132 / 142
第二十一章 諸行無常
第一三一話 空っぽの後悔
しおりを挟む
沈黙が落ちた時間は、ごく僅かだった。
そうなんだ、おめでとう――イザベラはそう言い、笑顔で母親を祝福した。
ありがとう、イザベラ――母親のゾエはそう答え、微笑んだ。
その隣りには、邪気の無い笑みを浮かべるマルセルがいた。
イザベラはお茶の注がれたカップを傾けながら、口を開く。
「……だけど、マルセルとママが結婚しても、私、マルセルの事をパパって呼ぶ事は出来ないな。だって親子って呼べるほど、歳なんて離れていないでしょう? 今まで通り、マルセルで良いよね?」
「勿論だよ、イザベラ。キミの好きに呼んでくれたら良い」
微笑みを絶やす事無くマルセルは、鷹揚に頷いた。
隣りでは母親が、何処か気恥ずかしげに、或いは――心苦しげに俯く。
イザベラは、僅かに唇を尖らせながら言う。
「それにママったら、今までの手紙に一度もこんな話、書いてくれ無かったんだもの。私、驚いちゃった。事前に教えてくれても良かったのに」
「ごめんねイザベラ。どうしても……恥ずかしくて、伝えそびれてしまったの」
母親は目を伏せたまま答え、更に言葉を重ねた。
それでね、式を挙げるつもりは無いの。私は『錬金術師』だから。ガラリアの流儀に則って、グランマリーに誓い立てるのは違うと思う。判るでしょう? マルセルもそれで構わないと言ってくれているし――照れているのか、少し饒舌になった母親を、イザベラは口許に笑みを湛えたまま見つめる。
時折、揶揄う様に声を掛けては混ぜっ返し、コロコロと笑った。
そんな二人の様子に、マルセルは穏やかに微笑んだままだ。
やがてイザベラは椅子から立ち上がると、明るい表情で告げた。
「それじゃあ私、夕食まで部屋でゆっくりしてるね? 今日は汽車に乗り遅れない様、早起きしちゃったから眠くって」
イザベラは自室へと戻った。
◆ ◇ ◆ ◇
自室に戻ったイザベラは、そのままベッドへ倒れ込んだ。
ブランケットに顔を埋めたまま動かない。
室内は冷え切っており、ベッドにすら些かの温もりも無かった。
それでもイザベラは身動ぎ一つせず、動こうとしない。
胸の奥から止め処も無く湧き上がる想いが、身体の感覚を鈍くしていた。
次から次へと、言葉にならない想いが湧き上がり続ける。
息苦しくて、切なくて、もどかしくて。
この気持ちはなんだろうと、イザベラは思った。
胸がキリキリと痛むようで。焼けるようで。
やがて、これは濁った感情なのだと気づいた。
これは、憎しみであり、嫉妬なのだと。
でも、そんな感情は、イザベラの理性が許さなかった。
何故なら、何も無かったからだ。
マルセルとは、何も無かった。
私はマルセルに何も伝えなかったし、マルセルも私に何も言わなかった。
手紙だって出して無い。
だから、何一つ言える筈も無い。
そう――手紙すら出して無い、だって恥ずかしかったから。
だって、家族でも無いマルセルに手紙を出すという事は。
――マルセルに好意があると、認める様なものだから。
好意だとか、誰かを好きになるだとか。
そんな気持ち、解らなかった。
気づかなかった。
ああ……何故、手紙を出さなかったのだろう。
柔らかに冷えたブランケットの上で。
イザベラは身体を丸めて膝を抱く。
そして、少しだけ泣いた。
◆ ◇ ◆ ◇
そのまま数日間、イザベラは屋敷に滞在した。
母親や、使用人達の前では今までと変わらぬ態度を心掛け、笑顔で過ごした。
婚約者となっていたマルセルは、未だ母と共に暮らしてはいないらしい。
市街地に程近いコンドミニアムで、ひとり暮らしを続けていた。
それはイザベラにとって、都合が良かった。
母親とマルセル、二人の前で演技を続けるのは苦痛だったからだ。
無邪気さを装い続け、やがてイーサの学習院へ帰る日になった。
その日も母とマルセルが、旅立った時と同じく、駅のホームで見送ってくれた。
「それじゃあね、ママ。身体に気をつけてね。マルセルもね」
「ええ、イザベラも身体に気をつけて頑張ってね――」
イザベラの言葉に母親は応じる。
その表情には何処か陰が差し――やはり別れが寂しいのだろうと思う。
