る。触れずで行ける」
セリューナが段取りをまとめ、ロゥナが横受け座の間隔を短目に引き直す。
《次帯:薄幕+風見杭/方式=撫照合(非接触)》
《返鈴綾:薄通し 維持→暁走位相のまま》
市の北西端――薄幕の抜け口で、一瞬だけ紙擦れ。
小さな筆頁が一枚、蝶のように降り、鈴幕の端に“止め”を入れようと腹を押し当てた。
「止めは、止まらず外す」
俺は呼吸を二吸一吐に一拍だけ落とし、偽車輪の撥を空振りで間に置く。
セリューナが帯の綾で逆相を薄く乗せ、ロゥナが横受けの座を前→後に滑らせる。
頁は“止め”を噛み損ね、薄幕の風に吸われて遠ざかった。
《筆頁:押し止め 失敗→消散》
◇
市外に出ると、草の海が浅い光で起き始める。
風は柔らかく、鈴は疎い。
俺は封球の縁に掌を当て、二核の拍を暁走位相で確かめる。揺れない。
《復翼:外拍=高安定/疲労=低》
《返鈴綾:薄通し(待機)/切離し=不要》
前方、地平寄りに薄い白帯――風見棚道が見える。
風見杭と薄幕が点々と続き、鳴らずに“通す”帯だ。
「行こう。――背で撫でて、触れずに通す」
セリューナが帯を整え、ロゥナが浅座を点で置く。
歩き出す前、帯の内側で透明な息がひとつ、鳴らずに明るくなった。
――暁は、背で。
返す時も、背で。
セフィアの調子。俺は短く頷き、三吸二吐へ拍を戻す。
《旅路ログ:北側 風見棚—暁走位相 設定/草の縁市(北西)—夜明け総撫査 通過》
《補給:返鈴冷却油・薄塩・枠紐(横受け)》
《次行程:風見棚道→北西外縁の“薄幕の肩”→第61話》
鳴らさず、触れず、撫でて。
暁の光は浅く、風は背を押し、復翼の拍は外拍にぴたりと重なっていた。
星は薄れ、地平の低い処で夜がほどけ始めた。
前方に、岩板が梯子段のように張り出し、柱頭に風見盤が等間隔で据えられている。北側の風見棚だ。
盤は鳴らない。ただ、風を受けて回り癖だけを記す。夜走の拍を“起こす”ための場。
《行程ログ:北側 風見棚—接近/目的:復翼の“夜走位相”→“暁走位相”へ微起こし》
《搬送:復翼(二核)=同期 高/返鈴綾=薄通し(待機)》
《周辺:紙見=低/影鍵=散発/石羽=少》
「起こしは浅く。――鳴らさず、回り癖だけ借りる」
セリューナが帯の合いを一段沈め、瓶から返鈴冷却油を一滴、綾の結び目へ落とす。
ロゥナは棚板の縁に横受け座を細かく散らし、足の底を丸く保った。
「三撫に“羽返し”を足す。綾→空転→撫照合→横受け反転→最後に風見盤の背へ指で撫で」
合図に従い、俺は綾を一撫で、偽車輪を半拍空転、衣の内の道鈴Aを触れず撫で。
ロゥナが横受けを反転し、セリューナが最小の力で盤の背を一撫で。
盤は鳴らず、針だけが半目盛起き、風の層に“起こし”の角度が薄く置かれた。
《起こし:暁走位相=設定/二核 同期=維持(高)》
上段に移ろうとしたとき、棚の影で細い白が立つ。
鏡片を混ぜた薄霧(きり)帳が棚間に流れ込み、歩幅の端を舐めて“暁の句点”を打とうとする。
「句点は延ばす」
俺は偽車輪の撥を空振りで前半に置き、セリューナが霧粒の張力を崩す。
ロゥナが横受けを斜に差し、落ち口の口径を半拍遅らせた。
霧帳は行末を見失い、棚外へ流れて消えた。
《薄霧帳:句点形成 失敗→散》
さらに上段、風見盤の支柱根で黒い舌が短く覗く。
夜用の影鍵鈴。支柱の影へ押し印を残し、“通過印”を盗もうとする。
「踏まずに返す」
刃の背で影をはじき、セリューナが綾で逆相を支柱の裏に薄く回す。
ロゥナが座を点→線へ一瞬だけ延ばし、噛み口を半拍遅延。
舌は空を噛み、影へ沈んだ。
《影鍵鈴:押印 失敗/残留=無》
最後の盤で、セリューナがもう一度背を撫でる。
針は半目盛だけ起き、息の角度が夜から暁へと滑った。
《暁走位相:確立/返鈴綾=薄通し 維持》
◇
風見棚を下りると、草の匂いが濃くなる。
