『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』

チャチャ

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2章 水の精霊と孤島の試練

第12話「芽吹きの試練と、石像の精霊」

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 谷を出るとき、俺は最後にもう一度だけ振り返った。

 静まり返った大地の中心――封印の祠の周囲に、小さな緑の芽がいくつも顔を出していた。

「……やっぱり、あれは“芽吹き”なんだな」

 セフィアが俺の隣でつぶやく。風の精霊らしい透明な瞳が、わずかな緑をじっと見つめていた。

 土の精霊ロゥナ。あの石像の少女が“まだ目覚めぬ存在”であることは確かだったが……彼女は、俺たちに明確なサインを残してくれた。

 ここには、命の息吹が戻ろうとしている。

「ロゥナは、俺たちの答えを完全に受け入れたわけじゃない。でも、“次がある”って言ってくれた気がするんだ」

 俺の言葉に、フェリスが頷いた。

「うん、あの石像の目、ちょっと動いてた。あと、芽が増えてたのも……なんか、土が喜んでる感じがした」

「まだ契約は果たされていない。でも、繋がった。……きっと、それが“始まり”なんだと思う」

 俺たちは、再び港町ルエルへと向かう道を歩き出した。
 朝靄のなか、風と水と大地の香りが交差しながら、どこか懐かしいぬくもりを運んでくる。



 町に戻ると、ギルドの前には見慣れた顔が立っていた。

「レクさん、おかえりなさい!」

 受付嬢リーネがぱっと笑顔を浮かべ、俺たちを迎えた。

「どうでした? 例の祠の調査は――って、その表情……かなりすごいこと、あったみたいですね」

「土の精霊と……会ってきた。まだ契約はしてないけど、“何か”は伝わったと思う」

 俺が差し出したのは、祠の中で拾った“微かな精霊核の破片”。

 リーネは魔道具を使ってそれを慎重に検査し、小さく息を呑んだ。

「これは……まさか、本物の“精霊核”の一部ですか?」

「ああ。ただ、これも完全じゃない。周囲に“模造品”の気配があった」

 俺は簡潔に、祠で起きたこと――岩石獣との戦い、“封印”、そして精霊の声を伝えた。

「模造核が引き起こす魔力暴走の痕跡も、谷の土壌から検出できた。危険な代物だ」

 リーネの表情が、いつになく真剣になる。

「それ……王都ギルド本部に、正式な報告として提出させていただきます。こういう“禁忌の類”は、本当に危ないですから」

「頼む。俺たちはもう少し、土の精霊の調査を続けるつもりだ」

「えっ……あの、契約しなかったんですか?」

 フェリスがぽりぽりと頬をかきながら答える。

「いやー、契約どころか、まだ“見習い扱い”みたいで……ロゥナちゃん、眠いって言ってたし」

「眠い……? それ、精霊さんあるあるなんですか?」

「ううん、今回は本当に“力の芽”を育てるって感じだった。あたしたちがもっと“土”のことを理解しないと、契約できないって」

「……なるほど。土の精霊は、循環と記憶の象徴。力の貸し出しには“理解と覚悟”がいる、って昔から言われてます」

 リーネの言葉に、俺たちはそろって小さく頷いた。

 そうだ。まだ始まったばかりなのだ。

✳✳✳

 ギルドの作戦室――通称「作業報告室」にて。
 リーネは報告書をまとめつつ、王都ギルド本部への連絡水晶を慎重に操作していた。

 俺たちが提出した“偽精霊核の破片”と“土の核の欠片”は、すでに魔力封印箱に収められ、特別な隔離保管の扱いとなっている。

「やっぱり、これ……相当やばい代物みたいだな」

 フェリスが小声で呟く。

「魔力量は精霊核に近いけど、性質が全く違う。“吸い取って増幅する”ような動きがある。まるで……魔道爆弾だな」

