『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』

チャチャ

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2章 水の精霊と孤島の試練

第11話「土の気配と、封印の谷――大地に眠る記憶」

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 静謐の湖に別れを告げ、俺たちは再び港町ルエルの陸地に戻った。

 空は晴れ渡り、潮の香りが懐かしいように漂っている。昨日までの試練が嘘のように、町の人々は穏やかな日常を取り戻していた。

「ふぅ……水の試練、ほんとに大変だったね」

 フェリスが深呼吸をして空を仰ぐ。隣ではセフィアが草花を眺めながら、楽しそうに鼻歌を歌っていた。

「でも、よかったじゃない。あのセリューナって水の精霊さん、優しそうだった」

「そうだな。あの人――いや、あの精霊と契約できて、本当に良かった」

 俺は腰に下げた水色の石を撫でる。セリューナとの契約の証。それは冷たくも温かく、まるで心の奥に触れるような感覚を宿していた。

 港町の宿に戻った俺たちは、ギルドに顔を出すことにした。

 受付嬢のリーネが俺の姿を見て、驚いたように目を丸くする。

「レクさん!? 無事だったんですね……!」

「ああ。ちょっと、島の方で色々あってな。報告を兼ねて顔を出したよ」

「本当に良かった……実は、ギルド長から預かり物があるんです。『次に来たら渡してくれ』って」

 差し出されたのは、封蝋付きの手紙だった。

 その表には、ギルド長・バルグの名が記されている。

 中を開くと、そこには一言――

『“封印の谷”へ行け。次なる精霊は、眠っている。』

 まるで俺の旅路を知っているかのような文面に、思わず眉をひそめた。

「“封印の谷”って……どこかで聞いたことがあるような」

 フェリスが首を傾げると、リーネが小さくうなずいた。

「王都の東にある山岳地帯のことです。何年も前から、土が腐るように痩せていっていて……今では誰も近づかない“禁域”と呼ばれているそうです」

「土が痩せる……それって、精霊の力が失われてるってことか?」

 セフィアがふと表情を引き締めた。

「もしかすると、そこに――土の精霊が……」

 俺の胸に、ひとつの確信めいた予感が走った。

 次なる精霊は、“土”。

 俺は静かにうなずき、ギルドに礼を告げると仲間たちに声をかけた。

「行こう。“封印の谷”へ。次の出会いが、俺たちを待ってる」

✳✳✳✳

 俺たちは港町ルエルを後にし、ギルドの馬車を借りて王都東部の山岳地帯へと向かった。

 “封印の谷”は、王都からも距離があるため、丸一日以上かけての移動になる。

 道中、フェリスが馬車の荷台で地図を広げ、手元のノートにメモを取っていた。

「封印の谷って、かつて“緑の守護域”って呼ばれてたらしいの。昔は肥沃な大地と、豊かな鉱石が採れたって文献にあるわ」

「じゃあ、何かの原因で一気に荒れたってことか?」

 俺が問うと、フェリスは小さくうなずいた。

「そうみたい。五十年ほど前から異変が起きて、土が枯れて、魔物が出没するようになったって……。原因は不明だけど、誰かが“封印”という形で抑え込んだらしいの」

「それが土の精霊の異常と関係してるなら……手遅れになる前に行かなきゃな」

 セフィアが小声で「うん……」と頷く。風の精霊である彼女も、自然の歪みに敏感に反応しているようだった。

 山間の道を越えた頃、空気が急に変わった。

 湿気が重く、どこか“腐った土”の匂いが漂っている。

 地面はひび割れ、枯れ木が点在し、鳥の声さえ聞こえない――まるで“死んだ森”だ。

「……ここから先が、“封印の谷”だな」

 俺たちは馬車を降り、徒歩での探索に切り替える。

 踏み込んだ瞬間、地面がわずかに軋んだ。

 足元の土が“呻くような音”を立てている。

「うわっ、なんか気持ち悪い……!」

 フェリスが顔をしかめ、セフィアも眉をひそめた。

 俺はその土を少し掘り起こし、手のひらに乗せてみた。

 色は黒ずみ、わずかに震えている。――まるで“意思”を持つかのように。

 そのとき。

 ズズ……ズン……!

