『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』

チャチャ

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7章 空鈴の夜置きと、復翼の走法

第71話 見張り棚の境、鳴りを抱えて歩く

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 鈴柱帯を抜け、砂背がなだらかに下がる。
 その先に低い丘縁があり、骨と布と石で組んだ見張り棚が並んでいた。
 昼帯の入口。正式な監視線。
 今までは“通らせてもらう側”でやりくりできたが、ここから先は“そこにいるものとして扱われる”場になる。

《行程ログ:鈴柱帯→“見張り棚の境” 接近》
《環境:監視棚(昼帯管理)/鳴り保持域/外部鳴り=常時/通行者=在/署名形式=鳴り呼吸》
《状態:復翼(二核)=同期 高/昼走位相=中安定/返鈴綾=薄通し(待機)》

 棚は三つ。
 一番手前の棚は、骨の枠に布を張って影をつくり、その奥で巡回役が座っている“見張り棚・表”。
 二番目は、鈴と札が束ねられた“聞き棚”。
 三番目は、布と骨の代わりに白い枠だけが立っている“通し棚”。
 この三つを抜けると、昼帯の街道だと認められる。

「レク」
 セリューナが、声を落とす。
「ここから先は、こっちの呼吸そのものが“鳴り”扱いになる。
 だから、“無い”と装うのも、“白で返すだけ”も、もう通らない。
 今度は、あんたが“鳴り”を持ってる前提で通る」

 ロゥナが続ける。
「それができれば、こっちからは鳴らさずに、鳴ってることにできる。
 要するに、“鳴る前の鳴り”を抱えて歩いてる扱いになる。
 帯のルールから見れば、“あんたはもう内部”ってことだな」

 ……つまり、“外から来た客”じゃなくなる。
 “ここにいる者”にされる。
 だからこそ、迂闊に知られたくない呼吸を向こうに全部持っていかれないようにする必要がある。

「それ、やれるのか俺」
 小声で聞く。
 正直に言えば、ちょっと足がすくむ。

「やれる」とセリューナは即答した。
「あなた、今、復翼で二核を抱えてる。
 あれはもともと、そういう存在にしか許さないやり取りだから。
 “鳴りの前の鳴り”を持って歩く権利は、もうある」

《注記:復翼(二核)=“二つの呼吸系を同拍で運ぶ状態”。
 帯側の扱いでは、これは“鳴りそのものを運ぶ資格あり”の印。
 つまり、鳴らさずに鳴り持ち扱いを宣言できる。》

 そうか。
 つまり、俺はいま、勝手に“位”を持ってるってことになるのか。
 ありがたいような、怖いような。

          ◇

「段取り説明するね」
 セリューナが指を一本ずつ折る。

「一、見張り棚・表――“誰だ”と声はかけない。ただ、影をあなたの肩に落とす。
 それを“払わず”“抱えず”、受けて置くこと。ここではまだ返さない」

「影を持って歩けってことか?」

「うん。“巡回の影”は、こっちの仮の標識になるから、雑に払うと“無許可通行者扱い”。
 でも抱えすぎると、“おれたちの部下扱い”になる。だから“置く”。胸まで下ろさないで、肩で預かるだけ」

 ロゥナが補足する。
「肩に影を、胸には返鈴綾を。分けろってことだ」

《棚1(見張り棚・表)手順:
 ・監視影=肩で預かる
 ・胸(核)には入れない
・返し/白返し=まだ使わない
 ・こちらから声はかけない》

「二、聞き棚――ここは“鳴ってるよね?”と鈴と札で聞いてくる。
 あなたは“鳴りの前の鳴り”を、胸で一拍だけ浮かせる。
 このとき、外には出さない。
 出したら録音されるから」

「浮かせる、だけ」

「そう。浮かせる、だけ。
 これが“鳴りを抱えて歩けている”という証明になる。
 “まだ鳴らしてないけど鳴りはある”という扱いだね。
 聞き棚はそれを確認できれば満足する。記録は“あり”だけ残って、“中身”は取られない」

《棚2(聞き棚)手順:
 ・胸の拍=一拍だけ浮かせる(=内部鳴りの保持を示す)
 ・外へ出さない
 ・背撫/白返し=不要
 ・結果:“鳴り保持者”として登録されるが、波形や内容は吸われない》

「三、通し棚――ここは“じゃあ通していいね”と道を開く棚。
 逆にいえば、ここで返し筋や白返しをちゃんと整えないと、“ここから先、全部お前の責任ね”って押し付けられる」