「それに、魔力が過剰に反応して暴走を始めると“自己増殖”の兆候があるって、王都の研究班からの速報も届いたわ」

 リーネがやや顔を引きつらせながら、連絡水晶を置く。

「つまり、偽核は“精霊核の代用品”じゃなく、“武器”として使われてる可能性があるってことか」

「はい。本部でも緊急に精霊部門を招集して調査を始めるそうです。しばらくしてから、あなたたちに“正式な調査依頼”が来るかもしれません」

 リーネの声には、今までにない緊張が宿っていた。

 だが俺は、覚悟を決めたように頷いた。

「……構わない。どうせ、関わってしまった以上は最後まで追いかけるさ」

「頼りにしてます、レクさん」

 その時――リーネの手元の魔道封印箱が、ピクリと揺れた。

「ん……?」

 フェリスと俺が同時に身構える。

 だが、それは何事もなかったように静まり返った。

「……ごく稀に、魔力反応が外から呼応することがあるらしいの。“精霊の干渉”と呼ばれる現象」

「ってことは……誰か、あるいは“何か”が、遠くからこの偽核の存在に反応してるってことか?」

「おそらく、そういうことです」

 リーネの言葉に、俺の背筋が冷たくなった。

 これは単なる模倣技術じゃない。
 “何か”がこの世界の精霊たちの力に、意図的に干渉しようとしている。

 しかも、悪意を持って――



 報告を終えた俺たちは、一度宿に戻って休息を取った。

 部屋に戻ると、セリューナがいつになく真剣な表情で俺に向き合った。

「……レク。この世界の“精霊核”と呼ばれるもの……あなたは本当に、それが精霊たちの力だと思う?」

「……え?」

「それは“心”じゃなく、“器”なの。あれはね、精霊の力の“抜け殻”。本物の私たちは……もっと、深いところにいる」

 セリューナの声は静かだったけれど、確かな覚悟が込められていた。

「だから、模倣された偽核は、本当の精霊とは決して繋がれない。むしろ、私たちを傷つけてしまうもの」

「……それを誰かが意図して作ったなら、精霊そのものを“道具にしようとした”ってことだな」

「ええ。そして、その先に待っているのは――精霊と人の断絶よ」

✳✳✳

 深夜。静まり返った宿の一室。

 窓の外では、かすかに潮騒が聞こえている。港町ルエルの夜は涼しく、どこか懐かしい匂いが風に乗って漂っていた。

 ベッドに横たわっていた俺は、ふと強い眠気に襲われたかと思うと、そのまま意識が深いところへ沈んでいった。

 

 ――そして、気づけば、あの祠の中心に立っていた。

 白く光る地脈の中に、土の精霊・ロゥナの石像が浮かぶように佇んでいた。

 

 『……まだ、土を知らぬのか』

 

 声ではなく、心の奥底に届く“感触”だった。

「ロゥナ……なのか?」

 

 『問いは残されている。命は、どこから来て、どこへ還る? 土とは、始まりか、終わりか……それを識らずして、何を繋げる』

 

 俺は言葉を失った。

 目の前にいるのは、確かにロゥナだ。だがその存在は、石像の姿とは違う、どこか揺らめく光の粒子で形作られていた。

「土の本質を知ることが、契約の鍵……ってことか?」

 

 『契約とは、力の受け渡しではない。心の接続。理解なき契約は、ただの支配――そして崩壊』

 

 その言葉に、俺はハッとした。

 偽精霊核。それは精霊の力を“模して”支配する道具だ。

 もし、精霊との契約が本来“心と心”を結ぶものだとすれば――偽核の存在は、まさに精霊にとって最大の侮辱であり、危機なのだ。

 

 『風は告げ、水は映し、土は受けとめ、火は燃やす。……そして、闇と光は、その先へ』

 

 ロゥナの声が徐々に遠のいていく。

 だが最後に、彼女は確かに言った。

 

 『土の記憶を掘り起こせ。根に刻まれしものを、見届けよ……』

 

 そして、夢は、静かに消えた。



「……っ!」

 俺は飛び起きた。額には汗が滲んでいた。

 すぐ隣では、セフィアがすやすやと眠っており、フェリスは窓辺の椅子で丸まっていた。

 俺はそっとベッドから降り、荷物の中から地図を取り出す。

「“根に刻まれしもの”……ロゥナの言っていた、土の記憶。どこにある?」

 その時、偶然にもギルドから渡された古地図の一角に、鉱山跡の記しを見つけた。

 ――『ルマ鉱山帯・旧調査坑』

「これか……!」

 俺は胸の中で沸き上がる確信とともに、決意を固めた。

 次なる目的地は、封印の谷のさらに北東、かつて精霊鉱石が採掘されたという場所――
 土の記憶を探る旅が、今始まろうとしていた。

✳✳✳✳

 翌朝。俺たちは朝一番に、ギルドから連絡を受けて町の農地を訪れた。

 案内してくれたのは、農夫のベルタじいさんだ。

「おやレクさん、見てくだされ。ここ、三日前まで青々しとったんじゃ。なのに急に枯れ始めてなあ」

 目の前には、茶色く変色した畑が広がっていた。
 葉は縮れ、茎はしなび、まるで一晩で命を吸われたかのようだった。

「……これは、普通の病気や気候変化じゃないな」

 フェリスが土をすくい、簡易魔力感知石を使って調べる。

 すぐに、石が淡く紫色に発光した。

「魔力汚染。……しかも、これ、例の偽精霊核と同じ波長だよ」

 俺は言葉を失った。
 あの封印の谷だけじゃない――港町ルエルのすぐ近くの土にも、同じ“毒”が浸食していたのだ。

「まさか……精霊の祠以外にも、“偽核”が撒かれているってことか?」

 セリューナが静かに頷いた。

「恐らく、“試作段階”のものか、もしくは廃棄された欠片ね。でも、十分に害を及ぼしている」

「土が……怒ってる、んじゃない?」

 フェリスの言葉に、セリューナが続ける。

「精霊は、ただ怒っているのではないの。循環が壊され、命が踏みにじられていることに“警鐘”を鳴らしているのよ」

 俺は農夫のベルタじいさんに向き直った。

「ベルタさん、このあたりで“妙な光”や“落ちてた石の破片”みたいなもの、見ませんでしたか?」

「光……そういや、夜に畑の端っこで紫の火花みたいなもんがチラッと……。ただの蛍じゃ思うたけど」

「……場所、案内していただけますか」

 俺たちは畑の端、雑木林に囲まれた小道へと案内された。
 そして、そこで“それ”を見つけた。

 ――小さな、黒く輝く鉱石の欠片。

 魔力感知石がすぐに反応し、今度は強い赤紫の光を放つ。

「これ……間違いない。偽核の破片。誰かが意図的に“廃棄”したんだ」

「土に“毒”を流し込んでる……」

 俺は握った拳を見つめた。

 誰かが、精霊たちの居場所を……この世界そのものを、歪ませようとしている。

「ロゥナ……お前はこれを見ていたのか?」

 小さく問いかけた俺の胸の中で、土の精霊の“気配”が、かすかに揺れた気がした。

✳✳✳

 数日後、俺たちは再び“封印の谷”へと戻ってきた。

 谷は以前と変わらず静かで、土の香りと風の音だけが周囲に満ちていた。

「……あのときより、芽が増えてる」

 セフィアが指さした先、祠の周囲に小さな若葉が点々と広がっていた。

「土が……少しずつ癒えてきてる?」

「それは、“芽吹き”が進んでる証拠よ」

 セリューナが祠の奥へ進みながら言った。

 やがて、俺たちは祠の中心部にある“祭壇”の前にたどり着く。

 その中央に――以前はなかった“円形の魔方陣”が浮かび上がっていた。

「これは……?」

「“試練の間”。土の精霊が、契約者に対して本当の“覚悟”を問う空間」

「おぉ、地面が開いた……って、地下に階段があるのか!」

 驚くフェリスの前で、石造りの床が静かに下へと沈み、ゆっくりとした螺旋階段が現れた。

「行こう。ロゥナが“記憶を掘り起こせ”って言ってた。多分、ここにある」

 



 

 試練の間は、湿った土の香りが満ちた空間だった。

 青白く発光する鉱石が天井や壁に埋め込まれ、幻想的な光が足元を照らす。

 奥の広間には――古びた“石版”が、立てかけられていた。

「これは……何語だ? 精霊文字……でもないな」

 俺が目を細めて見ると、その石版に刻まれた文字が、ふと光を帯び始めた。

 

 《──記録起動。記憶の再生を開始します──》

 

 機械のような音声とともに、周囲の空間がゆらりと揺らぐ。

 光が集まり、やがて映像となって広がった。

 

 それは――かつて、世界に“精霊”が満ちていた時代の記録だった。

 大地を歩く巨大な精霊たち。水脈をたどり、風を紡ぎ、炎を守る存在たち。

 人々は精霊と共に暮らし、互いを敬い、祈りを捧げていた。

 だが――ある時期を境に、人は“精霊の力”を道具として扱い始める。

 精霊核の抽出、精霊の模倣、そして封印と暴走。

 世界に“断絶”が生まれ、精霊たちは眠りにつき、祠に封じられたのだった。

 

 《……記録終了。次の記憶再生には、対応する契約資格が必要です》

 

「……これが、精霊たちの過去。……ロゥナが、見せたかったのは、これか」

 セリューナも目を伏せたまま、ぽつりと呟いた。

「……だから私たちは、ずっと“静かに”していた。もう一度、繰り返されないように」

 

 俺は石版に手を添えた。
 この記憶を知った以上、もう“見て見ぬふり”はできない。

「……ロゥナ。俺は、“土の記憶”を刻む。お前の眠る場所を守るために――」

 

 そのとき、石版が淡く輝いた。
 微かな声が、俺の心に届いた。

 

 『少しだけ……近づけた、ね……』

 

 そして、試練の間は静かに沈黙した。

✳✳✳

 封印の谷を後にし、俺たちは再び町へと戻った。

 宿の一室で、セフィアとセリューナは静かに座っていた。
 俺は、ふたりの精霊と改めて向き合う。

「……ロゥナの試練、まだ“終わって”はいない気がする」

「うん。あの石版の最後……“契約資格”って言ってた。つまり、まだ足りないってことなんだと思う」

 フェリスが小さく頷く。

 セフィアが目を伏せたまま、そっと言った。

「土の精霊は、“記憶と根”の象徴。過去を理解し、未来へと繋げる者を選ぶの」

「俺は……この世界のこと、まだ何も知らないんだなって思った。精霊と人が、どんな関係を築いてきたかも」

「レク。あなたは、そうやって悩むところが、たぶん“契約に近い”んだと思うよ」

 セリューナがやわらかく微笑む。

「“ただ強くなりたい”って願いじゃ、精霊は力を貸さない。……でも、“一緒に歩みたい”って思うなら、私たちは応える」

「だからこそ、ロゥナはあなたに“記憶”を見せたんだと思う」

 俺は、拳をそっと握った。

 この世界は美しくて、広くて、残酷で、優しい。

 けれど、そのどれもが“過去”の積み重ねでできている。

「……俺は、精霊のことをもっと知りたい。ロゥナのことも、この大地の記憶も」

 その瞬間――窓の外から、そよ風が部屋を撫でた。

 セフィアがわずかに目を細め、笑った。

「風が……祝福してる。きっと、次に進めるってことだよ」

 その言葉に、俺はそっと頷いた。

 精霊とともにあるということは、ただ力を借りることじゃない。
 その“痛み”も、“想い”も、“祈り”も、すべてを知ろうとすること。

 まだまだ先は長い。
 でも――今なら、歩いていける気がした。



 その夜、夢の中でロゥナの声がふたたび囁いた。

 

 『わたしは、待っているよ。……この大地の奥で、いつか芽吹く“あなたの想い”を』

 

 目覚めたとき、俺の手のひらには、乾いた小さな土くれが乗っていた。

「ロゥナ……ありがとう」

 

 それは、約束のように静かで、確かな“絆”だった。

✳✳✳

 数日後、俺たちは港町ルエルを離れる準備を整えていた。

 ギルドからの依頼は一時的に保留となり、王都から正式な調査班が派遣されるという知らせも届いている。

 俺たちはその間に、“ロゥナの本体が眠る場所”――大地の聖域へ向かう旅を始めることにした。

「荷物はこれで全部。あとは……新しい地図と補給品を追加したよ」

 フェリスが背負い袋をとんとんと叩く。

「ありがとう。今回の旅は、少し長くなるかもしれない」

「うん。でも、どんなに遠くても“土の気配”は必ず辿れる。精霊の記憶は、大地そのものだから」

 セリューナが風に揺れる銀髪を押さえながら微笑む。

 セフィアは、港のほうをじっと見つめていた。

「……南の方角に、“火”の揺らぎを感じる」

「……“焔哭山”か?」

「たぶんね。すごく怒ってる気配。でも、それはまだ……“待ってる”怒り」

「……ロゥナと向き合ったあとでなければ、きっと火に呑まれる」

 セリューナの言葉に、俺は頷いた。

 まずは、土の精霊との“本当の契約”を――それが、俺に課せられた“次の歩み”だ。



 出発の朝、町の入り口でベルタじいさんが見送ってくれた。

「レクさん、あんたらが来てから、畑の端っこに芽がまた生えてきたよ」

「……よかった。それが、本来の“土の姿”です」

「土は裏切らん。ちゃんと愛してやれば、応えてくれるんじゃ」

 その言葉に、胸があたたかくなった。

「また帰ってきます。次はもっと、強くなって」

「その時は、うちの孫にも精霊の話、聞かせてやってくれ」

 俺たちはルエルの町をあとにし、北東へと馬車を進める。

 まだ見ぬ大地の奥――かつて精霊鉱が掘られ、今は閉ざされた谷があるという、“聖域の扉”へ。



 その夜、焔哭山の方角で、ひときわ大きな火柱が上がった。

 遠く離れた場所にいても、空を焦がすような紅の閃光が空に走る。

「……火の精霊、目を覚まし始めてるね」

 セフィアの声が、わずかに震えていた。

 でも、俺は真っすぐ前を見た。

「大丈夫。今は焦らない。俺たちはまず、ロゥナに会いに行く。――ちゃんと、自分の足で」

 

 旅は続く。
 これは、精霊と人との記憶を辿る物語。
 そして、再び芽吹く希望のはじまり。


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