母の隣りにはマルセルが立ち、いつもと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべている。
一点の曇りも屈託も無い笑みだ。
その子供の様な笑みから視線を逸らし、イザベラは汽車へ乗り込む。
と、その時。
「……ごめんね、イザベラ」
震えて掠れた小さな声が、イザベラの耳朶を打った。
母親のゾエだった。
美しい眉が悲しげなハの字を描き、微かに眉根を寄せている。
「ごめんなさい……」
もう一度、母親はそう呟いた。
そして俯く母親の肩を、マルセルがそっと抱き寄せる。
イザベラが口を開き掛けた時、目の前で汽車のドアを駅員が閉ざした。
汽笛が響き、車窓の外の景色が流れ出す。
遠ざかって行く母親とマルセルの姿を、イザベラは見つめる。
身を寄せて佇む二人の姿は、どんどん小さくなり、やがて涙に滲んで消えた。
◆ ◇ ◆ ◇
つまり、母は気づいていたのだ。
私がマルセルに想いを寄せている、その事に。
私自身、自覚も出来ない感情だった。
だけど母は気づいていた。
なのに、気づいていたのに、ママはマルセルと。
私は、言葉にも、態度にも、示さなかった。
だから、私の想いはマルセルに伝わる筈も無い。
だけど母は気づいていた。
私がマルセルに想いを寄せていると、気づいていたのに。
これは――裏切りなのだろうか。
揺れる汽車の中、イザベラは車窓から灰色の景色を見送り続けた。
◆ ◇ ◆ ◇
『錬成機関院付属学習院』に舞い戻ったイザベラは、再び勉学に励んだ。
今まで以上に、これまで以上に、錬成科学の知識を吸収しようと努力した。
そうせずにはいられなかった。
もう――母親の様な人物を目指そうという気持ちは、無くなっていた。
マルセルの言葉で奮起した自分が、恥ずかしいと思った。
それでも――自分が歩んだ道は正しかったのだと信じたかった。
せめて己が身に宿った『才能』だけは、本物であると信じたかった。
勉学に打ち込む事で、嫌な事を忘れたかった。
幼過ぎて何も理解出来なかった無知な自分を、忘れたかった。
その年の夏、イザベラは帰郷しなかった。
今は、学びの時間を大切にしたいと手紙に書いた。
『グランマリー聖誕祭』の長期休暇にも帰らなかった。
グループで研究に取り組んでいるので、帰る事が出来ないと手紙で伝えた。
帰れなくて残念です。
ですがこちらでは問題無く、元気に過ごしています。
ママも身体に気をつけて。
その様に記した。
◆ ◇ ◆ ◇
月日が過ぎて、再び夏の長期休暇が訪れる頃。
国内に不穏なニュースが流れた。
七月中旬『ジブロール自治区』内にて大規模な暴動が発生。
同自治区内での資源採掘反対運動が過激化した事が原因。
帝国は治安の維持を図るべく、治安維持軍の派遣を決定。
事態が収束するまで『ジブロール自治区』への移動は制限される。
まさかという想いがあった。
しかし、戦争や動乱は現実に起こり得る事なのだと、イザベラは理解していた。
幼少の頃、神聖帝国ガラリアの侵攻にて故郷を失っているのだ。
半ば霞んでいた記憶ではあるが、戦争のリアルは覚えていた。
イザベラは悔やんだ。
こんな事になるのなら。
母に逢いに行けば良かった。
母の事を許せば良かった、マルセルの事を許せば良かった。
全ては己が幼さ故の我が儘だったのだと、そう思えば良かった。
母とマルセルの無事を確認すべく、手紙では無く電信を送った。
無事でいるのか、どんな状況なのか。
数日後、電信が返って来た。
暴動は市街地のみ、こちらには影響無し。
私もマルセルも、屋敷の者達も全員無事です。
簡潔な内容だったが、イザベラは胸を撫で下ろした。
母親とマルセルの無事が確認出来たのだ。
それほど酷い状況では無いのかも知れない。
――が、その後も新聞等で報じられる内容に、好転の兆しは見られなかった。
むしろ状況の悪化ばかりが記されていた。
『ジブロール自治区』で発生した暴動が、組織的抵抗に変化したらしい。
完全な内戦状態に陥ったのだと、そう締め括られていた。
イザベラは困惑の中で、母親に電信を送る。
無事でいるのか、本当に大丈夫なのか。
気を揉みながら、母からの返信を待つ。
だが、なかなか返信が無い、何かあったのだろうか。
二週間後、漸く手紙にて返信があった。
手紙の主は、マルセルだった。
