『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』

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3章「精霊の記憶と、禁忌の残響」

第13話「再封の扉と、土に眠る願い」

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 ルマ鉱山帯の朝は、冷たく澄んだ空気に包まれていた。

 長年使われていなかった坑道の入り口は、ツタと苔に覆われており、まるでこの場所そのものが眠っているように静まり返っていた。

「……ここが、“聖域の入り口”?」

 俺は地図と照らし合わせながら、苔むした岩壁の間にぽっかりと口を開けた隙間を見つめた。

 フェリスが背中のランタンを揺らしながら言った。

「うん。旧王国時代、精霊鉱を採掘していたって記録が残ってた場所。地形図では“坑道跡”扱いになってるけど、本当は――」

「精霊の祠へと続く、封印の扉がある」

 セリューナが言葉を継いだ。

 風の精霊・セフィアが肩に舞い降りてきて、小さく囁く。

「空気が……重い。下のほうで、魔力の揺れが起きてる」

「……嫌な揺らぎだ。“歪んだ魔力”の残滓が、土の中に沈んでる」

 俺は腰の剣を手で確かめる。

 敵が出るなら、地中から。汚染された魔獣か、あるいは――

 

 *

 

 坑道の内部は驚くほど広く、複数の採掘路が枝分かれするように伸びていた。

 岩壁には無数の古代文字が刻まれており、魔力を帯びた鉱石が青白く光を放っていた。

 セリューナがそれを見て、そっと目を細める。

「……これ、精霊石の原鉱。しかも、かなり純度が高い。かつて、この鉱山は“精霊との接触地”だったはず」

「ということは、ここに……ロゥナの“本体”が?」

 セリューナは頷き、岩壁に触れた。

「この先にあるわ。“再封の扉”――ロゥナが、自分の記憶ごと封印した場所」

「じゃあ、急ごう!」

 そう言いかけた瞬間、地面が震えた。

 地の奥から、“ゴゴゴッ”と不穏な音が響く。

 岩の割れ目から、黒い泥のようなものが滲み出し……その中から、異形の四つ脚が現れた。

「……っ、来たか!」

 泥の魔物――精霊鉱から漏れ出た“穢れ”が魔力を吸い込み、変異した存在。過去にも偽核の近くで見かけたが、こいつは明らかに“本格的”だった。

「レク、こっちに引きつけて! フェリス、後方から援護!」

「了解っ!」

 俺は剣を抜き、咆哮を上げる魔物に立ち向かう。

 ――この戦いは、まだ“入口”にすぎない。
 だが、俺たちは確かに進んでいる。精霊の記憶へと。

✳✳✳

 魔物の形状は、まるで泥と鉱石が融合したようだった。四つ脚の全身がどろどろと流動し、岩のような背殻から紫の瘴気が立ち上っている。

「突進してくるぞ、気をつけろ!」

 俺は横に飛び、泥の牙が地面をえぐる音を背中で聞いた。

「こいつ、動きが重そうに見えて意外と速い……!」

 フェリスが火球を飛ばすも、泥に包まれて相殺される。

「物理も魔法も通りにくい相手……でも、弱点はあるはず」

 セリューナが指を弾くと、風の刃が複雑に交差し、魔物の側面に小さな裂け目を刻んだ。

「いまの……通ったぞ、風属性が効くのか?」

「いや、“魔力の流れ”に逆らった一撃だったから。内部の核がまだ安定してないの。そこを狙って!」

 俺は深呼吸して、足元に力を込めた。

 この世界に来てから、何度も戦ってきた。
 だが、この魔物は“精霊の聖域”を穢す存在――見逃すわけにはいかない。

「スキル《断ち斬り・震》!」

 剣に力が宿ると同時に、地面を這うような震動が魔物の足元へと走る。

 瞬間、泥の脚が崩れ、体勢を崩した。

「今だ、フェリス!」

「っしゃあ、いっけーっ!」

 炎の魔法《クリムゾン・スパイク》が一直線に魔物の口へ突き刺さり、紫煙を撒き散らして爆ぜる。

 断末魔のような音を上げ、魔物は地面に崩れ落ちた。

 黒い泥がしゅうしゅうと音を立てて消え、残ったのは硬質な黒い鉱石の欠片。

