人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~

九十九清輔

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第八章 起死回生

第二九話 決戦は三日後に

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 エリーゼの武装『ドライツェン・エイワズ』を完成させた翌日。
 レオンはシャルルに、グランギニョール参加の手続きを頼んだ。
 シャルルは日程が解り次第、連絡すると応じる。
 シャルルの言葉通りならば、二週間後には仕合が組まれる事になる。

 ならば、この機会に『ヤドリギ園』へ戻るべきだろうと、レオンは考える。
 園長に経過報告を行い、診療所を任せっぱなしにしているカトリーヌを労い、問題があれば対応したいと思う。
 何よりエリーゼに、慣れ親しんだ環境で身体を休めて欲しかった。

◆ ◇ ◆ ◇ 

 三週間ぶりの『ヤドリギ園』に変わりは無かった。
 赤いレンガ壁の古びた建物、屋根にはグランマリーのシンボル。
 広々とした前庭には大きなマロニエの木。
 今は学習の時間なのだろう、庭に子供達の姿は見えない。

 園長室では穏やかな笑みを浮かべた園長が、レオンとエリーゼを出迎える。
 レオンは長期の留守を詫びると共に、グランギニョール参加の準備が整った事を告げる。

 園長はレオンとエリーゼの顔を交互に見つめ、小さく頷く。
 もし我々に出来る事があるなら何でも仰って下さい――そう言って微笑む。
 園長が、心苦しい想いを抱えている事は明白だ。
 しかしそれを表に出さず微笑むのは、レオンとエリーゼを慮っての事だ。
 その心遣いにレオンは感謝していた。

 園長室を後にしたレオンとエリーゼは、診察室を訪ねる。
 書類整理を行っていたカトリーヌが、瞳を輝かせて声を上げた。

「レオン先生! お久しぶりです! エリーゼ! 元気にしてた!?」

「久しぶりだね、シスター・カトリーヌ」

 艶やかな褐色の頬を上気させるカトリーヌに、レオンは口許を綻ばせる。
 エリーゼも修道服の胸元に手を添え、軽く頭を下げる。
 診療所の状況については、電信で何度か、問題無しという連絡を受けていたものの、気になっていたのだ。
 しかしカトリーヌの笑顔を見るに、その心配は杞憂だったのだろうと思う。
 それでも念の為、レオンは訊いてみる。

「すまない、三週間も診療所をシスター・カトリーヌに任せてしまった……何か問題は無いかい?」

「大丈夫です! 何の問題も発生しませんでした!」

 レオンの問いに、カトリーヌは胸を張って答えた。
 が、部屋の奥から重々しい咳払いが響き、カトリーヌは肩を竦める。
 見れば窓際の机に、シスター・ダニエマの姿があった。
 タイプライターを前に、いかめしい表情でカトリーヌを睨んでいる。
 シスター・ダニエマの圧力に、カトリーヌは罰が悪そうな笑みを浮かべた。

「えっと……ホントは少し、多少問題もあったんですが……シスター・ダニエマが手伝ってくれて……なので何とか処理する事が出来たというか……」

 報告を付け加えるカトリーヌの背後で、シスター・ダニエマが深く頷く。
 レオンは笑みを浮かべて会釈し、シスター・ダニエマに謝意を示した。

 夕陽が沈み、曇天模様の空に数えるほどの星が瞬き始める頃。
 ヤドリギ園の食堂では、子供達が賑やかな夕食の時間を迎える。

 レンズ豆と塩漬けハムの煮込みスープ。
 ライ麦パンとチーズのスライス。
 それに酢漬け野菜といったメニューだ。
 高価では無いが、バラエティに富む食材の数々は、シスター達の工夫と苦労の賜物だった。

「お味は如何ですか?」

 レオンの向かいに座るカトリーヌが尋ねる。
 子供達が食事を行う長机の、すぐ隣りに設けられたテーブル席だった。
 レオンとエリーゼも同じテーブルに着き、ヤドリギ園のシスター達と共に食事を楽しんでいる。

「ああ……美味しいよ。工房じゃ出来合いの物を届けて貰っていたからね、冷めた揚げ物とドライフルーツが多くて……やっぱり温かな食事は格別だ」

 レオンの答えにカトリーヌは相好を崩す。
 が、姿勢を正したカトリーヌは、大きな目でレオンとエリーゼを見つめながら、真面目な口調で言った。

「レオン先生、工房でのお仕事で大変かも知れませんが、揚げ物やドライフルーツばかりじゃ、身体を悪くしますよ? 食事は大切なんですからね。エリーゼもだよ? レオン先生はすぐに無理するから……そういう所は真似しちゃ駄目だからね?」