返信が遅くなってしまい、すまない。
治安維持軍の要請で電信の使用が制限されており、時間が掛かってしまった。
まずひとつ、キミの母上は少し体調を崩している。
市街地と屋敷は遠く離れているので直接の被害は無いが、心労が重なった様だ。
だけど、大した事は無い。
屋敷の者も、ボクも、医者も傍についているので大丈夫。
また逢える日を楽しみにしていると、伝言を頼まれた。
キミの健康を祈っていると言っていた。
勿論、ボクもキミの健康を祈っている。
立派な『錬成技師』を目指して欲しい。
イザベラは両手で顔を覆った。
胸が痛み、不安が募る。
再び自分を責める。
あの時、母親を許す事が出来たなら。
マルセルを許す事が出来たなら。
少なくともこんな想いを抱える事は無かった筈だと。
『ジブロール自治区』で発生した内戦は、未だ納まる事無く続いているらしい。
陸路であれ、空路であれ、正規のルートは完全に封鎖されている。
逢いに行く事など不可能だった。
手紙でのやり取りだけが、頼みの綱だった。
数ヶ月が過ぎ、『グランマリー聖誕祭』の時期が近づいた時。
マルセルより手紙が届いた。
キミの母上・ゾエの体調が芳しくない。
そして今から書き記す事柄は、ゾエに口留めされていた事柄だ。
キミに隠し事をするのは心苦しかったが、彼女の意向を尊重していた。
まず――彼女が内乱に巻き込まれ、心労で倒れた事は事実だ。
しかし同時に、彼女は新しい家族を、その身に身籠っていたという理由もある。
その為、体力的に厳しい状態にあったのだ。
近々、キミの弟か妹が産まれる事になる。
動悸が激しくなり、息苦しさを感じた。
解かっている、理解している。
マルセルは母親の夫だ、解っている。
私も、その事を認めた筈だ。
だから何度も、許す事が出来たならと思ったのだ。
「どうして……」
なのに。
胸は苦しく、冷たい汗が滲む。
私は何に対して、苦しい想いを抱いているのだろう。
この狂おしい想いは、何なのだろう。
許した筈なのに、反省した筈なのに。
イザベラは奥歯を食い締めながら、手紙の文字を何度も読み返していた。
そうなんだ、おめでとう――イザベラはそう言い、笑顔で母親を祝福した。
ありがとう、イザベラ――母親のゾエはそう答え、微笑んだ。
その隣りには、邪気の無い笑みを浮かべるマルセルがいた。
イザベラはお茶の注がれたカップを傾けながら、口を開く。
「……だけど、マルセルとママが結婚しても、私、マルセルの事をパパって呼ぶ事は出来ないな。だって親子って呼べるほど、歳なんて離れていないでしょう? 今まで通り、マルセルで良いよね?」
「勿論だよ、イザベラ。キミの好きに呼んでくれたら良い」
微笑みを絶やす事無くマルセルは、鷹揚に頷いた。
隣りでは母親が、何処か気恥ずかしげに、或いは――心苦しげに俯く。
イザベラは、僅かに唇を尖らせながら言う。
「それにママったら、今までの手紙に一度もこんな話、書いてくれ無かったんだもの。私、驚いちゃった。事前に教えてくれても良かったのに」
「ごめんねイザベラ。どうしても……恥ずかしくて、伝えそびれてしまったの」
母親は目を伏せたまま答え、更に言葉を重ねた。
それでね、式を挙げるつもりは無いの。私は『錬金術師』だから。ガラリアの流儀に則って、グランマリーに誓い立てるのは違うと思う。判るでしょう? マルセルもそれで構わないと言ってくれているし――照れているのか、少し饒舌になった母親を、イザベラは口許に笑みを湛えたまま見つめる。
時折、揶揄う様に声を掛けては混ぜっ返し、コロコロと笑った。
そんな二人の様子に、マルセルは穏やかに微笑んだままだ。
やがてイザベラは椅子から立ち上がると、明るい表情で告げた。
「それじゃあ私、夕食まで部屋でゆっくりしてるね? 今日は汽車に乗り遅れない様、早起きしちゃったから眠くって」
イザベラは自室へと戻った。
◆ ◇ ◆ ◇
自室に戻ったイザベラは、そのままベッドへ倒れ込んだ。
ブランケットに顔を埋めたまま動かない。
室内は冷え切っており、ベッドにすら些かの温もりも無かった。
それでもイザベラは身動ぎ一つせず、動こうとしない。
胸の奥から止め処も無く湧き上がる想いが、身体の感覚を鈍くしていた。