「これ……やっぱり、“偽核”の一部か」

 セリューナが慎重に布で包みながら呟いた。

「でも、さっきの反応。どうも人工的に“ここ”に撒かれた気がする」

「つまり、誰かが意図的に“封印の扉”に近づかせようとしてる?」

「……かもしれない。精霊の記憶を辿る俺たちを“誘導”してる可能性もある」

 そうだとすれば、ますます見過ごせない。

 俺たちは、慎重に“扉”へと進む準備を整えた。

「……レク」

 セフィアがそっと俺の肩に触れる。

「この奥には、“土の精霊”だけじゃない。きっと、“もっと深い記憶”がある」

「うん。それを、確かめに行こう」

 俺たちは再び、封印の奥へと歩を進めた。

✳✳✳

 坑道をさらに奥へ進むと、壁面に刻まれた文字が徐々に変化していった。
 古代語でもなく、現代語でもない――まるで“精霊が紡いだ象形文字”のような印が並んでいる。

 その先に現れたのは、高さ三メートルはある巨大な石扉だった。

 中央には精霊核を模した紋章が浮かび、その周囲に四つの属性を示す印――風・水・火・土が重なっていた。

「……これが“再封の扉”。ロゥナが自身の記憶と力を封じた場所」

 セリューナが、扉に手をかざす。

 石の表面がかすかに脈動し、彼女の魔力に反応するように光を放つ。

「――《精霊認証起動、再封コード照合開始》」

 機械のような冷たい声が坑道に響く。

「認証……まるで古代遺跡の自動装置みたいだな」

「そう。この扉は、精霊の意思だけじゃ開かない。“精霊と契約した者の鍵”が必要なの」

 セリューナが俺を見る。俺は静かに頷き、扉の前へ進み出た。

「ロゥナ。俺は、君の記憶を見た。今はまだ契約者ではないけれど、君の声を、想いを感じた」

 そう言って、俺はそっと手を扉に触れさせた。

 

 ――《契約未完了、補助認証開始》
 ――《“水の精霊”セリューナとの契約を確認》
 ――《補助ルート認証――承認》

 

 石扉の中心が輝き、土色の光が放たれる。

 ゆっくりと、扉は左右に分かれ、奥の空間へと続く通路が現れた。

 内部はひんやりとしており、壁面には大地の意匠が施された美しい文様が広がっていた。

「うわぁ……まるで、地下神殿みたい」

 フェリスが感嘆の声を漏らす。

 通路の奥には、“精霊石版”と思しき巨大な柱状の装置が立っていた。
 周囲には、かつて祭祀が行われていたであろう祭壇跡と、複数の壊れた精霊核容器が転がっている。

「この場所……やっぱり、精霊の力を“人工的に使おうとした”跡だ」

 セリューナが、壊れた容器に指を滑らせながら呟いた。

「でも、なぜこんな装置が精霊の祠に……」

 俺が言いかけたとき――

 

 《再生装置起動。精霊記録“断絶の記憶”を展開します》

 

 空間がきらめき、光が石版の表面に浮かび上がった。

 

 映し出されたのは――大地が割れ、炎と瓦礫に沈む、かつての“王国の終焉”だった。

✳✳✳✳

 光の粒が渦巻くように空間を満たし、映像が浮かび上がる。

 そこに広がっていたのは、広大な大地を切り裂く巨大な亀裂。そして――その亀裂の中から這い出るように現れる、異形の影。

「な、何これ……っ」

 フェリスが震える声で呟く。

 影の中心には、明らかに“精霊核”のような輝きがあったが、それは禍々しい闇色に濁っていた。

 

《記録再生中――王歴217年、土精霊との契約者“ガルド・レイス”による禁忌の儀式開始》

《契約者は、土の精霊“ロゥナ”を利用し、精霊核を人工的に強化・分離させることを試みた》

《結果――ロゥナの意識の一部が暴走、地脈に干渉。大地の崩壊現象発生》

《王国、南部地域壊滅》

 

「……あれが、“ロゥナの怒り”か」

 セリューナが顔を曇らせる。

「違う。“怒り”じゃない。……“哀しみ”だ」

 俺は、画面の中で崩れ落ちるロゥナの姿を見つめた。

 大地と同化したかのように沈んでいく彼女は、まるで泣いているようだった。

 ――“なぜ裏切ったの?”と。

「……土の精霊は、ずっと待ってたんだ。“信じられる誰か”を」

 その時、俺の中で何かが共鳴する音がした。

 