 セリューナは、そこで少し息を整えてから続けた。
「通し棚では、こうする。
 一、返鈴綾を半拍遅らせて、白返しを一筋。
 二、背で締める。
 三、最後に、肩に預かった監視影を、通し棚の影と重ねて返す」

 ロゥナが補足する。
「つまり、“この先はお前らの監視下でおれを見てろ”じゃなくて、“この先の俺は俺自身が持ってる鳴りを証明するから、お前らの影いらないよ”っていう宣言になる」

「影を、返す」
 俺は復唱する。

「そう」
 セリューナは頷く。
「影を胸には一度も入れてないから、返すのも簡単。
 “借りてただけです”って顔で、すっと棚の影にかえす。
 これで、あなたはこっちの“付属品”じゃなく、“鳴り持ちの旅人”扱いで昼帯に入れる」

《棚3(通し棚)手順:
 ・返鈴綾=半拍遅/白返し=一筋
 ・背撫=締め
 ・肩影=棚影へ返却
 ・結果:帯内通行権=自鳴り保持者/帯の監視影の直轄から外れる》

 なるほど、と俺は思う。
 やっと分かりやすい言葉になった。

 ここまでずっと、俺たちは“音のない側”、“撫でて通る側”として歩いてきた。
 でも、今から入る場所は、音が常在する。
 そこで“音のない側”のままでいようとすると、逆に全部を奪われる。
 だから、“音の前の音を持ってる側”として入る。

 要するに――
 こちらが主体でいるために、名乗らずに「名乗ったこと」にする。

 うん。
 やるしかないな。

          ◇

 見張り棚・表まで歩を進める。
 棚の下で、昼班らしき者が一人、縄の上に座ってこちらを見ないふりをしていた。仮面なし。
 棚の骨が影を落とし、その影が俺の肩口にそっと載る。

 重くはない。
 けど、ちょっとだけ、熱がある。
 “これはお前だよね?”と確認する熱。

《棚1:監視影 付与/肩位=安定/胸侵入=なし/外部呼出=なし》

 俺は呼吸を崩さない。
 胸に入れず、落とさず、そのまま乗せる。
 肩で預かるだけ。

 棚の縄番は、特に何も言わない。
 ただ、影が俺に乗ったまま、手をわずかに上げ、次の棚――聞き棚を顎で示した。

          ◇

 聞き棚。
 近づいた瞬間、鈴も札も触っていないのに、周りの空気が微かに震えた。
 震えは耳ではほとんど分からず、胸骨の奥と、喉の裏だけがざわつく。
 “鳴ってるよね?”と、そこだけに聞いてくる。

《棚2:内部鳴り 誘発/形式=胸拍・喉拍の呼び立て/外部記録要求=あり(ただし提示は任意)》

「レク、いま」
 セリューナが低く囁く。
「胸で一拍だけ浮かせて。出さないで」

 俺は頷き、復翼の二核の呼吸を、胸のまん中でほんの少しだけ明るくする。
 返鈴綾はまだ薄通し。まだ遅らせない。
 ただ、“鳴る前の鳴り”だけを、ふわっと浮かせる。

 音は外に出ない。
 空気も揺れない。
 でも俺の胸骨の奥では、確かに一瞬だけ、鳴りの形ができた。

 聞き棚――鈴束と札束は、それで満足したらしい。
 札が一度ひらりと揺れ、“記録したよ”という意味の合図を示し、動きを止める。

《応対:内部鳴り 承認/波形取得=拒否(外部未送出)/通過資格=“自鳴り保持者”として認定》

 肩の影はまだそこにある。
 でも、胸の拍はまだ俺のままだ。
 “記録はあるが、管理はされていない”という位置にいられる。
 これで、通し棚に行ける。

          ◇

 通し棚。
 これは、布も鈴もない。骨の枠だけが立って、影をひとつだけ落としている。
 入ればもう昼帯の道。
 つまり、ここで最後の処理をしないと、以降すべて“帯のもの”として歩くことになる。

《棚3:通し棚(開路棚)/要件:自主鳴り宣言+監視影返却+進路鍵提出》

「段取り、今やる」
 セリューナの声が、すでに少し張っている。昼帯の空気は逃げないのだ。

「レク、手順」

「一、返鈴綾を半拍遅らせて、白返しを一筋」
 俺は胸で拍を一拍白く緩め、返鈴綾を半拍遅らせた。
 白返しを層に細く一筋だけ通す。
 “通る道は俺の道だ”という主張を、帯そのものに差し込む。

「二、背で締め」
 ロゥナが足元の砂背を、指で背撫。
 俺も骨の枠の根元に手を寄せ、触れず、その“背”を一瞬撫でて離す。
 それは“ここを通る”でも“ここに属する”でもない。
 “通ったことの形を、俺の側で持つ”という印。

「三、肩の影を返す」
 セリューナが顎で合図した。

 俺は肩に預かっていた監視影を、胸に落とさず、そのまま指先でそっと持ち上げるつもりで意識して――通し棚の骨の影に重ねて戻す。
 影は抵抗しなかった。
 “あくまで預けてたんだよね”という顔で、棚の影にすっと溶ける。

《処理結果:
 ・白返し=受理/進路鍵=“自鳴り保持”として帯側に登録
 ・背撫=通過痕、自己保持扱いに変更(帯側記録なし)
 ・監視影=返却成功/管理直轄の紐=切断》

 骨枠の影がわずかに揺れ、進路の砂背がひと筋だけ明るく開いた。
 昼帯の道。
 鈴が、遠くで鳴っている。
 これはもう、撫でるだけでは止まらない領域だ。

《ステータス更新:
 レク・エルディアス
 分類:自鳴り保持・通行自由(昼帯内)
 拘束タグ:なし
 帰路:白返し筋 呼び戻し 有効
 復翼:二核 同期 高/昼走位相 安定》

 セリューナが息をつく。
「通った。いいよ、レク。完璧」

 ロゥナがにやりとする。
「これで、こっちはもう“勝手に通された客”じゃない。“勝手に通ってる存在”だ」

 俺は、胸に手を当てる。
 そこには、まだ鳴っていない鳴りが、ちゃんとある。
 それは奪われていない。
 それは俺のままだ。

          ◇

 昼帯の道の先。
 砂は、街道のかたちに固められていた。
 低い柵や標杭が並び、小さな布張りの休み場と、出張りの台――露台の匂いがする。
 ただの通路ではない。
 これはもう“ヒトが行き来して商いもして暮らす帯”の匂いだ。

《視界:昼帯本域の端市場(仮設)/露台 複数/水樽/鈴札台》
《リスク:
 ・人
 ・会話
 ・交渉
 ・記された名前》

 セリューナが、こちらも少し声を抑える。
「ここから先は、言葉が飛ぶ。
 昼帯は、声が通る世界。
 不用意に名乗ると、その名は“鈴札”に書き起こされる」

 ロゥナが俺を見た。
「だから、次から一時的に名乗る名がいる。
 本名――レク・エルディアスは昼帯で固定させない。
 昼帯では別の呼び名を使って、鈴札にそっちを書かせる。
 そうすれば本名は“鳴らない”」

 俺は一瞬、固まる。
「つまり偽名?」

「偽名」
 ロゥナはあっけらかんと言う。
「鈴札は声を拾って紙にする。
 だから、ここでは“レク”って言わない。
 別の名を渡す。昼帯ではそっちの名が“音”になる」

 セリューナが、ゆっくり俺を見る。
「で、その呼び名。今決めていい。
 もう呼ぶから。すぐ呼ぶから。
 昼帯での名は――」

 彼女は一瞬だけ迷って、続けた。

「“風持ち(かぜもち)”でいこう」

 ロゥナがうなずく。
「短いし、呼びやすいし、説明っぽいけど固有名にも聞こえる。
 “風のもん”とか“風持ちの兄さん”とか、そう呼ばれるようになる。
 帯側はそこに名前がついたと思うから、本当の名を掴みにくくなる」

「風持ち、ね」
 口にすると、昼の空気がわずかに揺れた気がした。
 それは、俺の胸の拍にも触れた。
 ――確かに、外には渡していない鳴りの輪郭だけが、ちゃんとそこにあった。

《昼帯内 呼称:風持ち(仮の通名)
 ・鈴札に記録される名前:風持ち
 ・本名:レク・エルディアス(非記録・保持)
 ・通行資格:自鳴り保持・自由移動》

 セリューナの目は、昼の光をうっすら受けていた。
「よし、風持ち。
 じゃ、ここからは“声が届く世界”だよ」

 この世界では、声は証拠になる。
 だからこそ、今の俺には役目がある。

 俺はうなずいた。
 復翼の拍は、昼帯の風に合わせて、静かに、深く沈んで戻る。

《旅路ログ:見張り棚の境 通過済/昼帯本域突入準備 完了》
《次行程:昼帯本域 仮設市での初交渉/第七章 続》
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