次から次へと、言葉にならない想いが湧き上がり続ける。
息苦しくて、切なくて、もどかしくて。
この気持ちはなんだろうと、イザベラは思った。
胸がキリキリと痛むようで。焼けるようで。
やがて、これは濁った感情なのだと気づいた。
これは、憎しみであり、嫉妬なのだと。
でも、そんな感情は、イザベラの理性が許さなかった。
何故なら、何も無かったからだ。
マルセルとは、何も無かった。
私はマルセルに何も伝えなかったし、マルセルも私に何も言わなかった。
手紙だって出して無い。
だから、何一つ言える筈も無い。
そう――手紙すら出して無い、だって恥ずかしかったから。
だって、家族でも無いマルセルに手紙を出すという事は。
――マルセルに好意があると、認める様なものだから。
好意だとか、誰かを好きになるだとか。
そんな気持ち、解らなかった。
気づかなかった。
ああ……何故、手紙を出さなかったのだろう。
柔らかに冷えたブランケットの上で。
イザベラは身体を丸めて膝を抱く。
そして、少しだけ泣いた。
◆ ◇ ◆ ◇
そのまま数日間、イザベラは屋敷に滞在した。
母親や、使用人達の前では今までと変わらぬ態度を心掛け、笑顔で過ごした。
婚約者となっていたマルセルは、未だ母と共に暮らしてはいないらしい。
市街地に程近いコンドミニアムで、ひとり暮らしを続けていた。
それはイザベラにとって、都合が良かった。
母親とマルセル、二人の前で演技を続けるのは苦痛だったからだ。
無邪気さを装い続け、やがてイーサの学習院へ帰る日になった。
その日も母とマルセルが、旅立った時と同じく、駅のホームで見送ってくれた。
「それじゃあね、ママ。身体に気をつけてね。マルセルもね」
「ええ、イザベラも身体に気をつけて頑張ってね――」
イザベラの言葉に母親は応じる。
その表情には何処か陰が差し――やはり別れが寂しいのだろうと思う。
母の隣りにはマルセルが立ち、いつもと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべている。
一点の曇りも屈託も無い笑みだ。
その子供の様な笑みから視線を逸らし、イザベラは汽車へ乗り込む。
と、その時。
「……ごめんね、イザベラ」
震えて掠れた小さな声が、イザベラの耳朶を打った。
母親のゾエだった。
美しい眉が悲しげなハの字を描き、微かに眉根を寄せている。
「ごめんなさい……」
もう一度、母親はそう呟いた。
そして俯く母親の肩を、マルセルがそっと抱き寄せる。
イザベラが口を開き掛けた時、目の前で汽車のドアを駅員が閉ざした。
汽笛が響き、車窓の外の景色が流れ出す。
遠ざかって行く母親とマルセルの姿を、イザベラは見つめる。
身を寄せて佇む二人の姿は、どんどん小さくなり、やがて涙に滲んで消えた。
◆ ◇ ◆ ◇
つまり、母は気づいていたのだ。
私がマルセルに想いを寄せている、その事に。
私自身、自覚も出来ない感情だった。
だけど母は気づいていた。
なのに、気づいていたのに、ママはマルセルと。
私は、言葉にも、態度にも、示さなかった。
だから、私の想いはマルセルに伝わる筈も無い。
だけど母は気づいていた。
私がマルセルに想いを寄せていると、気づいていたのに。
これは――裏切りなのだろうか。
揺れる汽車の中、イザベラは車窓から灰色の景色を見送り続けた。
◆ ◇ ◆ ◇
『錬成機関院付属学習院』に舞い戻ったイザベラは、再び勉学に励んだ。
今まで以上に、これまで以上に、錬成科学の知識を吸収しようと努力した。
そうせずにはいられなかった。
もう――母親の様な人物を目指そうという気持ちは、無くなっていた。
マルセルの言葉で奮起した自分が、恥ずかしいと思った。
それでも――自分が歩んだ道は正しかったのだと信じたかった。
せめて己が身に宿った『才能』だけは、本物であると信じたかった。
勉学に打ち込む事で、嫌な事を忘れたかった。
幼過ぎて何も理解出来なかった無知な自分を、忘れたかった。
その年の夏、イザベラは帰郷しなかった。
今は、学びの時間を大切にしたいと手紙に書いた。
『グランマリー聖誕祭』の長期休暇にも帰らなかった。
グループで研究に取り組んでいるので、帰る事が出来ないと手紙で伝えた。
