人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~

九十九清輔

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第二十一章 諸行無常

第一三一話 空っぽの後悔

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 沈黙が落ちた時間は、ごく僅かだった。
 そうなんだ、おめでとう――イザベラはそう言い、笑顔で母親を祝福した。
 ありがとう、イザベラ――母親のゾエはそう答え、微笑んだ。
 その隣りには、邪気の無い笑みを浮かべるマルセルがいた。
 イザベラはお茶の注がれたカップを傾けながら、口を開く。
 
「……だけど、マルセルとママが結婚しても、私、マルセルの事をパパって呼ぶ事は出来ないな。だって親子って呼べるほど、歳なんて離れていないでしょう? 今まで通り、マルセルで良いよね?」

「勿論だよ、イザベラ。キミの好きに呼んでくれたら良い」

 微笑みを絶やす事無くマルセルは、鷹揚に頷いた。
 隣りでは母親が、何処か気恥ずかしげに、或いは――心苦しげに俯く。
 イザベラは、僅かに唇を尖らせながら言う。
 
「それにママったら、今までの手紙に一度もこんな話、書いてくれ無かったんだもの。私、驚いちゃった。事前に教えてくれても良かったのに」

「ごめんねイザベラ。どうしても……恥ずかしくて、伝えそびれてしまったの」

 母親は目を伏せたまま答え、更に言葉を重ねた。
 それでね、式を挙げるつもりは無いの。私は『錬金術師』だから。ガラリアの流儀に則って、グランマリーに誓い立てるのは違うと思う。判るでしょう? マルセルもそれで構わないと言ってくれているし――照れているのか、少し饒舌になった母親を、イザベラは口許に笑みを湛えたまま見つめる。
 時折、揶揄う様に声を掛けては混ぜっ返し、コロコロと笑った。
 そんな二人の様子に、マルセルは穏やかに微笑んだままだ。
 やがてイザベラは椅子から立ち上がると、明るい表情で告げた。

「それじゃあ私、夕食まで部屋でゆっくりしてるね? 今日は汽車に乗り遅れない様、早起きしちゃったから眠くって」

 イザベラは自室へと戻った。
 
 ◆ ◇ ◆ ◇

 自室に戻ったイザベラは、そのままベッドへ倒れ込んだ。
 ブランケットに顔を埋めたまま動かない。
 室内は冷え切っており、ベッドにすら些かの温もりも無かった。
 それでもイザベラは身動ぎ一つせず、動こうとしない。
 胸の奥から止め処も無く湧き上がる想いが、身体の感覚を鈍くしていた。

 次から次へと、言葉にならない想いが湧き上がり続ける。
 息苦しくて、切なくて、もどかしくて。
 この気持ちはなんだろうと、イザベラは思った。
 胸がキリキリと痛むようで。焼けるようで。

 やがて、これは濁った感情なのだと気づいた。
 これは、憎しみであり、嫉妬なのだと。
 
 でも、そんな感情は、イザベラの理性が許さなかった。

 何故なら、何も無かったからだ。
 マルセルとは、何も無かった。
 私はマルセルに何も伝えなかったし、マルセルも私に何も言わなかった。
 手紙だって出して無い。
 だから、何一つ言える筈も無い。

 そう――手紙すら出して無い、だって恥ずかしかったから。
 だって、家族でも無いマルセルに手紙を出すという事は。
 ――マルセルに好意があると、認める様なものだから。

 好意だとか、誰かを好きになるだとか。
 そんな気持ち、解らなかった。
 気づかなかった。
 ああ……何故、手紙を出さなかったのだろう。
 
 柔らかに冷えたブランケットの上で。
 イザベラは身体を丸めて膝を抱く。
 そして、少しだけ泣いた。
 
 ◆ ◇ ◆ ◇

 そのまま数日間、イザベラは屋敷に滞在した。
 母親や、使用人達の前では今までと変わらぬ態度を心掛け、笑顔で過ごした。
 婚約者となっていたマルセルは、未だ母と共に暮らしてはいないらしい。
 市街地に程近いコンドミニアムで、ひとり暮らしを続けていた。
 それはイザベラにとって、都合が良かった。
 母親とマルセル、二人の前で演技を続けるのは苦痛だったからだ。

