『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』

チャチャ

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7章 空鈴の夜置きと、復翼の走法

第69話 灰葉のしきみ、薄鈴の起こしと帰路の白

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 無相の台の先で、地はゆるく上がり、草の色が淡い灰に変わった。
 葉は乾いているのに、揺れるたびにかすかに触れ合い、空気の層に微かな鈴気を起こす。けれど鳴らない。音になる前に、風が吸い取っていく。
 低い風見杭が等間隔に並び、その杭ごとに灰色の葉が結わえられていた。ここが灰葉のしきみ。

《行程ログ:浅稜の風見列→“灰葉のしきみ” 進入》
《搬送:復翼(二核)=同期 高/返鈴綾=薄通し(待機)》
《環境:灰葉(鈴気/未鳴)/杭背照合(背撫)/薄鈴呼び(起こし)/影鍵=葉脈型》
《目的:復翼の拍を“暁走位相”から“昼走位相”へ浅く起こす/帰路の“白返し筋”を確認》

「ここで一回、拍を起こす。昼の帯に入る前に“眠いまま”だと足が重くなる」
 セリューナが帯の合いを浅く、ほんの一段だけ浮かせる。
「けど鳴らしては駄目。灰葉は“呼び”に応じて鈴になるから。あくまで背で起こす」

 ロゥナは風見杭の足元に横受け座を低く点置きしていく。土はやわらかく、沈んでも吸わない。
 俺は封球の縁に掌を当て、三吸二吐から一瞬だけ三吸一吐に寄せる。衣の内で道鈴Aを触れず撫で、返鈴綾の“待機の薄さ”を指先でなぞる。

《準備:横受け=低座/返鈴綾=薄通しのまま保持/背撫=使用》

          ◇

 灰葉が揺ぎ、微細な鈴気が肩に集まる。
 声ではない、鳴りになる前の骨。灰葉は「鳴るの?」と試し、こちらの拍が答えれば“合わせて”くる。

「合わせさせない。こちらが拍を渡すんじゃなく、拍を撫でて置いていくだけ」
 セリューナが囁く。

「三撫+背締め+“浅起こし”だ」
 俺は綾を一撫で、偽車輪の撥を空振りで前半に置く。
 道鈴Aを触れず撫で、そこにほんの一拍だけ“拍を細く明るくする癖”をのせる。
 ロゥナが杭の根に置いた横受け座を浅く揺らし、足裏の重みを半拍だけ浮かせる。
 最後に杭の背を、指先だけ寄せて離す。

 灰葉は鳴らなかった。
 けれど灰いろの縁から、ごく浅い“昼の拍”が戻ってきて、復翼の呼吸に一目盛りだけ明るさが入る。

《薄鈴呼び:共鳴=回避/昼走位相=浅く起こし(成功)/無鳴》
《復翼:外拍=安定/息位相=暁→昼(浅)/疲労=低》

          ◇

 二本目、三本目の杭を抜けるあいだ、足元の灰葉に沿って薄い線が走った。
 灰色の脈がわずかに濃く、細い影になっている。
 その影の端から、黒い糸舌がぬっと出る。葉の葉脈を這い、歩幅の余白に“帰り印”を押し付ける――影鍵(葉脈型)。

 これは“帰れ”じゃない。
 “帰る道はここだよ”と、勝手に決めてくる。

「それ、勝手に帰路を刻まれると困るんだよね」とセリューナ。
「白で返す。帰路は自分で白にする」

 俺は胸の拍を一拍だけ白く緩め、返鈴綾を半拍遅らせる。
 セリューナが葉脈の根元に逆相をほんの砂粒ぶんだけ置き、ロゥナが横受け座の角を丸くして噛み口を半拍遅延。
 黒い糸舌は“押す位置”を飲み損ねて、乾いた葉の陰に沈んだ。

《影鍵(葉脈):帰り印 押印失敗/残留=無》
《白返し筋:外部上書き なし→自前 維持》

 俺たちの足取りのうしろには、道らしい道は残らない。
 ただ、風見杭の間だけに、うすく撫でた“背の合い”が漂っている。
 それは“こっちを通った”ではなく、“この拍で通った”だけ。
 ――つまり、もし戻るなら、拍が鍵になる。

 セリューナが短く笑う。
「帰り道も“歌”じゃなくて“呼吸”で開けるってこと。上等」

          ◇

 しきみの中段、灰葉がいつもより濃い場所に入った。
 葉が帯になって並び、風の向きが変わるたびに、帯全体が一拍だけ撓む。

 そこに、上から降りてくるのは――
 帆を畳んだ骨だけの凧枠。
 今度のは白骨じゃなく、灰の縁が入ってる。昼帯への引き継ぎの巡見凧だ。

《監視:巡見凧(昼帯移行)=形写し+帰路割り出し》
《狙い:復翼の呼吸パターンを確定→“昼ルート”に割り付け》

 ロゥナが小さく舌打ちする。
「これは形だけでなく、どこへ行くかも決めたがるやつだ」

「迷わせる。余白過剰はもう合図よね」とセリューナ。
「今回は“昼寄りの拍”をあえて揺らしてあげて。
 昼の拍に入ったと思わせて、まだぜんぶは渡していないっていう顔」