帰れなくて残念です。
ですがこちらでは問題無く、元気に過ごしています。
ママも身体に気をつけて。
その様に記した。
◆ ◇ ◆ ◇
月日が過ぎて、再び夏の長期休暇が訪れる頃。
国内に不穏なニュースが流れた。
七月中旬『ジブロール自治区』内にて大規模な暴動が発生。
同自治区内での資源採掘反対運動が過激化した事が原因。
帝国は治安の維持を図るべく、治安維持軍の派遣を決定。
事態が収束するまで『ジブロール自治区』への移動は制限される。
まさかという想いがあった。
しかし、戦争や動乱は現実に起こり得る事なのだと、イザベラは理解していた。
幼少の頃、神聖帝国ガラリアの侵攻にて故郷を失っているのだ。
半ば霞んでいた記憶ではあるが、戦争のリアルは覚えていた。
イザベラは悔やんだ。
こんな事になるのなら。
母に逢いに行けば良かった。
母の事を許せば良かった、マルセルの事を許せば良かった。
全ては己が幼さ故の我が儘だったのだと、そう思えば良かった。
母とマルセルの無事を確認すべく、手紙では無く電信を送った。
無事でいるのか、どんな状況なのか。
数日後、電信が返って来た。
暴動は市街地のみ、こちらには影響無し。
私もマルセルも、屋敷の者達も全員無事です。
簡潔な内容だったが、イザベラは胸を撫で下ろした。
母親とマルセルの無事が確認出来たのだ。
それほど酷い状況では無いのかも知れない。
――が、その後も新聞等で報じられる内容に、好転の兆しは見られなかった。
むしろ状況の悪化ばかりが記されていた。
『ジブロール自治区』で発生した暴動が、組織的抵抗に変化したらしい。
完全な内戦状態に陥ったのだと、そう締め括られていた。
イザベラは困惑の中で、母親に電信を送る。
無事でいるのか、本当に大丈夫なのか。
気を揉みながら、母からの返信を待つ。
だが、なかなか返信が無い、何かあったのだろうか。
二週間後、漸く手紙にて返信があった。
手紙の主は、マルセルだった。
返信が遅くなってしまい、すまない。
治安維持軍の要請で電信の使用が制限されており、時間が掛かってしまった。
まずひとつ、キミの母上は少し体調を崩している。
市街地と屋敷は遠く離れているので直接の被害は無いが、心労が重なった様だ。
だけど、大した事は無い。
屋敷の者も、ボクも、医者も傍についているので大丈夫。
また逢える日を楽しみにしていると、伝言を頼まれた。
キミの健康を祈っていると言っていた。
勿論、ボクもキミの健康を祈っている。
立派な『錬成技師』を目指して欲しい。
イザベラは両手で顔を覆った。
胸が痛み、不安が募る。
再び自分を責める。
あの時、母親を許す事が出来たなら。
マルセルを許す事が出来たなら。
少なくともこんな想いを抱える事は無かった筈だと。
『ジブロール自治区』で発生した内戦は、未だ納まる事無く続いているらしい。
陸路であれ、空路であれ、正規のルートは完全に封鎖されている。
逢いに行く事など不可能だった。
手紙でのやり取りだけが、頼みの綱だった。
数ヶ月が過ぎ、『グランマリー聖誕祭』の時期が近づいた時。
マルセルより手紙が届いた。
キミの母上・ゾエの体調が芳しくない。
そして今から書き記す事柄は、ゾエに口留めされていた事柄だ。
キミに隠し事をするのは心苦しかったが、彼女の意向を尊重していた。
まず――彼女が内乱に巻き込まれ、心労で倒れた事は事実だ。
しかし同時に、彼女は新しい家族を、その身に身籠っていたという理由もある。
その為、体力的に厳しい状態にあったのだ。
近々、キミの弟か妹が産まれる事になる。
動悸が激しくなり、息苦しさを感じた。
解かっている、理解している。
マルセルは母親の夫だ、解っている。
私も、その事を認めた筈だ。
だから何度も、許す事が出来たならと思ったのだ。
「どうして……」
なのに。
胸は苦しく、冷たい汗が滲む。
私は何に対して、苦しい想いを抱いているのだろう。
この狂おしい想いは、何なのだろう。
許した筈なのに、反省した筈なのに。
イザベラは奥歯を食い締めながら、手紙の文字を何度も読み返していた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる