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第十九章 櫛風沐雨
第一〇九話 新たなサポート
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屋敷の敷地を取り囲む白い石塀沿いに、何本もの菩提樹が植わっている。
菩提樹は風にそよぎつつ、中庭を彩る芝生の上へ、長い影を落としていた。
陽が傾き始める時刻だった、とはいえ薄暗いという程では無い。
ヨハンが連れて来たオートマータ――『ドロテア』。
彼女を伴っての実験を行う事に、何の支障も無かった。
ヨハンとドロテアの二名を加え、再び皆で中庭に集まる。
屋敷の脇に設けられた、白いガゼボ。
シャルルはヨハンにベンチを勧める。
検証すべき事は、応接室で事前に打合せ済みだ。
ヨハンは頷き謝意を示しつつ、ふと声を上げた。
「ところで彼女は? グランマリーのシスターとお見受けするが……」
『小型差分解析機』を手にしたカトリーヌの姿に気づいたのだ。
ヨハンの声にカトリーヌは、僅かに身を強張らせて振り仰ぐ。
レオンが応じた。
「彼女が先ほど応接室でお話した僕の助手――シスター・カトリーヌです。『知覚共鳴処理回路』の制御と管理を、担当して貰っています」
「――は、初めまして、モルティエ様。私はグランマリー教団助祭、シスター・カトリーヌと申します。レオン先生の助手を務めております……」
緊張した面持ちでカトリーヌは、挨拶の言葉を口にする。
『特別区画』内で暮らす人々が『南方大陸』出身の者に、どの様な感情を抱いているか、理解している為だ。
ヨハンは胸元に右手を添えると、軽く目を伏せて告げた。
「初めまして、シスター・カトリーヌ。僕は『シュミット商会』代表、ヨハン・ユーゴ・モルティエと申します。レオン先生の依頼を受け、義肢への『知覚共鳴処理回路』組み込み施術を担当しました。どうかヨハンと呼んで下さい」
穏やかな口調とグランマリー式の作法だった。
カトリーヌは安堵した様に、笑みを浮かべる。
ヨハンは微笑み、レオンの方へと向き直った。
「――そうか、義肢システムの調整は彼女が担当か。では事前の打合せ通り、まずは『ドロテア』の制御性能を確認して欲しい。過負荷の可能性も考慮して、時間は三分だ。三分経過したところで、シスター・カトリーヌに義肢調整措置を行って貰う。恐らくもう演武程度なら、過負荷に悩まされる事は無い筈だ」
◆ ◇ ◆ ◇
白いガゼボの下、テーブルを挟んで設けられた木製ベンチ。
ベンチにはそれぞれ、レオンとカトリーヌ、ヨハンとドロテアが、向かい合う形で座っている。
改めて『知覚共鳴処理回路』の検証を行う準備は整っていた。
レオンの義肢に埋設されたソケットからは、六本ものケーブルが伸びている。
うち三本は隣りに座るカトリーヌの『小型差分解析機』に、残る三本は向かい側に座るドロテアの頸椎部に接続されている。
カトリーヌが卓上の解析機を立ち上げていると、屋敷の奥からエリーゼが姿を見せた。
小さな身体を包むタイトな白いドレス。
背中に装着した特殊武装『ドライツェン・エイワズ』。
両手に携えた得物は抜き身のロングソード。
柄を握る両手の指全てに、幅広のリング。
大腿部には複数のスローイング・ダガーを収納した革ベルト。
頭髪は丁寧に編み上げ、後頭部で丸く束ねている。
足元は素足だ。
午前中に演習を行った時と変わらぬ衣装、装備だった。
「お待たせ致しました」
透き通った声で告げながら、エリーゼは軽く目を伏せる。
ヨハンは頷き、口を開く。
「久しぶりだね、エリーゼ君。息災かね」
「おかげ様で。この度のお力添え、心より感謝申し上げます」
そう答えたエリーゼは、次いでレオンを見遣った。
「演武を開始します、宜しいですか?」
「頼む、エリーゼ」
レオンは首肯して促す。
エリーゼは芝生の上を歩き始める。
程無くして中庭中央へ辿り着くと、足を止めた。
手にした長剣を、頭上へ大きく振り被る。
僅かな静止の時を経て――掲げられた長剣が渾身の力で振り下ろされた。
風を裂く音が聞こえる、同時に、エリーゼの小さな身体が宙に舞う。
長剣を振り下ろす勢いのままに、空中にて背を丸め、身体ごと前転したのだ。