 無邪気さを装い続け、やがてイーサの学習院へ帰る日になった。
 その日も母とマルセルが、旅立った時と同じく、駅のホームで見送ってくれた。
 
「それじゃあね、ママ。身体に気をつけてね。マルセルもね」

「ええ、イザベラも身体に気をつけて頑張ってね――」

 イザベラの言葉に母親は応じる。
 その表情には何処か陰が差し――やはり別れが寂しいのだろうと思う。
 母の隣りにはマルセルが立ち、いつもと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべている。
 一点の曇りも屈託も無い笑みだ。
 その子供の様な笑みから視線を逸らし、イザベラは汽車へ乗り込む。
 と、その時。

「……ごめんね、イザベラ」

 震えて掠れた小さな声が、イザベラの耳朶を打った。
 母親のゾエだった。
 美しい眉が悲しげなハの字を描き、微かに眉根を寄せている。

「ごめんなさい……」

 もう一度、母親はそう呟いた。
 そして俯く母親の肩を、マルセルがそっと抱き寄せる。
 イザベラが口を開き掛けた時、目の前で汽車のドアを駅員が閉ざした。
 汽笛が響き、車窓の外の景色が流れ出す。
 遠ざかって行く母親とマルセルの姿を、イザベラは見つめる。
 身を寄せて佇む二人の姿は、どんどん小さくなり、やがて涙に滲んで消えた。
 
 ◆ ◇ ◆ ◇

 つまり、母は気づいていたのだ。
 私がマルセルに想いを寄せている、その事に。
 私自身、自覚も出来ない感情だった。
 だけど母は気づいていた。
 なのに、気づいていたのに、ママはマルセルと。

 私は、言葉にも、態度にも、示さなかった。
 だから、私の想いはマルセルに伝わる筈も無い。
 だけど母は気づいていた。
 私がマルセルに想いを寄せていると、気づいていたのに。

 これは――裏切りなのだろうか。
 揺れる汽車の中、イザベラは車窓から灰色の景色を見送り続けた。
 
 ◆ ◇ ◆ ◇

 『錬成機関院付属学習院』に舞い戻ったイザベラは、再び勉学に励んだ。
 今まで以上に、これまで以上に、錬成科学の知識を吸収しようと努力した。
 そうせずにはいられなかった。
 
 もう――母親の様な人物を目指そうという気持ちは、無くなっていた。
 マルセルの言葉で奮起した自分が、恥ずかしいと思った。

 それでも――自分が歩んだ道は正しかったのだと信じたかった。
 せめて己が身に宿った『才能』だけは、本物であると信じたかった。 
 勉学に打ち込む事で、嫌な事を忘れたかった。
 幼過ぎて何も理解出来なかった無知な自分を、忘れたかった。

 その年の夏、イザベラは帰郷しなかった。
 今は、学びの時間を大切にしたいと手紙に書いた。
 『グランマリー聖誕祭』の長期休暇にも帰らなかった。
 グループで研究に取り組んでいるので、帰る事が出来ないと手紙で伝えた。

 帰れなくて残念です。
 ですがこちらでは問題無く、元気に過ごしています。
 ママも身体に気をつけて。

 その様に記した。
 
 ◆ ◇ ◆ ◇

 月日が過ぎて、再び夏の長期休暇が訪れる頃。
 国内に不穏なニュースが流れた。

 七月中旬『ジブロール自治区』内にて大規模な暴動が発生。
 同自治区内での資源採掘反対運動が過激化した事が原因。
 帝国は治安の維持を図るべく、治安維持軍の派遣を決定。
 事態が収束するまで『ジブロール自治区』への移動は制限される。

