人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~

九十九清輔

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第一五章 枯木竜吟

第七八話 砂上の楼閣

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 タール・マカダム舗装された幹線道路を、二台の蒸気駆動車が走る。
 見上げた夜空に星は見えない、彼方まで斑のある濃厚な鉄色だ。
 シレナ川沿いに広がる工業地帯からの、煤煙が原因だった。
 夜間の工場稼働は制限されているが、ボイラーの火が完全に消える事は無い。
 故にガラリア・イーサの『一般居住区』では、青空も星空も滅多に見られない。
 常に澱んだ曇天模様と灰色の街並みを望む事になる。
 駆動車の後部座席に腰を下ろしたカトリーヌは、蒸気機関が低く唸る音を聴きながら、窓に映る澱んだ景色を眺めていた。

 本当は『ヤドリギ園』で待っている事が、正しいと理解していた。
 そこへ行ったところで、何か出来る訳でも無い。
 しかも行く先は『特別区画』だ。
 グランマリー教団のシスターといえど『一般居住区』の人間が、おいそれと立ち入れる場所では無い。
 にも拘らずシャルルの――ダミアン卿の慈悲に縋り、無理を通そうとしている。

 シスター・ダニエマには呆れられ、そして叱責された。
 そんな事をすべきでは無いと、厳しく諭された。
 他の優秀な人物に任せるべきだ、カトリーヌでなければならない理由は無い、同行したとして帰りはどうするのか、送迎して貰うつもりなのか。

 シスター・ダニエマの言う通りだった。
 何一つ言い返せない。
 これは恥ずべき事だと、胸を張れる事では無いと、そう自覚していた。
 それでも――レオンに逢いたかった。


「……『特別区画』まで、あと三十分ほど掛かる。なるべく駆動車の振動を抑える様、運転手に頼んでみたが――如何せん急ぐ必要がある。快適とは言い難いが許して欲しい」

 ふと、柔らかな声音がカトリーヌの耳に届く。
 隣りに座るシャルルだった。
 グレーのスーツを纏ったシャルルは、口許に穏やかな笑みを浮かべていた。
 緊張と不安で張り詰めているカトリーヌを気づかい、話し掛けたのだろう。
 シスター・ダニエマに叱られた際も、シャルルが取り成してくれた。

 シスター・カトリーヌが来てくれたなら、レオンはきっと安心する筈です。今夜は当家に泊まれば良い、送迎も行います。それなら如何でしょう――。

 ありがたく、そして勿体無い言葉だった。
 同時に申し訳ない気持ちが募る。
 何故ならこれは、完全に自分の我が儘だからだ。
 カトリーヌは目を伏せると、改めて謝意を伝えた。

「そんな……私こそ身勝手な事を言い出して、申し訳ございません。これほどのご厚意、なんとお礼を言って良いのか……」

「いや、シスター・カトリーヌの要請を受けた理由は、純粋にレオンの為になると思ったからだ。嘘じゃない」

 そう言ってシャルルは微笑む、本当に優しい方だと思う。
 物腰と口調が少し、レオン先生に似ている気がする、カトリーヌはそう思う。
 ダミアン卿は男爵位を持つ貴族だ、本来なら気軽に接して良い立場の人では無い。しかしダミアン卿は、そんな事を気にする様子など見せない。
 
「それが本当なら、我が儘を言い出した身としては、幾分救われます……」

 そう言ってカトリーヌが応じると、シャルルは軽く首を振る。
 
「本当の事だよ。レオンから聞いた事はあるかな? アイツは錬成技師である父親と折り合いが悪いんだ。にも拘わらず今回、レオンの父親が手術を担当する事になった」

「そうなんですか……」

 カトリーヌは口籠りながら首肯する。
 確かに以前、父親との確執について、レオンから聞かされた事があった。
 父親の横暴に反発して錬成技師になる事を拒否、学習院を退学したのだと。
 シャルルは続けた。

「負傷で弱っている所に、反りの合わない父親が傍にいる状況だ。エリーゼは他所で治療を受けているし、レオンは気が休まらない。シスター・カトリーヌの顔を見れば、少しは安心するんじゃないかと思ったんだ」

「私なんかで、レオン先生のお役に立てるのなら……」

 カトリーヌも笑みと共に答える。
 自分でも、烏滸がましい事を言っているとは思う――でも。
 シャルルの言葉に励まされて、僅かに落ち着く事が出来た。


 工業地帯を遠く離れておよそ三〇分。
 仰ぎ見た夜空から煤煙の澱みも薄らぎ、星の煌めきが望める様になる。
 幹線道路から見える景色も、広大な平原と手つかずの森林で満たされる。
 そこからさらに一〇分、延々と連なっていた森林のシルエットが、垂直に切り立った巨大な影に飲み込まれる。
 それは、長大かつ巨大な石造りの『壁』に他ならない。
 ガラリア・イーサの『特別区画』を取り囲む、鉄壁無双の城塞だった。

 幹線道路を走り続けた駆動車は、城塞へと伸びる専用道に進路を変更する。
 そのまま走り続けると、やがて駆動車は城塞の入り口――楼門へと辿り着く。
 楼門周辺には武装した衛士達が居並び、エーテル水銀式サーチライトの光源で、周囲に睨みを利かせている。

