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7章 空鈴の夜置きと、復翼の走法
第70話 鈴柱帯、昼の鳴りとこちらの沈黙
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灰葉のしきみを抜けた先で、景色が変わった。
砂背は低い。風は浅い。だが、静かではない。
等間隔に立つ柱。
一本一本が、骨のような白でも、木でも、石でもない。淡い鈍色で、内側からわずかに震えている。
柱の上部には輪。輪には鈴。鈴には舌。舌には細い膜。
それは風も揺らしていないのに、かすかに、揺れていた。
この帯は、こっちが触らなくても鳴る。
いや、正確には――こっちを通したいときに、“先に”鳴らしてくる。
昼の帯。
鈴柱帯。
《行程ログ:“灰葉のしきみ”離脱→“鈴柱帯” 進入》
《搬送:復翼(二核)=同期 高/返鈴綾=張力 微増(昼準備)/状態=薄通し(待機)》
《環境:鈴柱(外鳴り)/鳴環(呼異)/足元=砂背安定/巡見=昼班》
《目的:通過。こちらからは鳴らさない/昼側の“呼び出し”に応じる時だけ、返し筋を白で渡す》
「まず確認」とセリューナが囁く。
「この帯は“街道扱い”。任意通行だけど、通る者は通過記録を残すのが本来の決まり。でもその記録ってのが、基本“音”」
「音で押されるの?」
俺が小声で聞く。
「うん。こっちの意志より先に、“あなた通ってますよね”って証拠を鳴らされる。こっちが了承したことになる」
ロゥナが小さく笑う。
「だからこそ、あんたが鳴らすのはぜんぶ負け。向こうが鳴らそうとする。その鳴りを“撫でてやる”ことで、こっちの都合の道に書き換える」
《帯ルール(セリューナ口述):
・鈴柱は向こうから鳴らす=通行登録を押し付ける
・こちらは触らない=能動の鳴りは拒否
・応じる必要がある場合のみ、“返す”=白返しで筋だけ渡す
・それで道は開く。ただし記録は“白い呼吸”になる》
なるほど、こっちの署名を押される前に、こちらの署名で上書きするってことだな。
◇
一本目の鈴柱に近づくと、柱の輪がゆっくり震え、舌の膜が空気をすべった。
高い音じゃない。
息を細く引っかけた時の、口の内側みたいな――湿った高音が、こちらの胸骨にだけ触れる。
《鈴柱①:鳴環 起動/音圧=局所(胸部)/内容:通行者識別→路筋強制登録》
来る。
音で、「お前は通った」と柱が決めようとしてくる。
「レク、今。受けで返す」
セリューナの声は低い。
「手順、“昼帯通過・初回”」
彼女は淡々と並べる。
「一、こちらは鳴らない。
二、返鈴綾を半拍遅らせ、白で一筋返す。
三、最後に背。
四、柱本体には触れない」
「了解」
俺は胸の拍を一拍だけ白く緩め、返鈴綾を半拍遅らせた。
その遅れが、俺の側の“はい”ではなく、“そこまでだ”になる。
白返しを一筋だけ層へ薄通す――“通ってるけど自由ルートだよ”という主張。
最後に、柱そのものじゃなく、足元の砂背を背で一撫でして締める。
鈴柱は一度だけ震えを上げ、音を飲み込んだ。
鳴りかけた鈴気が、声になる前に折れた。
《応対:白返し筋 受理→強制登録 拒否/通過権=発行/鳴記録=残留なし》
《記録形式:旅(撫・白)で保持》
俺は喉の奥で小さく吐く。
鳴らさずに、押し付けられるはずのサインを白で上書きした。
柱は納得したらしい。道は開いた。
「よし。次からはそのままいける」とセリューナ。
「“昼帯の鳴り”に、こっちが鳴り返さないっていうのは、普通なら無礼なんだけど――」
「今はこっちが客だからね」とロゥナ。「文句言わせない」
◇
二本目の鈴柱に近づく。
今度は柱の輪が震えるより先に、地面の砂背がとくんと脈を打った。
砂自身が、足元から俺に向けて「ここに足を置いた」という印象を押し付けてくる。
この型ははじめて見る。
《鈴柱②:足下脈動型/地脈の押印→歩幅の“居場所”を固着》
「これ、足の位置を勝手に決めるやつだ」とロゥナが言う。
「足跡が道じゃなくて、道が足跡になるやつ。放っておくと、帰路が“こっちに戻れ”って勝手に固まる」