 ――《スキル進化条件達成》
 ――《スキル《大地の共鳴》が《精霊同調・地》へ進化》
 ――《新効果:精霊の記憶との接続、一時再現可能》

 

「き、来たっ……! またスキルが進化した!」

 フェリスが目を丸くする。

「でも今回は、“力”だけじゃない。“記憶”にアクセスできるって……?」

「たぶん……ロゥナが、俺に“思い出してほしい”んだと思う。この世界がどうやって歪んできたのか――そして、どうすれば戻せるか」

 静かに手を胸に当てたそのとき。

 石版の光が消え、最後にひとつの音声が流れた。

 

 ――《……あなたが、“本当の契約者”でありますように。わたしは、ここで待っています》 

 

 それは、温かくも切ない、願いに似た声だった。

✳✳✳

 石版の光が完全に消えたあと、坑道の奥に風が吹き込んできた。
 閉ざされていたはずの壁がゆっくりと開き、地下深くへと続く階段が現れる。

「……ここが、“契約の祭壇”へ通じる道?」

 セリューナが頷き、慎重に階段へと足を踏み出す。

「土の精霊は、記憶を閉ざすと同時に、自らの本体を深く地中に沈めたの。“二度と裏切られぬよう”に」

「だから、ここまで来なきゃたどり着けなかったんだな……」

 俺たちは足元に注意しながら、重い空気の中をゆっくりと降りていく。

 地下は驚くほど広く、ところどころに古代の構造物や、鉱石で出来た彫像が並んでいた。

 その彫像のいくつかは人型で、顔が削り取られているものもあった。

「……これ、もしかして――」

「“契約を破った者”への警告よ。精霊は優しいけど、裏切りには敏感。特に、ロゥナは……」

 セリューナの言葉に俺は頷いた。

 その時だった。足元の大地が震え、何かが地中から這い出すような音が響く。

「っ、また来たか……!」

 床を突き破って現れたのは、全身が石と鉱石で構成された巨人だった。
 精霊鉱の塊が剣のように変形し、右腕に融合している。

「……これは、“試練の守護者”か!」

 セフィアが風の気配を研ぎ澄ます。

「強いよ、レク。しかも、魔法障壁を纏ってる。これは、ただのゴーレムじゃない」

「やるしかないな……!」

 俺は剣を握り直し、対峙した。

「セリューナ、サポート頼む。フェリスは遠距離から、セフィアは風で攪乱を!」

「了解!」

「了解っ!」

 

 ――スキル《精霊同調・地》、発動!

 俺の身体に、大地の力が流れ込んでくる。

 足元が安定し、全身の感覚が“地脈”とつながっていく感覚。

「今なら……“この大地”の流れが読める!」

 守護者が岩の剣を振り下ろす。

 俺はその軌道を先読みして――わずかに横へステップ。

 剣が地面を裂いた瞬間、隙が生まれる。

「――《大地斬・裂動》!」

 精霊の力を纏った一撃が、守護者の腕を断ち落とす。

 爆音とともに鉱石が砕け、守護者の体が一瞬、崩れかけた。

「今だ、畳みかけるよっ!」

 フェリスの火球が連続で命中し、セフィアの風が追い打ちをかける。

 最後に俺が一閃を加え――

 守護者は、地面に崩れ落ちた。

 

 石の砕ける音とともに、奥の扉がゆっくりと開いた。

 その先に広がっていたのは、まるで巨大な地下庭園のような空間だった。

 そして、中央に佇む“芽吹きの石像”――大地の精霊・ロゥナの本体が、そこにあった。

✳✳✳✳

 崩れた守護者の奥――そこには、思わず息を呑むような光景が広がっていた。

 天井からわずかに差し込む地中光を受けて、無数の鉱石が淡く輝く。
 その中央に、一本の古木が根を張っていた。

 ……いや、正確には木ではない。

 その“幹”は、精霊鉱の集合体でできた、精霊そのものだった。

「……ロゥナ……」

 俺は一歩、また一歩と近づく。

 その“幹”の中に、人の形をした像が浮かんでいた。
 土色の髪と、穏やかな顔立ちをした少女の姿。

 それは、以前“夢の中”で見たあの少女と同じだった。

「ここが、ロゥナの本体……」

 セリューナが呟く。

「でも、完全には目覚めてない。“力”だけを残して、心はまだ閉じたまま」

 そっと手を差し出す。

「ロゥナ。君の記憶を見た。君が、どれほど傷つき、どれほど孤独だったのかも……」

 静かに触れたその瞬間――

 

