人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~

九十九清輔

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第九章 開戦前夜

第三二話 天才錬成技師マルセル

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 白亜の建物『喜捨投機会館』の中庭は、騒然としていた。
 居並ぶ貴族達の視線が全て、その人物に釘付けとなっていた。

 中庭入り口付近に設置された、ガーデンパラソルの下。
 長身痩躯に良く似合う、シルバーグレーのフロックコート。
 鮮やかなワインレッドのタイと、同色のポケットチーフ。
 黄金の色に輝く左腕は、金属製の繊細な義手だ。
 目元では銀のモノクルが煌めき、細い鎖が揺れる。
 老獪さと無邪気さがブレンドされた、精悍な風貌の男だった。
 口許には、年齢を感じさせない爽やかな笑みを湛えている。

 この場に集まった貴族達の中に、彼の名を知らぬ者は誰一人としていない。
 超一流の練成技師にして、超一流のピグマリオン。
 ガラリア・イーサきっての達士アデプト。
 マルセル・ランゲ・マルブランシュ、その人だった。

 マルセルは、グレーの頭髪をかき上げつつ、ゆっくりと椅子から立ち上がる。
 そのままラークン伯を見遣り、改めて言った。

「ボクの息子なんです、レオン・ランゲ・マルブランシュは。そう、彼はボクの息子だ」

 レオン達の周囲を取り囲んでいた貴族達が、どよめいた。
 驚きを隠せないとばかりに、皆それぞれに顔を見合わせ、口々に囁き合う。

 つまり、どういう事なのか――。
 それは衆光会の元でアデプト・ピグマリオンの息子が――。
 まさか、あのコッペリアの制作者が――。

 戸惑う貴族達の様子に、マルセルはうっとりと目を細めた。
 やがて両手を軽く広げ、硬直して動かないラークン伯の方へと歩み寄る。

「――失礼。ご壮健そうで何よりです、ラークン伯。ご無沙汰しておりました」
 
 マルセルは人懐っこい微笑みと共に、ラークン伯のブヨブヨとした手を、両手で握り締めた。虚を突かれたラークン伯は、強張った笑みを口許に浮かべつつ、言葉を返す。

「あ、ああ……久しぶりだね、マルセル卿……」

「いやまったくです。ボクが企画したコッペリア『ナヴゥル』を納品して以来でしょうか? アレがラークン伯の役に立っているのなら、ボクとしても喜ばしい、いや、もちろんラークン伯に仕えている練成技師達の腕前あっての戦績ですよ? アレの戦いっぷりは見ておりますとも! まったく素晴らしいコッペリアに仕上げましたな! さすがはラークン伯だ! 素晴らしい錬成技師を抱えておられる! 本当に素晴らしい! はははっ!」

「いやあ……うん、ありがとう……」

 楽しげに笑うマルセルは、ラークン伯と握手を交わしたまま、欣快に耐えないとばかりに、丸々と張り詰めたコートの肩口をポンポンと叩く。
 先程までの勢いを削がれたラークン伯は、動揺を隠す事も出来ないまま、それでも最も気になる点について質問した。

「その……なんだね? 彼はマルセル卿の、ご子息という……?」

 ラークン伯の言葉に、マルセルの笑みが深まる。
 心の底から嬉しそうな表情だった。
 そしてレオンに視線を送りつつ、口を開いた。

「そう! アイツはボクの一人息子でしてねえ! この度、ボクと同じく、ピグマリオンとして、グランギニョールに参加するんです! しかし初戦でラークン伯の胸を借りる事が出来ようとは……感無量ですな!」

 中庭に溢れ返る貴族達は、興奮を抑え切れぬとばかりに驚きの声を上げる。
 途端に誰も彼もが、声高に話し始めた。

 これは凄いニュースだ――。
 あの男がアデプト・マルセルの一人息子だと――。
 天才の息子がグランギニョールに――。
 ラークン伯の『ナヴゥル』が必勝だと考えていたが、これは――。
 しかし何故、よりによって衆光会から参加など――。