 まさかという想いがあった。
 しかし、戦争や動乱は現実に起こり得る事なのだと、イザベラは理解していた。
 幼少の頃、神聖帝国ガラリアの侵攻にて故郷を失っているのだ。
 半ば霞んでいた記憶ではあるが、戦争のリアルは覚えていた。

 イザベラは悔やんだ。
 こんな事になるのなら。
 母に逢いに行けば良かった。
 母の事を許せば良かった、マルセルの事を許せば良かった。
 全ては己が幼さ故の我が儘だったのだと、そう思えば良かった。
 
 母とマルセルの無事を確認すべく、手紙では無く電信を送った。
 無事でいるのか、どんな状況なのか。
 数日後、電信が返って来た。
 暴動は市街地のみ、こちらには影響無し。
 私もマルセルも、屋敷の者達も全員無事です。

 簡潔な内容だったが、イザベラは胸を撫で下ろした。
 母親とマルセルの無事が確認出来たのだ。
 それほど酷い状況では無いのかも知れない。

 ――が、その後も新聞等で報じられる内容に、好転の兆しは見られなかった。
 むしろ状況の悪化ばかりが記されていた。
 『ジブロール自治区』で発生した暴動が、組織的抵抗に変化したらしい。
 完全な内戦状態に陥ったのだと、そう締め括られていた。
 イザベラは困惑の中で、母親に電信を送る。
 無事でいるのか、本当に大丈夫なのか。
 気を揉みながら、母からの返信を待つ。
 だが、なかなか返信が無い、何かあったのだろうか。

 二週間後、漸く手紙にて返信があった。
 手紙の主は、マルセルだった。

 返信が遅くなってしまい、すまない。
 治安維持軍の要請で電信の使用が制限されており、時間が掛かってしまった。
 まずひとつ、キミの母上は少し体調を崩している。
 市街地と屋敷は遠く離れているので直接の被害は無いが、心労が重なった様だ。
 だけど、大した事は無い。
 屋敷の者も、ボクも、医者も傍についているので大丈夫。
 また逢える日を楽しみにしていると、伝言を頼まれた。
 キミの健康を祈っていると言っていた。
 勿論、ボクもキミの健康を祈っている。
 立派な『錬成技師』を目指して欲しい。

 イザベラは両手で顔を覆った。
 胸が痛み、不安が募る。
 再び自分を責める。
 あの時、母親を許す事が出来たなら。
 マルセルを許す事が出来たなら。
 少なくともこんな想いを抱える事は無かった筈だと。

 『ジブロール自治区』で発生した内戦は、未だ納まる事無く続いているらしい。
 陸路であれ、空路であれ、正規のルートは完全に封鎖されている。
 逢いに行く事など不可能だった。
 手紙でのやり取りだけが、頼みの綱だった。 

 数ヶ月が過ぎ、『グランマリー聖誕祭』の時期が近づいた時。
 マルセルより手紙が届いた。
 
 キミの母上・ゾエの体調が芳しくない。
 そして今から書き記す事柄は、ゾエに口留めされていた事柄だ。
 キミに隠し事をするのは心苦しかったが、彼女の意向を尊重していた。
 まず――彼女が内乱に巻き込まれ、心労で倒れた事は事実だ。
 しかし同時に、彼女は新しい家族を、その身に身籠っていたという理由もある。
 その為、体力的に厳しい状態にあったのだ。
 近々、キミの弟か妹が産まれる事になる。

 動悸が激しくなり、息苦しさを感じた。
 解かっている、理解している。
 マルセルは母親の夫だ、解っている。
 私も、その事を認めた筈だ。
 だから何度も、許す事が出来たならと思ったのだ。

「どうして……」

 なのに。
 胸は苦しく、冷たい汗が滲む。
 私は何に対して、苦しい想いを抱いているのだろう。
 この狂おしい想いは、何なのだろう。
 許した筈なのに、反省した筈なのに。
 イザベラは奥歯を食い締めながら、手紙の文字を何度も読み返していた。
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