「帰路の自由を縛られる」とセリューナ。「白で消す。
レク、”白返し”を二筋、ゆっくり。あと、背は“砂じゃなく柱の影”」
「了解」
俺は胸の拍を白く緩め、返鈴綾を半拍遅らせ、白返しを二筋。
今度は早くではなく、遅く。
“ここが俺の足場だ”ではなく、“俺の足場は俺が呼ぶ”という時間差の主張。
ロゥナが横受け座を前→後に反転させ、足裏の重さを半拍ずらす。
セリューナは柱の影を指先で背に一撫で。
砂背の脈は一度だけ跳ね、固着しかけた“場所”はほどけた。
代わりに、白い余白だけが、俺たちの後に薄く残る。
《応対:足下脈動=固着 失敗/帰路 固定=回避》
《白返し二筋:帰路=“呼べば戻る”形式に維持》
《背の位置:柱本体ではなく“柱影”にのみ合いを残存(非刻)》
「ふむ」とロゥナ。
「これで、帰りの道は“おいで”って呼べば戻るようになってる。
こっちから“帰らされる”筋は抹消済み。つまり、帰還が俺たち都合」
「うん」とセリューナ。「あとは“鳴りを無視させたい鈴柱”だね」
◇
三本目の鈴柱は低い。
柱というより杭に近い。杭の先に、ちいさな輪鈴がいくつも束ねられている。
わずかな振動でまとめて鳴るための束鈴。
いやらしいことに、風も触れてないのに、もう揺れてる。
「これ、もう鳴ってるよな」
俺は声を落とす。
「鳴ってる」とセリューナ。「そしておそらく、この鳴りはすでに誰かに聞かれてる。
“誰が通ったか”というより、“誰を通したか”を向こう側に送る用」
「向こう側?」
「監視。もしくは管理側。昼帯の許可を出してる連中」
つまり、ここでしくじると、俺たちは“通してもらった存在”として扱われ、勝手にあっちの管理下に分類される。
……それは、嫌だ。
「これは“受けない”にしておく」とセリューナ。
「こっちが勝手に通ったことにする。
つまり、“道が勝手に開いてただけです”っていう扱い」
「可能か?」と俺。
「うん。やることは単純。
一、こちらの拍は“白”にせず、あえて“薄い無”に落とす。
二、返鈴綾は、遅らせない。
三、背もしない。
四、何もしないで通る。
……つまり、“あなた誰ですか”への返答を丸ごと拒否する。
普通はやっちゃいけない。でも、今はやる」
ロゥナが笑う。「昼帯の礼法で言えば、これ最高に失礼」
俺は、喉をならさずに頷き、呼吸を一瞬だけ止め――拍を、落とす。
白くもしない。返しもしない。
ただ、そこに“誰もいません”という、うすい無だけを置く。
束鈴は震え続ける。けれど、その鳴りは俺たちに“紐”を付けられなかった。
代わりに、鈴の音だけが、自分たちの柱の上で空転した。
《応対:識別呼び出し=無返答/管理側への“通過認証”送信=不成立》
《状態:帯そのものは通過可/拘束義務=発生せず》
セリューナが、ほんの少しだけ息を吐く。
「突破。よし」
「問題は、その無礼で誰かが出張ってこないかだけど」とロゥナ。
「……聞こえない。今のところ、こっちを捕まえる足音はない」
◇
四本目の鈴柱は、逆にほとんど揺れていない。
柱の輪も静か。舌も静か。
ただ、近づいた瞬間、胸と喉の間に小さな重みが落ちた。
息が、少しつかえる。
《鈴柱④:鳴らない鈴柱/“呼異”の下ろし=通行者に“合い”を一拍だけ載せる》
「これ、なんだ」
ごくわずか、鎖みたいな重さ。
身体に“お前は今この帯の拍で歩いてるよね”ってタグを付けられた感覚がする。
セリューナの目が細くなる。
「それ、返す」
「返す?」
「そう。もらいっぱなしにしない。
こっちが“はい、返しました”って渡すと、帯側のほうが“あ、タグもういらないならいいや”って勝手に思って離す」
俺はうなずき、胸のその重み――“合いの一拍”をそっと浮かせるイメージを作る。
返鈴綾を軽く指先で撫で、白返しではなく“返却”のつもりで、帯の層に向けて押し戻す。
喉の重みは、すっと消えた。
《呼異タグ:返却 成功/帯側の持続監視=中断/拘束なし》
「問題なし」とセリューナ。
「昼帯は基本“お客扱い”だから、ちゃんと返せば、しつこくはしない」
「“客”の理屈、便利だな」と俺。
「便利にしてきたの。夜の側と、昔の人たちが」とセリューナは笑った。
「あんたが今それに乗ってる。正しく使えてる」
◇
鈴柱帯の出口が見えてくる。
鈴柱はもう立っていない。代わりに、遠目に低い建造物の影――丘のふちに、石と布と骨を組んで立つ見張り棚がある。
昼帯の管理者はこっちを見ていないように見える。
けれど、こちら側はもう監視の射程に入っている。
《視界先:丘縁 見張り棚(昼帯管理の監視点)/距離=近い》
《こちらの状態:
・復翼=安定(二核同期 高)
・返鈴綾=薄通し 維持
・昼走位相=確立(浅)
・帰路用白返し筋=保持(上書きなし)》
セリューナが言う。
「この先、正式に“昼”に入る。
ここまでみたいに“鳴る前に撫でる”だけじゃ、足りない場面も出る。
今度は“鳴った後、それを握らせない”に変わる」
「昼帯の本域は、“鳴りをこっちのものにする”領分だよ」とロゥナ。
「だからそこで、あんたにはもう一つやってもらうことがある」
「俺に?」
「うん」
ロゥナは続ける。
「さっきまで、返し筋とか白返しとか、ぜんぶセリューナとあんたの合わせで捌いたろ?
次は違う。
次から、“あんたの呼吸そのもの”が鍵になる。
戻る道も、通す道も、起こす道も、全部お前の息で開く帯になる」
俺は息をのむ。
「……つまり、俺の呼吸が勝手に記録されるってことか?」
「違う」とセリューナ。
「“記録されない呼吸”を、自分のものとして帯に通すってこと。
簡単に言うと――あんたが“鳴りの外”として扱われるんじゃなく、“鳴りを持ち歩く側”として振る舞うってこと」
「それ、やっていいやつ?」
「ふつうはダメ」とロゥナがあっさり言う。
「けど、あんた今、復翼で二核つないでる。勝手にやれる肩書き、もう背負ってる。
だから“やらされる前に、やっておいたほうが楽”」
セリューナが、わずかに柔らかい声で言った。
「レク。
ここから先は、“鳴らさず、触れず、撫でて”だけじゃ足りない。
次は――
“抱えて歩く”。」
◇
鈴柱帯の最後に、いつものように小さな風壇と息留め石が置かれていた。
空鈴枠が横倒しにされ、背だけこちらへ向けられている。
ただ一つ違うのは、背にうっすら、昼の鈍い光が乗っていること。
土色の外套の守が一人、視線をこちらに向けないまま口を開く。
「昼は、先に鳴る。
おまえは、返すだけにするな。
持て。
……それで、道は、おまえになる」
それだけ伝えて、もう俺たちのほうを見ずに、柱の影へ戻っていった。
《守の宣言:
・以降の帯=昼本域
・受け身では足りない
・“鳴り”そのものを抱え込んで運べ
・それが通行権になる》
俺は封球に掌を当て、復翼の二核の呼吸を確かめる。
揺れない。
ただ、今までより、ほんのわずかに――拍が、明るい。
《旅路ログ:鈴柱帯 通過/強制登録なし/監視タグ返却済》
《復翼:二核同期=高/昼走位相=安定(浅→中)/返鈴綾=薄通し 維持》
《帰路:白返し筋=健在/帰路拘束=無》
《次行程:昼帯本域 “見張り棚の境” → 第71話》
俺は静かに答えた。
「鳴らさない。
鳴らされない。
でも――抱える」
風は、裾を一度だけ持ち上げてくれた。
その拍は、もう夜ではなかった。
砂背は低い。風は浅い。だが、静かではない。
等間隔に立つ柱。
一本一本が、骨のような白でも、木でも、石でもない。淡い鈍色で、内側からわずかに震えている。
柱の上部には輪。輪には鈴。鈴には舌。舌には細い膜。
それは風も揺らしていないのに、かすかに、揺れていた。
この帯は、こっちが触らなくても鳴る。
いや、正確には――こっちを通したいときに、“先に”鳴らしてくる。
昼の帯。
鈴柱帯。
《行程ログ:“灰葉のしきみ”離脱→“鈴柱帯” 進入》
《搬送:復翼(二核)=同期 高/返鈴綾=張力 微増(昼準備)/状態=薄通し(待機)》
《環境:鈴柱(外鳴り)/鳴環(呼異)/足元=砂背安定/巡見=昼班》
《目的:通過。こちらからは鳴らさない/昼側の“呼び出し”に応じる時だけ、返し筋を白で渡す》
「まず確認」とセリューナが囁く。
「この帯は“街道扱い”。任意通行だけど、通る者は通過記録を残すのが本来の決まり。でもその記録ってのが、基本“音”」
「音で押されるの?」
俺が小声で聞く。
「うん。こっちの意志より先に、“あなた通ってますよね”って証拠を鳴らされる。こっちが了承したことになる」
ロゥナが小さく笑う。
「だからこそ、あんたが鳴らすのはぜんぶ負け。向こうが鳴らそうとする。その鳴りを“撫でてやる”ことで、こっちの都合の道に書き換える」
《帯ルール(セリューナ口述):
・鈴柱は向こうから鳴らす=通行登録を押し付ける
・こちらは触らない=能動の鳴りは拒否
・応じる必要がある場合のみ、“返す”=白返しで筋だけ渡す
・それで道は開く。ただし記録は“白い呼吸”になる》
なるほど、こっちの署名を押される前に、こちらの署名で上書きするってことだな。
◇
一本目の鈴柱に近づくと、柱の輪がゆっくり震え、舌の膜が空気をすべった。
高い音じゃない。
息を細く引っかけた時の、口の内側みたいな――湿った高音が、こちらの胸骨にだけ触れる。
《鈴柱①:鳴環 起動/音圧=局所(胸部)/内容:通行者識別→路筋強制登録》
来る。
音で、「お前は通った」と柱が決めようとしてくる。
「レク、今。受けで返す」
セリューナの声は低い。
「手順、“昼帯通過・初回”」
彼女は淡々と並べる。
「一、こちらは鳴らない。
二、返鈴綾を半拍遅らせ、白で一筋返す。
三、最後に背。
四、柱本体には触れない」
「了解」
俺は胸の拍を一拍だけ白く緩め、返鈴綾を半拍遅らせた。
その遅れが、俺の側の“はい”ではなく、“そこまでだ”になる。
白返しを一筋だけ層へ薄通す――“通ってるけど自由ルートだよ”という主張。
最後に、柱そのものじゃなく、足元の砂背を背で一撫でして締める。
鈴柱は一度だけ震えを上げ、音を飲み込んだ。
鳴りかけた鈴気が、声になる前に折れた。
《応対:白返し筋 受理→強制登録 拒否/通過権=発行/鳴記録=残留なし》
《記録形式:旅(撫・白)で保持》
俺は喉の奥で小さく吐く。
鳴らさずに、押し付けられるはずのサインを白で上書きした。
柱は納得したらしい。道は開いた。
「よし。次からはそのままいける」とセリューナ。
「“昼帯の鳴り”に、こっちが鳴り返さないっていうのは、普通なら無礼なんだけど――」
「今はこっちが客だからね」とロゥナ。「文句言わせない」
◇
二本目の鈴柱に近づく。
今度は柱の輪が震えるより先に、地面の砂背がとくんと脈を打った。
砂自身が、足元から俺に向けて「ここに足を置いた」という印象を押し付けてくる。
この型ははじめて見る。
《鈴柱②:足下脈動型/地脈の押印→歩幅の“居場所”を固着》
「これ、足の位置を勝手に決めるやつだ」とロゥナが言う。
「足跡が道じゃなくて、道が足跡になるやつ。放っておくと、帰路が“こっちに戻れ”って勝手に固まる」
「帰路の自由を縛られる」とセリューナ。「白で消す。
レク、”白返し”を二筋、ゆっくり。あと、背は“砂じゃなく柱の影”」
「了解」
俺は胸の拍を白く緩め、返鈴綾を半拍遅らせ、白返しを二筋。
今度は早くではなく、遅く。
“ここが俺の足場だ”ではなく、“俺の足場は俺が呼ぶ”という時間差の主張。
ロゥナが横受け座を前→後に反転させ、足裏の重さを半拍ずらす。
セリューナは柱の影を指先で背に一撫で。
砂背の脈は一度だけ跳ね、固着しかけた“場所”はほどけた。
代わりに、白い余白だけが、俺たちの後に薄く残る。
《応対:足下脈動=固着 失敗/帰路 固定=回避》
《白返し二筋:帰路=“呼べば戻る”形式に維持》
《背の位置:柱本体ではなく“柱影”にのみ合いを残存(非刻)》
「ふむ」とロゥナ。
「これで、帰りの道は“おいで”って呼べば戻るようになってる。
こっちから“帰らされる”筋は抹消済み。つまり、帰還が俺たち都合」
「うん」とセリューナ。「あとは“鳴りを無視させたい鈴柱”だね」
◇
三本目の鈴柱は低い。
柱というより杭に近い。杭の先に、ちいさな輪鈴がいくつも束ねられている。
わずかな振動でまとめて鳴るための束鈴。
いやらしいことに、風も触れてないのに、もう揺れてる。
「これ、もう鳴ってるよな」
俺は声を落とす。
「鳴ってる」とセリューナ。「そしておそらく、この鳴りはすでに誰かに聞かれてる。
“誰が通ったか”というより、“誰を通したか”を向こう側に送る用」
「向こう側?」
「監視。もしくは管理側。昼帯の許可を出してる連中」
つまり、ここでしくじると、俺たちは“通してもらった存在”として扱われ、勝手にあっちの管理下に分類される。
……それは、嫌だ。
「これは“受けない”にしておく」とセリューナ。
「こっちが勝手に通ったことにする。
つまり、“道が勝手に開いてただけです”っていう扱い」
「可能か?」と俺。
「うん。やることは単純。
一、こちらの拍は“白”にせず、あえて“薄い無”に落とす。
二、返鈴綾は、遅らせない。
三、背もしない。
四、何もしないで通る。
……つまり、“あなた誰ですか”への返答を丸ごと拒否する。
普通はやっちゃいけない。でも、今はやる」
ロゥナが笑う。「昼帯の礼法で言えば、これ最高に失礼」
俺は、喉をならさずに頷き、呼吸を一瞬だけ止め――拍を、落とす。
白くもしない。返しもしない。
ただ、そこに“誰もいません”という、うすい無だけを置く。
束鈴は震え続ける。けれど、その鳴りは俺たちに“紐”を付けられなかった。
代わりに、鈴の音だけが、自分たちの柱の上で空転した。
《応対:識別呼び出し=無返答/管理側への“通過認証”送信=不成立》
《状態:帯そのものは通過可/拘束義務=発生せず》
セリューナが、ほんの少しだけ息を吐く。
「突破。よし」
「問題は、その無礼で誰かが出張ってこないかだけど」とロゥナ。
「……聞こえない。今のところ、こっちを捕まえる足音はない」
◇
四本目の鈴柱は、逆にほとんど揺れていない。
柱の輪も静か。舌も静か。
ただ、近づいた瞬間、胸と喉の間に小さな重みが落ちた。
息が、少しつかえる。
《鈴柱④:鳴らない鈴柱/“呼異”の下ろし=通行者に“合い”を一拍だけ載せる》
「これ、なんだ」
ごくわずか、鎖みたいな重さ。
身体に“お前は今この帯の拍で歩いてるよね”ってタグを付けられた感覚がする。
セリューナの目が細くなる。
「それ、返す」
「返す?」
「そう。もらいっぱなしにしない。
こっちが“はい、返しました”って渡すと、帯側のほうが“あ、タグもういらないならいいや”って勝手に思って離す」
俺はうなずき、胸のその重み――“合いの一拍”をそっと浮かせるイメージを作る。
返鈴綾を軽く指先で撫で、白返しではなく“返却”のつもりで、帯の層に向けて押し戻す。
喉の重みは、すっと消えた。
《呼異タグ:返却 成功/帯側の持続監視=中断/拘束なし》
「問題なし」とセリューナ。
「昼帯は基本“お客扱い”だから、ちゃんと返せば、しつこくはしない」
「“客”の理屈、便利だな」と俺。
「便利にしてきたの。夜の側と、昔の人たちが」とセリューナは笑った。
「あんたが今それに乗ってる。正しく使えてる」
◇
鈴柱帯の出口が見えてくる。
鈴柱はもう立っていない。代わりに、遠目に低い建造物の影――丘のふちに、石と布と骨を組んで立つ見張り棚がある。
昼帯の管理者はこっちを見ていないように見える。
けれど、こちら側はもう監視の射程に入っている。
《視界先:丘縁 見張り棚(昼帯管理の監視点)/距離=近い》
《こちらの状態:
・復翼=安定(二核同期 高)
・返鈴綾=薄通し 維持
・昼走位相=確立(浅)
・帰路用白返し筋=保持(上書きなし)》
セリューナが言う。
「この先、正式に“昼”に入る。
ここまでみたいに“鳴る前に撫でる”だけじゃ、足りない場面も出る。
今度は“鳴った後、それを握らせない”に変わる」
「昼帯の本域は、“鳴りをこっちのものにする”領分だよ」とロゥナ。
「だからそこで、あんたにはもう一つやってもらうことがある」
「俺に?」
「うん」
ロゥナは続ける。
「さっきまで、返し筋とか白返しとか、ぜんぶセリューナとあんたの合わせで捌いたろ?