 騒然とどよめく貴族達の只中で、レオンは凍りついたまま、父・マルセルを見つめる。
 マルセルは、笑顔でレオンの視線を受け止める。

「やあレオン! キミがボクを嫌っている事は知っている! 親子だからねえ、相容れ無い事だってあるさ! でもだからって、敢て衆光会から参加するとは、なかなかに挑戦的だねえ! でも、そういう反骨精神に溢れた意地の通し方は、嫌いじゃあない! よろしい、ならば掛かって来給え! わたしは何時でも相手になるぞ!? キミにはその資格がある! この私の! 私が錬成した『オランジュ』の! 宿敵となる資格がねえ!」

 芝居掛かった口調で、マルセルは宣言した。
 そのまま自身の胸元で、両手を打ち始める――拍手だった。
 レオンを見据えたまま、マルセルは口許に笑みを浮かべ、拍手しているのだ。

「そうだ、至高の舞台で戦おう! ようこそレオン! ようこそ! 共に戦い! 共に聖戦を! 我らがグランマリーの為に紡ぎ、捧げようじゃあないか!」

 マルセルはそう言いながら拍手を続ける。
 どよめきが更に大きくなり、拍手の数が少しずつ増え始める。
 彼らを取り囲む貴族達もまた、マルセルに倣い、拍手を始めたのだ。
 さざなみが押し寄せて来る様に、拍手の数が次第に増えて行く。
 マルセルは右手を胸元に添え、レオンの方へ黄金の左腕を差し出し叫んだ。
 
「我が宿敵レオン! グランギニョールへようこそ!」

 激しい拍手と、歓声が巻き起こった。
 喜捨投機会館の中庭が、一気に沸き返ったのだ。
 その中心で、マルセルが満面の笑みを浮かべている。
 貴族達は、口々に叫び出した。

「アデプト・マルセル! ピグマリオン!」
「アデプト・マルセル! ピグマリオン!」
「アデプト・マルセル! ピグマリオン!」

 マルセルを讃えるコールは、不思議なリズムを伴い弾む。
 やがて直ぐに、怒涛の合唱となって響き始める。
 右手を突き上げ、声を上げる貴族達。
 この場があたかも、劇場に切り替わってしまったかの様な錯覚すら覚える。

 そんな喧騒の最中で、更にマルセルは叫んだ。

「ラークン伯! 予てより伯と伯のコッペリア・ナヴゥルは『レジィナ』への挑戦を希望しておられた! その希望、その挑戦は! 次なる対戦相手、我が宿敵・レオンの練成したコッペリア『エリーゼ』に! どの様な形であれ勝利したならば、間違い無く受けると、断言致しましょう!」

 地響きを思わせる歓声で、中庭が沸き返る。
 群れ集う貴族達は、喜色満面に叫び声を上げる。
 アデプト・ピグマリオンの息子が練成したコッペリア・エリーゼと、序列一〇位に位置するラークン伯所有・ナヴゥルの仕合……これが消化試合で終わるワケが無い、想像を超えた展開となるに違いない……皆、そう感じているのだ。

 人混みの中で幸せそうに眼を細めるマルセルを、ラークン伯は眼光鋭く睨みつけつつ、頭上へ翳す様に右手を掲げ、その手をぐっと握り締めて見せる。
 マルセルの提案を了承する――その意思を示したのだ。
 やがて踵を返し、取り巻きと共に、その場を離れた。

 ラークン伯は何がしかの奸計を以って、シャルルを挑発したのだろう。
 しかし今や誰一人、ラークン伯の弁を覚えている者などいない。
 この場の空気を全て、マルセルが一人で塗り替えてしまったのだ。

「アデプト・マルセル! ピグマリオン!」
「アデプト・マルセル! ピグマリオン!」
「アデプト・マルセル! ピグマリオン!」
 
 歓声と拍手を全身に浴びながら、マルセルは両手を軽く広げる。
 そのままレオンを両手で指差すと、軽くウィンクして見せた。

「はははっ!」

 楽しげな笑い声を残し、マルセルはレオンに背を向けると、貴族達を掻き分けつつ、中庭の出口へ歩み去って行く。
 レオンは拳を硬く握り締め、その背を睨みつけながら、小さく吐き捨てた。

「……狂人が」
 
 視線を切るとそのまま、レオンはシャルルと共に歩き出す。
 投機の申請を行うべく、中庭奥に設けられた専用ブースへと向かった。

 この乱痴気騒ぎが何であったのか。
 理由は明白だった。
 極端なオッズの偏りを避ける為の策だ。
 その為にマルセルは、貴族達を煽り立てたのだ。
 ラークン伯の手口と同じ事を、マルセルも行ったのだ。

 元よりラークン伯の一件が無くとも、ランキング一〇位のコッペリアと、初参加のコッペリアが仕合うという状況は、決定的なオッズの偏りを生む。
 レオンとシャルル、そしてエリーゼは、その偏りに乗じて、初手から大金を賭ける事で、一気にヤドリギ園の土地購入資金を回収する予定だった。

 しかしマルセルはその手段を妨害すべく、レオンが己の息子である……天才と謳われるピグマリオンの息子であると宣言し、広く喧伝する事で、傾き掛けたオッズの天秤を、水平に近づけようと画策したのだ。
 つまり、レオンが早期に資金回収を完了させ、グランギニョールから離脱する可能性を、潰しに掛かったのだ。

 そんなマルセルの策は、既に効果を表し始めていた。
 喜捨投機会館に群れ集う貴族達の視線が、先程までとは違う。
 衆光会所属のシャルルに注がれる視線にすら、嫉妬と羨望の色が入り混じっている。
 ガラリア・イーサの貴族社会に於いて『アデプト・ピグマリオン・マルセル』と、僅かでも繋がりを持つという事は、そういう事なのだ。

 反吐が出る――レオンは思った。

 視線を投げて来る貴族達を無視し、無言のまま、レオンは中庭を横切る。
 そして回廊状の建物へ、足を踏み入れた。
 紅い絨毯が敷かれた廊下を暫く歩けば、両開きの扉が開放された、広い部屋へと辿り着く。

 部屋には重厚なマホガニー製のデスクが、カウンターテーブルの様に連なって並んでおり、それぞれに黒いラウンジスーツを着込んだ、会館職員の男達が座っていた。彼らは投機を行うべく集まった貴族達から話を聞き、投機金額の確認を行っている。
 競馬で例えるならば、ここが馬券売り場なのだ。

 黒いスーツの男達は、確認した投機先の記録と金額を、全て手元の小型スチーム・アナライザー『アリス』に記録していた。
 レオンはシャルルに断りを入れ、デスクに近づくと、用意された椅子へ腰を降ろす。

「グランマリー教会協賛、枢機機関院主宰のグランギニョールへようこそ。現在、実施される十四仕合全てが、聖戦として喜捨投機の対象となっております。キータイプによる口座振込が可能となっておりますので、ご希望の金額をご提示下さい……なお、参加コッペリアの関係者および団体は、敗北ベットを選択出来ません、ご注意下さい……」

 儀礼的に挨拶の言葉を口にする職員を見据え、レオンは自身の投機先と金額を告げた。

「初日の第七試合。衆光会所属のエリーゼに、二〇〇〇万クシール」

 その言葉を聞いた喜捨投機会館の職員は、アナライザー・アリスに指を掛けたまま固まった。
 レオンの表情を伺いながら、問い質す様に同じ内容を繰り返す。

「衆光会所属エリーゼに、二○〇〇万クシール……間違いありませんか?」

「間違いありません。それでお願いします」

 職員は口の中に湧いた唾液を飲み込むと、深く頷く。
 そのまま、アナライザーのキーをタイプし始める。
 恐らく前代未聞の金額なのだろう。
 一回の仕合に、二〇〇〇万クシールを賭ける。
 それは常軌を逸した博打だった。 
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