 楼門を塞ぐ巨大な落とし格子の前で、駆動車は停まる。
 そこへ門番を務める二人の衛士が近づく。
 運転手が身分証と通行証を提示し、衛士がそれを確認する。
 その傍らでもう一人の衛士が、軽く車内に視線を送る。

「……そちらの方は、南方大陸出身でしょうか? 身分を証明出来るものは所持されて……」

 何処か棘のある、低い声が響いた。
 衛士は褐色の肌をしたカトリーヌを見ている。
 口を開こうとするカトリーヌよりも先に、シャルルが声を発した。

「――そんな確認が必要か? 見ての通り、彼女はグランマリー教団の助祭であり、我がダミアン家が正式に招いた客人だ。そして南方都市・マウラータは、国際的にも認められた我ら神聖帝国・ガラリアの正当な土地である。何か問題でもあるのか」

 普段のシャルルからは想像もつかない、圧力を感じさせる声音だった。
 シャルルの言葉に衛士は姿勢を正し、失礼しました――と、答えた。
 程無くして、落とし格子が巻き上げられて開かれる。
 衛士達の敬礼を受けつつ、駆動車は再び走り始める。
 シャルルはカトリーヌに詫びた。

「礼を失した対応で申し訳無い」

「そんなこと。ダミアン卿は何も……」

 カトリーヌは軽く首を振り、気に留めていない様子を示す。
 こういった事はガラリア・イーサの一般居住区でも、稀にある事だった。
 決して嬉しくは無いし、嫌な気持ちにもなるが……慣れてしまった。
 シャルルは暗い眼差しで、呟く様に言った。

「南方のマウラータが――ガラリアの正当な土地である筈が無い。不平等な条約、一方的な宣言、侵略と変わらない。強引なやり口で富を築こうとして反感と憎悪を溜め込む、そんなガラリアの栄華は、砂上の楼閣に等しいよ」

「……」

 ――カトリーヌの故郷、ガラリア南方植民地・マウラータは、かつて内戦状態に陥っていた。独立を標榜するマウラータ・パルチザンと、マウラータ正規軍が、大規模な武力衝突を起こしたのだ。
 数年後、本国より派遣されたガラリア正規軍によって平定されたが、その際、多数の犠牲者が発生した。結果的に行く当ての無い避難民が溢れ、パルチザン残党に因る散発的なテロ活動も、未だ収まらぬ状況だ。

 故にガラリアでは、南方大陸出身の者に対する風当たりが強い傾向にある。
 世界各国から様々な人種の流れ込む『一般居住区』では、それほど強く感じる事も無かったが――『特別区画』では、意識せざるを得ない。
 生粋のガラリア人にしてみれば、いきなり武装蜂起した南方大陸の人間は、信用出来ない……そういう事なのかも知れない。

 カトリーヌは黙したまま、なんと答えて良いのか解らず口籠る。
 そんなカトリーヌの様子に気づいたシャルルは、改めて詫びた。

「――すまない。変な事を言って。今はレオンの無事を祈るべきだね」

「いえ、お気遣い感謝します……」

 微笑みながら、カトリーヌは目を伏せる。
 膝の上に組んだ、褐色の指先に視線を落とした。

 ◆ ◇ ◆ ◇

 『特別区画』へと乗り入れた駆動車は、低い音を立てて走る。
 水銀式街灯に照らされた車道は、幾何学模様のペーブメント。
 車窓の外には、夜の闇に紛れてなお、緑豊かな庭園の風景が広がる。
 花壇に噴水、遊歩道にベンチ。聖女グランマリーに仕える天兵達の彫像。
 
 美しい緑地帯を走り抜けると、次は『特別区画』の中心部へと差し掛かる。
 そこは、壮麗な白亜の建造物が整然と建ち並ぶ別世界だ。
 繊細な意匠が施されたゴート風の建物。
 フライング・バットレスに支えられた巨大な尖塔。
 グランマリー関連施設には色鮮やかなバラ窓。

 それら重厚な建造物の多くが石造りであり、完璧な状態で維持されている。
 適切に配置された鋳鉄パイプからも、無駄に漏れ出す蒸気など見えない。
 悠久の歴史と、最新の錬成技術が融合した姿――まさに『錬成都市』だ。

 街灯に照らし出された豪壮壮麗な街並みに、カトリーヌは息を飲む。
 『一般居住区』とは何もかもが違う。
 『壁』を隔てて、これほどまでに違うのか。

 煤けてうらぶれた建物など無い、剥落した壁も無い、空には星が見える。
 何処までも整っている、何処までも行き届いている。
 その有様には感動すら覚える。
 
 同時に、複雑な想いが胸中をよぎる。
 瓦礫と煤煙に囲まれて暮らす子供達の姿を思い出してしまう。
 これほどに――絵画の如くに美しい環境で無くても良い、せめてもう少し。
 子供達に、快適で居心地の良い環境を提供出来たなら。
 この国の偏り過ぎた状況を知るほどに、仄暗い感情が湧いて来る様で。
 カトリーヌは車窓から目を逸らした。
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