 俺は返鈴綾を半拍遅らせ、さっき薄く起こした“昼走位相”に、わざとわずかな段差を乗せる。
 暁と昼の拍が、わずかに重なりきらない“余白”になるように。

 セリューナが帯の返し筋を一筋足し、ロゥナが横受け座を前→後反転で入れ替える。
 その反転に合わせ、俺は灰葉の束の背を指先で寄せて離す。

 巡見凧の計算は乱れた。
 “どっちのルートに振るべきか”の判定自体が曖昧になって、確定処理をかけられない。

《巡見凧:昼帯ルート確定 不能/形写し 確度 低下→観測のみ》
《復翼:昼走位相=保持(浅)/暁走位相=残留(薄)》

「よし」とセリューナ。
「まだ“この先の帯に正式合流しました”って扱いにはされてない。
 こっちは、こっちの檻に入らずに歩ける」

「歩ける」とロゥナが言う。「けど、昼に入ったら、地のほうが起きてくる。
 つまりここから先は、“夜の作法”だけじゃ足りない」

 その言い方に、喉の奥がひやりとした。
 確かにここまでは、鳴らさず、触れず、撫でて、白で返す。
 でも、昼の帯に入るということは――こっちが起きるんじゃなく、向こうが起きる。

          ◇

 しきみの終わりの列に、小さな風壇と、低く苔のついた息留め石が一つ。
 風壇には胴のない空鈴枠が横たえられ、背だけが陽に晒されている。
 枠は白ではなく、うっすら灰がかかっていた。夜の背ではなく、昼へ渡す背。

 土色の外套の守が一人、杭の影から出てきた。
 仮面はない。
 目も合わせず、ただ枠の背をこちらに向け、低く三語。

「昼には、鳴りが来る。
 鳴りには、こちらから触るな。
 帰りは、白で呼べ」

 それだけ。
 静かに、灰葉の影へまぎれた。

《守の伝言:
 昼帯=鳴りあり
 こちらから鳴らさない(受けは裏)
 帰路=白返しを鍵にして呼び戻す》

 胸の裏で返鈴綾が一度だけ、明るく揺れた。
 ここまで、ずっと俺たちを押してきた透明な息――セフィアの拍が、短く触れてくる。

――昼は、触れる前に“こちらが鳴らされる”。
 でも、おまえが鳴らすな。
 返すときは、白で呼べ。

 はい、と心で答える。喉に出す前に、胸の奥で返す。
 それだけで、返鈴綾はまた静かに“薄通し”へ戻った。

          ◇

 整え。
 セリューナが返鈴冷却油を綾の結び目に一滴落とし、張力を昼向けにほんの少し上げる。
 ロゥナは偽車輪の枠を、外拍に合わせて再調整する。
 俺は封球の縁に掌を当て、二核の呼吸を確かめる。揺れない。

《点検:返鈴綾=張力 微増(昼準備)/偽車輪 枠=良/復翼 二核=同期 高》
《疲労:低》
《帰路:白返し筋=維持/外部上書きなし》

 灰葉のしきみの外側には、低い砂背と、ところどころに立つ鈴柱が見える。
 鈴柱は生きている。昼帯の結界は、ここから先、もはや“撫でて通る”だけじゃ済まない。

 でも、逃げ道は確保した。
 帰る手段はもう一度“白で呼ぶ”だけでいい。
 戻る杭も、風壇も、全部、俺たちの背にだけ反応するようにしてきた。

《旅路ログ:灰葉のしきみ—薄鈴の起こし 成功/帰路の白返し筋=自前で保持》
《復翼:昼走位相=浅く確立/暁走位相=残留(薄)》
《次行程:鈴柱帯(昼結界域 手前)→第70話》

「レク」
 セリューナが俺の名を呼ぶ。
「次から、昼の“鳴り”に触れる。こっちが先に鳴らしたら負け。
 いいね」

「鳴らさない」
 俺は言う。
「呼ぶときは白。返すときは白。
 そして――背で締める」

 ロゥナが満足そうに鼻を鳴らす。
「なら行こうか。起きた地面と正面から話す時刻だよ」

 風は裾を一度だけ持ち上げた。
 灰葉の間から抜ける拍はもう夜じゃない。
 ――昼がこちらを見る気配が、前方に立っていた。
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