 遠くで、地面が隆起する音がした。

 土が盛り上がり、その中から、巨大な“泥の魔獣”が這い出してきた。

 目は爛々と光り、身体から“精霊核のようなもの”が不気味に浮かび上がっている。

「……あれ、まさか……!」

 俺の中で、セリューナとの記憶が反応した。

 それは、“偽の精霊核”。

 かつて禁忌の研究によって作られ、精霊の力を模倣しようとした危険な代物。

「来るぞ、構えろ!」

 俺は剣を抜き、魔力を全身に巡らせた。

✳✳✳

 泥の魔獣――それは巨大なゴーレムのような姿をしていた。

 全身が湿った黒土で覆われており、そこかしこに不安定な魔力の波動が渦巻いている。
 中心部には、赤黒く輝く“精霊核もどき”が埋め込まれていた。

「こんなもん、自然界に存在しないわよ……っ!」

 フェリスが震えながら杖を構える。
 セフィアは風の刃を展開し、俺の背を守る位置に回った。

「この魔力、セリューナのと似てるけど……なんか、捻じ曲がってる!」

「精霊の力を“真似しただけ”の偽物だ。けど、力だけは本物と変わらねぇ」

 俺は剣を構え、魔獣の動きを読む。
 ゴウン、と巨体がゆっくりとこちらに向かって動き出す。

「フェリス、援護頼む! セフィア、風の盾で防御を!」

「任されたっ!」

「了解、レク!」

 魔獣が大地を踏みしめるたびに、腐った土煙が舞い上がる。
 俺は剣に水の魔力を込め、一気に間合いを詰めた。

 ――ザシュッ!

 剣先が泥の外皮を切り裂いた……が、すぐにズルリと“再生”する。

「ちっ、再生系か!」

「“精霊模倣核”がある限り、無限に再生するよ!」

 フェリスの警告に、俺は核の位置に目を凝らした。

「なら、やるしかない。核を……直接、叩く!」

 俺は風の加速魔法を使い、一気に跳躍。
 泥の魔獣の胸部へ剣を突き刺す。

 ゴゴゴ……ッ!

 内部で爆ぜる音とともに、魔獣が大きく仰け反った。

 その隙に、セフィアの風刃が核を包み込む。

「レク! 今っ!」

「――浄化・水環!」

 俺はセリューナから授かった新スキルを発動する。

 剣から放たれた青白い波動が、核に触れた瞬間――

 シュウゥゥ……ッ!

 黒い核が音もなく消え、魔獣の身体が崩れ落ちた。

 土は、まるで安堵したように、大地へと還っていった。

「……終わった?」

 フェリスが呆然とした表情で問いかける。

「ああ。けど、あの“偽核”は……誰かが作ったものだ」

 俺は崩れた土の中から、微かに残る核の破片を拾い上げた。

 それは、かつて見たことのある紋章に似た意匠が刻まれていた。

「――誰かが、精霊の力を弄んでる」

 俺の中に、静かに怒りが灯った。

✳✳✳

 偽の精霊核の破片を手に取った俺は、それを布に包み、丁重に収納した。

「この紋章……どこかで見たことがある気がするんだけど……」

 フェリスが破片を覗き込み、眉をひそめる。

「うーん、はっきりしないけど……王都の文献室で見た古代魔道具の図に、似たような模様があったような……」

「魔道具か……」

 俺はしばし考えたが、すぐに視線を封印の谷の奥へと向け直した。

 この谷には、まだ“土の精霊”の気配が残っている。

 それは確信に近い直感だった。

 静まり返った森の奥、地形が不自然に盛り上がった小さな丘がある。

 その中心に、石で組まれた“祠”のようなものが建っていた。

 ――ガァァァ……ン……

 誰も叩いていないはずの祠の奥から、重く、低い音が響いた。

「……今の音、何?」

 フェリスが小声でつぶやく。

「たぶん、呼ばれてる。俺たちを“試そう”としてるんだ。次の精霊が」

 俺は剣を収め、ゆっくりと祠の前に進み出た。

 祠の中は、ひんやりとしていて、異様な静けさに包まれていた。

 石壁の至る所には、蔓草が絡みつき、長い間誰も踏み入れていないことがわかる。

 だがその中心――台座の上には、淡く金色に光る“石の芽”のようなものが浮かんでいた。

「……これが、土の精霊の核……?」

 セフィアがつぶやく。

 だがその瞬間、空間が揺らいだ。

 重たい空気が、足元から這い上がってくる。

 次の瞬間、俺たちの視界がぐにゃりと歪み――

 視界が、土の色に染まった。

 土埃と砂の匂い。
 どこまでも続く地下空間のような場所。

「ここは……“試練の場”か?」

 俺の声が反響する。

 そして、地響きのような声が、ゆっくりと語りかけてきた。

『問いに答えよ――汝、“命を育む土”の本質を知るか』

 土の精霊――その意識が、俺の心に直接語りかけてきたのだ。

✳✳✳✳

 ――『命を育む土とは、何か』

 静寂の空間に、重く厳かな声が響いた。

 それは、ただの問いかけではなかった。
 心の奥、価値観そのものを試す“精霊の問い”だった。

「土の本質……」

 俺はゆっくりと目を閉じ、思いを巡らせた。

 土は、種を育て、命を生み出す場所だ。
 そして、命を終えたものを還し、また次の命を迎える。
 始まりであり、終わりでもある。

「命の土は……“受け入れること”じゃないかと思う」

 俺の答えに、空間がわずかに震えた。

「どんな存在でも、良いも悪いも、過ちも、痛みも……すべてを受け入れて、包み込んで、また次へつなげる。そんな懐の深さが、土の本質なんじゃないかって」

 長い沈黙。

 だがその先で、優しくも力強い響きが返ってきた。

 ――『……良き答えだ。我が名は、ロゥナ。眠れる大地の守り手。お前の歩み、しかと見届けた』

 その声とともに、空間に変化が起きた。

 祠の内部が再び見え、台座の上にあった“石の芽”が、淡い緑色に脈動を始める。

「……土の精霊、ロゥナ……!」

 俺は台座に近づき、その“精霊核”にそっと触れた。

 だが。

 ――ズンッ!