 敢て諫言を口にする所が、いかにもカトリーヌらしい。

「承知致しました」

 エリーゼは、手にしたフォークで酢漬けの野菜を纏めつつ答える。
 レオンも口許を綻ばせながら応じる。

「その通りだね……気をつけるよ」

 賑やかな食卓でのとりとめの無い会話。
 話し掛けてくれる誰かの存在。
 レオンの、子供の頃の記憶に、こうした情景は残っていない。
 だからこそ、こんな時間を愛おしく感じるのかも知れない。


 食事を終えたレオンは、子供達と共に食器を片付ける。
 洗い場では複数の子供達が、談笑しながら慣れた手つきで食器を洗っている。
 身の回りの事は出来る限り自分達で行う、ヤドリギ園の規則に倣った行動だ。 
 エリーゼも、レオンと共に食器を片付けている。
 そんな二人のもとへ、一人の老シスターが歩み寄り、静かに声を掛けた。

「失礼します、レオン先生……そしてエリーゼさん。ダミアン卿が訪ねていらして、お二人にお会いしたいと。応接室でお待ち頂いております……」

 顔を上げるレオン。
 その用件が何であるのか、既に理解していた。

◆ ◇ ◆ ◇ 
 
「園長、そしてシスター・ダニエマ、突然の訪問をご容赦下さい。レオンとエリーゼも済まない……しかし、どうしても早急に伝えなければと思ってね――」

 応接室のソファに腰を下ろしたシャルルは、静かにそう切り出す。
 そしてラウンジスーツの内ポケットから便箋を取り出すと、卓上に広げた。

「――エリーゼの、グランギニョール参加日程が決まったんだ」

 テーブルに着いているのは、園長とシスター・ダニエマ、レオンとエリーゼの四人だ。
 レオンは園長とシスター・ダニエマに断りを入れ、便箋を手に取る。
 内容に目を通しながら、口を開いた。

「予想はしていたが、三日後? 想定より早いな……」

「そうだ、ギャンブルの公示とベッティングの開始は、明日からになる。俺の予想では年間の開催日程的に、あと二週間ほど猶予があると思っていたんだが……。ともかく以前も話したが、参戦実績のある衆光会枠からの参加だけに、下位リーグからの再スタートは認められなかった。初戦から本戦グループのコッペリアと仕合う事になっている。ルールは本戦と同じ条件戦……コッペリア自身の敗北宣言、もしくは決死決着になる」

 シャルルの返答を聞きながら、レオンは便箋を読み進める。
 やがて対手となるコッペリアと、管理保有者の項目で、目を留めた。
 見知った名前だった。

「対戦するコッペリア名は『ナヴゥル』、所有者はラークン伯……」

「衆光会名義の登録に気づいたんだろう。俺達が、ヤドリギ園周辺の土地、二〇ヘクタール分を購入する為に、何をしようとしているのか察したんだ」

 そう答えるシャルルの表情は硬い。
 ジャン・ゲヌキス・ポンセ・ラークン伯爵。
 ヤドリギ園周辺の土地購入問題をめぐり、対立関係にある人物だ。

「――恐らくラークン伯は、枢機機関院の関係者に、エリーゼとの直接対決を持ち掛けたんだろう。ルイス卿はともかく、ラークン伯とコルベル運輸は純粋に、土地を手に入れたがっているからな。この一戦で一気に、こちらの資金調達手段を断つ腹積もりだ……三日後に仕合を組まれた理由も、その辺りにあると思う」

「勝つ自信がある……尚且つ、準備期間も可能な限り削ぐ、そういう事なんだろうな」

 そう呟きながら、レオンは便箋を卓上へ戻した。
 シャルルは小さく頷き、応じる。

「ラークン伯の所持する『ナヴゥル』は、本戦グループで連勝を続けている強力なコッペリアだ。序列で言えば恐らく一〇位前後。現グランギニョールの序列第一位『レジィナ』であるコッペリア『オランジュ』との対戦も噂されていた。そして……」

 束の間、シャルルは言い澱んでいたが、すぐに口を開いた。

「そして、アデリー……『アーデルツ』を損壊に追い込んだ相手だ」

「そうか……」

 因縁めいた物を、シャルルは感じているのかも知れない。
 その想いはレオンも同様であったが、それ以上にラークン伯の自信と、その根拠となるコッペリア……ナヴゥルの実力が気掛かりだった。