次は違う。
次から、“あんたの呼吸そのもの”が鍵になる。
戻る道も、通す道も、起こす道も、全部お前の息で開く帯になる」
俺は息をのむ。
「……つまり、俺の呼吸が勝手に記録されるってことか?」
「違う」とセリューナ。
「“記録されない呼吸”を、自分のものとして帯に通すってこと。
簡単に言うと――あんたが“鳴りの外”として扱われるんじゃなく、“鳴りを持ち歩く側”として振る舞うってこと」
「それ、やっていいやつ?」
「ふつうはダメ」とロゥナがあっさり言う。
「けど、あんた今、復翼で二核つないでる。勝手にやれる肩書き、もう背負ってる。
だから“やらされる前に、やっておいたほうが楽”」
セリューナが、わずかに柔らかい声で言った。
「レク。
ここから先は、“鳴らさず、触れず、撫でて”だけじゃ足りない。
次は――
“抱えて歩く”。」
◇
鈴柱帯の最後に、いつものように小さな風壇と息留め石が置かれていた。
空鈴枠が横倒しにされ、背だけこちらへ向けられている。
ただ一つ違うのは、背にうっすら、昼の鈍い光が乗っていること。
土色の外套の守が一人、視線をこちらに向けないまま口を開く。
「昼は、先に鳴る。
おまえは、返すだけにするな。
持て。
……それで、道は、おまえになる」
それだけ伝えて、もう俺たちのほうを見ずに、柱の影へ戻っていった。
《守の宣言:
・以降の帯=昼本域
・受け身では足りない
・“鳴り”そのものを抱え込んで運べ
・それが通行権になる》
俺は封球に掌を当て、復翼の二核の呼吸を確かめる。
揺れない。
ただ、今までより、ほんのわずかに――拍が、明るい。
《旅路ログ:鈴柱帯 通過/強制登録なし/監視タグ返却済》
《復翼:二核同期=高/昼走位相=安定(浅→中)/返鈴綾=薄通し 維持》
《帰路:白返し筋=健在/帰路拘束=無》
《次行程:昼帯本域 “見張り棚の境” → 第71話》
俺は静かに答えた。
「鳴らさない。
鳴らされない。
でも――抱える」
風は、裾を一度だけ持ち上げてくれた。
その拍は、もう夜ではなかった。
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若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。
ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。
そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。
視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。
二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。
*カクヨムでも先行更新しております。
スキルで最強神を召喚して、無双してしまうんだが〜パーティーを追放された勇者は、召喚した神達と共に無双する。神達が強すぎて困ってます〜
東雲ハヤブサ
ファンタジー
勇者に選ばれたライ・サーベルズは、他にも選ばれた五人の勇者とパーティーを組んでいた。
ところが、勇者達の実略は凄まじく、ライでは到底敵う相手ではなかった。
「おい雑魚、これを持っていけ」
ライがそう言われるのは日常茶飯事であり、荷物持ちや雑用などをさせられる始末だ。
ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。
怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。
いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。
だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。
ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。
勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。
自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。
今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。
だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。
その時だった。
目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。
その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。
ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。
そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。
これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。
※小説家になろうにて掲載中
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