低木帯の向こう、布の列が夜明け前の灰色に沈む――草の縁市(北西)。
市門は風幕+木鈴の二重。鳴らさず、撫でて読む網だ。
《行程ログ:草の縁市(北西)—夜明け前 進入》
《照合:風幕=合い/木鈴=背 撫で/撫査枠=一重》
《搬送:復翼(二核)=同期 高/返鈴綾=薄通し》
「“夜明けの検め”は短い。――撫照合のみで通す」
セリューナが囁き、俺は衣の内の道鈴Aを触れず撫で、三吸二吐へ合いを合わせた。
ロゥナは偽車輪の輪転拍を商い歩に落とし、幕柱の木鈴の背を指で撫でる。
風幕の撫査枠が胸元を通り、合いの音だけを吸って戻す。木鈴は鳴らない。
《門照合:通行筋=旅/荷=道具(鈴幕・車輪)/異常=無》
広場はまだ眠っている。
布屋が半分だけ幕を上げ、油紙の屋台が静かに湯気を吐く。
幕の陰で、一台の紙車が帆を畳んだまま止まっていた。舳先の舌は出ていない――撫査休止の合図。
「補給、短く。――返鈴冷却油と薄塩、枠紐(横受け)を一点ずつ」
セリューナが会釈で合図し、露主が無言で品を出す。
ロゥナは偽車輪の枠を指で撫で、微かな緩みを締めた。
《購入:返鈴冷却油×1/薄塩×1/枠紐(横受け)×1/乾き物 少》
《整備:偽車輪=枠微締め/鈴幕=縁補強》
朝の端が明るくなるにつれ、門上の札旗が一枚だけ上がった。
“市内総撫査”の合図――ただし夜明けの一巡、軽撫だ。
「三撫に“羽返し”を重ねる。――綾→空転→撫照合→横受け反転→木鈴の背を一撫で」
俺は順に手を動かし、セリューナが締めの背撫でを置く。
木鈴は鳴らず、風幕の網だけが吸って戻る。
《総撫査:通過/片寄り=無/復翼=安定》
◇
補給を終え、市外へ向けて北西の風抜け路に乗る。
その途中、露台の脚の影で灰の外衣が一人、こちらを見ずに空鈴枠の背を撫でた。仮面はない。
声は落として、短く。
「暁は、鳴りやすい。――背で撫でろ」
それだけで、布の影に溶ける。忠告か、手の内の確認か。
「“背”で通す。――次の帯は風見杭と薄幕。木鈴は減る。触れずで行ける」
セリューナが段取りをまとめ、ロゥナが横受け座の間隔を短目に引き直す。
《次帯:薄幕+風見杭/方式=撫照合(非接触)》
《返鈴綾:薄通し 維持→暁走位相のまま》
市の北西端――薄幕の抜け口で、一瞬だけ紙擦れ。
小さな筆頁が一枚、蝶のように降り、鈴幕の端に“止め”を入れようと腹を押し当てた。
「止めは、止まらず外す」
俺は呼吸を二吸一吐に一拍だけ落とし、偽車輪の撥を空振りで間に置く。
セリューナが帯の綾で逆相を薄く乗せ、ロゥナが横受けの座を前→後に滑らせる。
頁は“止め”を噛み損ね、薄幕の風に吸われて遠ざかった。
《筆頁:押し止め 失敗→消散》
◇
市外に出ると、草の海が浅い光で起き始める。
風は柔らかく、鈴は疎い。
俺は封球の縁に掌を当て、二核の拍を暁走位相で確かめる。揺れない。
《復翼:外拍=高安定/疲労=低》
《返鈴綾:薄通し(待機)/切離し=不要》
前方、地平寄りに薄い白帯――風見棚道が見える。
風見杭と薄幕が点々と続き、鳴らずに“通す”帯だ。
「行こう。――背で撫でて、触れずに通す」
セリューナが帯を整え、ロゥナが浅座を点で置く。
歩き出す前、帯の内側で透明な息がひとつ、鳴らずに明るくなった。
――暁は、背で。
返す時も、背で。
セフィアの調子。俺は短く頷き、三吸二吐へ拍を戻す。
《旅路ログ:北側 風見棚—暁走位相 設定/草の縁市(北西)—夜明け総撫査 通過》
《補給:返鈴冷却油・薄塩・枠紐(横受け)》
《次行程:風見棚道→北西外縁の“薄幕の肩”→第61話》
鳴らさず、触れず、撫でて。
暁の光は浅く、風は背を押し、復翼の拍は外拍にぴたりと重なっていた。
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