 グランギニョール第一位『レジィナ』の称号が与えられるコッペリアは、実質ガラリア最強の個体であり、それ故に発生しがちなオッズの偏りを避けつつ、適切な賭けの成立を促すべく、その実力に見合う相手と協会から認められなければ、仕合が組まれない事になっている。
 その『レジィナ』との対戦が噂されるコッペリアとなれば、相当な実力を有していると見るのが自然だろう。
 初陣としては、どう考えても重過ぎる相手だ。

「……二メートルを超える巨大な鋼鉄製の戦斧を携え、左右のアームガードに鋼の隠し爪を仕込んでいた。それらの武装を軽々と扱う凄まじい筋力も脅威だが、むしろアーデルツの剣による攻撃を、全て完全に避け切った俊敏さ、回避能力の高さこそが、最大の武器かも知れない」

 シャルルは目を伏せたまま語る。
 その時の様子を思い出しているのかも知れない。

「アデリーは決して弱く無かった。素早く正確無比な剣技を武器に、それまで連勝していたんだ。なのにナヴゥルにはアデリーの攻撃が、ただの一度も、かする事さえ無かった……」

 そこまで話し、口をつぐんだシャルルは、顔を上げるとレオンに詫びた。

「すまないレオン、嫌な話を聞かせてしまったかも知れない」

「いや、必要な情報だった。気にしなくて良い、シャルル」

 シャルルはアーデルツの件で、未だに負い目を感じているのだろう。
 それに関してレオンは、何ひとつ咎める事など出来無いと感じている。
 レオンも、アーデルツを顧みる事の無かった過去の己を悔いているからだ。
 卓上の便箋に視線を落としたまま、レオンは呟く様に言った。

「――確かに厳しい相手かも知れない……でも、ヤドリギ園の土地を維持する為には相応の資金が必要になる。グランギニョールに参加したとして、一仕合で全額賄える訳じゃない。どうしたって複数回、仕合う必要があった。そう考えれば、序列上位のコッペリアと、初参戦のエリーゼが仕合う今回、間違いなくオッズは偏る筈だ……その偏りに乗じて、一気に資金を回収出来る可能性がある……いずれにしても、勝ち続ける事でしか、道は拓けないんだ……」

 言いながらレオンは、自身の発言に嫌悪を覚える。
 ヤドリギ園の危機を乗り切る為には、資金を得るしか無い。
 資金を得る為には、エリーゼをグランギニョールに参加させるしか無い。

 そう認識し、覚悟を決めたものの、その想いは想像以上に苦い。
 エリーゼの身を案じつつも、賭博の掛け率を考慮し、そこから得られる資金を計算する……それこそレオンが嫌悪したグランギニョールの有様であり、その全てを自身で体現しているかの様だと思った。

「ダミアン卿、私からも質問して宜しいでしょうか」

 透き通る声音が、レオンの傍らから響く。
 エリーゼだ。

「ああ、何でも訊いてくれ。私の知っている事なら答えるよ」

 シャルルはエリーゼを見遣り、答える。
 エリーゼは胸元に手を当てつつ、口を開いた。

「コッペリア・ナヴゥルは、己の前身……前世について、何と宣言しておりましたか?」

「前世? 何の精霊か、という事かな?」

 エリーゼは小さく頷き、はい、と答える。
 シャルルは束の間、記憶を辿るべく眉根を寄せたが、すぐにその名称を口にした。

「たしか、ナクラビィ……そう、暴虐と死を司る精霊『ナクラビィ』だと……そう宣言していたよ」

「ありがとうございます」

 エリーゼは目を伏せると、静かに謝意を述べる。

 ナクラビィ。
 その固有名詞に、レオンは覚えがあった。
 数世紀前、辺境にて人に害を成したとされる精霊だ。
 伝承を纏めた書物には、酷く怪異な容貌と、非常に攻撃的な性格を有したその精霊は、水辺に潜み、通り掛る人畜を無差別に容赦なく襲う為、人々から忌避、嫌悪されていたとの記載があった。
 いわば、理解不能の明確な悪意を以って人に害を成す悪霊あり、人と解り合える余地の無い、危険な魂だった筈だ。

 そんな危険な魂をエメロード・タブレットに落とし込み、オートマータとして使役するという発想が、レオンには信じられない。
 恐らく、ナクラビィが裡に抱える攻撃衝動を、何らかの強い制約、依存、或いは枷で抑え込み、グランギニョールで行われる闘争へと誘導しているのだろう。
 そうでなければ、とても扱い切れる類いの精霊では無い。

 それが技術的に可能であり、利益が生じるという事であれば、多少の邪悪であっても実現せしめる……そんな練成技師達の倫理観と価値観に、レオンは深く失望していた。
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