 《契約試行・条件未満――仮契約モードを起動します》

 

 機械のような音声とともに、鉱石の幹が脈打つ。

 中に浮かぶロゥナの姿が、一瞬こちらを向いて目を開けた。

 

 ――「……あなたは、“あのひと”とは、違うの……?」

 

「俺は、君を道具にしない。……君の意思を尊重するよ。
 この世界の未来を、精霊たちと一緒に考えたい。だから――」

 

 《仮契約成立》
 《スキル《精霊同調・地》が《仮契約:ロゥナ》に進化》
 《効果:大地属性魔法の一時展開、鉱石創造/補修、地脈感知》
 《ロゥナの意識片がレクと接続開始》

 

「……ありがとう」

 それは、確かに“声”だった。

 ロゥナの姿は鉱石の中に戻ったが、彼女の表情は、どこか安堵に満ちていた。

 セフィアとセリューナも、静かに頷く。

「レク……ロゥナは、あんたに“希望”を見てるんだよ」

 俺は小さく頷いた。

「なら、その期待に応えるよ。精霊たちの願いも、想いも――全部、未来に繋げるために」

 

 こうして俺たちは、土の精霊・ロゥナと“仮契約”を交わし、新たな一歩を踏み出した。

 だが、それは同時に――

 この世界の“深層”に隠された真実へと繋がる扉を開いた瞬間でもあった。

✳✳✳✳

 仮契約の儀が終わったあとも、ロゥナの本体はしばらく静かな光を灯し続けていた。

 セリューナが慎重に魔力の波を測る。

「ロゥナの意識片、今はレクと接続したままだけど……いずれ“完全覚醒”するかもね」

「そのときは、正式な契約者として――また会える、だろうな」

 俺は鉱石の幹をそっと見上げながら呟いた。

 この地下神殿のような空間には、まだ精霊の残滓が漂っており、慎重に観察を進める必要がある。

 祭壇の裏手には古びた木箱が残されており、フェリスが興味津々に覗き込んでいた。

「ねえ、これ……手紙? 古い文が巻物みたいに残ってる!」

「見せて」

 俺が受け取って広げると、そこには丁寧な文字でこう書かれていた。

 

 ――“この地を訪れる者へ”――

 ――精霊を傷つけたこと、我が一族は決して忘れぬ。
 だが、もし誰かが精霊の意思に耳を傾ける者ならば――
 どうか、この場所で何かを感じ取ってほしい。
 かつて、我らが失った“共存”という可能性を。

 

「……これ、ガルド・レイスの子孫か?」

 セリューナが目を細める。

「かもね。少なくとも、土の精霊と人の間に、後悔があったことは確か」

 フェリスが空を見上げる。

「じゃあさ、ロゥナが本当に目を覚ましたとき……もう一度、“共に歩む”ことができたらいいね」

「ああ。そういう未来を、俺たちで作っていこう」

 

 こうして俺たちは、再び地上へと戻った。

 坑道の外には風が吹き、空がどこまでも高く青かった。

 

「レク、次はどこに向かうの?」

 セフィアがふわりと肩に乗る。

「“風の大地”――リュース高原だ」

「とうとう、あたしの故郷だね」

 セフィアの目がわずかに輝く。

「きっとまた、試練が待ってる。でも……今の俺たちなら、大丈夫だよな」

「当然でしょ。だって私たち、“チーム・レク”だもん!」

 フェリスがにかっと笑い、セリューナもふっと笑みを浮かべた。

 そう、俺たちはまだ旅の途中だ。
 精霊たちと出会い、過去の記憶を知り、世界の謎を紐解いていく――

 その全てが、いつかきっと、この世界の未来を変える力になると信じて。

 

 ――次なる旅路は、風が吹き抜ける高原へ。

 俺たちは再び、歩き始めた。
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