高速で二回転、長剣は芝生の上にて垂直に逆立つ。
その柄頭の一点を爪先で捉えたエリーゼは、音も無くゆらりと立ち上がる。
背筋を伸ばして真っ直ぐに、小動する事無く起立する。
何時見ても重さを感じさせない、怖いほどのバランス感覚だった。
再び聞こえた風切り音は、細く高く轟いた。
背中に装着した『ドライツェン・エイワズ』から特殊ワイヤーを繰り出し、両の腕と一〇本の指を用いて、巧みに操作している。
そしてエリーゼの背後に浮かび上がる、半透明の球体が四つ。
高速で旋回する四本のスローイング・ダガーだ。
数秒後、空中に浮かぶ四つの球体は、消滅と出現を繰り返し、位置を変える。
勢い良く両腕が振るわれ、指先がしなり、ダガーは踊り続ける。
ベンチに腰を下ろした『オートマータ・ドロテア』は、両手を膝の上に乗せたまま、静かに顔を伏せている。
目許を布で覆っている為、表情から苦痛等を感じているのか判別し難いが、落ち着いた様子だった。
テーブルを挟んだ向かい側では、義肢を介してケーブルでドロテアと繋がるレオンが、演武を続けるエリーゼの姿を凝視している。
僅かに表情を曇らせてはいるが、呼吸や状態は安定している様に見えた。
「……どうだ、レオン君。体調の変化は」
ヨハンが声を掛ける。
レオンは頷き答えた。
「身体に掛かる負荷は、格段に減少しています。悪くありません」
「――なるほど。それではシスター・カトリーヌ、『アリス(小型差分解析機) 』で、レオン君のサポートを頼みます」
「は、はい!」
ヨハンに促され、カトリーヌは返答する。
『小型差分解析機』にて、義肢の制御を開始した。
中庭で演武を続けるエリーゼは、長剣の上で緩やかに上体を前屈させ始める。
周囲には、煌めく半透明の球体――スローイング・ダガーが舞ったままだ。
次の瞬間、バネが弾ける様に、エリーゼの身体が長剣ごと跳ね上がる。
上体を大きく反らした伸身のまま、背面へ二度、三度と、回転する。
風切り音が響き渡り、宙を舞う半透明の球体が、立て続けに明滅する。
フック付きワイヤーに牽引され、ダガーが移動と旋回を繰り返しているのだ。
更にエリーゼは長剣を足指に捉えたまま、身体を宙へと舞わせる。
どれほどの曲芸師であっても、これほどの動きは不可能だ。
からくり仕掛けの人形の様に、何度も何度も後方旋回を繰り返す。
最後にひと際高く跳ね上がり、切先を下にした長剣と共に着地する。
エリーゼの両腕は下方に自然と垂らされ、気づけば宙を舞っていたスローイング・ダガーは、全て大腿部に巻かれたベルトへ収納されていた。
カトリーヌは『小型差分解析機』に向かい、淀み無くキータイプを行う。
出力される専用紙に目を通しては、ケーブルで繋がるレオンの右義肢に干渉、調整している。
的確な運指だった、焦りや躊躇の色など一切無い。
レオンの体調が安定している為だろう。
「――これは凄いな。全く平常通りだ」
レオンは自身の左手指先を首筋に当て、脈拍を感じながら呟く。
ヨハンは満足げな笑みと共に答えた。
「ドロテアはもともと、視覚情報を制御する為の機能を有していた。『神経網』と『人工脳髄』を多少調整すれば、外部から受け取る体感情報の制御も容易に行える。加えて義肢に掛かる負荷を、シスター・カトリーヌが制御するなら、演武程度では重篤な症状が発生する事など、もう無いだろう」
その言葉にレオンは頷き、右の義肢を見つめると軽く手を開閉する。
「はい、違和感や悪寒、疼痛の類いが完全に喪失しました。シスター・カトリーヌ、どうだろう、制御に問題点等はあるかい?」
「いえ、非常に安定しています。これなら問題無く制御が間に合います」
カトリーヌは軽快にキータイプを行いつつ、返答する。
その口許には仄かに笑みが浮かんでいる。
状況の改善に安堵したのだろう。
程無くしてレオンは、演習の終了を宣言した。
◆ ◇ ◆ ◇
「ここまでの万全を実戦で維持出来るかは不明だが、それでも確実に安定はする筈だ。どうだろう……ドロテアをサポート要員として採用して貰えないだろうか」
ベンチに腰を下ろしたまま、ヨハンはレオンにそう言った。
ヨハンの隣りでは不敵な笑みを口許に浮かべたドロテアが、深く頷く。
胸を張り、その胸元を右手でポンポンと叩いて見せている。
その様子を見ながら、レオンは思う。
『知覚共鳴処理回路』のサポートに、ヨハンを頼ろうと考えた事もあった。
が、エリーゼの『エメロード・タブレット』が尋常では無い事に、ヨハンは半ば気づいている。故に『ヤドリギ園』の問題が解決するまで、関わるべきでは無いと考えていた。
しかし今回、ヨハンの方から手を差し伸べてくれている。
エリーゼの特殊性を知りながら、歩み寄ってくれているのだ。
それはつまり、エリーゼに何らかの問題があった場合、その責任が自身にも及ぶ可能性がある――そうと知りながら、申し出てくれているという事だ。
レオンは微笑み、右手を差し伸べた。
「ありがとうございます、是非ともお願いします」
「力になれて嬉しいよ」
ヨハンは握手に応じ、次いで傍らに立つエリーゼに声を掛けた。
「――ところでエリーゼ君、少し良いかな?」
「はい」
エリーゼはカトリーヌから、タオルを受け取りつつ振り向く。
「以前にも話したが、強化外殻の話だ。君には既に一度、提案を断られているが……やはり身体的ダメージの軽減を図るなら、外殻は必須だと僕は考える。参加する仕合の形式はトーナメント戦だ、日を置かず連続で仕合う事になるだろう。不測の事態も起きかねない、その為の備えは必要だろう。君の特殊武装が使用可能な外殻を用意する」
「お心遣い、感謝申し上げます、モルティエ様。ですが……」
軽く目を伏せ、エリーゼは固辞の姿勢を示そうとする。
しかしヨハンは右手を軽く上げて制すると、発言を続けた。
「解っている、もちろん強要も強制もしない。あくまで万が一を想定しての備えだ。例えるなら、客船に積載してある救命ボートだ、或いはレストランの壁際に置いてある炭酸カリウムの消火器だ、ベルトを締めた上でサスペンダーを使用する貴族だよ。誰も万が一の状況なんて望まない、それでも準備は整えてある。世の中とは一事が万事、そういうものだと僕は思うよ」
どこか奇妙なヨハンの例えに、カトリーヌは微かな笑みを浮かべる。
そして、そっとエリーゼを見遣った。
カトリーヌの視線を受け、エリーゼはつかの間、口を噤む。
が、程無くして小さく頷いた。
「――解りました。外殻の用意をお願い致します」
菩提樹は風にそよぎつつ、中庭を彩る芝生の上へ、長い影を落としていた。
陽が傾き始める時刻だった、とはいえ薄暗いという程では無い。
ヨハンが連れて来たオートマータ――『ドロテア』。
彼女を伴っての実験を行う事に、何の支障も無かった。
ヨハンとドロテアの二名を加え、再び皆で中庭に集まる。
屋敷の脇に設けられた、白いガゼボ。
シャルルはヨハンにベンチを勧める。
検証すべき事は、応接室で事前に打合せ済みだ。
ヨハンは頷き謝意を示しつつ、ふと声を上げた。
「ところで彼女は? グランマリーのシスターとお見受けするが……」
『小型差分解析機』を手にしたカトリーヌの姿に気づいたのだ。
ヨハンの声にカトリーヌは、僅かに身を強張らせて振り仰ぐ。
レオンが応じた。
「彼女が先ほど応接室でお話した僕の助手――シスター・カトリーヌです。『知覚共鳴処理回路』の制御と管理を、担当して貰っています」
「――は、初めまして、モルティエ様。私はグランマリー教団助祭、シスター・カトリーヌと申します。レオン先生の助手を務めております……」
緊張した面持ちでカトリーヌは、挨拶の言葉を口にする。
『特別区画』内で暮らす人々が『南方大陸』出身の者に、どの様な感情を抱いているか、理解している為だ。
ヨハンは胸元に右手を添えると、軽く目を伏せて告げた。
「初めまして、シスター・カトリーヌ。僕は『シュミット商会』代表、ヨハン・ユーゴ・モルティエと申します。レオン先生の依頼を受け、義肢への『知覚共鳴処理回路』組み込み施術を担当しました。どうかヨハンと呼んで下さい」
穏やかな口調とグランマリー式の作法だった。
カトリーヌは安堵した様に、笑みを浮かべる。
ヨハンは微笑み、レオンの方へと向き直った。
「――そうか、義肢システムの調整は彼女が担当か。では事前の打合せ通り、まずは『ドロテア』の制御性能を確認して欲しい。過負荷の可能性も考慮して、時間は三分だ。三分経過したところで、シスター・カトリーヌに義肢調整措置を行って貰う。恐らくもう演武程度なら、過負荷に悩まされる事は無い筈だ」