 足元の地面が大きく揺れた。

「な、なんだ!?」

 土が割れ、そこから巨大な“岩石獣”のような魔物が姿を現した。

 だが、その魔物の動きはぎこちなく、どこか“操られている”ような雰囲気を纏っていた。

「レク、あれ、誰かに……!」

「ああ。ロゥナの力が封じられてる。そのせいで、土の守りが暴走してるんだ!」

 俺はすぐに剣を抜いた。

「……ロゥナに、もう一度会うためには、まずあいつを倒す!」

 フェリスとセフィアも構える。

 土の守護者の残滓を鎮める戦いが、今、始まろうとしていた。

✳✳✳

 岩石獣――それは、土塊と鉱石の塊を無理やり繋ぎ合わせたような異形の存在だった。
 腕のように伸びた岩盤を振り回し、祠の柱をひと振りで粉砕する。

「動きが重そうだけど、一撃がヤバい……!」

 フェリスが叫びながら距離を取る。
 セフィアはすでに風を纏い、俺の側に飛んできた。

「レク、あいつ……守るべきものがわからなくなってる」

「ああ……ロゥナの加護が弱まって、自我も崩れてるんだろうな」

 俺は剣に水の精霊魔力を込めた。

「なら、こっちから“正しい記憶”を叩き込んでやる!」

 跳躍と同時に繰り出した一撃が、岩石獣の胴体をかすめる。
 だが、その傷口はすぐに土で再構成されてしまう。

「やっぱり……“守護者の再生”を持ってるか!」

「核を、探すしかない!」

 フェリスの叫びに、俺たちは攻撃と分析を同時に行った。

 動き、反応、再生のテンポ……そのすべてから導き出されたのは、
 ――“右胸の内部”に核が埋め込まれているという結論。

「そこだッ!」

 俺は風魔法の加速を受けて一気に距離を詰め、
 剣を大きく振りかぶる。

「――浄化・水環・貫穿(パージ)!」

 新たに覚えた応用技を炸裂させ、剣先が岩塊の中へ突き刺さる。

 ――グアァァ……!

 核に届いた瞬間、岩石獣が苦しげにのけぞり、そのままガラガラと崩れ落ちていく。

 残ったのは、青緑色に光る“微かな核の欠片”。

 それが祠の中心へとふわりと浮かび――“石の芽”のような精霊核と重なった。

 ……ドクン。

 空間が脈動し、祠全体が暖かな土色に包まれる。

「……ロゥナ」

 その名前を口にした瞬間、
 小さな揺れとともに、祠の奥から“石像の少女”が現れた。

 その少女は目を閉じ、眠るように静かに立っていた。

 だが、ほんの一瞬――

 彼女のまぶたがわずかに揺れ、唇が小さく開いた。

『……芽吹きのとき、ま……だ……』

 その声を最後に、少女の姿は再び“静かな石像”へと戻っていった。

✳✳✳✳

 祠の奥、再び石像と化した少女――土の精霊ロゥナは、まるで眠りに就いたまま待ち続けているようだった。

「……“まだ”って言ってた」

 フェリスがぽつりとつぶやく。

「ああ。たぶん、まだ俺たちは“芽吹き”に足るものを手に入れていないんだろう」

 俺はロゥナの眠る祠を見つめながら、胸の奥に確かに残った“揺らぎ”を感じていた。

 ――土の精霊ロゥナ。
 彼女は目覚めの時を待っている。
 人が、そして世界が、再び命を根づかせるための“力”を持てるようになるその時を。

「でも、会えただけでも十分。あの子は、レクに“答え”を聞いたんだから」

 セフィアがふわりと笑って言う。

「次に来たときは、きっと起きてくれるよ」

「ああ。その時には……ちゃんと、俺たちが“芽吹き”を見せてやろう」

 俺は静かに祠へ一礼を捧げ、仲間たちと共に谷を後にした。

 振り返ると、かつて荒れ果てていた大地に、ほんのわずかだが“緑の芽”が顔を覗かせていた。

「おお……!」

 フェリスが目を見開く。

 それは、小さな小さな命の兆し。

 けれど、それこそが――

 土の精霊が目覚めを待つ理由。

 命は、ここにまだ息づいているのだ。



 港町へ戻った俺たちは、精霊核の破片と“偽精霊核”の痕跡を王都ギルドへ送るための準備を整えた。

 ギルドのリーネはそれを受け取ると、まじめな顔で頷く。

「確かに預かりました。王都ギルドの上層に報告します」

「それと……“精霊の力を模倣する技術”について、調べてほしい」

「はい。おそらく、それは禁忌に関わる問題です。慎重に進めます」

 リーネの言葉に、俺も真剣に頷いた。

 精霊たちの歪み――その裏には、まだ明かされぬ“何か”がある。

 そしてその“何か”は、きっと俺のユニークスキルや、この世界の成り立ちにも関係しているはずだ。

「……次は?」

 セフィアが俺に尋ねた。

 俺は少し考えてから、静かに言った。

「“北東の鉱山帯”に行ってみよう。たぶん、次に向かうべき場所は――そこだ」

 風が優しく吹き抜ける。

 それは、まるで新たな旅路の始まりを告げるように――


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