◆ ◇ ◆ ◇
白いガゼボの下、テーブルを挟んで設けられた木製ベンチ。
ベンチにはそれぞれ、レオンとカトリーヌ、ヨハンとドロテアが、向かい合う形で座っている。
改めて『知覚共鳴処理回路』の検証を行う準備は整っていた。
レオンの義肢に埋設されたソケットからは、六本ものケーブルが伸びている。
うち三本は隣りに座るカトリーヌの『小型差分解析機』に、残る三本は向かい側に座るドロテアの頸椎部に接続されている。
カトリーヌが卓上の解析機を立ち上げていると、屋敷の奥からエリーゼが姿を見せた。
小さな身体を包むタイトな白いドレス。
背中に装着した特殊武装『ドライツェン・エイワズ』。
両手に携えた得物は抜き身のロングソード。
柄を握る両手の指全てに、幅広のリング。
大腿部には複数のスローイング・ダガーを収納した革ベルト。
頭髪は丁寧に編み上げ、後頭部で丸く束ねている。
足元は素足だ。
午前中に演習を行った時と変わらぬ衣装、装備だった。
「お待たせ致しました」
透き通った声で告げながら、エリーゼは軽く目を伏せる。
ヨハンは頷き、口を開く。
「久しぶりだね、エリーゼ君。息災かね」
「おかげ様で。この度のお力添え、心より感謝申し上げます」
そう答えたエリーゼは、次いでレオンを見遣った。
「演武を開始します、宜しいですか?」
「頼む、エリーゼ」
レオンは首肯して促す。
エリーゼは芝生の上を歩き始める。
程無くして中庭中央へ辿り着くと、足を止めた。
手にした長剣を、頭上へ大きく振り被る。
僅かな静止の時を経て――掲げられた長剣が渾身の力で振り下ろされた。
風を裂く音が聞こえる、同時に、エリーゼの小さな身体が宙に舞う。
長剣を振り下ろす勢いのままに、空中にて背を丸め、身体ごと前転したのだ。
高速で二回転、長剣は芝生の上にて垂直に逆立つ。
その柄頭の一点を爪先で捉えたエリーゼは、音も無くゆらりと立ち上がる。
背筋を伸ばして真っ直ぐに、小動する事無く起立する。
何時見ても重さを感じさせない、怖いほどのバランス感覚だった。
再び聞こえた風切り音は、細く高く轟いた。
背中に装着した『ドライツェン・エイワズ』から特殊ワイヤーを繰り出し、両の腕と一〇本の指を用いて、巧みに操作している。
そしてエリーゼの背後に浮かび上がる、半透明の球体が四つ。
高速で旋回する四本のスローイング・ダガーだ。
数秒後、空中に浮かぶ四つの球体は、消滅と出現を繰り返し、位置を変える。
勢い良く両腕が振るわれ、指先がしなり、ダガーは踊り続ける。
ベンチに腰を下ろした『オートマータ・ドロテア』は、両手を膝の上に乗せたまま、静かに顔を伏せている。
目許を布で覆っている為、表情から苦痛等を感じているのか判別し難いが、落ち着いた様子だった。
テーブルを挟んだ向かい側では、義肢を介してケーブルでドロテアと繋がるレオンが、演武を続けるエリーゼの姿を凝視している。
僅かに表情を曇らせてはいるが、呼吸や状態は安定している様に見えた。
「……どうだ、レオン君。体調の変化は」
ヨハンが声を掛ける。
レオンは頷き答えた。
「身体に掛かる負荷は、格段に減少しています。悪くありません」
「――なるほど。それではシスター・カトリーヌ、『アリス(小型差分解析機) 』で、レオン君のサポートを頼みます」
「は、はい!」
ヨハンに促され、カトリーヌは返答する。
『小型差分解析機』にて、義肢の制御を開始した。
中庭で演武を続けるエリーゼは、長剣の上で緩やかに上体を前屈させ始める。
周囲には、煌めく半透明の球体――スローイング・ダガーが舞ったままだ。
次の瞬間、バネが弾ける様に、エリーゼの身体が長剣ごと跳ね上がる。
上体を大きく反らした伸身のまま、背面へ二度、三度と、回転する。
風切り音が響き渡り、宙を舞う半透明の球体が、立て続けに明滅する。
フック付きワイヤーに牽引され、ダガーが移動と旋回を繰り返しているのだ。
更にエリーゼは長剣を足指に捉えたまま、身体を宙へと舞わせる。
どれほどの曲芸師であっても、これほどの動きは不可能だ。
からくり仕掛けの人形の様に、何度も何度も後方旋回を繰り返す。
最後にひと際高く跳ね上がり、切先を下にした長剣と共に着地する。
エリーゼの両腕は下方に自然と垂らされ、気づけば宙を舞っていたスローイング・ダガーは、全て大腿部に巻かれたベルトへ収納されていた。
カトリーヌは『小型差分解析機』に向かい、淀み無くキータイプを行う。
出力される専用紙に目を通しては、ケーブルで繋がるレオンの右義肢に干渉、調整している。
的確な運指だった、焦りや躊躇の色など一切無い。
レオンの体調が安定している為だろう。
「――これは凄いな。全く平常通りだ」
レオンは自身の左手指先を首筋に当て、脈拍を感じながら呟く。
ヨハンは満足げな笑みと共に答えた。
「ドロテアはもともと、視覚情報を制御する為の機能を有していた。『神経網』と『人工脳髄』を多少調整すれば、外部から受け取る体感情報の制御も容易に行える。加えて義肢に掛かる負荷を、シスター・カトリーヌが制御するなら、演武程度では重篤な症状が発生する事など、もう無いだろう」
その言葉にレオンは頷き、右の義肢を見つめると軽く手を開閉する。
「はい、違和感や悪寒、疼痛の類いが完全に喪失しました。シスター・カトリーヌ、どうだろう、制御に問題点等はあるかい?」
「いえ、非常に安定しています。これなら問題無く制御が間に合います」
カトリーヌは軽快にキータイプを行いつつ、返答する。
その口許には仄かに笑みが浮かんでいる。
状況の改善に安堵したのだろう。
程無くしてレオンは、演習の終了を宣言した。
◆ ◇ ◆ ◇
「ここまでの万全を実戦で維持出来るかは不明だが、それでも確実に安定はする筈だ。どうだろう……ドロテアをサポート要員として採用して貰えないだろうか」
ベンチに腰を下ろしたまま、ヨハンはレオンにそう言った。
ヨハンの隣りでは不敵な笑みを口許に浮かべたドロテアが、深く頷く。
胸を張り、その胸元を右手でポンポンと叩いて見せている。
その様子を見ながら、レオンは思う。
『知覚共鳴処理回路』のサポートに、ヨハンを頼ろうと考えた事もあった。
が、エリーゼの『エメロード・タブレット』が尋常では無い事に、ヨハンは半ば気づいている。故に『ヤドリギ園』の問題が解決するまで、関わるべきでは無いと考えていた。
しかし今回、ヨハンの方から手を差し伸べてくれている。
エリーゼの特殊性を知りながら、歩み寄ってくれているのだ。
それはつまり、エリーゼに何らかの問題があった場合、その責任が自身にも及ぶ可能性がある――そうと知りながら、申し出てくれているという事だ。
レオンは微笑み、右手を差し伸べた。
「ありがとうございます、是非ともお願いします」
「力になれて嬉しいよ」
ヨハンは握手に応じ、次いで傍らに立つエリーゼに声を掛けた。
「――ところでエリーゼ君、少し良いかな?」
「はい」
エリーゼはカトリーヌから、タオルを受け取りつつ振り向く。
「以前にも話したが、強化外殻の話だ。君には既に一度、提案を断られているが……やはり身体的ダメージの軽減を図るなら、外殻は必須だと僕は考える。参加する仕合の形式はトーナメント戦だ、日を置かず連続で仕合う事になるだろう。不測の事態も起きかねない、その為の備えは必要だろう。君の特殊武装が使用可能な外殻を用意する」
「お心遣い、感謝申し上げます、モルティエ様。ですが……」
軽く目を伏せ、エリーゼは固辞の姿勢を示そうとする。
しかしヨハンは右手を軽く上げて制すると、発言を続けた。
「解っている、もちろん強要も強制もしない。あくまで万が一を想定しての備えだ。例えるなら、客船に積載してある救命ボートだ、或いはレストランの壁際に置いてある炭酸カリウムの消火器だ、ベルトを締めた上でサスペンダーを使用する貴族だよ。誰も万が一の状況なんて望まない、それでも準備は整えてある。世の中とは一事が万事、そういうものだと僕は思うよ」
どこか奇妙なヨハンの例えに、カトリーヌは微かな笑みを浮かべる。
そして、そっとエリーゼを見遣った。
カトリーヌの視線を受け、エリーゼはつかの間、口を噤む。
が、程無くして小さく頷いた。
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